ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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ひとときのなつかしさ

 

 あなたにとってハジメテの女性とは誰ですか? そんな質問に、十坂玄斗はこう答える。

 

『色んな意味で先輩でした』

 

 喜ぶべきか悲しむべきか、はたまた嘆くべきか落ちこむべきか。最初以外のすべてがありえて、最初を含めるすべてをまともに取れなかったものである。ファーストキスの相手にして、初めて恋愛を教えてもらった人物で、初めて好きだと思った人。それが彼女――四埜崎蒼唯である。

 

「…………、」

 

 そんな彼女を、駅前のカフェで見つけてしまった。時刻は朝の九時前。時計を読み間違えてずいぶんと早く来てしまった玄斗が、どこかで時間を潰そうとふらふらしていたときのコトである。四人がけの席を堂々と陣取って大量の本を積み上げている彼女は、まあなんとも蒼唯らしいと言えばらしかった。人目も気にせず読書する、というのは玄斗が難色を示してからあまりやらなくなっていた〝彼女〟の珍しい姿である。

 

「(……なんだろう。ちょっと、懐かしいな)」

 

 思えば、好意の問題であるならそも最初が()()だった。真墨や碧ならともかく、赤音も蒼唯も初対面からしばらくはあまり良い関係とも言えなかったような気がする。なにせひとりには殴られて、ひとりには露骨なぐらい嫌な顔をされている。だから、というのもあったのか。自然と玄斗は店内に入って、薄く笑みを浮かべたまま彼女の座る席まで歩いていく。

 

「……すいません。同席しても、いいですか?」

「嫌よ。他をあたってちょうだい」

 

 笑った。思わず笑った。なにせ、それはその通りにすぎる。まったく同じだった。彼が四埜崎蒼唯とはじめて出会ったとき、一文字の違いも無くいまのやり取りをかわしたコトを思い出す。それだけで、十分なぐらい満足できた。

 

「……? なにを笑っているのかしら」

「いえ。すこし」

「すこし、なによ」

「なんでもありません。……失礼します」

「ちょっと」

 

 対面に腰掛けると、蒼唯は目に見えて眉間にシワを寄せた。嫌悪感丸出し、といった感じの表情。それがまたもや一年前の記憶と一致してしまうのだからおかしくてたまらない。結局、玄斗からしてみれば思い出がすっぽり抜け落ちたのと同義だ。よく思われていないのも、欠片さえ好意を見せていないのも、すこし考えれば彼の知る四埜崎蒼唯である。

 

「あなた、言ってる意味が分からないの?」

「待ち合わせまで時間ができてしまって。すこしだけ居させてください」

「理由になってないわ。……本当、気味の悪い……」

「あはは……」

 

 鋭いなあ、と玄斗は痛む胸をおさえつけながら愛想笑いを浮かべた。いまとなっては懐かしい、四埜崎蒼唯の凍てつくような毒舌である。蒼海の静女、なんて二つ名はこの世界にないらしい。二之宮赤音と並んで調色高校二大巨頭に数えられている事実を目の前の少女が知ればどうなるだろう、なんてなんにもならないコトを考えてみる。ちなみになくなった二つ名が生徒会男子勢に来ているあたり、他人のコトは言えなかった。

 

「あの、先輩」

「…………、」

「……僕って、誰ですか?」

「……はあ? よりにもよって……なにを言うかと思えば……」

 

 苦虫でも噛み潰したような表情だった。たしかにいまのは脈絡がなさすぎるか、と玄斗もすこし思う。が、そのぐらいがちょうど良かった。なにせ、こういう一言でさえ鋭すぎる一撃を叩き込んでくるのが彼の知る蒼唯だ。ならば、判断なんて簡単極まって、

 

「十坂玄斗でしょう? それ以外の誰だって言うのよ」

「――――」

 

 馬鹿みたい、と蒼唯はそこで話を切った。名前を知られているのは当然だ。なにせ彼は生徒会長である。だからこそ、解答がそれだけで終わるのが決定的だった。玄斗の知る蒼唯ならば知っている。その胸の奥、心の奥底、隠された部分に眠っていた名前を。

 

「……そうですね。おかしなこと訊きました」

「まったくよ。私の貴重な時間を消費させないでちょうだい」

「すいません」

「…………、」

 

 会話はそこで途切れた。話す気がない、という雰囲気は真実そうなのだろう。蒼唯は玄斗から視線を切って、そのまま読書に没頭する。こうなった彼女はなかなか動かない。が、同時に周りをあまり気にしないとも言えた。コーヒーをひとつ注文して、ぼんやりと眺めながらゆっくり過ごす。――なんてコトもない、時間。

 

「…………、」

「――――、」

 

 会話はない。ふたりの間に、緩やかな雰囲気は決してない。けれど、静かなままに時間がすぎていく。ギスギスとしているわけでもないが、特別仲が良いといったワケでもない空気。それは久しく感じていなかった、一年時に蒼唯と共に過ごしていた時間の再来だった。彼女が本を読んで、彼はそれを眺める。たったそれだけの、ふたりの空間だ。

 

「(よく、こうしてたな……そういえば。最近のことばかりで、すっかり忘れてた――)」

 

 記憶は薄れていくもので、日々思い出は新しいものに移り変っていく。それはどうしようもない。古い記憶はいつしか新しい記憶に塗り潰されていく。それでもなお残っているものがあるのなら、きっとそれが大事なものなのだろう。明透零無の記憶だって、そうやって残り続けているに違いないと。

 

「(……あ)」

 

 と、そんな感傷に浸っていたときだった。ふと、彼女が本に挟んだ栞に目がいく。……見間違いでなければ。それは何度も目にした、蒼唯を象徴する栞だった。忘れるワケがない模様に、複雑なモノを抱いてしまう。誰にも渡していないという事実と、誰にも渡されていないという現実。そして、渡されてしまっていたという自らの過去。

 

「……先輩」

「……………………、」

「先輩、ごめんなさい」

「…………いきなり、なに?」

「すいません。独り言……みたいなものです。だから、ごめんなさい」

「……意味が分からない。だいたい、独り言なら話しかけないで」

「すいません」

「……謝罪が多い……」

 

 ぼそっと呟いた一言に、いつぞやの出来事を思い出した。あのときは上手い具合にしてやられたものだと息を吐く。はじめて学校をサボった日で、はじめて自分を見つけてくれた日だった。明透零無の本音を聞いたのは、真実、彼女こそがはじまりであった。

 

「……ん、そろそろ時間みたいなので、僕はこれでお邪魔します。ありがとうございました」

 

 言って、玄斗は蒼唯のほうに一枚紙幣を差し出して立ち上がった。たった一時間。コーヒー一杯分である。……その桁が四つではなく五つなあたりが、彼女の心をどうにも刺激した。

 

「多すぎるのだけれど? あなた、コーヒーがいくらぐらいだと思ってるのよ」

「五百円はしないほどかと」

「ならこれはなに?」

「あ、お釣りは要りませんので」

「そういうコトを気にしているんじゃないのよ……っ!」

 

 立ち上がって抗議する蒼唯に手を振って、玄斗はのらりくらりと躱しながら店を出た。腕の時計を見れば十時まであと十分もない。待ち人を探しつつ、人ごみの中に溶け込んでいく。今日はすこしだけ、気分が良い。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 彼の立ち去ったあと、蒼唯は力が抜けたように椅子へ座り直した。はあ、とひとつ大きなため息。取り残された一万円札は、自分の役目をまだかまだかと待ち望んでいる。

 

「……なんなのよ、あの男……」

 

 本当に変わった少年である。蒼唯からしてみれば接点もなにも殆どない。何度目かになる邂逅もほぼ初対面と変わらなかった。ならば、呼吸の合間のズレだとか、致命的に許せない部分だとか、そういう相容れない部分が見えてもいいはずだ。ところが、

 

「(信じられない……あんな、忘れるぐらい馴染むなんて……)」

 

 居ることを半ば忘れていた。空気に溶け込むような安らぎよう。それがそうであると知っているような態度。十坂玄斗は真実、蒼唯の読書を一切邪魔することがないほど空気に馴染んでいた。

 

「(……本当気持ち悪い男……赤音に気を付けるよう言っておこうかしら……)」

 

 ただまあ、だからといってどうというワケでもない。玄斗が幸せな結末を掴むまでには、まだまだ先の遠い話だった。







>しおり

幸福な愛とか、信じあう心とか


ちなみにこの人は今章サブメインじゃないです。もっとあとだヨ! ……正直シチュエーションも展開も決まっている大正義パイセンなのでていねーいていねいていねーいに書いていきたい。

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