ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「そうだ、玄斗」
そんな風に七美が切り出したのは、ちょうど教室に辿り着く直前だった。色気もなにもないふたりっきりの空間は、予鈴が鳴る直前に用事を思い出したように飛んでいった碧と、いつの間にやらふらっと消えた広那に取り残された形である。のんびり、ゆっくり、マイペース。そういう意味では似たもの同士なふたりだった。
「ひとつ訊きたいことがあるんだ」
「? うん。なに?」
「玄斗は、魚に詳しいか?」
「魚? って……あの、魚?」
「あの魚だ。ほら、水のなかに棲んでる」
すいすいと泳ぐんだろう? なんて訊いてくる七美に、玄斗はどう答えるべきか逡巡した。知識だけはある。それこそ有り余っている。動けなかったときは勉強だけが友達といってもいいものだった。読書なんてもっぱらで、余計なモノに関しても蒼唯と過ごしている時間の大半だってあったのだ。
「まちまちだけど……そこそこは知ってるぐらい」
「そうか。なら、ものは試しなんだが……」
と、彼女はポケットからなにやら二枚の紙切れを取り出した。ぺらぺらと手の動きに合わせて揺れるそれには、ご丁寧にデフォルメされたかわいらしいイルカのイラストが描かれている。
「……水族館のチケット?」
「うむ。もらったのだが……誰か誘って行くといい、なんて言われてしまった。仲の良い知り合いを何人か誘ったのだが、用事が入っているらしくてな……」
「ちなみに、いつ?」
「今週の土曜日だ。玄斗は外せない用とか、あるか?」
「いや、特にないけど」
「おお……では、その、なんだ。……玄斗さえよければ、一緒に行ってはくれまいか……?」
「? 別にいいけど……」
「そうか!」
ぱあっと顔を輝かせながら、七美が勢いよく手を握ってくる。物静かなように見えてわりと感情表現が豊かなのが彼女だ。そのギャップには人並み以上の破壊力がある。見た目だけでいえば堅物風紀委員長的な……それこそ四埜崎蒼唯以上に切れ味が鋭そうな容姿。妙なミスマッチが、けれど七美らしさとも言えた。
「では、土曜日だな。ふふ、いいな。ふたりで遊びに行くというのは。とても心が踊る」
「ああ、いいよね。うん。それは同感」
「だろう? ああ、では、待ち合わせ場所はどうしようか。そも、水族館はどのあたりになるか、分かるか?」
「たしか、駅から歩いて十分ぐらいのところだったかな。そこまで遠くなかったと思う」
「ああ、駅なら分かるぞ。何度も通ったことがあるからな」
「なら駅前で……時間は、十時ぐらいにする?」
「うむ。そうだな。では、そのようにする。……いまから楽しみだな? 玄斗」
「そうだね」
はたして、奇妙な偶然か、それとも知らぬ間に磁石のように引かれ合ったのか。鈍感と鈍感、天然と天然のコンボは凄まじい。ふたりっきりの男女でデート。これでなにが起こるわけもなし、というかその類いの心配を一切してないあたり、とんでもないコンビだった。どちらにせよ彼と彼女のコトを表すならこの一言に尽きる。
「それではまただ、玄斗」
「うん。また、七美さん」
取り返しのつかない部分で似たもの同士、である。
◇◆◇
「お疲れさ――」
生徒会室の扉を開けると、玄斗の眼前に信じられない光景が広がっていた。
「お待ちしておりました、十坂さん。どうですか?」
「――…………どう、とは……?」
「この格好です」
すっと両手をちょうどいい位置にあげる六花。にゃーん、という効果音がどこかから聞こえてくるようだった。ほぼ全員の揃った生徒会室。その扉の前で真剣な表情のまま可愛らしく小首をかしげた彼女の服装は、普段の制服とかけ離れたものだった。ストレートに言うならば。ネコミミカチューシャミニスカメイドである。
「……すごく」
「すごく?」
「…………似合ってる…………」
「そうですか」
ほんのり顔を赤くしながら六花が答える。玄斗もほんのり意識が飛びそうだった。かつて冷静沈着だった紫水六花はどこへ行ったのだろう。仕事のはかどりがとんでもなくなった代償として心の平穏が荒らされていくのはなんとも言い難い玄斗だった。
「紫水てめえ……玄斗にケツふってる暇あるなら仕事しろ仕事」
「うるさいですが」
「ああ!?」
「どうどう、木下ドードー。飛べねえ鳥だな、鷹のくせに」
「ああ!!??」
「おまえ怒鳴り声だけで突っ込むの流石にスキル高すぎない……?」
引くわ、なんて言いながらわりと凄まじい早さで書類を捌いていく逢緒。ここ数週間ですでに作業が板についていた。なんだかんだで優秀な証拠である。これでいて弱点らしい弱点が女性恐怖症なだけ、それはもう一歩間違えれば女子人気は鰻登りだろう。それをわざわざ手放しているあたりがこの男らしかった。
「ちっ! ここにマトモなのは居ねえのか。おい灰寺。あんたもなんか言ってやれ」
「……騒がしい」
「ほら、こいつもこう言ってる」
「おもにあなた……」
「俺の味方がひとりもいねえ」
がっくりと肩を落とす鷹仁に、玄斗はかつての生徒会の光景を重ねた。まだ赤音がいないだけパンチ力はマシなほうである。女子三人、男子一人という集まりなのだから仕方ないのかどうなのか。生まれや育ちに反して、彼の立ち位置というのはなんともままならない。
「ていうか、紫水さんそれどうしたの……?」
「クラスの出し物……というか衣装です。借りてきました」
「いちおう、理由とか訊いても?」
「私の計算ではこれで十坂さんが動揺するかと」
「うん。すごい動揺した。ちょっと心が震えた。色んな意味で」
「でしたら重畳ですね」
「……ああ、なんか……慣れてきてる自分が嫌だ……」
「……?」
はあ、と漏れた溜め息はきっと気のせいでもなんでもない。酷く疲れている。比較して攻撃力がそこまででもないのが救いだった。問題は妹と碧である。すでに誰かのモノになっている玄斗をしっかり知っている彼女たちはそれこそ容赦がない。油断も隙もさらせない。とくに我が妹である。お風呂場に鍵をつけてほしいと切実に願ったのは今回がはじめてだった。
「ちなみに、生徒会長としての意見は」
「うん……まあ、良いんじゃないかな……あんまり過激じゃなかったら……」
「そうですか。……おそらくあの人ならこういうとき、悪乗りしてもっととか言いますよ」
「赤音さん……」
「あとああ見えてわりと乙女ですから。可愛らしいものとか、たぶん興味持ちますね」
「あ、それはなんとなく知ってる……」
「おや。では私も乙女ですのでそういうのが好きです、と」
「……うん。覚えておく……」
「よろしくお願いします」
眼鏡を光らせながら言ってくる六花に苦笑を返しながら、玄斗はどすんと椅子に腰掛けた。生徒会室に来ただけでとんでもない疲労感である。と、
「――お疲れみたいね」
「灰寺さん……」
「飲むといいわ。……きっと、すこしはマシよ」
言って、彼女はすっと玄斗の目の前にペットボトルを置いた。紅茶である。自分はちゃっかりとティーバッグのものを飲んでいるあたり、大方要らなくなったものであろうコトは察せた。
「ありがとうございます」
「礼は要らない。顔色が優れないのは、本当だから」
「……そんなに分かります?」
「ええ」
短く応えて、灰寺九留実はまた自分の席まで戻ってカップに口をつけていた。これ以上話すことはない、という意思表示だろう。なにはともあれ、ありがたいものはありがたい。自分もペットボトルの紅茶を口に含んでみると、わりと美味しかった。市販だからと馬鹿にできない味である。
「なんだ、ストレスでも溜まってんのか玄斗。土曜にラーメンでも食いに行くか? 男だけで」
「いいな木下。俺も連れて行け」
「割り勘な」
「けちくせえ……」
「ごめん、土曜日は先約があるんだ」
悪いけど、と困ったような顔で玄斗が言う。それに対して残念がる様子もなく、ふーんと鷹仁は続けた。
「へえ、珍しいな」
「七美さんに水族館へ誘われて。一緒に行くことになった」
「ふんふむ。七美? ……橙野七美か? え? いや……女子じゃん十坂……」
「そりゃそうだよ」
ドン引きする逢緒に玄斗が笑いながら言う。なにがなんだか理解もせずに。
「ってことはデートか。まあ楽しんでこい、玄斗」
「ッ!?」
がばっと六花がふり向く。その勢いに逢緒が肩を跳ねさせていた。彼にとって生きづらい世の中である。
「え? 違うけど」
「は? おまえな……男女がふたりっきりで水族館とか、そりゃデートだデート。馬鹿でも気付くぞ馬鹿野郎」
「でも、そういう雰囲気なら分かるよ。あれはなんていうか……普通に遊びたいだけ、なんじゃないかな……?」
「ばーか。玄斗ばーか。おまえが雰囲気云々察そうなんて百年早いわ。出直せ」
「そうだぞー十坂。おまえの感性はあてになんないぞー。ちょっとズレてるし」
「散々な言われようだ……」
実際散々なので致し方なし。肩を落とす玄斗の味方はひとりもいなかった。現実は非情である。まさか持ちかけた相手にも、当然持ちかけられた当人にもそういった類いの甘い空気がないのを彼らは知らない。正真正銘、友達感覚のお出かけである。
「十坂さん。いまの話、詳しくお聞かせ願えますでしょうか」
「……紫水さん? なんか怖いよ……?」
「怖くありませんが」
「……なあ飢郷」
「どうした木下」
「俺ときどき思うけどさ。コイツ、なんでこんなに面倒くさいの引っ張ってくるんだろうな……」
「本人が面倒くさいからだろ。類友、類友。……はっ。そうすれば俺も男子嫌いな女子が集まってくる可能性が……!?」
「男子嫌いな女子はまずハナからてめえに近寄らねえ」
「デスヨネー」
けっこう真理を得ている呟きだった。
>僕玄斗の慣れ
おもに妹ちゃんのせい。万能型妹が兄貴籠絡に取りかかるとどうなるかというどうしようもなさがある。はやく来て白い子。
>橙色ちゃん
メインヒロインさせたいのに他が濃すぎました。自重して(懇願)