ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
父親は地方の銀行員で、母親は学校の教師だった。物心がついた頃から勉強を教えられて、ペンを片手に参考書とにらめっこをする毎日。人並みに自由はあったし、人並みに遊べたとも思う。ただ、人並み以上に勉強へ費やす時間が長かった。でも、それを苦だと思うことも同時になくて。
『よくできたわね、六花。次はもっと頑張りましょう』
『いいぞ、六花。その調子だ』
それもその筈。問題を解けば褒められる。難しいことをやればやるほど認めてもらえる。笑ってもらえる。嬉しいといってくれる。楽しいと思える。沢山勉強して、沢山知識を身に付けて、やがて学校で良い成績を残すようになると、また褒められる。それはなにより、彼女にとっても嬉しいことだった。
『えらいわ、六花。次はもっと上を目指しましょう』
『すごいわね、今度はもっと難しいところに挑戦してみましょう?』
『できるじゃない、六花! ならもっと上のレベルもきっとできるわよ!』
『頑張って、六花!』
『頑張って!』
『頑張って』
『ガンバって』
――頑張って。ふと、後ろを振り向いたとき、なにが見えるのかと考えた。残ってきた知識はすべて実になっている。ひとつも余すところなく自分の糧だった。意味はある。ただ、理由があまりにも希薄すぎた。結局、それは紫水六花が望んで得たモノではなく。
「……頑張りました、お母さん」
『いえ、まだよ』
『もっとできるはずよ』
『できないの?』
『なんで?』
『どうして?』
『あなたならやれるはずでしょう?』
期待をかけられている――違う。重圧に耐えかねている――もっと違う。両親がどう思って自分自身に勉強をさせているのか、中学に入る頃には分かりきっていた。あまり良いとは言えない大学から就職を決めた父親。全国的に見れば平均レベルの出身で教師をやっている母親。自分たちにかなわなかったものをかけている。――そこに、紫水六花の意思がくみ取られる隙間は、一ミリとて無い。
『どうして!?』
『なんでできないの!?』
『六花、あなたならできたはずでしょう!?』
『ねえ、なんで!? どうして!? 答えなさい、六花!!』
「……うるさい……」
自分で選んできたもの。自分からやろうとしてきたもの。紫水六花がつくりあげた彼女を探したとき、それがどこにもないのだと気付いた。敷かれたレールのうえをただ走って来ただけ。親の言うがままに生きてきただけだ。どこにも、彼女なんて個性はない。ただ言われるとおりに勉強をして、言われたとおりにこなしてきた空虚な人生。
「(私って……なんなんでしょうね……)」
揺らいで、揺らいで、揺らめいて――だからこそ、それは初めて自分で選んだものだった。
『――一緒に頑張ろうね、紫水さん』
自分より勉強ができて、自分にないものを持っていて、自分には届かない輝きがあった。それにひたすら惹かれた。彼に近付きたくて、今まで以上に必死で努力した。分からないことは意地でも理解できるまで諦めなかった。些細なミスや細かい違いのひとつだって見逃さないほど集中した。それで、やっと、その場にまで手を届かせて。
『今回は一位だったね。おめでとう。次も頑張ろうね』
――それでもなお、空虚なまま。
〝どうして……!〟
あなたに近付きたかったのに。こんなに努力したのに。他とは比べものにならないほど頑張ってきたのに。その隣に立ちたかっただけなのに。その場に居て欲しかっただけなのに。そこに一緒に居られたら良かったのに。――もう、その全部がずっと叶わない。
〝どうして、私は……!〟
人生に意味があったかと言えば、たしかにあったのだろう。両親のやり直しを再現するというもので。
〝こんな、こんな――こと――……!!〟
生きてきた理由があったかと言えば、たしかにあったのだろう。両親の届かなかった場所へ手を伸ばすというものが。
〝こんな……誰でもできることで……っ〟
でも、紫水六花であった意味は、欠片もない。
〝私は……私はっ……!〟
紫水六花であった理由は、なにひとつして存在しない。
〝――どうすれば、良かったの……!!〟
意味も理由も見失って、ともすれば生きているから生きているだけだった。未来は明るくない。昼間でだって景色は暗闇だ。足を踏み外せばぼとりと落ちる。でも、そんなことをしても面倒だから仕方なく生きていく。心が痛むのはまだ死んでいない証拠だった。けれど、辛いことでもある。何度も、何度も、一度折れた彼女のソレに現実はどこまでも眩しくて――
「よく頑張ったね、紫水さん」
はじめてかけられたその言葉に、うち震えてしまったのだ。
◇◆◇
「……ふざ、け……ないで、ください……!」
「……ふざけてないよ」
「頑張ったって……あなたに……っ、あなたに……!」
抱きとめた少女の体から感じるのは、たしかな体温と若干の震えだった。泣いているのとはまた違う。十坂玄斗はそれを知っている。だから、覚悟も準備も万全だった。ここから先は弱音なんて以ての外。脆い部分だって欠片もあってはならない。それは偏に、彼を救った少女たちのやり方だ。
「――あなたに、なにが分かるんですか!!」
「っ……」
ガツン、と胸ぐらを掴まれて石塀に叩き付けられた。肺から息が抜けていく。普段ならどうとでもないだろうに、この十坂玄斗の体は弱すぎる。気の持ちようか、生き方の違いか。この分ではどちらもありそうなのが情けない。自分という存在は壱ノ瀬白玖に生き死にを左右されているのか。考えて、それもまあ悪くないと思った。
「私が……っ、私が、どんな想いで、ずっと、ずっと、やってきたのか……!」
「……分からないよ、そんなの」
「なら! なら、どうして――」
「分からないけど、頑張ったなら、そう言うべきだ」
「――――、」
声が詰まっていた。当然だ。きっと、あのときの自分もまともに言葉を発してはいなかったろう。五加原碧の何気ない一言が、さりげない優しさが胸を突いた瞬間。どこまでも、どこまでも救われたのは、決して特別だったからではない。
「紫水さんは、そうなんだろう。ずっと頑張ってきたって言ってたじゃないか。頑張って、努力して、こんなになるまで必死でやってきたんだろう。なら、ねぎらっても良いはずだ。頑張った人に頑張ったねって言うのは、おかしなこと?」
「……っ、そん、なの……!」
「おかしくないよ。きっと僕が保証する。だから、頑張った。頑張ったよ、紫水さんは。誰が認めなくても、それだけは僕が認める」
「――――――っ」
『……ふーん? あの
「(……かもね)」
耳をすり抜けた幻聴に笑いながら、腕のなかの少女を見る。たった一言、されど一言だ。十坂玄斗はそんな一言に撃沈した。彼女はどうだろう。見ていれば、なんとなく分かるものだった。きっと、同じだ。
「……どうすれば」
「うん」
「どうすれば、良かったんですか……私は……これしか、なかったんです……私の、価値なんて……人生なんて……っ、
「…………、」
『それは極論でしょう。けれど、たまに思います』
そう言っていた少女の本質を、玄斗は垣間見た。ひとつ、ちいさくため息をつく。違うのに重なってしまうのは、縛られているモノが似ているからだった。名前なんてつまらないものに固執していたのが彼だとすれば、過去に囚われているのが六花だ。歩いてきた道と、言われてきたコト。それらがきつく彼女を縛り上げている。それぐらい、解かなくてはなにが十坂玄斗か。
「……本当に、それしかないの?」
「だって、そうなんですよ……! ずっと、ずっと! 勉強しかなくて、それしか残ってなくて……! わたし、これ以外のことなんて、知らないのに! どうしたら良かったんですか!? どうしたら、私は――」
「そんなの、最初から答えなんて出てるだろう」
「――――え……?」
にっと笑う。十坂玄斗は揺るぎなく笑う。不器用でも、慣れないものでも、なんでもなく。ただ笑う。それが武器だ。それこそが武器だ。揺らぎなく、緩みなく、弛みなく、淀みなく。その手を差し伸べるなら、それが最低条件だと彼は理解していた。
「知らないなら、知っていけば良い。学ぶってそういうことだろうし。ならさ、なにもないなんてコトないよ。だって、それは勉強じゃないか。紫水さんは、得意じゃないの?」
「そ、れは……」
――ああ。なんて、簡単に。こうも
「やることは同じだ。知らないことを知っていくだけ。でもって、それは何度もやってきて、紫水さんの得意なところなんだろう? じゃあなにも問題いらないよ。君はもうずっと、紫水六花だ」
「――――――っ!」
そうして、六花は泣いた。この歳になってみっともなく、声をあげながら泣き続けた。敵わないと同時に悟りながら、ただただ涙を流していた。なにを迷っているのでも悩んでいるのでもない。それは、紛うことなき答えを掴んだ彼からの回答だった。……なんて、頼もしい。背中に回された腕は、どこまでも安心感を伴っていた。
この主人公書いてて物足りなさすぎる。もう一度根元からへし折ってやるべきか……