ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「あ……」
「ん?」
廊下の角を曲がったところで、玄斗はふとそんな声を聞いた。移動教室へ教材を持って歩いている最中のこと。見れば、目の前に見覚えのある厚着の少女が佇んでいた。
「飯咎さん」
「えっ――」
ひぅっ、と少女の声が詰まる。飯咎広那。夏祭りの間にすこしだけ関わった少女。長い前髪は半分が目を覆うぐらいのもので、いまは学校の冬服にプラスアルファでマフラーと薄い手袋をはめていた。寒さ対策らしくなるべく肌を出さないような格好である。
「? えっと、なにか?」
「いや……あはは。ごめん。ちょっと、驚いちゃった……」
「そっか」
まあ急なタイミングだったし、と玄斗は苦笑する。唐突に曲がり角から人が出てくれば誰でも驚く。ぶつからなかっただけそこは不幸中の幸いかもしれない。
「えっと……その、この前は……ごめん……」
「この前……?」
考えて、ちょうど色々な転機となった夏祭りを思い出した。たしかのあのとき、色々と誤解をされるような状況下で彼女には逃げられていたのだ。
「ああ、別にいいよ。あれぐらい。気にしてないし」
「……そ、そっか……なら、良いんだけど……」
「うん。だから別に、気にやむコトとかないよ」
笑いながら言うと、広那はどこか苦しげに笑みを浮かべていた。なんとなく、その言葉では納得できないといった感じが受け取れる。たかだかあれぐらいのコトを引き摺るというのは、色々引き摺ってきた玄斗をして「そこまで考えなくても良いのに」という感情を抱かせる。人生何事も、楽に生きた方がいいときもある。
「え、えっと……それより、なんか雰囲気変わったね。どうしたの?」
「まあ、そこは色々」
「……色々、ですか……」
「うん。色々、です」
言い切りながら時計を見ると、すでに授業開始まで二分を切っていた。教室までは階段ひとつ登ったさきだ。そろそろ行かなければ遅刻が見えてくる。
「ごめん、このあと移動教室だから。またね、飯咎さん」
「あ、うん! またね……
「? うん」
軽く手を振りながら急ぎ足で廊下を駆ける。うしろの少女は遠慮がちに右手だけちいさくあげて苦笑い。すこしの温度差だが、基本的に周りとの温度差が酷すぎて風邪を引くとまで鷹仁に言われた玄斗のことだ。気にすることなく、そのまま駆け抜けた。
「……やっぱ、そうなるよね……」
ひとり、ため息をつく少女を知らないまま。
◇◆◇
『きょうは何時ぐらい?』
『だいたい昨日と同じです』
『送らせて欲しい。ひとりだと危ないし』
『無理しなくて良いですよー』
「……って、返したはずなんですけど……」
「? うん」
実際には嘘も織り交ぜての返信だったのに、と白玖は内心でため息をついた。時刻は昨日より大分早い五時過ぎ。調色高校からすこし――というか一駅分離れた隣町。昨今にしては珍しい清く正しく美しくを是とする古くさいお嬢様学校。筆が丘女学院の門の前に、その男――十坂玄斗は立っていた。
「なんで居るんですか……!」
「いや、ちょうど良いから迎えにと思って」
暇してたし、と少年はなんでもないように答える。冗談じゃなかった。暇してるだけで女子校の前まで来るような鋼メンタルだとは……まあ、初対面の頃から薄々感じていたが。
「ていうか、凄い人だね。賑やかだし。もっと、静かなのかとばかり」
「十坂さんが来てるからなんですけど……!?」
「そうなの?」
「そうなんです!」
もう、と頬を膨らませて怒る白玖は玄斗から見てとても可愛かったが、紅く染まった頬を見るに本気でもあった。なにせ玄斗を中心におよそ十メートルは離れて女子の円が出来上がっている。全員が全員、白玖と同じ類いの制服を着ているあたり頭が痛い。
「ねえ、あの方は……」
「まあ、素敵な……」
「壱ノ瀬さん、ああいう人が好みなんだ……」
「かっこいいねー……調色の人?」
「生徒会長さんじゃなかった?」
地獄である。白玖にとっては。が、肝心の玄斗はなにを気にしているようでもなかった。完全な自然体。女子校の前に男子ひとりが居るという状態にも慣れているような有り様だった。おそらく現生徒会書記なら「もうマヂ無理死ぬわ俺……」といってそのまま卒倒しているだろう。
「と、とにかく行きますよっ! ああもう、こういう気がしてたから折角断ってたのに……!」
「あ、そうだったのか。そこは意を汲めなくてごめん」
「いいからさっさと走るっ!」
「――うん」
ほんのすこし、丁寧語の抜けた声。かけられた言葉は酷く似通っていて、彼女は彼女なのだと再認識するのに十分だった。なにもかもが変わっても、変わらない部分だけはしっかりとしている。ただそれだけが、とても良いのだ。
◇◆◇
「こ、ここまで来ればもう大丈夫かな……」
「みたいだ」
駅のベンチに座りながら、ほうと白玖は息を吐いた。学校からここまでの間走ったのは流石に女子として体力的な問題があったらしい。ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返している。対する玄斗は同じ速度で走っていたはずなのに、息ひとつ切らしていなかった。男女の差である。
「……ああ、もう……なんで来ちゃうんですか……」
「ごめん。心配で」
「なら連絡のひとつでも……いや、するような人じゃないのがなんとなく分かってるけど……!」
分かってしまう自分がちょっと気にさわった。なんなのかと怒りたい気分である。なんに対してかは、まるで分かっていないのが気持ち悪い。
「……まあ、別にいいですけど。昨日も朝も嫌にはならなかったワケだし……」
「それは良かった」
「どうして聞いてるんですか……!」
「そりゃあ、聞こえたからだろう」
そこまで耳も悪くないんだし、と玄斗が笑って答える。たった二日である。すべてを理解しろと言われても難しい話だが、白玖はそれで「ああこの人ってこういう人なんだな……」という真理を垣間見た気がした。天然死すべし慈悲はない。
「……ていうか、学校まで来ないでください。目立っちゃいますし。……変な噂とかされたらどうするんですか……」
「……ああ、それも、そっか。壱ノ瀬さんに迷惑かけるのは、いけないね……」
「そうじゃなくてっ。……私はどうでも良いんです。十坂さんが、変な噂たてられないかって……」
「僕? なんで?」
おかしくない? と心底不思議そうに玄斗が首をかしげる。白玖はまじかこの男という感じだった。
「そんなの気にしてたってしょうがない。けど、壱ノ瀬さんがどうかってのはちゃんと考えなきゃいけなかった。ごめん、あんまりなものだから、ちょっと舞い上がってた。……うん。今度から細心の注意をしておく」
「……無駄にメンタル強いんだよねこの人……」
「なにか?」
「なんでそこは聞こえないんですかっ」
「冗談」
クスクスと笑うと、白玖は疲れたように肩を落とした。
「まったく、もう……」
〝――――、〟
……ガタガタと、遠くから電車がやってくる。音も匂いもやがて遠ざかって、耳をつんざくようなブレーキの音が響いていく。そんな束の間にみた、懐かしい笑顔だった。そも人が現実に見ているものがなにかというと、目で見た情報を処理しているにすぎない。だから、錯覚だとして、ひとときの夢幻だとして、片付けるコトだってできる。
「――会いたいよ、白玖」
「? え、なんて――」
「……なんでもない、壱ノ瀬さん」
ガタガタ、ガタガタと。うるさいぐらいの電車の音は、彼の声をかき消した。近くで座る少女に届かないまま、虚空へと沈んでいく。なにもない果てへと。その気持ちを聞いた人間は、彼を除いて誰ひとりもいなかった。
◇◆◇
だから、当然、それにも気付いてしまった。
四埜崎蒼唯は関わりがない。
五加原碧は仲良くない。
その秘密を漏らした人間は、どこにもいない。
きっと、世界でただひとり。
――明透零無を知る人間は、もう――
◇◆◇
「おう、玄斗か」
「……父さん」
玄関を開けると、ちょうどスーツ姿の父親が階段から降りてくるところだった。七時過ぎである。昨日は皆が寝静まるまで帰ってこず、さらには朝早く出かけたせいで会話すらままならなかった。どことなく、その行動自体が答えを示していて。
「……仕事帰り?」
「いや、いまから緊急の案件だ。もう一度出社してくる」
「……そっか」
「留守は頼むぞ」
「わかった」
〝五時以降は最大限仕事はしないようにした。〟
そう言っていたはずの彼の父親は、もうどこにもいなくて――
「むっ!?」
「あっ」
しんみりとしかけた瞬間、急いでいたのか父親は見事に階段から足を踏み外した。段差がすくなかったコトだけが救いである。ガタゴトドッターンと転げ落ちて、弁慶をおさえながらうずくまった。
「――っ、――……!」
「と、父さん大丈夫……!?」
「だ、大丈夫だ……このぐらい、なんとも……あるものか……
「えっ」
ピタリと、駆け寄った玄斗の体が固まる。
「ああしかし痛い……痛いぞ……
「えっ、えっ……」
「……零無っ? どうした、湿布を」
「お、お父さんっ!?」
「そうだが。いまお父さんすごい痛いんだが。なあ、頼む零無。ちょっとお父さん泣きそうなんだが」
「……は、はは、あはは……っ!」
「……れ、れいな……?」
爆笑した。
「な、なんなのそれ……っ! ふ、ふざけてる! お父さんってば、もう、本当に……っ!」
「あ、ああ……? なんだ……これは……新手の反抗期か……? 言っておくがお父さんはまだお付き合いを認めたわけでは……いたたたた……!」
「――ああ、もう、本当っ」
悩みもなにもちっぽけだ。なにをくじけそうになっているのか。とんでもない。こんな偶然に塗れていて、なにを諦めるでもない。
「――大好きだよ、お父さん」
「ははは、そうか。別の意味で父さん泣きそうになるから手加減してくれ」
「しないよ、そんなの。本当のことなんだから」
「……そうか」
結局泣いた男にまた笑いながら、一筋だけ明かりを見つけたような気がした。これが誰かの意図としたコトだとするのなら、それにはきっと意味があって。
「やっぱり、うちのお父さんは最高だ」
それをどうにかするのも、きっと誰かによるものだ。
ちなみに分岐はぜんぶで記憶喪失になった玄斗くんが二作目ヒロインと関わっていって曇っていく白玖ちゃんとかむしろ無印ヒロイン全員消えて「そんなのいないよ妄想じゃない?」ルートとか十坂玄斗はいるけど中身の“誰かさん“だけが見事綺麗にいなくなるルートとか十坂玄斗自身がいないものとなるルートとか用意してました。
え? 七章終了後の幸せな未来? ……毛頭なかったんだよなあ……