ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
ぼすん、と真墨はベッドに腰掛けながら呟いた。
「……お兄の匂いだ」
「いやなに言ってるの……」
妹の唐突な発言に玄斗がため息をつきながら答える。嫌われているという状態はまあそこはかとなく嫌ではあったが、こうなればなったで問題がないというワケではない。というか初っ端から問題だらけなあたり「戻らないほうが良かったのでは?」と考えてしまうぐらいだった。兄妹間だとしてもアレは立派な逆レイプである。妹の将来がちょっと心配になった。
「……真墨。言っておくけど、ああいうことは駄目だ。相手が嫌がってるのに無理やりなんて……僕以外なら訴えられてるぞ……」
「そこは大丈夫っしょ。ほら、あたしお兄以外に興奮しないし」
「…………、」
「てか、お兄なら訴えられないんだ。ふーん? ……ね、続き、する?」
「するワケないだろ」
「痛っ!」
デコピンを喰らわせると、真墨はむっと頬を膨らませながら睨んでくる。我が物顔で居座っている妹だが、当然ここは玄斗の部屋であって。しかもつい数分前まで蛇蝎のごとく嫌っていた彼女が足をぶらぶらと投げ出してと気を許しているモノだから、つい心の隙間がゆるりと覗かせた。
「……まあ、不問には、するけど……」
「え? まじ? 無罪っすか。……それって実質オッケーなんじゃ……?」
「違うから」
「やーんもうお兄ってば素直じゃないんだからぁ~」
「違うって……ああもう……白玖が居ないから勘弁してほしいのに……!」
「え?」
「……あ」
言って、これはよく考えなくても地雷なのではと思った。自分の身に危機が迫るという点において。ゆっくりと真墨のほうを向けば、目がらんらんと輝いていた。どこか猫を思わせるようである。
「ほほう? いない? え、なにそれは。……もしかして、別れた?」
「いや……別れては、ないんだけど……」
「ないんだけど?」
「……付き合っては、いなくなった……というか……」
「ははーん? よくわかんないけど、つまりいまのお兄はフリーってことか」
「…………、」
「無言は肯定と受け取るよ?」
察しが良すぎるのも考え物だと、玄斗はこのときばかりは妹の頭の回転の良さを恨んだ。まるで獲物を狙う肉食獣である。自分がこんな妹を相手に十七年間も貞操を守ってきたと考えるとよくやれたもんだと心底感心した。自分自身の話である。もうなにがなんだか玄斗には理解できない。
「あーあ……言わなきゃよかったねえ、お兄」
「…………、」
「正直さ、あたし、分かってるんだよね。お兄を無理やりモノにする方法とか」
「……なに、それは」
「既成事実つくったらお兄って自分から納得しちゃうよね?」
「――――」
愕然とした。発想がやばすぎて。
「い、いや……! そんなことは……っ」
「でもたぶんそうなるよ? 他に好きな人がいても、たぶん自分の責任だからーって勝手に納得して勝手に覚悟きめて、そんで勝手に好きになる。あたしはなんもしなくても、お兄って人の良いところ見つけようとするからさ。んで、それに惚れ込むわけでしょ? ちょろいにも程があるよ?」
「……真墨? 僕だってそんな、好きじゃない人と……その、しても……嫌いになるだけだよ……?」
「試してみる?」
「…………、」
「無言は肯定と」
「やめて」
「えー」
ぶーぶーと文句を垂れる妹をこれほど恐ろしいと思ったことはなかった。壱ノ瀬白玖は真実抑止力として彼女をおさえつけていたのだろう。自分の兄に愛し合った彼女が居る。そんな事実ひとつで溢れんばかりの気持ちを我慢できるぐらいには、真墨はとてもできた妹だったということだ。が、それがないとなればどうなるかなんて、考えるまでもないだろう。
「てかさ、なにこれ。あたしのスマホなんか馬鹿になってるんだけど。今日ってまだ九月になったばっかりでしょ。あと壁紙とかも変わってるし……む、お兄のオフショットフォルダがない」
「ねえごめんちょっと最後のはなに?」
「冗談冗談~♪ ……フォルダは元からないよ?」
「…………あ、そう」
「んふふー♪」
フォルダ〝は〟、という部分ですべて察してしまった自分を縛り殺したかった。オフもなにもない玄斗のオフショットというのは些か疑問ではあるが、大方盗み撮りでもしていたのだろう。忘れそうになるがこれでも天才肌である。とてもじゃないが、玄斗の敵わない相手のひとりだ。
「ねえ、真墨」
「なにー?」
「ここが平行世界とか言ったら、君、信じる?」
「え、なに。そういう学説とか一から説明してほしい感じ? あたしざっくりとしか分かんないよ?」
「ざっくりなら分かるんだ……」
恐るべき妹の実力だった。本当に高校一年生かと疑いたくなるモノがある。普段はおちゃらけて遊び倒して勉強も真面目にしなさそうなイメージだが、その実知識欲に関しては人並み以上にあることを玄斗は知っていた。性欲に関してもここまで飛び抜けているとは知らなかったし知りたくもなかったのだが。
「ま、そんならちょっと見てみますか」
「え?」
「お兄の部屋。どうせ連れこんだのだってそのためでしょ? それこそ話すならあたしの部屋でも誰もいないリビングでもよかったんだし。あんなことがあった手前、ふたりっきりで、しかも自分の部屋にってことはまあそのあたりかなって。どう?」
「――――あ、ああ……うん……」
「ジャックポット! って感じだね」
驚くばかりの玄斗を余所に、真墨は袖をまくり上げながら部屋を見渡した。ふんふんとうなずきながら「たしかになんか違うねー」と言ってくる。家具の配置がどうとか雑誌の並べ方が何センチ云々だというのは聞き流しておいた。うちの妹は闇が深い、と玄斗の今更ながらの理解である。
「……本当に申し訳ないんだけど」
「なに?」
「僕、はじめて真墨に本気で惚れかけた」
「え、惚れた?」
「惚れてないから」
「ちっ」
あと一押しだったか、なんてぼやきながら真墨が机を漁っていく。堂々と佇む少女の背中は、なんとも頼りがいのあるものだった。
◇◆◇
「なにこれ」
そう言って真墨が引っ張り出したのは、ボロボロになった日記帳だった。表紙にはなにも書かれていないが、何度も使ったような痕跡がある。出てきたのは〝俺〟だった十坂玄斗の机の引き出し――その、鍵のかけられた段の底板の下だ。どうしてそんな部分があると妹が知っているのかは、あえて聞かないでおいた。
「昔のものかな」
「ううん。筆跡がしっかりしてるから、最近だと思う。……日記だね」
「そりゃそうでしょ」
「しかもマメ。……けど、これ、お兄か……?」
「ちょっと見せて」
ん、と差し出された日記帳を手に取って、パラパラとめくってみる。外装の酷さとはうってかわって中身は意外と綺麗だった。几帳面さが出たのか、日付から時刻までしっかりと毎ページごとに記録されている。もしくはそれを当たり前にやるほど、空っぽな毎日だったのか。
「なーんか、お兄っぽくないよね。いや……名残はあるんだけど、厳密には違うっていうか……」
「この人でも興奮……する?」
「しない。お兄じゃないから。これは断言できるね」
「ああ、そう……」
聞いてから後悔した。実の妹になにを聞いているのか。おそらくは彼女らしい彼女との会話でテンションが上がっている。嫌よ嫌よも好きのうち、という言葉は馬鹿にできなかった。
――――
七月二十一日 午後八時十五分
藁人形逢緒くんの効果が出た。足を怪我させたのは申し訳ないと思う。
――――
「いやなにやってるんだ僕は」
「どれどれー?」
すい、と真墨が隣にべったりと引っ付くようにしてくる。その際、腰回りに手を伸ばされたので叩いておいた。舌打ちは当然聞かなかったことにする。
――――
七月二十五日 午後九時十分
蜥蜴の尻尾。蛇の抜け殻。カブトムシの幼虫。
――――
「いや本気で大丈夫か
「え、なに。お兄は呪術かなんかでもしてるの?」
「分かんない……」
――――
七月三十日 午後十時二十分
だいたい試してみて分かったこと。俺が目指すのはたぶん違うな。これ。
――――
「むしろ違いすぎてないか……?」
「なにを目指してんのこのお兄。天国への階段?」
「メイドインヘブンだっけ」
「え、なに。世界が一巡したわけ?」
「いやここそういう物語じゃないから……」
なにせギャルゲーである。
――――
八月二日 午後十一時三十六分
枝分かれ。重なり。隣り合い。現実とはアキホメであり、アキホメとは現実である。それがどういうことか、いままで放置していたものを考えてみた。結論、この世界がゲームだと俺だけが知っている。
――――
「ラノベだ」
「……真墨、ちょっと離れてて。これ以上は頭おかしい人の妄言が続きそうだから」
「やだ。なんか面白いし」
「……じゃあ隙を突いて僕のお尻触ろうとしないで」
「けち」
「セクハラだからね……?」
――――
八月五日 午前三時十六分
奇跡を知っている。たぶん。二度目があったこと。こんな世界に生まれたコト。なら、もう一度ぐらいあってもおかしくない。おそらくこの魂は非常に飛びやすい。
――――
「飛ぶ……?」
「……ね、ね。お兄。この人頭いっちゃってない?」
「飛ぶ……」
「あー駄目だこっちもネジ飛んじゃってるわ……」
――――
八月六日 午前零時三十分
要はコインの表裏だ。黒と白みたいなもので。ひとつになればひっくり返る。反転する。いちばん近いチャンスに賭けてみよう。
――――
「……頭が痛くなってきた。もしかして〝俺〟、相当中二病を拗らせてるだけなんじゃ……?」
「いやどう見てもそうでしょ……これがお兄……?」
「まあ僕もいろいろ拗らせてるけど……」
「そこが可愛いよね」
「え?」
「え?」
「…………、」
「…………、」
――――
八月十四日 午後八時八分
俺では無理だ。誰でも無理だ。真実、この世界に本当の彼女を救える人間がいない。誰も奥底にある仮面の下の彼女を見ようともしない。ふざけるな、と言いたくなる。だからなんでもやろう。奇跡でも起こしてやろう。そうすれば、望みは繋がるから。
――――
「…………、」
「お兄?」
「ごめん。やっと分かった。……そりゃあそうだよ。これ、ボクだ」
「え?」
「間違いない。……こんな考えをするのは、ボクだ」
「…………ふーん…………」
――――
八月二十四日 午後九時七分
彼女はスポットライトのあたる存在じゃない。表舞台に立つ人間ではない。それが、あんなにも、あんまりな現実に折れている。ふざけている。俺は今までなにをしていたのだろう。けれど、自分にはなにもない。零でしかなくて、ひとつも無い。だから、誰でもいい。なんでいい。そのためならこんな命はくれてやる。言葉のひとつも、見返りのかけらだっていらない。どうか、どうか、救いを。
――――
「あちゃー……」
「…………、」
「痛いね……この人……いや、ねえ……? お兄……?」
「…………古い鏡って、わりと、効くんだな…………」
「お兄?」
「分かる。すっごい分かるぞ〝俺〟……」
「ええ……」
――――
八月二十九日 午後一時十四分
いいんだ。きっと、俺が消えても。彼女が笑ってさえいれば、それで――
――――
「うわあ……」
「……青いなあ、〝俺〟」
「は?」
「あの頃は僕もそんなこと思ってたなあ……」
「うわあ…………」
「本当に死んでも良いとか考えてたなあ……いまはもう無理だけど」
「うわ、うわ、うわあ…………」
――――
九月八日 午後十一時五十分
救え、それが使命だ。
――――
「何様だよこいつ……」
「お兄様」
「は?」
「……ごめん」
「――やーんお兄様ってば素敵っ♡抱いてっ♡」
「は?」
「……ごめん」
――――
九月二十二日 午前二時四十五分
なにをしても現実だ。どうしようもない。理論に基づいても、オカルトに傾倒しても、それは変わらない。なら、最後に残ったのはなんなのだろう。こんな空っぽな器に残ったのは、一体、なんなのだろう。俺が死ぬ時に考えていたことは、なんだったのだろう?
――――
「死ぬ時……」
「……ねえお兄。これ、本当にお兄?」
「……そうだね。僕じゃない。けど、正真正銘ボクだよ、これは」
「あっそ……」
――――
十月一日 午後七時四十七分
暗い。軽い。遠い。音も、感覚も、光すらなくなったとき。ボクはもう一度、それらをすこしでもと願ってしまったんだ。
――――
「……そうだったな、そう言えば」
「……お兄?」
「あんな状態でも……願える心は、あったんだよ。〝俺〟」
「…………、」
――――
月 日 時 分
願いはひとつだけ。たとえこの身が朽ちても、この記憶がなくなっても、ぜんぶがぜんぶ消えてしまっても。彼女だけは、救われますように。だから、ぜんぶ、ひっくり返れ。
――――
日記は、そこで途切れていた。
「……でたらめだな」
「うん。途中から意味分かんないし」
「いや……むしろ途中からのほうがよく分かった。ちょっと、ふざけてるぐらいに」
「……お兄?」
何度目かの問いかけ。玄斗は、なにかを我慢するように笑っていた。
「ボクって人間は本当に……ああ、白玖たちがどれだけ苦労したか、やっと分かった気がする」
「あたしは?」
「真墨はまあ、むしろ僕が苦労してるっていうか……」
「おい」
「冗談。……ちゃんと感謝してるよ、大好きだ」
「それは告白と受け取っても?」
「家族として」
「ちっ」
するりと背中に伸ばした手を無言で叩きながら、玄斗は考える。要するにこれはただの偶然で、考えるもなにもなくて、目の前の現状をどうにかするのが最優先で。そして、意味こそあれど意図的ではないのならば。
「……よし、分かった」
「え、なにが?」
「ぜんぶ取り戻すよ。こんなふざけた現実、認められない」
「いやいや……どうやって?」
「決まってる――」
立ち上がった玄斗の心に、ブレは一切ない。日記の彼はどうであれ、ここに存在する十坂玄斗にもはや弱さは欠片もなかった。完成されている。そう言うのであれば、彼こそが明透零無である十坂玄斗として答えを掴んでいる。で、あるのなら。
「
「……やっべえこいつネジぶっ飛んだわ……」
まあ、あながち、間違ってもいない。
八章から幕間カットでございます。七章で十坂玄斗の物語は終わってるからね、仕方ないね。
>俺玄斗
ヒロイン全スルーしてフラグ叩き折って流れるままに生きてきたどこかの誰かさんをそのままにするとこんな感じ。でも“彼女“にぶち壊されてます。おかげで半端に完成しちゃってるよ! やったね! ちなみに主人公よりは人間くさい。