ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
一段落ついてからの帰り道、ふと玄斗は気付いた。
「(紫水に……六花……)」
今まで気にしてこなかった名前に、どこか引っ掛かるものがある。以前に彼の父親から聞いたこと。アマキス☆ホワイトメモリアルには続編がある。かのゲームのメインキャラは、総じて色と数字を含めた名前をしている。ルート展開の可能性が低くほぼほぼ隠しヒロインじみていた真墨はともかく、他は率直なものだ。
「(……いや、まさか……ね。たしかに、紫も六も、続いてそうなものだけど……)」
単なる偶然だろう、と頭を振る。明透零奈というヒロインがいる以上、名前の関連性なんてアテにならない。と、無理やり納得しようとして、
「(……うん? 待てよ。透明を色と考えれば零が数字で成立する……? いや、そんなまさか。あはは。まっさかあ……ええ……?)」
ちょっと真実を掴みかけた。明透零奈はヒロインである。であれば明透零無もヒロインである。以前までの彼は真実心を解されるという「どこのギャルゲーの攻略キャラだよ」なムーヴをしていたのだが、本人にそんな自覚なんてある筈もなし。十坂玄斗はいきなりの憶測に
「……十坂さん?」
「――はっ。ううん、なに? どうしたんだい
「えっ」
「あ、ごめん、壱ノ瀬さん」
「や、あ、はい」
いきなりのことで思わず口にでた名前呼びを、驚きの声で修正する。どうやらまだそんな距離感でもないらしい。当たり前と言えば当たり前。なにせ白玖と目の前の少女では、玄斗自身と過ごしてきた時間が違いすぎているのだから。
「えっと、さっきから悩み事……ですか?」
「悩み事っていうより、考え事かな。ちょっとした疑問だ」
「そうですか……あの、その。相談とかあるなら、乗りますから。気軽に言ってくれていいので」
「ありがとう。今度また、生徒会の愚痴でも聞いてもらうよ」
「あはは……それは私も聞いてもらいたいですね……」
お互い同じ立場なだけに苦労はあるようだった。白玖は単純に生徒会をまとめる役割として、玄斗は慣れない仕事に対する疲れからだろう。なにせ調色高校生徒会男子勢の結束は固い。おもにまとめ役が鷹仁なお陰である。
「にしても、凄いね。筆が丘。校内はイメージを裏切らなかったっていうか……いかにもって感じの上品さだった。ああいうの、ちょっと良いよね」
「……む。なんですかそれ。まるで誰かが上品じゃないみたいな……」
「え、いや……そうなるのか?」
「なりますっ。……ふん、ですよ。どうせ私はそんなお上品じゃありませんよー……」
ふいっ、と唇をとがらせながら白玖がそっぽを向く。刹那の光景にドキッとした。髪が若干黒に染まっているのもあってか、拗ねている彼女の横顔はどこまでも見慣れた誰かの面影を感じる。まるで、すぐそこに居るような錯覚。気を付けていながらもう一度、「白玖」と呼びそうになった。ぐっと堪える。いまの彼女は、そうではない。
「……ごめん、違うんだ。そうじゃないよ。壱ノ瀬さんは上品だと思う」
「ふーん……」
「それに美人だ。綺麗だし、可愛いし、あと笑顔も素敵だし。髪の毛とかサラサラだし、他にも――」
「ちょっ、もういいです! やめて! やめてください! 恥ずかしいですからっ」
「参った?」
「参った! 参りました! だからもうやめてください! 本当、もう……」
顔を真っ赤にした白玖に止められて、玄斗がくすくすと笑う。こういう反応を見るといまの関係も悪くないと思えるあたり、前を向くのは苦手ではなくなっていた。知らなかった一面を見られる。それは素直に喜びながら受け止めるものだ。すこしの寂しさぐらい、いまは心の奥に仕舞っておこうと内心でひとりごちる。
「ああ、ちなみにひとつだけ」
「あーもうっ……なんですかあ……?」
「冗談めかして言ったけど、全部本当のことだから。すくなくとも僕の本心だよ?」
「――――、」
ビシリ、と白玖の体が固まる。なんでもないように言ってのけた少年は、不思議そうに彼女のほうをのぞき込みながら首をかしげていた。つまりは天然。狙ってもいない台詞。それを素で当たり前みたいに吐けるのだから、彼女の心臓はもうハートがビートでヒートなモードだった。女子校である。お嬢様校である。その生徒会長である。男経験が無いにも等しい少女に、玄斗のストレートすぎる言葉はあまりにも衝撃的だった。
「そっ、そんな都合の良いコト言っても、私は、なんともないんですからね……!」
「……壱ノ瀬さん、壱ノ瀬さん」
「なんですかっ!」
「顔、まっか」
「………………っ!!!!」
しゅばっ、と腕で顔を隠しながら白玖がこつんと鞄で叩いてくる。それにまた玄斗はくすくすと笑って返した。すこし遅くなった帰り道。久しぶりの空間は本当に壱ノ瀬白玖と一緒なのだと実感できて、どこまでも幸せだった。きっと、彼女もそうなら良い。でもおそらく悪くはないのだと、どんなにからかっても隣から離れない少女にゆるく笑ってしまうのだった。
◇◆◇
デジャヴを感じるというのはこういうコトなのだろう。玄斗は携帯に届いたメッセージを見て、ひとつ息を吐いた。
『外食に行ってくるねー。お兄帰り遅いから適当になんか食べておいてだって。なんかお父さんがすっごい落ちこんでてウケるわ。そんなにお兄と居たいか。あ、あたしはもちろん色々と寂し』
そこで文面を読むのはやめた。たぶんロクなことが書いてないだろうと直感して。曲がりなりにも、というほど歪んでもいないが、これでもれっきとした兄妹である。本性を曝け出してしばらく経つ頃には、嫌というほど真墨のコトは理解していた。でも最近になって兄の布団に勝手に入ってくるのは朝起きたときにドキッとするのでやめてほしいと思う。
「(まあ、たまにはこんなのもいいかもね)」
ガツガツとテーブルのおよそ七割を埋め尽くした料理をかきこみながら、玄斗はそんなことを考えた。場所はいつか来た近場のファミレス。料金は比較的良心的。それでいて一品あたりの量もまあまあといったものである。彼としての評価はそれなりに高い。
「えっと、ひとりなんですけど」
「申し訳ございません。ただいま席が埋まっておりまして」
「うっわ、まじっすか……あー、じゃあ、すいません。他あたります」
「誠に申し訳ございません……」
「いえいえ……はあ……ここも駄目かあ……」
と、ちょうど入り口の近くというのもあってかそんな会話が聞こえてきた。ちらりと目を向けてみれば、見慣れた制服を着た少女が肩を落としながら踵を返していく。ほどよく着崩した格好と、目を引くぐらい明るい緑色の髪の毛。どこか懐かしい感じは、一年前のそれだと気付いてから納得いった。変わらなかった容姿は、どちらかというと原作に近い。
「み……五加原さん?」
「えっ――……げ、会長……」
「……、」
げ、ってなんだ。げ、って。いくらなんでも取り繕いとかなさすぎるだろう、と玄斗はわずかに肩を落とす。一体この十坂玄斗はどんなコトをしていればこうなるのか。あの五加原碧に露骨なぐらい避けられるのはなんともそのあたり分からない。
「……困ってるみたいだけど、どうかした?」
「い、いやあ? 別に関係ないよ? 会長には。ちょっと席空いてないみたいだからね。あたしは他のトコ――」
「よかったら一緒にどう? 僕、ひとりだし」
「…………あー……えっ……と……うわまじか……どうしよ……」
十坂玄斗の心がポキッと欠けた。場所も相手も同じ。立場と記憶が違っている。それだけでこうも変わるのだから、なんとも泣きたい気分だった。たとえ初ベッドインを奪った相手だとしても、いまはそんな五加原碧が恋しくなる。本当に、それだけ。
「……別に、警戒してもなにもしないから。ご飯食べるぐらいなら、別に良いってことだよ」
「…………なら、まあ……良いかな……あは、あはは……」
「……そんなに嫌?」
「あー……あははー……!」
否定しないあたりの本気度がうかがえた。なんとも心にくる。彼女に見られないようため息をつきながら、玄斗はテーブルのうえの皿を簡単に退かしてスペースをつくる。対面に座った碧は、まず初めに嫌な顔――をするコトはなく、単純に驚いていた。
「……あれ、会長。そんなに食べるんだ……」
「食べるよ。知らなかったの?」
「いや……会長って小食で有名だし……いや……この量平らげるとか……ええ……? 化け物かなにかじゃん……」
「……化け物は酷いよ」
「あ、うん。ごめんごめん。あはは……」
あんまりな物言いをつつきながら、玄斗はぼんやりと考える。生徒会長である彼は小食で有名。それは普段から食べてこなかったということだろう。なんとなく、そんな調子でここまで来たのならああもなるかと納得した。でもって、ならば本質がなんとなく見えてくる。きっと十坂玄斗はここに至るまで、世界を直視してはいない。目の前の現実としっかり向き合って生きてはいない。未だ、死んだままなのだろう。
「あ、すいません。チーズグラタンと……あー、あと、ドリンクバーお願いします」
「かしこまりました」
「……それだけで良いの?」
「いや、普通はそのぐらいだって……」
あたし女子だし、と付け足しながら碧はスマホを取り出して画面を弄り出す。そういったものが普通に似合う彼女だが、意外なことに玄斗の知る碧は彼の前で携帯の画面に注視するというコトは殆どなかった。「スマホを弄る暇があるなら十坂と話すっ」といった彼女の方針だ。もちろんそれを知っているのは真実この場にいない碧自身のみであるが。
「……五加原さんって」
「うん。なに?」
「一年のときの……入学式とか、出てた?」
「あー、あたし出てないんだよね。なんか、学校ふらついてたら間に合わなくてさー。だるいからもういいやーって」
「……そうなんだ」
どうりで、とうなずきかけながら玄斗はコーヒーを口に含む。あの日、あのときに彼女を見つけなかった。もしくは、見つけたとしてもそれを無視していた。どちらにせよズレたのはそこだろう。ならばもはや交わることもない。五加原碧の人生に、玄斗の入りこむ余地が消え失せていた。そんな、可能性の一端を目の前にしている。
「……五加原さん、さ」
「うん」
問いかけに、碧はこちらを見ない。携帯の画面をじっと見つめながら中身のない返事だけをしている。とても、会話とは言えない。
「……もしかして、なんだけど」
「うん」
分かりきっていても、きっとそれは聞くべきだと思った。だって、はじめは彼女の言葉だったのだ。ならば言うべきだ。それでいて、返答があるのなら聞き届けなくてはとも思った。碧の問いかけ。その衝撃的だった一言を、いまにこそ返す。
「――僕のこと、嫌い?」
「……あはは」
「…………、」
「…………あー、うん。まあ、苦手じゃないよ? うん。それは、間違いないかな」
けれど、好きとは言ってない。けれど、嫌いとも言っていない。どちらかなんてあからさまで、玄斗には自然と分かってしまった。やり場のない感情は、どこへもやれずに消えていく。
「……なら良いんだけど。ごめんね、変なこと聞いて」
「いやいやー……本当だってもうー」
かわいた笑みを貼り付けて彼はそう返す。言いたいコトも言えない。そんな相手を前にして、ただ笑うのが苦しかった。きっとそれほど大切な思い出。零無と呼んでくれた彼女が、いまはいない。
「(……辛いな。本当……泣きたいのは僕もそうか。でも、まだなんだ)」
泣くならぜんぶ終わってから。そう決めて、いまいちど料理に手を付ける。気持ち、先ほどまでよりも食事のペースは上がっていた。
「(絶対、取り戻してやる……!)」
ここで燃え上がらなくては、いまはいない彼女たちがすくい上げてくれた意味がない――!
>ルート外ミドリちゃん
玄斗に恋心なし&好感度最低というコンボ。理由はまあ色々引っ付かれてる会長状況見てれば分かる。単純にそういうのがタイプじゃないのである。そりゃあ僕玄斗にゾッコンになるわというあたりマジで生粋のJK。
ちなみに玄斗の好みを気にして黒髪に寄せた向こうと違って黄緑糸に近い明るい緑髪だったりします。
>すくいあげられた玄斗
折ろうとしたらなんか筆が勝手に走ってた。たぶんそういう意味でもう無理です。