ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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全身墨塗れ

 ――手首の切り傷。胸のかきむしった痕。おそらく栄養が回っていない肢体。慣れていなければ、きっとすこし走っただけでも息が切れる。それがなんともないのは、偏にこれ以上を知っているからだった。だが、前までのモノと比較すると。

 

「(……やっぱり酷いな、どんな精神状態ならこうなるんだ……)」

 

 いまの十坂玄斗の体は、とても弱い。食事は摂るようにしているが、いままでが相当なのだろう。腕にまともな力が入らない。足がうまく動かない。ふらふらと立ちくらみを起こしたコトですらこの二日で片手じゃ数え切れないほどある。明透零無よりかはマシで、十坂玄斗よりはほど遠い。

 

「(全身が痛い……懐かしいけど、まだマシって思えるのは凄いな。うん)」

 

 包帯をスルスルと解きながら、玄斗はがらりと浴場のドアを開けた。お湯は意外と沁みる。とくに手首のそれが酷いようで、古いのではなく比較的新しい傷なのだろう。なにがあってこんなコトをしたのか分からないが、一度会って一言いってやりたいぐらいには自分の体を労らないものだった。

 

「(まったく……僕だってここまではしなかったぞ……)」

 

 辿り着くはずの終端のひとつ。明透零無の行き着くさき。そのひとつがこれなら、なんとも馬鹿げている。自分の体を切ってもそこから血が出るだけで、なんにもならないというのに。

 

「(馬鹿だな。そんなコトするぐらいなら、もっと他にすることが――)」

 

 蛇口をきゅっと捻れば、シャワーの水が手に散った。痛みで思わず顔を顰める。……酷くはないが、針でツンと突かれたような刺激がある。なんともままならない。自傷行為なんて絶対しないでおこう、とよく思える理由になった。

 

「(ああもうやりづらい……! だいたいなんだ、考え出したら意味が分からないぞ。ていうかもう無理だ。ああ……くそ)」

「……白玖とイチャイチャしたい……」

 

 思わずそう呟いていた。足りない。ハクニウムが足りない。ハクニウム摂取不足である。禁断症状が徐々に出始めていた。ちなみに補充するには白玖からの愛情をもらわなければならない。面倒くさい摂取方法である。

 

「(……というか本気で白玖のことしか考えてないな……それさえあれば良いみたいな……まあ実際そうなんだけど)」

 

 付き合い始めて玄斗の体感では一月すら経っていないのだ。それで熱を冷ませというのは無理な話である。が、生きている以上は目を覚まさなくてはならない。緩みきった思考回路に活を入れる。ばしゃり、とシャワーで顔を洗った。

 

「(……ぜったいこの状況をなんとかする。そのためならなんだってやる。もう一度、白玖とデートするために……!)」

 

 動機が不純すぎた。が、それぐらいがちょうどいい時もある。なんだかんだ言って十坂玄斗の愛は不動なぐらい重かった。おそらく別れた場合は一生単位で引き摺るのだろう。悲しい男である。

 

「(手始めに〝俺〟の部屋でも探ってみようか。外見はまあ……ちょっと机が削れてたり絨毯の下に変な模様があるぐらいだったけど。意外と見ないところにヒントが――)」

 

 と、髪を洗い始めたときだった。ドタドタと駆けてくる足音。勢いは凄まじい。そういえば脱衣場に鍵をかけていなかったっけ、なんて思って――

 

「お兄なんであたしより先に風呂入ってんの!」

「うわっ!?」

 

 がらがらっ! と容赦なく開かれた扉に玄斗は思わず肩を跳ねさせた。

 

「ま、真墨……?」

「いっっっっっつも言ってるじゃん! お兄のあとキモいから入りたくないって」

「え……あ、うん……ごめん……ナチュラルにショックだ……」

「は? いや、そういう反応してもキモいだけだから。マジ死ねよ粗○ン」

「粗ッ……!」

 

 十坂玄斗はブロークンハート寸前だった。まさかどんな絶望的な状況より妹のとんでもない一言のほうが効くとは思うまい。正直心が欠けている。男としての尊厳も欠けている。残ったのは空っぽな彼だけだった。空っぽというよりは素っ裸だが。

 

「お、女の子がそういうコト言うのはいけないと思う……!」

「はあ? いや、お兄そういうの要らない。キモい。マジで死ね。チ○コ見えてんだよ」

「……っ、いけないと思うよ!?」

「タオルで隠すのか……女々だなー女々しいなー」

「ぐっ……」

 

 この妹はいちいち的確に人の心を抉る言葉を……! なんて戦慄する玄斗。頭の良さがこういう方向に働くと真実真墨に勝てる人間はいないだろう。〝俺〟である十坂玄斗がちょっと不憫に思えた。妹から素っ気ない態度をとられるというのは、案外心にくるものである。

 

「……真墨、ちょっと来なさい」

「は? 嫌だし、キモいし。つかなに? 馴れ馴れしいわお兄のくせに」

「いいから。ちょっと、君にはお仕置きをしないといけない」

「お仕置きぃ? なーに偉そうなこと言ってんスかこの愚兄は……頭おかしいんじゃないの?」

「真墨」

「っ」

 

 ビクン、と妹の肩が震えたのを玄斗は見逃さなかった。十坂家長男標準装備のお説教モードレベルワンである。なおタオル一枚なので絵面が酷い。

 

「いいから、こっち来る」

「え……やだ……マジでキモいしお兄……なにする気……!?」

「だから、ちょっとお仕置き。いくらなんでも、そういう言葉遣いはいけない」

「い……いやいやいや! なんだよお兄のくせに! マジできもいし! もう無理だから!」

 

 吐き捨てて、脱兎のごとく駆けようとした真墨の腕を玄斗は咄嗟に掴む。

 

「ひぃっ!」

「逃げられると思わないでよ。言っておくけど、いまの僕は本気だ」

「な、なんだよ……! お兄のくせに、調子……っ」

 

 ぐい、とそのまま引き寄せる。が、いまとなっては嫌悪感丸出しの真墨がただでそんなコトを許してくれるワケがない。事実兄妹間での距離が違うのだ。必死で抵抗しようとする人間を無理やり足場の悪い浴場でおさえようとすれば、自然、事故は起こる。

 

「あっ」

「うわあっ!?」

 

 ぐらり、と視界が傾いた。つるんと滑ったあとのこと。辛うじて頭を起こせたのは、正直不幸中の幸いだった。ゆっくりと動いていく景色のなか。どこまでも、最愛の妹は玄斗と真正面からぶつかるように落ちてくる。

 

「(せ、せめて受け止める……!)」

 

 己に降りかかる痛みなんてなんのその。玄斗は肺から空気が出ていく感覚に悶絶しながら、ぐっと体勢を整えた。やさしく、ゆっくり、目前に降ってくる妹こそを抱きとめようとして――

 

「(あ)」

 

 腕の位置が、ちょっと致命的にズレた。

 

「んんっ!?」

 

 ……軽くはない、接触だった。偶然、本当、奇跡的に、天文学的数字なんかが出てくるレベルで。意図してではなく、たまたまそこにあって。――唇が、触れた。

 

「んっ、ぅ、んん――!」

「(ちょっ、待っ、落ち着け真墨――!?)」

 

 慌てた真墨がジタバタと玄斗のうえで暴れている。これで離れてくれればいいものだが、キスはいまだに続行中。実の妹と(いなくなっている恋人が居るにもかかわらず)キスをしてしまっている。……とてつもなく、玄斗のなかの罪悪感のゲージが高まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ――――、……」

「(…………あれ?)」

 

 不意に。真墨の動きが、ぴたりと止まった。なんだか様子が変だ。ぱちぱちと目をしばたたきながら、至近距離でこちらを見ている。もちろん唇は触れ合ったまま。正気に戻ったのならさっさと退いてほしいというのが玄斗の本心だが――真墨の行動は、その逆をいっていた。

 

「んっ!?」

「はぁ……んむ、ちゅ……ぅん……」

「(な、な、ななな――――!!!!)」

 

 これはたしか先輩にもやられたぞ、なんて冷静に分析しているどころではなかった。いままで拒絶の意思を示していた妹がおかしなコトに積極的に舌を入れてきている。口内がまずいコトになっていた。……ついでに、色々と言われたもうひとりの僕も。

 

「まっ……ふぅ、ま、すみ……んっ……や、やめ……は、ふぅっ……」

「――あは♡……お兄、顔、とろけてる」

 

 ふふ、と不敵に彼女は笑った。どこか、見慣れた様子で。どこか、聞き慣れたトーンで。どこか、感じ慣れた視線で。

 

「ま……すみ……?」

「なんか、よく分かんないけど……でも、これ、夢なのかな。なら、なにしたっていいよね。だって、お兄があたしとキス、してくれたんだし。――いいよね? 食べても」

「な……に、を……」

「かわいい、お兄。……くすっ、もう準備できてんじゃん」

「っ!!!!!」

 

 握られた。ナニを? と訊かれるととても表現に困るものを。

 

「ま、待って……待って、真墨……!」

「お父様、お母様、ごめんなさい。夢の中だし許してくれるかな。――いただきます、お兄。じゃ、遠慮なく」

「待った待った待った――!?」

 

 ぎゅっ、と玄斗の玄斗を握りしめようとする真墨の魔の手から彼は必死で逃れた。もはやタオルでは隠せない。妹の舌テクが予想以上にやばかった。というか、なにか絶大な情報をこんな年齢制限的にアウトな展開で見落としそうで――

 

「ま、真墨……?」

「え、なに。どったの。いきなり。これからってときに」

「……真墨、なのか……?」

「え? なに? 本人確認っすか……夢とはいえこれは……うーん。あ、もしかして襲ってほしいの?」

「そんなワケないだろ……!」

「でもお兄、臨戦態勢だよ?」

「……っ!」

 

 さっと自分の股間をおさえつつ玄斗は真墨を睨む。本性を隠していた、という線は無きにしも非ず。ただ、色々な感覚がそうではないかと訴えている。長年兄妹として過ごしてきたが故だ。いまの彼女は、つい数秒前の彼女と打って変わっている。

 

「……やってあげよっか?」

「い、いらない……ていうか、あれ、本当に……真墨……?」

「なーに言ってんすかこのお兄は。あたしはいつでもあたしですよー」

「え……でも……あれえ……?」

「…………いまだっ!」

「ちょっ!?」

 

 しゅばっ、と抱きついてきた真墨に押し倒されて浴室にまた転がる。地味に衝撃を与えないようにしていた手腕が凄かった。ゆっくり寝かせられて、馬乗りになった真墨が舌を出しながらにやりと笑う。……背筋が、凍った。

 

「やろっか、お兄」

「じょ、冗談だろ……!?」

「だって、お兄もこんなになってるし……辛いんじゃないの?」

「辛くない! 辛くないから! うん、ぜんぜん、これっぽっちも!」

「……えい」

「――――っ、――――!!」

「……ほーら、やっぱ辛いんじゃん……♡」

「ま、待って、本気でやめて、真墨ぃ……!」

「ごめんね、お兄。いま気持ちよくしてあげるからね。……じゃ、もっかいキス、しよっか……」

「待てって言ってるんだーーー!!!」

「あ痛ぁ!?」

 

 ばちこーん、とおでこを叩いてなんとか立ち上がる。溢れんばかりの性欲と色々混じった複雑な感情を向ける目(兄限定)。こうと決めたら止まらない向こう見ずさ(兄限定)。そしてなにより躊躇なくこちらの貞操を狙ってくる積極性(兄限定)。紛うことなく、いまの彼女は――

 

「ま、真墨だ……」

「いったあ……もう酷いなあお兄。夢のお兄もガード堅いとか、めっだよ。さっさとあたしに体を預けてくれてもいいんだよ?」

「……真墨」

「うん、なになにー?」

「夢じゃないから」

「………………!?」

 

 玄斗のコトが大好きでたまらない、十坂真墨その人だった。





というわけでこれで趣旨説明が大概終わったコトになるんですかね……お姫さまを目覚めさせる定番は……というアレ。うん。ちなみに二部なのでメインがどいつらなのかはお察し。



はい、十坂玄斗(アマ)キスRTAスタート(棒読み)

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