ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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シスターズノイズ

 

「はい、お兄。あーん」

「自分で食べられるよ」

「あーん」

「真墨、僕は自分で」

「あーん♪」

「…………、」

「あーーーん♪」

「……もう」

 

 ぱくっ、と真墨の差し出した唐揚げを頬張る。美味しい。が、羞恥心というものが凄まじかった。赤くなる玄斗の頬を即座に気付いてにやけながら、お次は卵焼きだと真墨が狙いを定める。……昼休みの、生徒会室だった。

 

「……なあ、木下。俺たちはなにを見ているんでせうか?」

「兄妹の甘い昼食だろ。甘すぎて買ってきたカフェオレが苦いんだが」

「木下。それブラック。あんたバカァ?」

「そういうおまえはどうして生徒会室の隅っこでダンボールに隠れてやがる。ビッグボス」

 

 ガサゴソと大きめの段ボール箱を被る友人を、鷹仁は文字通りゴミを見るような目で見た。スニーキングにしては不出来すぎる。そも、その理由が情けないあたりになんともこの男の本質を垣間見たような気がした。飢郷逢緒。諸事情につき女性は苦手である。

 

「友達の妹だって敵だ。それがブラコンでも敵だ。いいか、女は敵だ。ああでも美人なちゃんねーとラブラブチュッチュしたい……!」

「できねえだろ」

「言えてる。ははは、ウケるー! ……いやウケねえわ」

「ひとりラノベ劇場できるんじゃねえのおまえ」

「それ以上言うなー! やめろー!」

「それはひとり特撮劇場だクソ特撮厨」

 

 ガタゴトとダンボールのなかでひとりアイガッタビリィーをはじめた生徒会書記。頼りがいがないくせにこう見えて仕事熱心なのだから切り捨てるのも惜しかった。やれと言われたことはやる男、それが飢郷逢緒である。なお見た目がだんだんと女子ウケするチャラいものから地味目に変わってきていた。本人の努力の賜物である。

 

「つーかマジでおまえ元に戻ったな。すこしは残ってた華もねえぞ。いいのかそれで」

「俺の心の安寧と引き換えにすればモーマンタイだ。笑えよ」

「はっ」

「いまだれか俺を笑ったか……?」

「失礼いたしますっ!」

 

 がらっ、と勢いよく扉が開いた。見れば、長い黒髪を揺らしながらひとりの少女が立っていた。どこか茶色の混じったそれは、鷹仁はもちろん玄斗をして全体的なものに覚えがあった。ちょうど、どこかの隅っこのはじっこで弁当をつまんでいる誰かさん的に。

 

「兄さん!」

「うおッ!? あ、揚羽(アゲハ)……?」

「いたっ! もう! どうしてそんなところに隠れているんですか!」

「い、いや……お兄ちゃんちょっとお腹の調子が……ね……?」

「えっ、大丈夫ですか? 保健室行きますか!? 病院の予約は……あと、それから……ええと……ぽ、ぽんぽんさすりましょうか!?」

「揚羽、揚羽。ここ生徒会室だからそういう家ノリやめようね?」

 

 うんうん、とうなずきながら後じさる逢緒。このとき、鷹仁と玄斗の心境は一致した。

 

「「(あれがフェ○未遂妹……)」」

 

 男ふたり、考える方向は同じである。

 

「あ、飢郷さんじゃん。……ん? 飢郷……生徒会は……ああ。ねえお兄。もしかしてあれが童貞インポ野郎先輩?」

「ふぐっ」

「兄さんッ!?」

「ごめん真墨、その件は本当に僕が悪いから勘弁してあげて……」

 

 玄斗から渾身のお願いだった。冗談交じりで話した友人の渾名がとんでもクリティカルダメージを叩き出している。無慈悲だ。無慈悲すぎてお慈悲がもらいたくなる。胸を押さえて飲んでいたトマトジュースを吐血する逢緒は、なんとも顔が青ざめていた。

 

「と、十坂ァ……! どうして俺はっ、初見のおまえの妹にこんな……こんな……っ、うえぇ……」

「泣いちゃった……」

「しっかりしてください兄さん! 大丈夫です! 私がついてます!」

「真墨、ほら、謝って」

「いや、なんかその、すいません本当。うちのお兄が」

「えっ」

「え?」

 

 きょとんと顔を見合わせる十坂兄妹。そんな呑気なふたりに激昂したのが、状況を静観していた鷹仁――ではなく、逢緒の側でよしよしと背中をさすっていた飢郷揚羽だった。

 

「――真墨さん……! あなた、口の利き方というものを知らないのかしら……!?」

「うっわ、面倒な人怒らせちゃった」

「もう我慢なりません! まったく、兄も兄なら妹も大概ですね……!」

「――あ゛?」

 

 とんでもなく低い声だった。ドスの効いた良い声である。効きすぎて、隣の玄斗の肩も自然と跳ねる勢いだった。真墨の瞳に、若干人でも殺せそうな翳りがある。

 

「あー……あのさあ。別に、あたしのことなんと言おうが飢郷さんの勝手だけどさ……うちのお兄になんか言ってみな? 二度と立てなくしてやる」

「ハッ――威勢だけはご立派ですね。ではこちらも忠告しましょう。……次、兄さんを童貞インポメンタルクソザコ豆腐野郎なんて言ってみなさい。東京湾に沈めますよ」

「揚羽さん? 十坂の妹ちゃんそこまで言ってないんすけど……?」

「黙っててください童貞インポメンタルクソザコ豆腐トラウマ女々しくて金玉役立たず野郎の兄さん!」

「やだ、死にたい……!」

 

 顔をおおってうずくまる逢緒へ、玄斗はぽんと肩に手を置いて慰めた。ちょっとだけ真剣な顔をしている。

 

「飢郷くん。死にたいなんて言っちゃ駄目だ」

「十坂……」

「きっと、飢郷くんに生きていてほしいって人がいるよ。いないなら僕がそう思う」

「…………俺、はじめて、十坂に惚れかけた」

「ごめん僕はノンケだから……」

「冗談に決まってんだろ」

 

 ピシガシグッグ、と腕を組み合う男子ふたり。なんとも仲がよろしいコトである。男なんてそんなもんで、一日二日もあれば馬鹿をやるぐらいに関係というのは良くなるのだ。が、肝心のシスターズはそうもいかないようで。

 

「殺す……!」

「潰す……!」

「……怖いなぁ、こいつらの妹」

 

 どちらも若干のシスコンと凄まじいブラコンという関係なあたり、実は意外と息が合うのではと思わないでもない鷹仁だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「――兄さん」

「おう?」

 

 そろそろ予鈴も鳴ってきた頃合いで、生徒会昼の会議(という名目の昼飯団)は解散と相成った。そんな教室までの帰り道。呼ばれた逢緒はくるりとふり向いて、妹に向かってにこりと笑う。

 

「どうした揚羽。お腹空いたか?」

「さっき食べたばっかりですが。……腕、見せてください」

「なんのことですかね……?」

「いいから」

「…………へいへい」

 

 言われるがまま、ぶらぶらと揺らして彼は右腕を差し出す。まったくもって恐ろしいものだと、苦笑しながらそんな感想を浮かべる。家族というのは不思議だ。なんでこうして隠し通していることまで見抜かれるのか、そのあたり逢緒にはさっぱり分からない。

 

「……また出てる」

「いやあ、気にすることでもないからね? 日常茶飯事だし朝飯前だし。まあ、じんましんぐらいは、多少はね?」

「気にします! ……だって、兄さん……」

「――っ、あー、もう、良いから」

 

 さっさと袖を戻しながら、逢緒が踵を返して歩いていく。揚羽もそれを追うように付いていく。度を超した女性恐怖症。拗らせた、というのは間違っていない。ただ、それが余程のものだから心配している、というのは彼も分かっていた。救いなのは、なんとか妹だけは大丈夫な範囲内におさめられているコトである。

 

「大丈夫だよ。お兄ちゃんはへいきへっちゃらだ。こう見えて元気ハツラツオロナミンVだからな!」

「……明日、インフルエンザの予防接種ですね」

「やめて。……嫌なこと思い出させないで……やだよ注射……こわいよ……」

「……駄目じゃないですか」

 

 ガクガクと震え始めた兄の背中をよしよしとさすりながら、ふたりは廊下を歩いて行く。おちゃらけて、ふざけて、どれだけ隠しても知っている。女性が苦手で、注射が嫌いで、いまだに通院なんか続けていて、それでありながら人並みに異性に対する興味関心がある。そんな兄のコトを、誰よりも、彼女は分かっている。

 

『ひぃっ! ……ぃ、や……ぁ、ああ……っ! うあぁ……!!』

 

 もう二度と、あんなコトにならないためにも。兄は、私が守らなければいけないのだ。





>女性恐怖症
男キャラを書くときに没個性で薄味にしちゃうくせがあるので今回は気持ち濃いめにしました。いまコレで一本書くとしたらこうしちゃうなあってのを詰め込んでる。普段はおちゃらけてる奴が本当の本気で闇が深いの良いよね……

>飢郷妹
本編攻略不能キャラ。真墨とは相性が悪い。向いている方向は同じ。同族嫌悪である。ちなみに74

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