ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
――心は、なにかを感じている。夕陽のさした赤い廊下。遠く、外からは運動部の声が聞こえてくる。生徒会室から教室までの帰り道、玄斗はぼんやりと窓の向こうを眺めた。
「…………、」
逞しくなったものだと、我ながら息を吐いた。何度も、何度も、明透零無として心を殺し、十坂玄斗として自分を殺し、折れて、折れて、折れ曲がった結果だった。いまとなっては懐かしい思い出。まだ出来上がっていなかった未熟な自分が、ふと、顔を覗かせたような気がした。
「(……残念だ。言いたいコトが、沢山あるのに)」
誰とは言わないし、誰かひとりなんてものでもない。なくしてから気付くこともある。真実、彼女たちという存在がどれほど自分の人生に食い込んでいたかなんて、玄斗はとうのとっくに分かりきっていた。それがさっぱり消えている現実も。
「(……今回だって、きっとひとりじゃ駄目だった。僕だけじゃ。僕は、ずっと)」
ずっと、助けられてきた。ひとりは、いちばん大切なひと。ひとりは、いちばん初めのひと。ひとりは、いちばん頼りになるひと。ひとりは、いちばん優しいひと。ひとりは、いちばん気付いてくれたひと。いちばん近かった彼女は、もう気にすることでもなくなっていた。奇跡があるというのならあれがそうなのだろう、と彼は思う。だから、何度もはない。
「(……贅沢だからね。真墨だけでも、十二分なぐらいなのに。なにを弱気になってるんだろう)」
ひとつ息をつきながら、教室の扉を開ける。景色はすっかり茜色だった。机も椅子も、斜陽に照らされて真っ赤に燃えている。――その、なかで。
「――――」
ひとつ。覚えのある慣れない緑色が揺れているのを、見た。
「……五加原さん?」
「…………、」
返事はない。少女は静かに、机のうえに突っ伏している。不審に思って近付くと、聞こえてきたのはちいさな息遣いだった。どうやら眠っているらしい。安心したような、ちょっとだけ残念なような。複雑な気持ちをため息と一緒に吐き出しながら、なんとはなしに玄斗は隣の席へ腰掛けた。
「……お邪魔します」
「…………、」
音をたてても動きはない。まるで死んだように眠っている。そんなコトはないだろうが、それほどの熟睡なのだろう。腕の隙間から見える寝顔は、ほんのすこし緩んでいるようにも見える。
「…………、」
違うと分かっていてもすぐに割り切れないのが人間だ。碧からあんな態度を取られて、なにも思わないワケがないのは当然とも言える。だからなのか。その顔はどこまでも力が抜けていて、変に心が浮ついた。いくらなにをどうしても、十坂玄斗とはそういう人間である。自然と、手が髪に伸びた。……いまの彼女に嫌われている、なんて事実をさっぱり忘れてしまうぐらいに、自然と。
「ありがとう」
「…………、」
「
返事はない。少女は固まったまま、動こうともしない。きっと眠っている。でなければ遙か夢の彼方に意識が飛んでいる。目覚めるわけはないと、玄斗は証拠もなしに思ってしまった。たぶん、そういう流れになる。なにせ、彼女の人生に介入する権利を、ここに生きる十坂玄斗は失ってしまっている。
「感謝してもしきれないんだ。……隠してたけどね。君が、けっこう決定打だったんだ。碧ちゃんがいなかったら、白玖とも向き合えてなかった。だから、本当にごめんって思ってる。だって、そう思うぐらいなんだ。もしもの話なんて、意味がないけどね。たぶん、白玖と出会ってなかったら――僕は君に、ぞっこんだったかもしれない」
本当に意味がない。いまさら、彼女自身ではない彼女に、しかも眠っているところへ懺悔のように言葉を吐いている。伝えようという気もなければ、なにかを感じて欲しいという願いすらない。玄斗が漏らした独り言。溢れ出た心に秘めるものだ。所詮はただの自己満足。吐き出せさえすれば、それで良い。
「……いまの君からは、信じられないけどね。僕たち結構、距離が近かったんだよ? 本当の名前を呼んでくれる、とっても貴重なひとりだったんだ。……もうずいぶん、会長としか呼んでもらえてないけどね」
その口からアレはでない。いまの名前ですら浮かばない。徹底したように、そうしてきたみたいに、五加原碧は玄斗のことを「会長」としか呼ばなかった。同学年で、同じクラスであるはずなのに。一度も、「十坂」とも、「玄斗」とも呼ぶことはなかった。ましてや、
「案外ね。君に
折れはしない。その程度で崩れるほど、玄斗の心は脆くない。ただ、無理に笑った顔が軋みをあげていた。悲しいのだ、と気付いたのは胸の疼きを感じてから。大事なのはたったひとりだけじゃない。自分を取り囲むすべて、区別のつけようも、順位の決めようもないほど大切なものだった。なにかひとつを目指した〝誰か〟のようには、もうなれない。
「……ごめんね。碧ちゃん。言いたいこと、沢山あったんだ。ありがとう。感謝してる。嬉しかった。楽しかった。綺麗だった。そんなことだけど、言っておくべきだった。白玖さえ居れば良い、なんてコトは……やっぱりないよ。僕には僕の居場所が、大事だったんだ」
「……………………、」
「それにやっと気付いた。だから頑張るよ。それが唯一返せるものだから。……僕が僕であれる生き方だから」
大事じゃなかった思い出も、意味のなかった記憶も、ひとつだってない。すべてが大事で、すべてが大切だ。何気ないものから印象的なものまで、余すところなく玄斗の宝物である。それがなくなっている。崩れ去っている。残ったのはカタチだけ。十坂玄斗と、五加原碧という人間だけが続いている。
「本当にごめんね。君が君じゃないって、分かってる。それでも、ひとつだけ」
――そっと、玄斗は彼女の前髪をするりとあげながら、密かに唇を落とした。
「……ありがとう。ありがとう……ありがとう。僕は君のことが、単純に好きなんだと思う。でないと、やっぱり一緒にご飯なんて食べないよ」
恋人として、であるのならもちろん白玖に軍配が上がる。それは決定的だ。当然だ。が、そういうフィルターをなしにしてみると意外なぐらい五加原碧は強かった、きっと白玖と立ち位置が入れ替わりでもしてしまえばとんでもないだろう。そんな想像をするぐらいに。
「……じゃあ、また今度。さようなら、
ぎゅっ、と。腕を掴まれた。誰に? もちろん、彼以外の誰かに。
「っ――――」
「……まったく」
そして、その手を掴んだ誰かは――彼女は。とても、見慣れた笑顔で。
「おでこじゃ足りないよ、
強引に、玄斗の唇を真正面から奪った。
「……!?」
「――――んっ……はぁ……」
「……っ、え、え……!? あ、……!!??」
「……ふふ」
ぞくっとした。薄く微笑む碧は、最近になって気付いた彼女の強かさで。でも、最近とはいつのことか。直近であれば嫌われている姿しか想像できない。ならば考えるまでもない。奇跡でなければ、必然だ。目の前にいる少女は。
「あは。キス……しちゃったね?」
「……み、碧……ちゃん……?」
「学校、っていうのは……まあ……あれだけど。でも、それってさ――」
二度目。ふたたびぞくっとした。トリハダが、今度は別の意味を持っている。……なぜだろう。玄斗は脳内で目にハートマークを浮かべる妹を幻視した。たぶん、それと同じだ。
「
「えっ、いや、ちょっ……!?」
「じゃ、しよっか。誰もいない、みたいだしね――」
「ま、待って! 待って、ちょっと、ストップ! これは……!」
「あーもう、うるさい口はふさぐよー?」
「――――!!」
およそ八十ヒット。ちょっと、本気でまずかった。
「――ほら、こんな風に……」
「まっ……ま、待っ……て……やめて……碧、ちゃん……! こんなの、こんなの、って――」
「いいんだよ、
「碧ちゃん…………!」
どくん、と心臓が跳ねる。上着のボタンを外されてしゅるしゅるとネクタイが解かれていく。そのまま、玄斗の肌は彼女の前に露わになって、
「そこまでだろーがこの泥棒猫っ! お兄のうえからさっさと退け!?」
「ま、真墨……!」
「あちゃ……妹ちゃん来ちゃったかあ……」
「ふん、あたしの目が黒いうちはお兄は――いやめっちゃエロいな何その格好思わず濡れかけたわなにしてんの襲うよ?」
「敵がふたりに……!!」
……まあ、そんな感じで。玄斗の平穏は無事、真墨によって守られたのだった。もちろんこのあとめちゃくちゃ帰宅した。
だいたい全部で十四~十五章だと気付いた今日この頃。仕方ないから年内で全部書き切ってゴールしよう(錯乱)
ちなみに実は僕玄斗より俺玄斗のほうが好きな作者です。やっぱハーレムクソ野郎より一途な純愛だな!(シュッ