ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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水に流れて、流されて

 

「玄斗」

 

 駅前で待ち人を探していると、不意に背後からそう声をかけられた。腕の時計はすでに十時を回っている。そろそろ見つかってもいい頃合いなのでは、と不安になりかけていた矢先だった。ふり向けばこれまた絶世の美女が、そこに立っていた。

 

「……えっと、なにか……?」

「? なにかもなにも、玄斗だろう」

「え、ああ、はい。そう……ですけど……?」

「……?」

 

 首をかしげる玄斗に、対面の女性も首をかしげた。見れば見るほどに美人である。後ろで一纏めにされた長いオレンジ色の髪。赤縁の眼鏡がほどよい色彩で似合っている。肌は真冬の月を思わせるように白い。全体的に細くて、すらっとした印象。清楚でありながら大人びた感じを漂わせる服装も、思わず息を呑むほどには凄まじかった。白玖一筋の玄斗をして、である。

 

「(誰、だろう……僕、こんな美人と関わり合いなんてないぞ……!?)」

「……あ、そうか。私だ、玄斗。……ほら、こうすれば分かるか?」

「え――?」

 

 と、目の前の女性がさっと眼鏡を外した。透けるような赤い瞳。それに、覚えはあった。よく見れば全体像がかっちりと当て嵌まる。

 

「……もしかして、七美さん?」

「私以外の誰だというのだ。……まったく、千華さんは……だから余計なコトをしなくてもと言ったんだ……」

 

 はあ、とため息をつく少女は、どうやら自分で選んだコーディネートでもないらしい。が、それにしてもである。綺麗かどうか、似合うか似合わないか以前に目の前の少女はそれひとつとして完成していると言えるモノがあった。

 

「……ごめん。ぜんぜん気付かなかった……すごいな……」

「なにがすごいというのだ」

 

 むっ、と頬をふくらませながら七美が詰め寄る。それに玄斗は「いや……」と前置きして、

 

「すごい、綺麗だと思って……本当、純粋に」

「――――なん、だ。それは」

「なにって……うん。本気で」

「本気……うむ……ふ、……っ、ふふ……!」

「……?」

 

 素直な感想を言うと、七美は肩を震わせながら俯いた。普段の彼女らしくない彼女の格好。見慣れないはずなのに〝橙野七美〟としてはどこまでも綺麗で、それに驚いた。ただそれだけの話である。が、故に。

 

「ふは、ははははっ……! なにを、言うかと思えば……っ、また、ずいぶんと、愉快な気分にさせてくれる……っ!」

「……なにを言うかっていうのは、さっきも言われたな……」

「そうなのか? なんにせよ、ああ。素直に嬉しいな。そうか、今日の私は綺麗か。――なら、たまにならこういうのも、良いかもしれないな?」

 

 くすりと笑う七美に、一瞬、それこそほんのコンマ一秒にも満たない間だけ。ちょっと、脳が揺さぶられた。視覚とはなんともおそろしい。情報の暴力だ。なんてことはない仕草が、心臓を鷲掴みそうな勢いを持っている。本命は白玖、本命は白玖、と玄斗は心中で百八回ほど唱えた。本命は白玖。

 

「…………そうだね。じゃあ、行こうか」

「ふむ。大分間が空いていたが」

「本命は白玖だから……」

「いや、なにを言っているのだ?」

 

 もっともなツッコミになんでもないと苦笑しながら、玄斗は歩き出した。一恋する男子の悩みなど彼女が知る由もない。ましてや、いまの自分がどれだけ目立っているかも把握しているか怪しかった。駅前に突如として現れたとんでもない美少女である。そっと玄斗に手を引かれながら、ふたりはその場を後にした。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 土曜日というのもあってか、こういう地方都市故の場所の少なさか。意外なことに水族館は盛況だった。当日券の売り場には長蛇の列ができている。減り具合からして、最後尾に並べば一時間は待つことになりそうだ。当然玄斗たちにはチケットがあるので、隣の人が少ない列をすいすいと進んでいく。

 

「……なんだか、悪いことをしている気分になるな」

「え?」

「ほら、私たちだけこんな、苦労もしないというのは……」

「……いや、それはまあ、そういうものだし……」

「そういうものか……」

 

 ふむ、と不満げにうなずく七美だが、ことコレに至ってはルールなのだから仕方ない。別に本当に悪いコトをしているワケではないし、彼女の罪悪感も見当違いなものだった。受付の職員に財布から引き抜いたチケットを渡して入館する。ロビーは外の光が入っていて明るいが、その先は外界と隔絶された薄暗闇。魚たちのいる空間はそこだ。

 

「――――と、七美さん?」

 

 ふと足を止めた七美に、どうしたの、と玄斗が心配そうに顔をのぞき込む。

 

「……いや、なんでもない。行こう」

「? ならいいけど」

 

 一瞬だけ止めた足を、なんでもないように七美は動かした。その瞳を一度閉じて、切り替えるように開く。脳裏をよぎったのは、きっと、戻ることのないものだった。そんなものに引き摺られている。なんと情けないコトか、と彼女は悔いた。せっかくの友人とのお出かけだというのに、開幕からコレではさきが思いやられる。浮かんでいた感情も記憶もそっと仕舞って蓋をして、唾と一緒に嚥下する。何度か試してやっとごくりと飲みこめるぐらいには、しつこかったけれども、――ふたりの足取りは館内へ。光のあたるロビーから、水槽の立ち並ぶ異質な空間へと切り替わる。

 

「…………おお」

 

 水に囲まれた室内で、驚くように七美は目を見開いた。外から見ていたとおり、そこは朝と昼の間になる午前でも薄暗い場所だ。照明は極力減らされていて、ぼんやりとしか輝いていない。人工的なものか、外からの自然なものを取りこんでいるのか。主役である魚たちの泳ぐ水槽だけが、スポットライトを当てられたように鮮明だった。

 

「すごいね。いい雰囲気だ」

「ああ……」

 

 玄斗の言葉に、七美はうなずきつつ反応した。彼女はぼうっとその光景を目に焼き付けている。瞳の奥には初めて見たものへの期待と興味がらんらんと光っており、なんとも分かりやすい。ふらふらとあたりを見渡しながら歩く七美は土地に不慣れな外国人みたいで、玄斗はそれをさりげなく引っ張った。

 

「……水族館、人生初だったりする?」

「うむ。いままでこういうところは来たことがなかった。すごいな、これは」

「……まあ、たしかにすごいか」

 

 言いながら、玄斗もぐるりと内装を見渡した。この水族館はオープン当初の一時期話題になっていたので玄斗も知っている。なにより「アキホメ」の背景にも登場したデートコースのひとつだ。下調べなんかで何度か通ったこともある。改めて見れば、それもそうだと言いたくなった。動物園やテーマパークみたいな賑やかさはないが、アクアリウムとしては申し分ないものが揃っている。むしろこれだからこそ良いと言うべきか。暗く深い水の世界には、大人しい空気が嫌なぐらい似合っていた。

 

「ほら、玄斗。見てくれ、魚が泳いでいる」

「うん。見れば分かるよ」

 

 ついでに、彼女の気分があがっているのも。

 

「すごい綺麗に泳ぐんだな……すこし、羨ましい」

「……七美さん。もしかして、カナヅチ?」

「? 金槌ではないぞ。ただ、泳いだことがないんだ。だから、ああいう風に泳げるのは、見ていてとても羨ましい」

「そうだったのか」

 

 微妙にずれている会話は、それでも不思議と通じ合っていた。妙なところで似通っている。どこか、世間知らずなあたりがそうとも言えよう。広い世界の美しさを綺麗な笑顔で感じている少女は、彼をして思わず共感してしまいそうな部分があった。

 

「玄斗、玄斗。あれはなんだ?」

「あれはクラゲ。それと、横のがカニ。エビ。タコ。向こうのがたしかクマノミ……だったかな」

「ふむ……随分と詳しいな? 覚えているのか?」

「まあ、色々ね。本を読む機会が沢山あったし。ちなみに、水槽近くのボードとか、読んでみると結構面白いよ」

「なるほど」

 

 どれどれ、と七美は目を輝かせながらじっとボードに書かれた説明に目を通す。まるで子供みたいなはしゃぎっぷり。これではどちらがどちらを誘ったのかも分からない。が、それもまたらしさかと玄斗は笑った。会話は続く。ときおり途切れて、足を止めてはまた繰り返す。そんな当たり前を噛みしめるように、ふたりの姿は進んでいく。

 

「なあ、玄斗」

「ん、どうしたの」

「私としては塩をふって焼くのが美味しいのだが、玄斗はどう思う?」

「……シャケが驚くからやめよう。どうでもいいけど、僕はホイル焼きが好きだ」

「そうか。なら今度つくってみよう」

 

 ……まあ、ときどき、ちょっとズレたことも交えつつ。

 

「水の中はどう見えるのか、と考えたコトがある」

「へえ……まあ、そこまでの景色でもないよ?」

「どんな感じなんだ?」

「どうって……なんていうか、難しいな……ぷかぷかしてて、ぐにゃって歪んでる感じかな……でも、なにがどうなってるかは大体分かる。ゴーグルとかつければよく見えるし。乱視って、あるだろう? あれをちょっと軽くした感じだ」

「……私は乱視ではないのだ。あまり、分からない」

「涙目でもいいかも。むしろそっちのほうが近いかもね」

「涙目……」

 

 ほうほう、と七美は興味深い感想を聞いたとでもいうかのように考え込む。乱視ではない。普段からコンタクトをしている……のとも違うのであれば、本日の眼鏡は真実オシャレアイテムだったわけか、とひとり斜め上の納得をしながら玄斗は進む。七美を伴って、奥へ、奥へ。すたすた、かつかつと。ふたりの足音はさらに向こうへ。水族館の広さはそれなりだ。一時間はあっという間にすぎて、気が付けば二時間が経とうとしている。玄斗がちらりと腕時計を確認したとき。ふと――七美がぴたりと動きを止めて、ひとつの水槽をのぞき込んでいた。じっと、ただひたすらそこにはない何かを見詰めるように。

 

「――七美さん?」

「…………、」

 

 七美からの返事はない。目の前の水槽に夢中のようで、声も聞こえていないようだった。なんとなく気になって、玄斗もそちらを見遣る。これだけ彼女の気を引くものは一体なんなのか……と、ふり向いた先に映ったモノは文字通り〝寂しい〟もので。知らぬ間に息が漏れていた。なんだ、と彼は若干呆れながら七美に近寄る。

 

「ずいぶんだね。この水槽、大きいのに魚が一匹しかいない」

「……ああ」

「まだ用意してる途中なのかな。さすがに、展示完成でこれってことはないだろうけど……」

 

 水槽の大きさは横幅だけでも二メートル近くある。奥行きは目測でしか分からないが、ゆったりと泳ぐ姿を見るに広々としているらしい。……むしろそれは広々としすぎている、とも言える光景だったけれど。仲間の一匹もいない水槽のスペースを持て余しながら、魚影はなにも知らないようにヒレを動かしている。

 

「……………………、」

 

 その姿を、じっと、穴が開くほどに、橙野七美は見つめ続けている。餌は飼育員からもらえるはずだ。その魚が飢えて死ぬことはない。人間のように孤独を抱えて悩むワケでもない。安全は確保されている。水族館の水槽では天敵に襲われる心配も、突然ナニモノかの仕掛けた罠に捕らわれる可能性もありはしない。傍から見ればそれは楽園とも言えた。だって、今日の安全と明日の未来が保証されている。なにをしなくともこの魚は生きていける。それは、まるで――

 

「……そうか。住んでいたわけでは、なかったのか……」

 

 やっと気付いた、というふうに七美は呟く。小さな小さな、ともすれば空気と一緒に消えてしまいそうな声。彼女らしくもない感情と意味のたくさん込められた言葉だった。よせばいいのに、それを玄斗は気にかけてしまった。

 

「……それって、どういう?」

「……こちらの話だ。玄斗はずいぶんと言ったが、それはちょっと違うんじゃないか。なにも知らなければこの魚だってきっと、ここが一番幸せなんだって思う」

「そうかな…………ああ、ううん。そうかも。でも、この子は水族館で生まれたわけでもないと思うよ。きっと、大海原の自然を知ってる」

「そういえば、そうか。捕まってる、飼われてる……それは、いいことなのだろうか」

「どうだろう。僕たちは、魚じゃないからね。想像するのは勝手でも、実際にそうなのかどうかなんて分からないよ」

「……玄斗に分からないのなら、私も分からないな」

 

 くすりと笑って、七美は水槽から視線を逸らした。本当に分からない。彼女の抱える想い。橙野七美にとって奥底に眠る感情を吐露したとき、千華は「そんなのは紛い物だ」と容赦なく切り捨てた。あんなどうしようもない世界に執着しているだけだと。なにせ千華からしてみれば、七美の過去など忌むべきものでしかない。他人の歩んできた道にそこまで入れ込めるのは偏に彼女の持つ愛情だ。だから、千華の言い分は間違っていないのだろう。けれども、納得だってできなかった。例えどれだけ地獄と言われようとも。例えどれだけ他の幸せを見ようとも。彼女にとって原初になる暮らしはそれひとつだけ。なにも知らず、なにも見られず。無知なまま世間に置いていかれても、彼女にとっては十分すぎる暮らしだったのに。

 

「……玄斗」

「なに?」

「ひとつだけ、訊いてもいいだろうか」

「うん」

 

 隣を歩く少年は、いつも通りの調子で答える。それに、七美はほんのりと暖かさを覚えて――

 

「自由がないのは、悪いコトだと思うか?」

 

 そんな質問を、気付けばぶつけていたのだった。  






>橙野七美

実は元ネタが大分前に書いて眠っていたオリジナル主人公というヒロイン兼ヒーローなキャラ。なので性癖ぶち込んでるのはしょうがない。玄斗くんに比べればまだかわいい思い出なのでやっぱり安心安全。


ハードルは徐々にあげるのがいいっておばあちゃんが言ってた(目逸らし)

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