山落意無   作:月兎耳のべる

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仮病記念。
あと何となくだけど二人のLINEやり取りが見たかったので妄想。


仮病の専門医

 曜日。月曜。

 太陽。快晴。

 体調。良くもなく悪くもなく。

 眠気。まあまあ。

 時刻。そろそろ出ないと遅刻。

 

 いつものようにいつもの始まりを告げた週明けの朝。

 私は布団の上で少し微睡みながらも、枕元においてあったスマホを再度手に取る。

 時刻は間もなく7時半。いつもならここでシャワーを浴びて着替えて朝食食べて出かける時間だが……その気になれない。

 

 今日は気分が完全にお休みモードであった。

 

 常日頃、気怠い朝は休みになればいいなとは思っていたりはする。

 そういう時は仕方無しに身体に活を入れて無理矢理学校へと向かった物だが……。

 

 時々。ほんの時々。

 どうしても「あ、これは休まないと駄目だ」って時が現れる。

 

 別に体調が悪い訳でも気分が優れない訳でもない。

 体力が枯渇している訳でも、宿題をやってない訳でもないし、嫌な奴が待ち受けている訳でもない。

 学校に()()()()()()()()問題なくその日を過ごせるようなコンディション。だけど『休まないと行けない』と頭も身体も同時に頷く時がある。

 

 時々どうしてそうなるか、その日を無駄に過ごしながら考えた事もあった。

 

 学校が嫌い? どちらかと言うと嫌い寄り。

 やる気が足りない? まああってるかも。

 根性がない? うーん、ちょっと遠いかな。

 やりがいがない? やりがいってなんだよ。

 もう飽きているから? 間違いじゃあない。

 

 自問自答を繰り返す事数十分。ベッドの上で寝転りながら出した結論は――自分の心が「電池切れ」だという事。そう、私は私の心を動かす電力が枯渇しているから行動に移す事が出来ないのだ。

 

 人によってはその電力の事を「根性」だの「やる気」だの「精神力」だの「MP」だのと言い表すかもしれないが、私は心を「充電電池」だと考えている。

 それはプラスの行動――美味しいものを食べたり、眠ったり、アイツと交友を深めたり。面白い映画を見たり、散歩をしたり、あるいはその複合――をする事で補充出来るものだ。

 対してその電力はマイナスの行動――両親との会話、煩わしい皆の視線を受ける、またそれ以外のやりたくない事、どうでもいい事――を行う事で消耗してゆく。

 

 いつも電力は平均的に1/3以下を水準で保っているが、今日はそれが完全に0に近い。

 だからこそマイナスの行動に移せず、部屋でぐだ巻いてしまう。

 

 既に親は出かけて家は誰もいないため自己判断で休めるところにだけ母子家庭である利点を感じる。私は慣れた手付きでスマホを何度もタップすると学校へと連絡をする。

 

「おはようございます。――――です。はいすみません……少し腹痛が酷くて。今日はおやすみさせて頂きますと○○先生に伝えて頂けますか? 親はもう出かけたので自分で病院に行きます。……はい、はい。分かりました。すみません」

 

 無性に演技ぶりたくなるのを抑え、努めて冷静に休む事を伝えると足早に電話を切り、役目を終えたスマホをぽん、とベッドに投げ捨てては自分自身もベッドに身を投げた。

 

「……」

 

 これで目出度く追加の日曜日を貰えた訳なのだが、お生憎様。充電の切れた私は何もする気が起きない。

 ゲームもやりたくない、TVも見たくない。スマホも弄りたくない。ご飯も別に食べたくないし、なんだったら眠りたくもない。

 

 ただ何もしたくない。

 

 動きたくない。瞬きもしたくない。呼吸すら面倒臭い。

 野ざらしになって錆びて風化しかけたおもちゃみたいに、私は動けない。

 柔らかな布団の沼に身体が飲み込まれ、そのまま暗闇を漂いたい。

 隕石が偶然、それも私の部屋だけに落ちて、唐突に意識を永遠に失いたい。

 黒面をつけた謎の殺人鬼が、私を一息に殺して。痕跡もなく私を消して欲しい。

 

 こういう日は、いつも終わらない虚無感に支配されてしまう。

 大概、そういう時は心に整理がつくまで好き放題虚無を堪能させるしか方法がない。

 

 だから私はぐるぐるぐるぐると巡り巡る虚無に浸り続ける。浸り続けるのだが――、

 

「……?」

 

 布団越しに伝わる微かな振動音。

 虚無が少しだけ顔をのぞかせた私は、その発信源に手を伸ばして画面を眺めてみる。

 

●アイツ 『大丈夫!?!? お腹痛いの!?!? Σʕ òᴥó ʔ 』 9:25

 

 いつものアイツが、画面越しでも分かるくらいに大げさに驚いていた。

 

 最初は返信をするかしないかどうしようか迷ったが、もうこのメッセージを見た時点で既読がついてしまっている事だろう。私は気怠い身体に残り少ない電力を流して返信をする。

 

○自分 『平気。授業に集中しろ』 9:30 既読

 

●アイツ『心配だもん集中できないよーーー!! ๐·°ʕ ;ﻌ; ʔ°·๐ 大丈夫だよね? お見舞い行った方がいい? 何でもするよ! ʕ •̀ω•́ ʔ✧ 』 9:30

 

「返信はえーよ」

 

 授業そっちのけで机の下で必死に返信するアイツの姿を考えると、少しだけ笑えて来た。

 本当はこのまま返信を止めても良かったが、折角心配してくれたアイツを無碍にすると本気で早退して部屋に突撃してきそうなので、それを止めるためにも返信を続ける。

 

○自分 『多分普通に寝てりゃなんとかなるだろ。お見舞い不要』 9:32 既読

 

●アイツ『 ʕ´•ᴥ•`ʔ 』 9:33

 

 その返答にはどういう意図があるんだ。

 

○自分 『元々朝は弱いんだよ。知ってるだろ? 昨日脂っこい物食べたからそのせいかも』 9:35 既読

 

●アイツ『じゃあ後で黒烏龍茶持ってきます!!! ʕ •ɷ• ʔゞ 』 9:36

 

○自分 『あれって食中に飲まなきゃ駄目な奴だろ……』 9:37 既読

 

●アイツ『ずっと食後に飲んでた私ぃぃぃぃ…… =͟͟͞͞ʕ•̫͡•ʔ =͟͟͞͞ʕ•̫͡•ʔ =͟͟͞͞ʕ•̫͡•ʔ =͟͟͞͞ʕ•̫͡•ʔ 』 9:39

 

 熊を連投するな。と思いながら私は仰向けからうつ伏せに体勢を変えてスマホに没頭し始める。

 というかコイツ本当にこんなに頻繁に返信して、先生とかにバレてないのか?

 気になったので聞いてみる。

 

○自分 『私は暇だからいーけど、お前本当に授業大丈夫か?』 9:41 既読

 

●アイツ『平気だよ! 教科書を縦に立てて寝てる振りをしながら机の下でスマホいじり。完璧な作戦であります隊長 ʕ •ɷ•ʔb✧ 』 9:48

 

○自分 『二重でアウトじゃねーか』 9:48 既読

 

●アイツ『道徳の授業だし、みんな寝てるからセーフ』 9:49

 

○自分 『(ワル)だな』 9:49 既読

 

●アイツ『みんな悪だよ! この学校に良い子はいません! ✧ʕ̢̣̣̣̣̩̩̩̩·͡˔·ོɁ̡̣̣̣̣̩̩̩̩✧ それよりも本当に何か必要な物とかない?』 9:51

 

 まあそういう自分も仮病を申告した時点で悪なのは違いないのだが。

 それにしてもアイツはこのままだと家に来てしまうのは間違いない。気持ちは嬉しいが意味なく心配させるのもあれなので、私も悪であることを自白してしまおう。

 

○自分 『まあ、私も悪だけどな。実は仮病だから本気で見舞いは大丈夫』 9:54 既読

 

●アイツ『えー ʕ •ᴥ• ʔ 』9:54

 

○自分 『無駄に心配かけて悪い。が、今日は何か行く気にならなかったんだ。充電切れ』 9:56 既読

 

●アイツ『電池切れちゃった? ʕ •ﻌ•; ʔ 』 9:57

 

○自分 『からっけつだ』 9:57 既読

 

●アイツ『そっかぁー、そういう時もまぁまぁあるよねー ʕ´•ᴥ•`ʔ 』 9:58 

 

 コイツが電池切れになった所は見かけた事はないが『予備バッテリー』で動かしている所は何度か見かけた事がある。唐突に世界から色が消えてしまったような顔をして、表情は能面のようになり、一挙一投足が無味乾燥さを持ち始める。こいつの電池が切れる時は、それこそ命が止まる時なのではと思うくらいには、少し冷や冷やしてしまう。

 

●アイツ『まあそれはそれとしてお見舞いには行くけどね! ʕ •̀ω•́ ʔ✧』 9:59

 

○自分 『は?』 9:59 既読

 

「は?」 

 

 ただ次なる発言に電子の私も、現実の私も同時に声を出していた。

 仮病だと言っているのにどうして見舞いに来る必要がある? 私はただズルを謳歌しているだけだぞ?

 

●アイツ『電池が切れたなら充電が必要でしょ? 私も手伝うよ!』 10:01

 

○自分 『いやいや、この電池は別に寝てりゃ充電されるから』 10:02 既読

 

●アイツ『ふっふっふ、及ばずながら仮病の専門医たる私が手伝えば二倍以上の効率を約束するよー! ʕ •ɷ• ʔゞビシィ 』 10:03

 

○自分 『何だよそのヤブ医者以下の職業は』 10:04 既読

 

 ぐいぐいと来るアイツの攻勢に、私はどうしたものかと考えてしまう。

 別に嫌ではない。来て貰ってもいいが、ズル休みに見舞われて私はどう反応するべきか迷うのは間違いない。大体お茶請けも特に用意してなかった筈だから……。

 

●アイツ『あ、でもごめんね。もしも邪魔だったら行かないから、そこは遠慮なく言ってね?』 10:10

 

 あぁもう。案の定ちょっと迷ってたらやっぱり断りを入れてきた。

 それをされると私に選択肢がなくなるのをアイツは分かっているんだろうか。

 嫌じゃない。嫌じゃないけど、本当そういう所はずるいと思う。

 

○自分 『分かった、じゃあ放課後な』 10:11 既読

 

●アイツ『いいの!? Σʕ òᴥó ʔ 』 10:11

 

○自分 『自分で言いだしたんだろうが……その代わり買い物とかは別にいいからな』 10:12 既読

 

●アイツ『え、でもでも家にお邪魔しちゃうし…… ʕ •ﻌ•; ʔ 』 10:13

 

○自分 『仮病に見舞いを持っていく前例を作るのはおすすめしないぞ』 10:15 既読

 

●アイツ『前例を作ったら仮病の人はこれからみんな喜ぶだろうね! ฅʕ •ﻌ• ʔฅ♬*゚ 』 10:16

 

○自分 『むしろみんな気まずく思うだけじゃねえかな……』 10:17

 

 

 それ以降、あいつからの返信はしばらく途絶え。

 私は再度スマホをベッドに投げ出して変わらぬ天井を眺め始める。

 それは数分、あるいは数十分かもしれないが、そんなに長い時間でなかったのは間違いなかった

 

「迎える準備、するかぁ……」

 

 ――不思議でもなんでも無いが、この時点で私の心の充電ゲージは1/3ぐらいには回復していて。私はのそりと起き上がると仮病の専門医を迎える準備をするのであった。

 

 

 

 ◆おまけ◆

 

仮病に効く薬(お見舞いの品)買ってきたよー!」

 

「いらないって言っただろ……」

 

「仮病の人にも優しくする前例を作るのに必死なのです」

 

「はぁ……で、何を買ってきたんだ」

 

「えーっとね。エナジードリンク。にんにくチューブ、単三電池……」

 

「……」

 

「あいた! なんで!?」

 

 どっとはらい。


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