アイツが言う。
「どうしてそんなに意固地なの」
私が言う。
「価値観が違うだけだろ。私はずーっとこれで通してきた。変えるつもりはない」
アイツが言う。
「そうやってずーっと変化を拒み続けるつもりなの?」
私が言う。
「変化は嫌いじゃない。ただ他人にとやかく言われてやる変化を私は好まないだけだ」
私が白だと言うならば、アイツは名実ともに黒だろうさ。
いつになく真剣な顔をしたアイツが私に対して静かに、そして熱を持って説いてくる。
何だかんだでアイツにだけは甘くなってしまう私であるが、しかして今回ばかりは譲るつもりはない。
これはもう根本的に変えられない問題。
誰しもが持つ決して曲げることの出来ない『主義』という強固な軸なのだから。
「……むむむ」
「……」
私達は今部屋のカーペットの上で向かい合って座っている。
そうして一つ述べては指を動かし。一つ吐き出しては指を動かしあう作業を続けている。
現時点でお互いの主張は平行線。決して灰色に混ざり合うこともなく駆け引きは行われていく。
「……そもそもの話、私の方が一般的なのは分かってるよね?」
乾いた音に、回る音。
「こっちがマイナーなのは十分承知している。だが大事なのはみんながそうしているから、って話じゃないだろ?」
指が動くたびに、二人の間に音が響く。
「勿論そういう話じゃないよ。でも最初に言ってたよね。『そんなのかける奴が気がしれない』って。私に言わせればそっちの方がおかしいよ!」
ぱちり。ぱたん。ぱちり。ぱたん。
「私の好みは私の好み。それ以外の好みについては知ったことではないね」
弾き、弾かれ。盤が揺れては色が増える。
「知ったことではなくても、私としては大いに主張しないといけないのです! さっきの発言はこのやり方でずっと通してきた私にケチをつけたって事なんだから!」
互いに互いの目は中々合わされない。
ただ下を向いて言いたい事だけ言い合う、喧嘩にしては異例の一幕。
気付けば私の形勢はアイツの裂帛の前にまさしく厳しい物になっていた。
このままではまともに応対しなければ押し返す事も出来ないだろう。……まあ、そんなに危惧はしていないんだけどさ。
「咄嗟に出た言葉であって他意はなかったと主張しよう。でも私は私のやり方が一番だと考える」
ぱちたん。
「私だって私のやり方が一番だと思ってるもん。だからこそ考えを改めて貰うためにも……私のやり方で食べて欲しいの!」
ぱちたんぴたん。
「えぇー。だってさぁ……それだとただ、しょっぱいだけじゃん」
ぱちたん、ぱたぱた。
「しょっぱいだけじゃないよ! 確かにしょっぱいけど、風味とか香りもいいもん! そっちなんて一緒だよ!? ほとんど材質一緒の物かけてるんだよ!?」
ぱちり。ぱたり。ぱたん。
「一緒だからこそ味がフィットするんじゃねえか。こっちは酸味と甘味があるんだぞ。あ、スミ貰った」
私の指は動揺もなくある場所に置かれれば、アイツは途端に「う゛っ」と呻きだした。
しばらく下をじーっと見つめ、うんうんと唸り声を上げた結果。あいつが搾り出した声は、
「……今のナシで」
「ダメ」
「う、うぅぅ……」
こっちをそんなに見ても時は戻らないし、戻せないかなら。
それがお互いの意地や主張を賭けたものであれば尚更だ。
……そんな縋るような目をしても駄目なものは駄目だからな。
「……美味しくないなんて戯言、信じないもん、多分そっちは間違えて変なのをかけてたんだよ! きっと! ちゃんと小瓶にラベルとか貼ってなかったんじゃないの?」
打音。私の急所への攻撃をなんでもないと言わんばかりに攻撃するアイツ。
「まあ間違えそうになった事はあるけどなぁ」
打音。しかしアイツの勢いはやはり衰え、一つの指の動きで瞬く間に場面が漂白されていく。
「ほらやっぱり! じゃあ今すぐ試してみてよ! 絶対美味しいって!」
打音。アイツはこの勢い消してたまるものかと自らの眷属を増やし続ける。
「おやつの時間にアレを食べるのはちょっとなぁ……朝食ならいいけどさ」
「じゃあ朝食ね! 食べてね!」
確約はできねーな、なんて素っ気無く答えて指を動かせば、アイツの眉間に立ちどころに皺が増えた。
アイツは胸の前で腕組をしてしばらく盤面をじぃぃ、と見つめて数十秒。なんだかヤケ気味に打音をかきならした。
「むぅぅ、ならやっぱり今から作るから! 台所貸して!」
「今卵切らしてるから作れねえよ。はい、またスミ貰い」
「あぁっ!? 待って待って今のナシ! 二手戻って二手!?」
「待ったなし。戻るのなし。ゲームにならんだろ」
刻一刻と増えて行くアイツの急所。
もうここまでくればアイツの逆転はありえないだろう。
序盤に折角広げに広げて貰った所でアレだが、このまま私の色に染まって頂く。
……そうして、しばし主張も忘れて二人でぱちたん、ぱちたん、と私達の間で打音を響かせ続けて行ったのだが、ふとあいつの顔を見た所、何だか面白い顔になっていた事に気付く。
「むうぅうぅぅうぅぅ~~……」
スマホの待ち受けにしたい見事な顔だ。饅頭かよ。
そんなに頬を膨らませても事態は好転せんぞ。
「……こっちの方が絶対美味しいもん……」
「まだその言葉に頷くには如何せん経験が足りないな。……わぁったよ。別に買って食べてもいいけど、その代わり私のも試して貰うぞ」
「えぇぇー……私は別に……なんか味が想像出来ないし……」
「私にだけ一方的に押し付けるのはフェアじゃないんじゃないか? はい、そっち置くとこないぞ」
「えっ!? ちょ、えぇ!? なんで、どうして!?」
「どうしてって言われてもなぁ……」
もうアイツが置く場所はどこにも見当たらず、とうとう居場所どころか手番すら無くしてしまう。かすかに残った黒の残骸以外、盤面は全て白に染まり。結末は既に秒読み段階であるという事が目に見えてわかった。
「……いや、まだ実は一つぐらいは……!」
「ないから。後この先に希望もないからな」
「ひぐぅ……」
その後も結局アイツに番が回ってくることはなく、私はオセロに勝った。
盤面は見渡す限りに白一色に染まり、黒の駒は1つしか残されておらず、そんな歴史的大敗を喫してアイツは盤面に顔を突っ伏して動かなくなってしまった。
「……」
「……おーい。それでどうすんだ、卵買ってくるのか?」
「……買うぅ」
「分かった。んじゃちゃんとそっちはマヨネーズかけて食えよな。私も醤油かけて食べるからさ」
「……わかったぁ……」
私はぴくりとも動かないアイツを置いて外出の準備をする。
……しかし、まぁ……流石に卵だけ買うのもなんだし、アイツが良いって言うなら他の惣菜も買ってしまうか。目玉焼きだけ食べるのは調味料があっても味気ないもんだからな。
「なぁ、今日泊まってくか?」
「……いいの!?」
「別にいいぞ。だから目玉焼きは夕飯な」
「分かった! じゃあ今日は目玉パーティだね!」
「嫌なパーティだな……あと目玉焼きオンリーは勘弁してくれ」
急に元気になったアイツはいそいそと準備を整え、間もなくして私達は玄関から寒空の下へと足を踏み入れるのだった。
……目玉焼きに醤油か、やっぱりしょっぱいんだろうなぁ。
私はケチャップ+タバスコ派です(半ギレ