なんとか間に合った!
なお、これにて書き溜めはすべて焼却された模様
あとね、SAKIMORIの口調のエミュって地味にシンフォギア二次創作の最大の難関なんだと思うんだ…
「遅れました!すみません…」
「なに、構わんさ。響君に無理を強いているのはオレたちの方だからな」
指令室のドアが開き、響が入ってくる。急いでやって来たのか若干息が上がっていた響を赤い髪の毛と赤いシャツがトレードマークの大男、この場所の司令である風鳴弦十郎が迎えた。
私立リディアン音楽院高等科の校舎の地下。そこにシュテルの探し求めていた〝謎の組織X″こと日本国政府直轄のノイズ対策機関、特異災害対策機動部二課の本拠点があった。
およそ一ヵ月前、ノイズという存在に対しての人類の切り札ともいえるFG式回天特機装束──通称〝シンフォギア″を偶然纏ってしまって以来、立花響はこの組織に所属することになった。
リディアンに属する学生という身分と、ノイズと戦う戦士という役目と合わせての二重生活を送っていたが、元々からあまり勉強が得意ではなかった響は無事課題という牢獄に捕まってしまい、連絡は入れたものの結局は呼び出しに僅かに遅れてしまったわけである。
「それじゃあ全員がそろったところで仲良しミーティングを始めましょうか」
メガネを掛けた白衣の女性、櫻井了子の言葉に響はほんのわずかな期待を込めて同じリディアンの制服を着た先輩である風鳴翼に視線を送る。
しかしやはり今までと同じように翼は響を一瞥すらせず、それが響の表情に影を落とした。
一ヵ月前に二課に入ったばかりの響が翼に対して一緒に戦おうと頼み込んだ。しかし結果として翼の地雷を踏みぬいてしまい、剣先を向けられる事態となる。その時は弦十郎が場を収めたことで事なきを得たが、以来翼は一度も響とは口を利いてくれていない。
シンフォギア装者の後輩としても、そしてアーティストとしての翼のファンでもあった響はなんとかして仲良くなりたいと思っているため、今の状況はもどかしかった。
「響君はこの間の説明を覚えているかね」
そんな憂鬱になりつつある響の思考を断ち切るように弦十郎は問いかける。
「えっと確か…シンフォギアには聖遺物の欠片が組み込まれてて、装者が歌うことによって発生するエネルギーであるオニックゲイン…」
「フォニックゲインね」
「そうそれです!そのフォニックゲインによって力を発揮することができて、ノイズ相手に高い防御力と攻撃力を発揮できること。あとはこの街は日本全国のほかのどの都市よりもノイズ発生率が高くて、自然発生率よりも遥かに上回ってること。ここの上のリディアンがノイズ発生の中心地で、誰かがここを狙っている可能性があること。ここに保管されているサクリストD?っていう完全聖遺物が狙われているのかもしれないこと。ってところまでなら一応覚えてるんですけど」
「よ~くできました。響ちゃんったら前回説明したことだいたい全部覚えてるじゃないの」
「えへへ~」
了子に褒められたのが嬉しかったのか響が頭を掻く。途中専門用語があやふやだったが了子は褒めて伸ばす主義であった。ふと響が掻くのをやめて疑問を口にする。
「あの、それでこの前は途中で説明が終わっちゃったんですけどサクリストDとか完全聖遺物ってなんですか?」
そんな疑問にオペレーターである友里あおいと藤尭朔也が答える。
「ここよりもさらに下層にあるアビスと呼ばれる最深部に保管されている数少ないほぼ完全状態の聖遺物、それがデュランダルよ」
「翼さんや響ちゃんのシンフォギアに使われている聖遺物の欠片は装者がフォニックゲインをその都度送らないとその力を発揮できないけど、デュランダルをはじめとする完全聖遺物は一度起動してしまえばあとは常に起動状態を維持できて誰でも使用できるっていう研究結果が出ているんだ」
「へー」
「ただ、デュランダルは以前より米国から再三引き渡しの要求が送られてきていて、その扱いも慎重にならざるを得ないんだ」
「ま、それでも不完全な聖遺物の欠片でもシンフォギアとして再構築することによって力を発揮させることができるというのがこの私、天才考古学者櫻井了子が提唱する櫻井理論ってわけ」
「なんだかよくわからないけど了子さんがすごいということだけはわかりました!」
「いい子ねぇ、もっと褒めてくれてもいいのよ?」
実際のところ、櫻井理論は聖遺物の欠片をシンフォギアに再構築することに留まらず、聖遺物そのものの発するアウフヴァッヘン波長の観測や応用、ノイズの存在そのものを調律することによってノイズが備える位相差障壁を無効化したり、フォニックゲインを用いて形成されるバリアコーティングによってノイズによる人体の炭素転換能力を完全に0にできるなど多岐にわたるものだが、ここで響に説明したところで頭がパンクするのが目に見えている。
了子と響のコントみたいなやり取りが終わるのを待たずに弦十郎が続けた。
「そのデュランダルが二課に運び込まれてから以来、諜報部によれば何者かによるハッキングがここ3か月だけで数万件に達すると見られている。すべてがすべて米国の仕業と断定するつもりはないがデュランダルはそれだけいろんな人間から狙われているものだ」
「それって大丈夫なんですか…?」
「まあ、そういった分野でどうにかすることこそオレたち大人の本来の仕事さ、それに諜報部も無能じゃない。すでに対策に動いている」
弦十郎は響を安心させるようにそう言った。だが
「叔父さま、今日はそんなわかりきった話をするためだけに集まったのですか?」
ここまで一度も言葉を発さなかった人が口を開く。弦十郎のことを叔父と呼ぶのは風鳴翼ただ一人。その言葉に弦十郎は図星のように頭を掻く。
翼の言う通り、現状を響に説明するだけならばわざわざ彼女をここに呼ぶ必要はない。そもそも翼にはシンフォギア装者としての顔のほかに日本のトップアーティストという表の顔もある。そのスケジュールの過密っぷりは二課の諜報部とマネージャーを兼任している緒川慎次が気を使って調整しているとはいえ尋常ではない。並の人間であればその片方だけでも音を上げるだろう。
実際このすぐ後も次の収録のための打ち合わせが入っているために急がなければならなかった。そんな翼まで呼び寄せたのはそうする必要のある〝何か″が発生したからだ。
弦十郎は溜め息をついた後、本題を切り出す。
「実は話が2件あってな、まず一つ目だが、広木防衛大臣からの情報によると、この二日間で防衛省、財務省、厚生労働省、国土交通省をはじめとする各省庁に大規模なハッキングが仕掛けられた可能性があるらしい」
「らしいとは」
「アクセスされたであろう形跡があるがどこからなのか、なにを見られたのかなどが一切不明、辛うじて防衛省は防御に成功したがほかは最深部こそ防げたものの、中間層まで侵入されたのは確実らしい。それで今政府は対応に追われているわけだ」
「それではやはり米国が…?」
「それはどうだろうな…」
「?」
空になったコーヒー缶を握りつぶしながら翼は推測を口にする。人類を守護る防人として物心つく前より鍛えられてきた彼女は、だからこそ他者の足を引っ張ろうとするならず者のことを疎む。だがそんな翼の言葉に弦十郎は待ったをかける。
「実は被害は在日米軍にも及んでいた可能性があってな、昨晩に米国政府から日本政府に緊急で問い合わせが来て、日本政府側からも即時の調査を行うよう要請してきた。そして──」
「まだなにか?」
「侵入の形跡があるのは政府や米軍だけではなく、この街の市役所、警察や消防も含まれる。しかもこちらは今更になって今朝方に行われていたものだ」
「ッ」
事態を理解できた翼は嫌悪感を示す。
被害を受けたのが政府だけならわかる。国家間の情報戦は日常茶飯事。在日米軍も被害を受けたというのもまだ理解できる。極東方面は常に最前線、中国やロシアが仮想世界ではすでに熾烈な戦いを繰り広げているし当然アメリカも標的にもなろう。
だが、この街まで被害を受けたとなれば話は変わってくる。一介の街の施設などへのハッキングは普通は受けない。そこには大した情報は保管されていないし、より情報が保管されている省庁への踏み台にするにしても今回の場合はまず省庁の方が先に被害を受けている。しかしノイズの出現率が高く、さらに二課が置かれているこの街だとそうはいかない。消防と警察の詳細な活動記録はそのままノイズの出現や撃滅に関する戦力情報にも等しい。
そのため、この街にもそれ相応のセキュリティが敷かれているが、そこが侵入されたとなれば…
二課を狙ったハッキングはもとからかなりの件数あったが、そのほとんどは初めからこの街に二課が存在していることを知っている前提で行われている。それとは対照的に今回のものはまるでこちらの正体を知らない何者かが手探りに徐々に目標を絞り込んでいるように思える。
そしてそれは遠からず二課の存在に辿り着くだろう。
「えっ?えっと…?」
しかし一方で響はなにが起きたのか呑み込めていなかった。そもそも今まではごく
「そして二つ目の話だが、響君と翼は昨日のノイズ殲滅した後のことを覚えているな?」
「無論です」
「たしか新たに別の場所でノイズの出現を探知したって言ってて、でもわたしと翼さんがついたころには…」
「そう、ノイズが跡形もなく消えていた。炭化した痕跡すらもなく、だ」
その言葉に翼は剣呑な目つきを浮かべる。
通常、ノイズが消滅するのは時間経過による自然消滅か人間との対消滅しかない。人間と対消滅を引き起こせば現場には必ずと言っていいほど大量の灰が残される。そうでないからば自然消滅しかないのだが、昨日のケースでは出現を感知してから響と翼が到着するまで10分と経っておらず、自然消滅するにはいくらなんでも早すぎた。
だがノイズはそこに居たのもほぼ間違いない。現場にはおそらくノイズによる攻撃で発生したであろう道路の破片などが存在していたのだ。
おそらくそれを引き起こした要因に関する新たな情報が入ったので今日招集されたのだろう。翼は推察する。
「藤尭、モニターに出してくれ」
「了解です」
「わぁ…」
響が思わず驚きを漏らす。それもそのはず、メインモニターに映し出されたのは天を衝くような光の柱のようなものを捉えた写真。
「これは昨日の市内の監視カメラによる望遠映像でな、この光が観測された場所はおおよそ昨日のノイズの発生位置と合致する。ノイズが殲滅されたのはこれが原因と見て間違いないだろう。そして…」
「観測ログを解析したところ、この時かなり高い数値のフォニックゲインを観測したわ」
「わたしたちのほかにもノイズを倒す力を持ってて、その誰かがやったってことですか!?」
「それって…」
「個人か集団なのかはわからないけど概ねそういうことになるわね」
おそらく碌に睡眠時間も取れずに夜通しで解析したのか、よく見れば了子の目元には化粧で僅かに隠しきれてない隈が浮かんでいた。一方響の顔には興奮と期待の表情が浮かぶ。
「でもでもこれをやった人を見つけて仲良くなれば一緒に戦ってもらえるかもしれないってことですよね!」
争いを好まず、誰とでも打ち解けあって手を繋ぎたがる響の期待は甘い部分があるものの、真っ当なものでもあった。
そもそも日本国政府の保有するノイズにまともに対抗できる手段はシンフォギアのみであるが、その装者も現在は翼と響のたった2名のみ。
かつて二課はさらにもう2つのギアを保有していたが、片方は10年前に紛失。もう片方であるガングニールも、翼のパートナーであった天羽奏の命とともに2年前の惨劇にて翼の目の前で失われてしまった。
偶然奏のギアの破片を体内に宿してしまったことでガングニールを受け継いだ響も実際はまだ装者歴が一か月も経っていない新米。
こちらの都合などまったくもって考慮してくれないノイズ相手に実質翼一人では明らかにキャパシタが足りていないのは誰の目から見ても明らかだった。
もしもこの相手を味方に引き込めるのであればそれだけでも戦力の大幅な増強につながるだろう。
「みんなが響ちゃんみたいにまっすぐならもっとこの仕事も楽なんですけどねぇ・・・」
響のまっすぐな想いを微笑ましく思いつつもしかし藤尭を始めとして二課の面々は響ほど明るい展望を持てなかった。
「先ほどの一件目との話にも繋がるが、この街にかけられたハッキングは昨日の戦闘後から急激に増えている。この二つの出来事を無関係とするには厳しいだろう。相手が敵であるか味方であるかは今の段階ではまだ不明だが、響君と翼は相手と接触する可能性も念頭に入れてほしい」
「了解」
「わかりました!」
会議はそう締めくくられた。
◇
「さすがにここらが限界ですね」
《そのようです。外部とのネットワークを切断されました》
響たちが新たに出現した脅威についてミーティングしていたころ、シュテルたちは行き詰まりを見せていた。
ルシフェリオン────ビー玉程度のサイズしかないそれは疑似人格型AIを搭載し、その演算性能は文字通り現行のコンピューターの何世代以上先を誇っていた。それをシュテルは活用して今までいろんなところのセキュリティを無理やり突破していたが、どうやらそろそろそのやり方では潮時になってしまった。
ハッキングの発覚が想定よりは早く、また対策も相当素早い。お役所仕事というものもどうやらそうそう馬鹿にならないものだったらしい。
前哨戦である情報戦は本丸を突き止められなかった以上こちらの負けと言っていいだろう。
けれど、それで足を止めてしまうほどシュテルには時間はない。
《となれば次は》
「とりあえず直接相手のご尊顔を拝みに行きます。デュランダルの在り処を聞き出すにしろ後をつけるにしろ、まず相手を見つけ出さなくてな何も始まりませんので」
コーヒーの入ったマグカップに口を付けながらシュテルは次の行動計画を決める。
昨日の時点でも接触に動くという選択肢はあったが、相手の戦力をまったく把握していない状態ではリスクが高すぎて見送り、半日かけて集めた情報を精査しながら相手の戦力を推察することに費やした。
とはいえ相手の戦力規模が少人数であると判明したものの、手を出せばそのまま国家権力相手に立ち回らなければならないだろう。はっきり言えば誰もかれもを敵に回す悪手でしかない。
しかしシュテルが欲するものは日本が国家予算にも等しい額の金額を投じて入手した代物、そんなものをどこぞの知れぬ小娘にプレゼントしてくれるなどと言ううまい話は存在しない。
ましてや、こちらの抱えているものが知られた場合、その力に目が眩んでしまう人が出てしまうだろう。それはシュテルにとって最も恐れていることでもある。少なくとも海を渡った大陸でそのような相手を腐るほど見てきた。
いくら善意で手を差し伸べてくれた人たちが居ようとも、その背後には必ずと言っていいほど悪意と欲望を持った人たちが蠢いている。
故に誰かを頼るという選択肢はシュテルは選べない。
「────ッ、もうこんな時間…」
外はもう太陽が傾き始める頃か。
徹夜で電子の海に潜っては情報を集め続けてきたシュテルもカフェインで誤魔化すのはいい加減限界が来ており、脳が激しく休息を要求している。すでにあらかたの作業は終えている上に、夜には再度市内にて謎の組織Xについての偵察も行わなければならない。
幸いにして新しい拠点に関しては昨日のうちに確保済み。年端のいかない少女が一人で契約しに来るなど不動産屋には大層不審がられたが、そこは現金一括払いで黙らせることにした。
「ルシフェリオン、少し仮眠を取ります。3時間後に起こしてください」
《All right, master》
そう言い終わるや否やシュテルはベッドへ倒れ込んだ。買ったばかりの羽毛布団がシュテルを受け止める。ちょっと高めの贅沢であったが、見込み通り中々の心地である。
(あっ…そういえばあの子…随分と似てましたね……)
沈みゆく意識の中でよぎるは昨日助けた少女のこと。思い返せば白いリボンを付ければきっと見分けがつかないほどシュテルの親友と瓜二つだった。
しかしここは東京であり、彼女たちは千葉在住だ。それに彼女がシュテルのもう一人の親友からプレゼントされた白いリボンを手放すなど断じてあり得ない。
世界には顔が似ている人は3人居るって話はあながち間違ってないかもしれないと思いつつ、
(今頃どこでなにをしてるのでしょうか……響…未来……)
シュテルは意識を手放した。
◇
「響…また今日も秘密の用事…一緒に買い物に行くって言ったのに…」
スーパーへと向かう海辺の道で、少し寂しくなった隣をチラ見しつつ、未来はため息をつく。
いつもであれば傍にいて当たり前だったというのに最近は一緒に居られないことが増えてきた。どこで何をしているのかを訊ねようにも下手すぎる嘘ではぐらかされることばかり。そのせいで響自身の学校の勉強にも支障が出ており、ただでさえ宿題の提出が遅れ気味なのに今ややってる最中に寝落ちしない方がむしろ少ないぐらいだ。
一緒にお風呂に入るたびに身体の小さな傷も前よりどんどん増えているのが目に付く。そしていつも笑顔だったのが最近では険しい顔をすることも多くなってきた。
このままじゃあ響までもが遠くに行っちゃう。
昔から二人の間には隠し事なんでしなかった。響がわかりやすいというのもあるけど、お互いそんなことする必要もなかったししたいとも思わない。ただただ太陽である彼女がそばで笑っていてくれればそれだけでよかった。
なのに今は自分の知らないところで響が何をやっているのか、なにをやらされているのかなにも知らない。力になれない、そんな自分がもどかしい。でも────
足が止まる。沈みかけた夕日が大きく見える。
(響に隠し事をしてるのは私も一緒……)
鞄を握る力が強くなったと感じた。
昨日ノイズに遭遇したことは家に帰ってすぐに伝えた。それを聞いた響に涙と鼻水をぐしゃぐしゃにされながら一晩中抱きしめられたし、今日も響がどこかから呼び出しを食らうまではいつも以上にベタベタくっつかれた。
それはすごくうれしかったし死の恐怖から解放されてやっと響の元に帰ってこれたって実感が湧く。でも、シュテルとまた逢って助けられたことは告げてない。
未来は昨日の少女がシュテルじゃないかと思う。顔を覆い隠してるし声を変えていたけどたぶんそう。
あれはきっと響と同じぐらい大切な私の親友。
彼女のことを気にかけていたのは響も同じ。四年前、シュテルが姿を消した日、響と未来で二人で探し回った。まだ小学生だった二人はどこまでも探し回って、いつまでも家に帰ってこないと心配になった家族に警察の迷子無線で放送されて連れ戻されるまでずっと彷徨い歩いた。
次の日も、その次の日も。さすがに子ども二人では危ないということで響のお父さんも一緒になって探してくれた。失踪してから数日経った頃にシュテルから家の事情で海外の実家に帰らなければならないとお詫びの手紙が送られてきて、無事であるとわかるまで続いた。
その後の消息は小学校卒業前に響と未来の誕生日にお祝いとしてプレゼントが送られてきた一回キリだけ。
本当は今すぐにでもこのことを響に伝えたかった。でも明確な確証はない上、今いろいろ抱え込んでいる響に余計な期待を持たせて惑わせたくない。
それにあの少女は自分のことは内緒にしてほしいと言った。
あのような超常の力を持っているのだ。秘密にしなきゃならない理由など想像に難くない。もしも自分たちの前から消えたのもそれが原因なら辻褄が合う。
隠し事をほとんどしなかった響とは対照的に昔からシュテルはなにかと秘密が多かった。でもそこに心の距離は感じなかった。秘密にすることの多くは自分たちを心配させまいとするものばかりだったし、いつも事をすべて終わらせた後に打ち明けてくれる。必ず帰ってきてくれるという安心感があって、信頼があった。
だから、今度も全てを終わらせたら帰ってきてくれる…。
「きっとそうだよね…シュテル…」
少女は祈った。
◇
すでに太陽が沈み切ってサラリーマンたちが電車で缶詰となって自宅へと出荷される午後8時、シュテルは夜闇に紛れて偵察を行っていた。
入手された資料を分析したところ、この数か月間でこの街周辺におけるノイズの出現頻度は平均して一週間に3から4回。昨日の今日ですぐにノイズが出張ってくるかもしれないなど一般人からすれば悪夢にも等しいし気の毒とも思うが、シュテルとしてはこの国の対ノイズ機関を見つけ出すには利用しない手はない。
昨日の戦闘時に放出した魔力反応は確実に相手に察知されてしまっているのだろう。当初の予定であった広域探索魔法・ワイドエリアサーチを使っての索敵で逆探知されては元も子もない。少々古典的ではあるが自分の目で確かめるの一番であると判断した。
まあ、昨日の少女たちを助けたことは一切後悔していないが。
「それにしてもこの街は人がたくさんいますね」
ビルの屋上にいるシュテルの眼下に映る街並みは夜にもかかわらず明かりで満たされていた。今まで滞在していた都市の中でもここまで賑やかな街はシュテルの記憶にもそうそうない。ドイツなどでは夜の8時にもなれば街から人が消え、飲食店なども皆戸締りをする。夜の街は大抵寂しいものであり、一方でコソコソ動き回る分には随分とやりやすかった。
車の騒音、人々の話声、店頭に並べられたスピーカーから流れる宣伝告知。秩序のないそれらが奏でるは人によっては不快な和音であるが、同時に街が生きている証だ。多くの人々が生きている証だ。
であるならば。
いずれこれからこの国の防人に槍の矛先を向ける。それは己の身を護る術を持たない無辜の民を危険にさらすこと。
待機状態のルシフェリオンを握る力が強くなる。すでに引けない道であるがそれでも気分悪い物は悪い。
昔は自分の気分が沈んでるときに限ってどことなく響が急に現れては強引に手を引っ張ってあっちこっち連れ回された。こっちの都合もお構いなしだったけど手から伝わる温もりが大好きだった。
でも今この両手を繋いでくれる人は居ない。それがシュテルは少しだけ寂しかった。
《マスター、ノイズ反応がありました》
「ッ!位置は」
《こちらから南方2㎞地点の公園にて反応確認》
忘却に耽っていた神経が一気に引き戻され、臨戦状態となる。すでにバリアジャケットは展開済み、探知されることを防ぐために飛行魔法の使用は避け、身体強化にのみ魔力を回して駆けだした。少し遅れて街の防災無線より避難指示が発令され、地上の人々が慌てふためくのが遠目で見える。おかげさまでビルの屋上を伝って走るシュテルの姿に気づいたものはいないようだ。
《現在観測される限りでは出現したノイズはおよそ150体。大型種などの反応はなし》
報告を聞きながら顔を隠すためのバイザーを構築して念のため対ノイズ戦闘も準備。防人と事構えなければならないが、それはそれとして民間人に被害を出したくないのもまた本音だ。
目の前の犠牲を物分かり良く諦められるならそもそも国家権力相手にケンカを売ろうだなんて酔狂なマネなどするものか。
「ッ!」
突如、刃で全身を突き刺されたような感覚、目標までまだ距離があるというのに。間違いない、これこそがシュテルが探し求めていた超常の力の持ち主。さらに詳しい情報を拾おうとして五感を研ぎ澄ませたその時、
Imyuteus amenohabakiri tron────
「これは…歌…?」
どことなく旋律が戦場に鳴り響いた。
《ノイズ反応の減少を確認。それと同時に魔力反応を観測しました》
「ええ、わかっています。それよりもやはり…」
目視できる距離まで来たところで身を隠しつつシュテルは記憶を掘り起こす。歌うことによって引き起こされる魔力反応。この現象にシュテルは身に覚えがある。
欧州で出会った少女が身に纏った────
「シンフォギア…ですよねこれは」
《波形は異なりますが検出されるエネルギーパターンは極めて酷似しております》
形状や色彩こそ違えど、目の前にあるソレは記憶の中にあったものとよく似ている。
魔導師たちが自身の精神力を魔力へと変換して魔法を行使するのに対し、シンフォギアの担い手たる装者たちは口にする歌に秘められたフォニックゲインを力として戦う。戦力としての安定性、そして手数の多さでは魔導師のが圧倒的に上だろう。しかしシンフォギアの爆発力は魔導師の比ではない。
無論シュテルは万全なら負けるとは思っていない。
(ただ、この強さはおそらくはマリア並。相当骨になりますね)
シュテルが眼前の少女に一振りの剣を幻視する。どれほどの鍛錬を積んだのだろうか、その身そのものが刀であるかのようであり、一撃一撃が研ぎ澄まされている。彼女に掛かればこのようなノイズなど赤子も同然であろう。事実、あれほど居たノイズは数分経たぬうちにすでに大半が殲滅されつつある。いくらシンフォギアにはノイズの位相差障壁を無力化する力があると言えどもこうはなるまい。間違いなく装者自身の力だ。
その強さにシュテルは胸に昂りを覚える。争うことを好まない。だが、戦うこと自体は嫌いじゃない、どころか大好物だ。重度な
ああ、なにも背負うことのない模擬戦であればどれほどよかったことか。つくづく己の宿命を呪いたくなる。
「あれ?」
ふとシュテルは気づく。ノイズと戦うその青い髪の少女をたぶん自分は知っている。歌っている曲自体には聞き覚えはないがその口から奏でられる音色にも覚えがある。というか昨日聴いたばかりだ。
「風鳴……翼?」
買ったばかりのCD、そのジャケットに映る少女が今戦場で舞っていた。その事実に内心にとどめようと思った衝撃が無意識のうちに言葉として紡がれる。
しかしシュテルは失念していた。今居るのは自宅ではなく、身を潜めていなくてはならない戦場。
「こそこそと盗み見せず出てきなさい!」
歌姫が戦姫となりて刃を向ける。
◇
先のミーティングで叔父である弦十郎より伝えられた自分たち以外の超常の持ち主。そして戦いのさなかに感じた値踏みするような視線。こちらと敵対するにしろそうでないにしろそのまま放置していい存在ではないと翼は判断した。
先ほどの言葉より少し間を置いて、翼の近くにある街灯の上に夕刻の紫天のような色の装束を纏った少女が降り立つ。こちらを見下ろすその顔は黒い目庇に覆われ、表情を伺い知れない。
《翼、可能であればコンタクトを続けろ。こっちもすぐ現場に向かう!くれぐれも無茶はするな!》
通信機より流れる弦十郎の言葉に翼は従い、一先ず武器を下ろす。
「ここはノイズ出現に伴って日本国政府権限によって封鎖されている領域です。無断での立ち入りは場合によっては法的処罰の対象となります。所属と氏名を明かしこちらの指示に従ってください」
ノイズが出現しているこの区画はシンフォギアの完全秘匿も兼ねて自衛隊によって完全封鎖されている。封鎖開始時には少なくともここは避難済みとなって無人であるという確認は取れている。一ヵ月前に同じように閉鎖区域に立ち入って認めがたいことにシンフォギア装者となった響とは違ってこの少女は自分で突破してここに居るのだ。
規則に則っての警告。これに素直に従ってくれればありがたいが、口にしている翼自身もそうすんなりことが運ぶとは思えなかった。
「では僭越ながら名乗らせていただきましょう。私は
「ふざけているの?」
あからさまな偽名。つまるは明確な拒絶。
少女が言い終わるや否や、無手であった左手に杖を現出させ、背後に桃色の光球を8つ出現させる。
それに対して翼も手にする天羽々斬を構えた。
「あなた方に恨みはありませんが、その力、私の糧とさせていただきましょう」
《Divine Shooter*1》
【蒼ノ一閃】
光がぶつかった。
初撃の競い合いには勝った。放たれた斬撃は相手の光球をすべてかき消してなおも突き進む。されどその時には少女はすでに居ない。
《Flash Move*2》
聞こえる機械音声に翼がそのまま振り向きざまに一閃。死角より襲って来ようとした少女の杖と天羽々斬が鍔迫り合う。
【千ノ落涙】
間髪入れずに空間より大量のエネルギー状の剣を構築して撃ち放つ。それに対して少女は杖を天羽々斬にぶつけて反動で距離を取って杖の先端にエネルギーを集め、振りかぶる。
《Cross Smasher*3》
閃光の炸裂によりエネルギー剣のほとんどが飲み込まれるが、それ以前に翼は距離を取らせまいと吶喊している。
数合の打ち合いでわかる。目の前の少女はおそらく強い。力比べではこっちが上だが、攻撃に反応しきって的確に捌き切って見せている。
しかしおそらく彼女が本領を発揮するのは中遠距離での戦いだろう。高速移動によっての死角からの奇襲も織り交ぜるものの、距離を取らせれば取らせるほど厄介になるだろう。であるなら活路は息をつかせぬ近接攻撃。
《Short Buster*4》
「そんなものッ!」
滑るようにして後退しつつ距離を詰めさせまいと攻撃を繰り出すも翼はそれを左右に紙一重で躱し、バーニアを吹かせて一気に近づく。胸の歌に応えるようにギアの出力が上がっていく。
この力、この国の防人として弱き者たちを守るためにあるものだ。それを教えてくれた奏は2年前のライブで散っていったけど、その生き様は今なおこの胸に刻まれている。
それを権力や欲望で汚そうとするならば、そのすべてを斬り伏せよう──ッ!
「これで決めるッ!」
【颯ノ一閃】
腕を伸ばせば届きそうな距離にて歌によって奏でられたフォニックゲインを剣に乗せて繰り出されるどこまでも透き通った一閃。
「ええ、これで決めさせてもらいます」
《Restrict Lock*5》
「なッ!?」
しかし虚空より突如出現した光輪により翼は両足を絡めとられ、動きを止められる。その隙を見逃すはずもなく少女が形成した光球をいくつも叩き込まれた。
「命までは取りません。ですが少し眠ってください」
地に伏せる、どうにか光輪から抜け出そうとするがそれよりも目の前の少女の攻撃の方が速いだろう。頭に血が上り誘い込まれた不覚を呪った。
向けられる少女の杖の先端に光が集う。
「ディバイン────「翼さんに手を出すなあああああああああ!!!!!」ッ!?」
翼が目にしたのは響に体当たりされ吹き飛ばされる少女の姿だった。
「つ、翼さん大丈夫ですか!?」
倒れている翼に響が駆け寄る。ここまで必死に急いで来たのだろう、息が整っておらずわずかに呂律が回っていない。
「私のことよりも敵のッ!」
見れば吹き飛ばされた少女は強く当たったのか少しふらつきながらもすでに杖を持って立ち上がっていた。翼は思わず歯を噛み締める。響はそもそもほとんど戦えず戦力外。そして自分は先ほどの攻撃で身体中が痛みで悲鳴を上げている。人数は増えても形勢は逆転していない。
「まさか援軍が居ましたか。ですがこれで………ッ!!?」
次来る攻撃できっと二人してやられるだろう。迫りくる衝撃に翼は思わず目を瞑る。
「ッ!……。……?」
だが、いつまで経っても衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けば、先ほどまで戦っていた少女がただそこで呆然としていた。
表情はわからない。しかし息を呑んでいる気がした。
《翼!響君!こっちはもうすぐでそっちに着く!もう少し持ちこたえるんだ!》
「わかりました!」
無線からの弦十郎の声に響が返事をしてしまう。
それを聞いてか先ほどまで固まっていた少女がハッとして即座に翻す。
「待て!逃げるのか!?」
その背中に翼は声を掛ける。少女は背を向けたまま、しかし一度だけ足を止める。
「仲間に助けられましたか。この勝負、預けます。風鳴翼」
それっきり少女の姿は夜の空へと消えた。
だが翼の中で先ほどの少女の言葉が反響する。
戦う覚悟もなく戦場に割って入ろうとして防人の資格などないと断じた響に。
「私が…立花に助けられたというの……?」
その困惑を解いてくれる人は誰も居ない。
◇
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い未来どこなの痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い響助けて痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
《マスター!マスター!?》
ルシフェリオンが私を呼んでる声が聞こえる…。
辛うじて拠点まで戻ったシュテルだが、家に踏み込んだ直後に崩れ落ちた。
胸の中心より走る激痛が身体中に広まり、全身が痙攣し、脂汗が止まらない。息をしようにも思うように吸えず、あまりの痛みにただただ身体を丸めて縮こまることしかできない。
《マスター!しっかりしてください!》
いつもの発作、大丈夫。そう伝えようにも口が震えるばかりで動いてくれやしない。貯蓄された残存魔力で生命維持魔法を健気に起動してくれる相棒に感謝しようにも今の自分では震える指で撫でてやることしかできない。
魔力の強制搾取。
それが今のシュテルを苦しめるものの正体であり、4年前より降り注いだ呪い。
無数の主を喰らい、世界を滅ぼしては次の主を求めて転生する絶対の災厄。
────闇の書
少女に遺された命は残り幾ばくも無い。
親友たちの生きる世界を護るため、自分の命すべてを使ってこの因縁を断ち切ると決めた。
今だって大切に想ってる。その太陽のような笑顔と陽だまりの温もりを曇らせたくない。だから、もう二度と彼女たちに姿を見せないと誓った。
なのに。
「どうして…どうしてあと少しの今になって…!響が現れるんですか……ッ!!」
身体が痛い。とても痛い。
でも、心はそれよりもっと痛い。
無数の怨念が満ち満ちる大陸で4年間彷徨い続けた今でも誰かを信じることを忘れていない。
大切な親友たちが人はいつかわかり合えることを教えてくれたから。
それでも、少女はもう、誰かの手と繋がれない────
独自設定は
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別に多くても大丈夫
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これぐらいなら許容範囲内
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ちょっとついていけてない
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もう無理。勘弁
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ちくわ大明神