ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
『……ああ、なるほど。彼に、救われてしまったのですね。――“私“』
だから、ごめんなさい。“会長“。
朝の生徒会室は、静寂が満ちていた。まだ生徒たちが登校する前の閑散とした校舎。中庭に人影はすくない。午前七時二十分。それらが賑やかになるのには、もう三十分ほどの猶予が必要だった。そんな中で、六花はひとり佇んでいる。
「――……、」
ふと、遠くを見れば薄い空が見えた。清々しい朝の陽気だ。ぼんやりとその暖かみを見詰めて、ほうとひとつ息を吐く。十月も半ばを過ぎれば気温がいっそう低くなっている。二桁はまだあるが、お世辞にもあったかいとは言えない。体の芯を冷ますようなものだ。凍えるとまでがいかないあたり、真冬にはほど遠いのだろう。
「(……存外、不思議と言いますか……)」
なにせ、昨夜は酷いものだった。生まれてはじめてした親子喧嘩は、いまだどちらも折れずに戦いの真っ最中である。きっと母親は驚いただろう。なにせいままで従順に言うことだけを聞いてきた子供が、いきなり反抗してくるのだから驚かないワケがない。飼い犬に手を噛まれる、とも言う。実際、けっこうがぶっと言葉で噛みついたのだが。
「……いいものでしたね。スカッとしました」
「それなら良かった」
独り言に返されて、がばっと六花はふり向いた。ひっそりと開けられたドアの向こう。防寒具に身を包んだ玄斗が、ちいさく手をあげながら笑っている。ちょっとだけ、居心地悪そうに。
「……いつからいたのですか?」
「ついさっき。ちょうど声が聞こえたから気になって。でも、その分だとうまく行ったのかな」
「いいえ、ぜんぜん。頑固でした。まあ、似たもの同士なのでしょうね。……私、はじめてですよ。鉛筆へし折ったの」
「おお……案外アグレッシブだ……」
「いえ、その気はなかったのですが。こう、なりゆきで。べきっと」
「いけるのか……」
「まあ、けっこう」
意外となんとかなりますよ、との言葉を受けて玄斗も鞄の筆箱から鉛筆を取り出して握ってみる。……ピクリともしない。むしろ親指の付け根あたりが痛い。完全に彼の負けだった。この玄斗の体が弱すぎるのか、もともとそんなものなのか。真相は自分の体でたしかめなくてはどうにもならない。
「……ちなみに、両手?」
「片手でしたね……」
「まじか……」
「まじです」
眼鏡をクイッとあげながら六花が言う。怒りのパワーとかそんなものだろうか。ちなみに後日生徒会男子勢ふたりが試したところ、どちらも派手にへし折ってくれたのは玄斗の心も一緒にへし折れそうな現実だった。我が肉体は無力である。
「で、さっきの話なんだけど。なんて言ったの?」
喧嘩を吹っ掛けたってのは知ってるけど、と玄斗は鞄を置きながらなんでもないように訊いた。あまり深入りするつもりもないが、いちおうそういう方向性に持っていってしまった人間として聞いておくべきだろうと考えてのことである。
「私はお母さんの都合のいい道具なんかじゃありません、と」
「……そっか」
「あと、あなたみたいにちっぽけなプライドに拘るようでしたら勉強なんてやめてやる、とも」
「…………そっ……か……」
「あとあと、教師っていうわりにあまりいい大学ではないんですね、とかとか」
「………………ああ、うん……なんか、ごめん」
「いえ!」
キラキラ、と目映いオーラを背景に六花が笑う。玄斗はかすかに、けれどたしかにひとりの少女の闇を見た。真面目で冷静でなんでもそつなくこなす印象のある彼女は、まあ、人並み程度にはその心の奥底に抱えたものがあったのだろう。人並みでないのは、それが凝縮して蠱毒じみているところか。
「面白かったですよ。お母さん、顔真っ赤にしてて。お皿投げられたのでハサミ投げ返しましたけど」
「いや危ないよ……」
「向こうから仕掛けてきたので正当防衛です」
「……傷とかない?」
「お父さんが腕にバンソーコー貼ったぐらいですが」
「巻き込み事故……!」
きっと父親は父親なりに止めようとしたのだろう。大の男がそれでも怪我をしたのだから余程のものだったと思われる。父親というのは存外逞しい。ちょっとした勘違いで言い合いに発展した妹と母親を「静かにしろ。くだらんコトでなにをしている。やめろ。いいか、二度は言わん、――
「でも、良かったと思います。私は……会長に、……いえ。あなたと、出会えて」
「……なに、それ? ちょっと持ち上げすぎだよ」
「いえ。……いえ。もう、隠さなくていいんじゃないですか? ――会長じゃない、誰かさん」
「――――、」
予想だにしていなかった言葉に、一瞬、頭が真っ白になった。けれど、同時に確信する。紫水六花。その名前はきっと彼女に似合っているのだろう。なにせ、これは何度目かになる焼き直し。〝彼〟という誰かに気付いた、少女の告白だった。
「それともこう呼んだ方が良いでしょうか?
「え……」
だから、本当に驚いたのはそのあとのソレ。目をしばたたきながら、玄斗は眼前の少女をはっきりと視認した。かっちりと着込まれた制服。生徒会会計を担当する腕章。雰囲気によく似合う眼鏡と、長い三つ編みを後ろに流した紫色の髪。見覚えがあるなんてコトは、当たり前だが。
「いや……え……どういう……?」
「……まったく驚きました。昨日、おかしな記憶が流れてくるんですから。でも、理解は十二分です。ええ、そうですとも。……まさかあなたが、あんな言葉をかけてきているなんて。どうりで、というものです」
「なに……が……?」
「――さすがは、
それは、玄斗をさす言葉ではなかった。それは、不慣れな物言いではなかった。それは、自然とひとりの少女に対するモノとして受け取れた。十坂玄斗ではない。彼女の言ったその二文字に込められた意味は、それとは比べものにならない何かが込められている。そう感じてしまうほどの音。
「紫水、さん……?」
「はい。まあ、すこし混ざり合っていますが、〝私〟も〝私〟も殆ど同じなので、結局変わりません。なにはともあれ、とんでもないことをしてくれやがりましたね、十坂さん」
「あ……いや……それは……その」
「こんな、持て余すぐらいの気持ちを、教えてくれやがりまして」
「……え?」
はあ、と六花がため息をつく。どこか嬉しそうに、けれどどこか複雑そうに。顔を若干俯けながら、少女はちいさく手を握った。きゅっと、軽く拳がつくられる。
「あの人が好意を抱いていましたから。そんな気は、そもそも無かったのですよ、あの私は。それをまあ、無くなった瞬間にあれですか。もう、本当……これじゃあ取り返しなんてつくわけ、ないでしょうに」
「え……? え……!?」
「どうしてくれるんですか? 十坂さん。……私、あなたのコト、結構本気で好きになってしまいましたが」
「…………………………!!??」
〝ど、どうしてそうなるんだ……!? い、いや、そうなるのか――!?〟
そうなるのである。直っても十坂玄斗は十坂玄斗だった。今回の件に限ってはこの一言に尽きる。なにせ自分自身で救い上げた少女がどうなるかなんて、彼は「まさか自分に惚れるなんて無いだろう」
「えっと、その、ごめんっ。それは……その気持ちだけは……答え、られなくて……」
「おや。誰が答えてほしいと言いましたか?」
「……あれ?」
「奪いますので。覚悟しておいてください。そうしてこれからあなたのコトを、いっぱい知っていきますので」
「――――――、」
玄斗は確信した。証拠はないが、きっとそうだ。なによりもあるべき強かさ。ぐいぐいと迫るような勢い。間違いなく、紫水六花は続編ヒロインだ。不正解なら木の下に埋めて貰ってもいい。そう思いながら、彼は苦笑を浮かべる。窓からは校庭の枯れ始めた木々が見えている。仄かに残った夏色。残滓のようなそれは、ないはずだと思っても残っているものだった。――濃い、緑色を。
ルート攻略おめでとうプレゼントその①
その②はご存じあの子です。