ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
『いいか、おまえが生きるのはみんなのためだ。みんなを守るためだ。幸せを壊さないためだ。俺たちは、そうやって共存してきた。だからおまえもそうしていろ。そうしていれば、なにも不幸にはならないだろう』
それは彼女がいちばんはじめに教えられたコト。自分が生きる意味。自分がここで生きていける理由。正しいかどうかは置いておいて、誰かのために生きているのだと彼女は教え込まれた。だから彼女は、そのとき思い切って訊いてみたのだ。
『ああ? おまえの幸せはどうなるか、だあ? ……そんなもん知るか。手前の幸せなんざ他人の幸せを守るコトにでも見出してろ。それぐらいでいい。そもそも、幸せなんてのは手前の考え方でどうにでもなるだろ。せいぜい考えないのが正しさだ』
諦めたような声でその人は言う。投げやりな台詞には、なによりも実感がこもっているようだった。鼻をつく死臭。弱すぎる心臓の鼓動。……おそらく、あと一週間もない命で。目の前の人物はその幸せを、掴めていたのだろうか。
『――が、もしおまえが納得できないならそれでいい。おまえは失格だ、おめでとう。はれて見事にみんなの期待を裏切れたわけだ。幸せなんてものが欲しいのなら、俺の言葉になんか耳を傾けるなよ。生きていくなかでおまえが見つけろ。それがきっと、本当の幸せだろうさ』
思えばそれは忠告であり、妬みであり、望みだった。その人がなによりも切望した未来のかたち。それを杭として突き刺しながら、この世を去ったのだろう。未練といえばそれぐらい。年端もいかない少女に恨み言をぶつけるぐらいには、その男も余裕がなかったらしい。だから彼女も言うとおり、自分らしい幸せを見つけようと思っていたのに。それが、一生かかっても届かないものだと言われた。
『おい、きみ。名前は?』
突然世界が壊されたみたいな衝撃だった。ドアを蹴破った女性は、ずんずんと真っ直ぐに近付いて強引に目隠しをほどいて問う。それが、どれほど大事なものかも知らずに。
『名前は、と訊いているんだ。分からないのか?』
瞼を閉じたまま、その声を聞く。一目も見ていないけれど、声のインパクトで分かった。この人は村の誰とも違うものだと理解した。それだけ察して、彼女の言葉に首を振る。そんなものは忘れた。否――もともと、なかったような気がする。
『はあ? このご時世に名前がないだと……? 本気でどうかしているぞ。ここに居るのは鬼か悪魔だな。でなければ
そうして、女性は小一時間悩んだ末に。
『――――ななみ。うん。七美、だな。きみは今日から七美と名乗れ。ああ、いいな。きみの凛とした雰囲気によく似合っている。どうだ?』
ななみ、ナナミ、七美。それが彼女の名前。彼女を表すただひとつの言葉。どこか心に温かいものが広がるのを感じながら、彼女――七美はこくりと頷いた。
『そうか、そうか。気に入ってもらえたならなにより。ならついでにもうひとつ、いいや、もう一度か。今度は分かりやすく言おう』
女性はそっと近付きながら、煙草の火をもみ消して、
『私と来なさい。きみに、とびきりの世界を見せてやる――』
そんな、ずるいぐらいの殺し文句を浴びせてきた。
『……
『ああ、いいに決まっている。誰にだってその権利はあってしかるべきだ。この場に住み暮らす有象無象はどうであれ、私にとっては君も他と同じでしかない。さ、どうする? 私はあまり気が長くないんだ。一分で決めてほしい』
人生でいちばん悩んだ一分間だったと、あとになって七美は思う。自分のこと。村のこと。そこに住んでいる人々のこと。そこにある幸せのこと。そこでは掴めない幸せのこと。数え切れないぐらい悩み抜いた。
『――――私は』
……結局、七美は彼女についていくことを決めた。最後までしっかり考えられたわけではない。悩みももやもやもさっぱり晴れないまま。ただ、時間切れを告げられたときには、反射的に答えてしまっていた。間違いかどうかなんていまだに分かっていない。後悔も反省もあげればキリがないだろう。本当にこんなことをしてよかったのかと、振り返って怖くなる。だって、あの地は自分の居場所だった。世界にふたつとない、生まれ育った故郷。安息を約束された懐かしい土地。
〝でも、もう二度と帰れない。〟
だから、引き返すことだってない。村の住人にとって、七美のワガママは相当な大事だったはずだ。それぐらい彼女の――もっと言えば彼女の立場が大事だった。必死で止められると思い込んでいた。どれほど女性が強い力を持っていても、気持ちよくはいかないだろうと。なのに。
『……どうか、お体に気を付けて』
そんな言葉を、別れ際にかけられてしまった。ゆるく微笑んだ表情と優しい声音で。もう誰もなにも悲しむまいと、安心しきった様子で。正解がなんなのかを、七美が理解してしまうぐらいに。……本当に、カタチとして遺っていただけだった。託された気持ちも理由も薄れておぼろげになってしまっていた。彼女以外の全員がどこかで気付いていた。こんなことを続けても意味が無いだろうという現実を知っていた。それがちょっとだけ、七美は寂しく思う。
〝もうすこし、頼ってくれてもいいのに……〟
でも、そんな日々はもう誰ひとりとして望んでいない。七美は村から出た。遺ったものさえ消したのなら、あとは時代に流されていく。誰も彼女を必要としない。生きている意味も理由も、他人を頼っていてはいけない。これからは自分の力で、それらを見つけなければ駄目なのだ。
◇◆◇
「……どうだろう」
苦笑しながら、玄斗は目の前の少女を見つめる。その瞳は純粋なまでに答えを求めているように見えた。おそらくは、自分のなかにも出ているものを。ならば彼がなにかを言うわけでもない。なにを言わずとも、彼女は自分でこの問題を解決している。ただ、自由だなんだという話がちょっとだけ、引っ掛かった。
「……僕は、別に悪いことだとも思わないかな」
きっぱり言うと、七美にはすこしばかり意外だったようだ。ゆったりと瞼を持ち上げて目を見開いている。
「自由がないのは退屈だよ。なにかも縛られるのは、僕だって嫌だし。実際に、守るべきルールとかマナーとか、ややこしいものだって沢山だ。でも、そうやって制限されたものはすくなくとも悪くない空間をつくってる。自由なのも良いとは言えない。そこかしこで人がずばずば斬り殺されてたら、とんでもないだろう?」
「……なるほど。そういう考え方も、あるのか」
「もちろん、良い自由があるんなら悪い不自由だってあるけどね。水族館の魚みたいに、箱に押し込められて狭い場所でのうのうと生きていく……なんて、僕はもうまっぴらだ。……でも、そうなると受け入れるしかないんだろうな、結局」
「……そうだな。それは、ちょっとだけ……分かる」
逃げたくても逃げられない。逃げたあとも怖くてしょうがない。震える夜は何度あったことか。既知のものがあまりにもすくなすぎる現実は、楽しめこそすれど悪いところもつきまとった。それはふとした瞬間に襲い来るモノ。色も形も大きさも曖昧な、漠然とした恐怖。そんなものを感じることなんて、外に出なければ分からなかった。
「……でも、だったら余計、分からないな。私は……どうすれば、良いのだろうな……」
「分からないなら、考えればいいよ」
「……考えても分からないんだよ。玄斗。なら、次はどうすれば良いのだ」
「考える。考えて、考えて、死ぬまで考える」
「それ、は……」
なんともデタラメな解答に、七美は思わず玄斗の顔を見た。
「おかしい?」
「――――――、」
……いいや、それは。デタラメなんかでは、ない。
「足りない分は補って、届かないところは手を借りて、答えを掴むまで考える。それがせめてできること。だから僕はもう決まってる。分からないなら、考えるだけ。簡単だろう? だって、そうしていたら絶対答えは見つかるわけなんだから」
「……簡単なワケ、ないだろう……玄斗は……いや、玄斗だから、できるんだ」
「僕にできて他の誰かにできない道理はそれこそないよ。なんたって僕は、世界一考えるのが下手くそな自信がある」
「玄斗が、か……?」
「そりゃあもちろん。まだまだズブの素人だから。間違うし、失敗だってやらかすよ。でも、その度にまた考えれば良いんだ。現実は、まあ……リセットもセーブもロードもできないけど、やり直すぐらいは簡単だ。それを、散々教えられたから」
〝――さあ、あなたの名前を、教えて〟
〝……
〝きっと、いつか、報われるって信じてます。だって、それが――〟
〝よく、頑張ったね。零無〟
〝だから、いっぱい傷付いて、いっぱい悩んで、お兄の答え、見つけるといいよ〟
〝玄斗の思うように、生きていけばいいんだよ〟
本当に、散々教えられてきた。引きずり出されて、前を向かされて、背中を叩かれて、優しく抱き締められて、そっと手を握られて、嫌というほど自覚させられた。あれは、ゲームでいうなんでもない。どれにも当て嵌まるわけがない。ただのやり直し。それを超えた部分に、いまの玄斗は立っている。
「きっと七美さんなら大丈夫だ。いつかはちゃんと、向き合えるよ」
「……それは、どうして……?」
「だって、ちゃんと
「…………そう、か……」
それは、いつか、玄斗が言われていたことだ。いまはきちんと理解している、まだ壊れていた己の問題。でも、そんな部分は七美にない。ならば心配なんて本当に要らなかった。きっと躓いたのは石ころで、いまにでも彼女は進み出していく。そんな風に思える強さを、彼女のなかに垣間見た。
「私、なら……か……」
「うん」
「……不思議だ。玄斗に言われると、自然、そう思えてくるのだな……いや、本当に……ああ。不思議だ。どうしておまえはこんなにも、私の心を浮つかせるのだろうな」
「それは僕にも分からないかな……」
「そうか。玄斗に分からないなら、私も分からないな」
同じ会話を繰り返して、ふたり揃って苦笑した。でも、それこそが予兆であるように。一歩でも前に踏み出せているよう見えたのは、きっと玄斗の錯覚でもなんでもない。なにせ、なにもなかった男は一歩どころじゃなくここまで進んで生きている。ならば、他の誰かが進めないなんてコトもない。……会話はそれで終わり。すこし離れたところには明かりが見えている。もうすぐ出口だ。幻想的な水の世界から現実へと引き戻される。ふたりは並んで水族館を出る。光のあたるロビーは相変わらず、大勢の人で賑わっていた。
>村
パズル感覚で組み上げてる穴あきの過去。この時点で見抜かれてたら作者が憤死します。
主人公が揺るぎないって? そりゃあ記憶アリ白玖にこっぴどくフラれるぐらいじゃないとこの子もう折れなくなってるし……(なおその場合他のヒロインがハイエナのごとく噛みついて立て直して自分の側に置く模様)