ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
心当たりがないのかと言われると、そうではない。あの日、打ち上がる花火をよそに彼は言ったのだ。
『どうして!』
泣きそうで、崩れそうで、壊れそうで。私の手を握る力はどこまでも強いのに、目に見えている彼はどこまでも脆い。それさえきっと、手を伸ばすべきなのだと思った。他の誰かになにを言われても、自分で決めたことなのだからと。
『そんな……考えに、なるんだ……!』
彼は知っている。私のすべてを知っている。私のなにかを知っている。だから、そう思うのだろう。だから、止めようとするのだろう。なんてことないよ、と私は笑った。笑顔をつくるのは得意だ。昔から、そういうモノはずっと。
『だって、そのほうが良いよ。目の前で困ってる誰かを放っておくなんて、あんまりじゃない?』
『そのためだけに、生きていくっていうのか……?』
『……さあ、どうだろ』
『そんな、見えない誰かのために……っ、ずっと、君が……無理してでも手を伸ばすっていうのか……!?』
『いやあ……まあ……うん。どうだろ』
決して、誤魔化しはしても否定はしなかった。その気持ちすら、彼は察していた。当然だ。残った欠片なんて傍目に見ても分かりやすい。私が思っているのはその部分で、結局、そこに大した理由もなかったのだ。
『でもさ、間違いじゃないよ。誰かに優しくするっていうのは、とっても素敵なことだと思わない?』
『……その過程で君が傷付いちゃ、駄目だろう……!』
『かもしれない。でも――いいんだ。私はね、クロト。そうやって救われて、ここにいるから。それが、はじめて見た綺麗なものだったんだよ』
〝――大丈夫。もう君は、無理に笑わなくていいんだ。〟
そう言ってもらったコトを覚えている。壊れてしまいそうな毎日のなかで、壊れないことを強いられた。そんな地獄から救い上げれらた瞬間を覚えている。それがとても綺麗で、素敵だと思った。はじめてそうあれたらと仄かな希望を抱いた。私のなかの原初の思い。
『だから、ごめんね。クロト。私はあなたの気持ちに答えられない。たしかに、そっちのほうが楽しいと思うよ? でもね、それはちょっと、違うんじゃないかなあって。やっぱり、思っちゃうんだよね。……うん。だから、クロトは悪くない。悪いのは、私』
『……っ、それでも……それでも!
それが、隠れていた本物だったのだろうか。とても分厚くて、暗い、闇のような壁の向こう。そこに潜んでいる誰かを、私はたしかに垣間見た。俺と言っていた彼が、はじめて口にした別のモノ。
『……君が、傷付くなんて、間違ってるって……!』
『……そっか。でも、いいんだよ。何度も言っちゃうけど……』
『……っ』
『私にできるのは、それぐらいだから。それぐらいで、ちょうど良いんだ』
なにもなかった心を埋めたのが、その優しさであるのだから。せめてそれぐらいしなくては、生きている意味がない。自分が自分として立っている理由がない。空っぽだった器に注がれたカタチ。それが、例え汚れに塗れたなんでもない感情だとしても。
『ごめんね、クロト。そうやって過ごすのは、きっと楽しいよ。いまよりずっと、幸せだと思う。でもね、それはきっと、私じゃなくても良いから』
そうして、途切れた。学校で顔を合わせることも、たまに目が合うこともあった。けれど、それ以上は干渉してこない。それが彼なりの割り切り方だと思って、気にもしていなかった。まったく、意識の片隅にも。
「またね……トオサカ、くん」
ならばと、考えてみた。あれは、なんなのだろう。そうなると納得したように呟いて、漏れ出た息はなんなのだろう。
『おでこじゃ足りないよ、十坂』
「――――っ」
あのとき、罪悪感と一緒に溢れてきた。オカシな感情は、一体なんなのだろう――?
◇◆◇
――暗い、暗い、海の底。星の彼方。漂うような浮遊感と、まるで溶けていくような自分の無さ。息苦しさは不思議とない。音も景色もはっきり見える。そんな場所で、ただ眺めている。見せられている。
〝どうして――〟
確信もなく、予想もせず、けれど理想は叶った。事実、時間もチャンスも失った自分に、奇跡は起きた。あとはこのまま消えていけばいい筈を、どうしてか残されている。ココロの奥底。眠るように深い場所まで潜り込んで、ただじっと見るしかないまま。
〝どうして……そうなるんだ。〟
見れば、思うことは山ほどあった。違っている。なにもかもが違いにすぎる。震えるモノがアレと俺は同じだと言っていた。心の在処。はじめに抱いていた形状はまったく同じ。なのに、あれは誰なのだろう。
〝おまえは「俺」じゃ、ないのか……?〟
自分のコトは自分がよく知っている。見ようとしなくても見えてくるものがある。違うワケがない。揺らいでいるワケがない。なにせ、辿ってきた運命は一切変わらない。それは間違いない。たしかにこの心は震えている。同じなのだと言っている。
〝おまえは……明透零無じゃ、なかったのか……?〟
酷い景色だった。無い筈の瞼を閉じたくなるほどに、眩しさが目を焼いた。世界が輝いている。くっきりと色付いている。明るすぎてもはや別物だ。どうしてそんな風に見ていられる。目を開けていられる。きっと明透零無なら、そんな風に見ることさえ叶わないはずなのに。
〝どうしてそんな、綺麗に笑ってるんだ……?〟
おかしいだろう、と息を吐く。そんなのは間違いだと。なにがどうすればそんな結果に辿り着く。幻想ではないのだろうか。夢を見ているに等しい。きっと幸せな一瞬の夢。それに浸るぐらいなら、いっそ死んでしまえと――
『よく、頑張ったね』
〝…………は?〟
ワケが、分からなかった。ありえない。心を打たれる。だって、そうだ。どうしてと、そんな言葉が無限にわいてくる。同じだ。間違いなく、そこに居るのは明透零無だ。なのに、なぜそんなにも。
〝なんで……だ……?〟
生き方が違っている。
〝ボクじゃ、なかったのか……!〟
いいや、まったく同じ。何度も言うように、明透零無は明透零無でしかない。はじまりに連なった結末はどう足掻いても同じはずだ。それから辿ってきたモノだって、多少の差異はあれど変わらない。ならばどうして、そんな言葉を吐けるのだろう。どうして誰かのために切り捨てる考えを、簡単に否定するのだろう。どうして、どうして、どうして。
〝どうしておまえは――自分のために動いている……!〟
ああ、違う、違う。それは違う。自分なんてものに価値はなくて、意味もなくて、理由もなくて、空っぽでなにより優先順位なんてモノはないはずだ。ありえない、ありえない、ありえない。他の誰かよりも〝明透零無〟の気持ちを優先するなんて、そんな自分はありえない――!
〝なにも無い、ひとつだってありはしない。そう、ずっと……言われてきたじゃないか。それでもおまえは、自分を選ぶのか……?〟
自分に価値なんてない。生きる理由も意味もない。それが明透零無に込められた願いだった。だから、揺らぐことも、変わるコトも、あるはずないのに。
〝……おかしいよ。こんな、生きていたって、どうしようもない世界で――〟
それでも、彼は笑っている。
◇◆◇
「――ああ、そうだね」
「僕は君だ。でも、その考えには同意できない」
「だって、そうだろう?」
「生きたいから生きていくんだ。掴みたいものがあるから前に進むんだよ」
「それすら分からない奴に、誰かなんて……救えるはずがないのにね」
「駄目だよ、俺。その考えは駄目だ」
「どうしようもないなんて言う前に、君は向き合っていないじゃないか」
「そんなのは、駄目だ。生きている以上は、しっかり考えないといけない」
「――それが、僕にできることなんだから」
だから、ついでに教えてあげよう。あんがい世界は、とんでもなく素敵なんだってことを。