ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「――そんなわけで、調色高校生徒会長の十坂玄斗です。よろしく」
「…………、」
ひく、と目の前で笑う白玖の表情が引き攣っていた。私立筆が丘女学院。玄斗たちの通う調色高校からすこし離れた隣町にあるお嬢様学校に、わざわざどうして彼が足を運んでいたのかなんて考えるまでもなく。
「良い機会です、壱ノ瀬さん。これもまた、ご縁かもしれないということで」
「あはは……そう……ですね……」
隣で微笑む女性教諭の言葉に、彼女は愛想笑いで返した。ひく、ひく、と依然頬がひくついている。もちろん理由は明白。なんの相談もなく、なんの事前情報もなく、唐突に表から――しかも今度はしっかりアポをとって――白玖の目の前に現れたこの男が原因だった。
「……筆が丘女学院、生徒会、会長……壱ノ瀬白玖……です」
「うん。よろしく、壱ノ瀬さん」
握手をする玄斗の顔は、いかにも、といったモノだった。まだ会って一月も経っていない白玖でさえ分かる嬉しそうな笑顔である。こっちがこれだけ感情を振り回されているのに、向こうだけしっかり把握して納得して幸福に包まれている。なんだか無性に腹が立った。ぎゅっと強く握り返すと、玄斗は不思議そうに白玖を見つめ返す。
「(……よくわかんないけど、あったかいなあ。白玖)」
「(うわ、コレぜんぜん伝わってない……!)」
意外なことにパーフェクトコミュニケーションだった。生来の時点で相性が良いのか悪いのか、不思議なコトに分かってしまう自分がなんだか嫌だと白玖は複雑な気分である。対して玄斗は相変わらず幸福感を抱きながらゆるりと微笑むのみ。こちらもこちらで相変わらずなのがなんともらしい。
「ちょうど時期も同じぐらいみたいだし。頑張ろうね、
「……共学のトコと一緒に文化祭……なんでよりにもよって私の代に……」
「嫌だった?」
「あっ、ええと、嫌、というわけではなくてっ! あのあの、ええと……その……あ、あはは。あはははは……!」
「?」
シンプルに言うならば嫌というより面倒くさいのである。もっと言えばしんどい。これでもしっかり一学校の生徒会長として、考えるコトは考えている彼女だ。色々と対策や取り決めなど、やらなくてはいけないことが倍以上に増える。その仕事量に思わずくらっとしてしまうのは、まあ、役職的に仕方ないコトなのだろう。
「と、とにかく、こちらも引き受けたからには全力で。……やりたいと、思いますから。その、十坂さんも……」
「うん。手は抜かないし、抜く気もないよ。最高の文化祭にしよう」
「……そういうこと素で言えちゃうのが怖いよ……」
「言うのはタダだから。やろうと思えば、できないことは少ないし」
「――――…………、」
本当に怖いのがそこだと、白玖はちいさくため息をついた。何事も割り切るというのが肝心でもある。が、目の前の少年はそれが苦手な部類に入るであろうことが丸分かりだった。ふざけた声音も態度もなく、ただ真っ当にそんな言葉を吐ける。彼みたいな人間が、いったいどれほど居るものか。
「……本気なんですね、十坂さん」
「そりゃあ、他校を巻き込んでるし。下手な真似はできないよ?」
「……うちだってどうせ軽いノリで受けたんです。ここだけの話、生徒数も減ってますし良い機会だと思ってるんですよ。なので、そこまで気を張らなくていいです」
「壱ノ瀬さん」
「はい、すいません」
ごほん、と側に立っていた女性教諭の咳払いで白玖が姿勢を正す。その光景に、思わず玄斗はクスリと笑った。どこまでいっても彼女は彼女である。やはりダメ元でも持ちかけて正解だったと、ひそかに内心で胸をなで下ろす。
「……なら、ひとまず校舎を見ても良いですか? ちょっと、見学みたいな感じで」
「ええ、大丈夫ですよ」
「……とのことなので、はい。私が案内しますよーっと」
「……おお」
それはなんともありがたい、と玄斗は頬を緩めながら答える。教師の手前、白玖と一緒に歩けるのは良いなとは言わなかった。ぐっと堪えた。とてつもなく言いたかったが必死で堪えた。やはり日常生活でのハクニウムに十坂玄斗は飢えている。
「じゃあ、行きましょうか。えっと、十坂さんと……」
「――申し遅れました。紫水六花です。調色高校生徒会、会計をつとめさせていただいてます」
「あ、うん。よろしくね、紫水さん。とりあえず、四階から」
カツカツと歩き出す白玖の背中を追って、ふたりもその場から立ち去った。見慣れない場所をさも当然といった様子で進む彼女の姿は、玄斗からするとすこし不思議な光景だった。たぶん、それも慣れないのだと勝手に予測する。そこまで外れていない気もして、またひとつ苦笑い。
「(まあ、白玖の知らない一面を見れたって思えば、いっか)」
そんな風に切り替えて、まっすぐに前を向いた。天気はいい。とても青々とした空で、スカッとするような晴れ具合だった。だからといって、なんだというワケでもないが。いまの玄斗にはあの空のように、分厚い雲がかかることもないのだろうと。
◇◆◇
知り合いに無視される。とはまた違ってくるのだが、言ってしまえばこちらだけが一方的に知っている。関係性が変化している。そんな相手を誘って、断られるという工程は案外玄斗の心にダメージを負わせていたらしい。気にもしていなかったそこを感じたのは、白玖と一緒に筆が丘女学院の校舎をまわっているときだった。
「ここが音楽室で……あっちが美術室です。いまはどっちも部活で使ってますけど……」
「見たら迷惑かな」
「……色んな意味でまあ、苦労はするかと……」
「そっか」
じゃあ遠慮しておく、と言うと白玖はあからさまにほっとしていた。おそらくは女子校という関係上、男子に見られるというのがいけないのだろう。先日の騒ぎも思い出して、むしろ校内なのにこうしてスムーズに移動できていることこそ驚くべきかと玄斗は内心で納得した。時折すれ違う生徒に熱い視線を送られるのは、ただ単に物珍しさだと思いたい。
「……今回は先に伝わったので良かったですけど……こういうことこそ十坂さんはきちんと連絡してください。私だって、いつも暇なわけじゃないんですからね?」
「ごめん。今度からは気を付ける。でも、壱ノ瀬さんが生徒会長だなんて知らなかった。学年も同じなのに」
「……成り行きなんです。そもそも、私はそこまでやる気があったわけでも……」
ため息をつきながら肩を落とす白玖だが、その仕事ぶりはたったの数分間同行した彼らでも分かるほどのものだった。いくら玄斗の存在が校内で珍しいものとはいえ、真っ先に声をかけられるのは彼女のほうである。それにひとつずつ返していくのだからずいぶんと生真面目だ。らしさ、と言ってもいいだろう。
「でもやってるし、やれてる。それこそ僕なんかよりずっと。それはきっと、とっても凄いことなんだろうなって」
「またそんな……お世辞はいい加減飽きてきましたから」
「いいや、本当のこと。壱ノ瀬さんは凄いよ。すくなくとも僕は、そう思ってる」
「…………耳障りが良すぎます。素直に受け取るのに、困るじゃないですか……」
「そっか」
くすくすと笑う玄斗を、白玖はじっと睨みつけた。彼女にとっては相変わらずな様子。玄斗自身にとってすれば「やっぱりどうしても」なんて感情が先走った状態だ。中身や記憶がどうであれ、繋がりの薄れた想い人を前にして気持ちがあがらないワケがなかった。
「うん。だから、きっとうまく行くし、行かせてみせるよ。これでも努力するほうなんだ。一緒にやっていこう、壱ノ瀬さん」
「……分かってます。私だって、こう見えてけっこう頑張るタイプなんですよ?」
「知ってる、なんてね」
「じゃあ、私も十坂さんが努力家だってコト、知ってました」
「なんだい、それ」
「あなたがふっかけたんですっ」
言い合いながら、ゆったりと廊下を歩く。真墨のほうはともかく、色々と世話にもなった彼女たちからおざなりに扱われるのはたしかにくるものがあった。誰ひとりとして軽いも重いも無い。辛いものは辛いだけ。だからこそ、こうして変わっても素直に過ごせるのは良いことなのだと思った。いまはとりあえず、その程度でも構わない。
「申し訳ありません。私も居るのですが」
「っ、す、すいません紫水さん……!」
「忘れてたの、白玖?」
「むしろなんであなたは覚えててなんの違和感もなく……!」
まあ、十坂玄斗とはそういうものである。
>俺玄斗と僕玄斗の決定的な違いってなーに?
僕玄斗は救いがありましたね。
俺玄斗はここに至るまでの救いがゼロなんですよ。ちなみにどう転がってもこの先も彼自身が救われることはないんですよ。とだけ。