そのためめっちゃ短い上に分割です、後編は近日中に
そして393誕生日記念なのにシンフォギア側のキャラが登場しないというあり得ない事態ですがお許しください
あと時系列は過去であり、本編の3年と数か月前です
Q.ならどうして未完成のまま上げたんですか?どうして…
A.どうしても投稿日を393の誕生日にしたかったから…
追伸:上下を一話に統合しました(2019/11/22)
目の前に拳が迫る。身体を辛うじて右側へと避けると今度は反対側から蹴りが突き刺さり吹き飛ばされる。
「こら、シュテル!反射にばっか頼って動くな!お前はただでさえ普通の人と比べてハンデがあるんだからそんなのに頼ってたら相手より動きが何倍も遅くなる!常に相手の動きを先読みしろ!」
投げかけられる声に返事したいが、あいにくそんな余裕はない。すぐ目の前に迫った砲撃魔法を防ぐためにシールド魔法を展開する。だがそれは誘い、本命は砲撃魔法の影からやってくる直射魔法。
「くッ…!」
「ほら脚が止まってる。そういう風に動くと後が続かないよ?重要なのは攻撃が当たるような位置に長居しないこと。実戦だと一対一の方が稀なんだから」
頭上から聞こえるのは先ほど砲撃魔法を撃ってきたもう一人の師匠の言葉。そのありがたい忠告に従いひたすら走る。同時に彼女に向けての誘導射撃魔法による牽制も忘れない。
だが降り注ぐ砲撃魔法の雨と合間を縫って襲ってくる拳と蹴りはシュテルの体力をガリガリ削っていく。このままではじり貧だが短期決戦を露骨に狙おうものならば一瞬で叩き潰される。なにかせめて、突破する糸口がつかめれば…
「ッ!?」
背筋を襲う悪感。思わず反射的に動きそうになるがここはこらえ、自分の周囲に待機させていた魔力誘導弾を2発背後に向けて放つ。
直撃コース。されど弾丸は素通りする。魔法で作り上げられた幻影だ。
「あたしはこっちだよ!」
「────クロススマッシャーッ!!」
ちょうど後に注意が逸れそうになったタイミングで斜め前から飛び蹴りがやってくる。だがこれは読んでいた。杖であるルシフェリオンを振りかぶり迎撃する。力と力がぶつかり合い、形成される一瞬の拮抗。その隙を逃さず事前に伏せていた拘束魔法を発動。
『レストリクトロック』
「アクセルスマッシュ*1!」
何本か躱されたが、目の前の短髪の師匠を光の輪で捉えることに成功。ダメ押しとばかりに渾身の打撃を叩きこむ。
「私のこと忘れてない?」
状況想定は二対一。一人相手に長時間かまっているのは当然もう片方からすれば大きな隙。事実遠くにいるもう一人の砲撃魔法のチャージはあと数秒で終わる。しかし、
「これで、────ッ!?」
もう一人の師匠の背後より衝撃が襲う。先ほど幻影を素通りした誘導弾は元よりそちらの方を狙ったもの。砲撃が中断されたことによってできた絶好のチャンス。だがシュテルの体力はそこで尽き、地面が迫ってくる。
「はーい、そこまで」
その声と共に地面に向けて倒れ込む寸前で、シュテルは拘束を引きちぎった
「あたしとアリアにそれぞれ一撃ずつ入れられたし、まだまだなとこもかなりあるけど筋は悪くないかな。アリアは?」
シュテルを片手で抱えながらロッテはゆっくり歩いて来る
「ちょっと拘束魔法の無駄撃ちが多かったけど概ねロッテと同じ意見かな」
「んじゃまーそういうことで午前の訓練はこれにてしゅうりょー」
「あり、がとう、ございました…」
師匠方からのありがたい評価だったが、当のシュテルは息も絶え絶えなのに対し、目の前のベージュ色の髪をした姉妹は汗一つかいていない。ロッテに至っては先ほどシュテルに思いっきりの一撃を叩きこまれたにもかかわらず何事もなかったかのようにケロッとしており、格の差を見せつけられる。
「汗を落した後一緒にご飯にでもしましょう。反省会はそのあとということで」
◇
日本の病院を抜け出してイギリスへとやってきてからすでに3ヵ月、シュテルはスクライア財団本部が置かれているロンドンにいた。
母の死後、残された書類の中にグレアムの連絡先があったことから自分からコンタクトを取り、海を渡った。
そしてグレアム氏が援助していた孤児院の中で、魔導師適正が見つかったことでグレアムに引き取られたというカバーストーリーの元、財団に一職員として所属している。出自が出自であるため、財団に対しても情報を秘匿するようにとグレアムに忠告され、今シュテルの胸に下げられたネームプレートにはシュテル・スタークスという偽名が記されていた。
ここでの一日の流れと言えば寝起きのメディカルチェック、それが終われば重めの朝食を取った後に魔法の習得練習とリーゼ姉妹との模擬戦。昼食と少しの休息を取ったら今度は知識の詰め込みと並行してグレアム配下の技術部と合わせての闇の書の解析。夕方は体力づくりとしての走り込みを終えてから再度の模擬戦でぼろ雑巾として完成した後に風呂場に駆け込んでからお休み。
誰かによって強制されたスケジュールというわけではないが、シュテル自身の申し出にグレアムとリーゼ姉妹が承諾した形だ。闇の書の主となった以上確実に常に狙われる危険性が伴う。最低限の自衛能力を持たなければならないし、蒐集活動のこと考えればまだ財団に秘匿されている今のうちに力を付けなければ後々でなにもできなくなる。
以前より大分マシになったが、まだうまく身体を動かせていないシュテルの身の回りの世話をしてくれているのがグレアムと契約している使い魔であるリーゼ姉妹で、シュテルをボロ雑巾にしているのもまたリーゼ姉妹。自然と一日中姉妹が付きっきりでシュテルと一緒に居てくれることが多い。
グレアム含む彼女たちが闇の書の主である自分に将来なにをしようとしているのか知っている。しかし彼らに闇の書の因縁を終わらせる意思があると知ったからこそシュテルは彼らを信頼した。
託された側の心のうちは複雑だろう。哀れみか、罪悪感か自責の念か。
それでも、シュテルにとって彼女らもまた、大切な存在となっていた。
◇
「あれシュテル、手が止まってるけどひょっとしてそのハンバーグ口に合わなかった?」
意識が遠くの彼方に飛んでいたところ、目の前に顔が現れてシュテルはビクつく。数瞬置いてそういえば訓練が終わって今は財団の食堂でお昼を取っていたことを思い出す。
「こらロッテ、驚かせないの」
「えーいいじゃん別に。愛しい愛弟子がまーた遠く見てぼけーってしてるんだしさー」
双子の姉であるアリアが諫めるもロッテはシュテルに頬擦りする。どちらも女子高校生のような容姿をしているが、その実は使い魔と呼ばれる魔法生命体であり、見た目よりも遥かに長い刻を生きている。が、その猫耳と尻尾からもわかるように猫を素体としており、猫時代の習性がなかなか抜けないことがあるらしい。冷静沈着、品行方正なアリアと比べると、ロッテのいたずらっ子気質もそのせいなんじゃないかと思うことがある。
それはともかく、ズレ落ちそうになったメガネを直しつつシュテルは反応する。
「あ、いえ、大丈夫です。ただ、ちょっと考え事してたので」
「考え事だぁー?言ってみなよ、あたしとアリアが聞いてあげるからさ」
シュテルの首を抱きしめながら横からささやくロッテ。そんなロッテを引き剥がそうとしつつもアリアもまた同じように先を促す。
「実はそろそろ響と未来の誕生日なんです」
「確かその子たちってシュテルの日本での…」
「私の大切な幼馴染ですね」
「へぇ…幼馴染ねぇ…それでそれで?」
「プレゼントに何を贈ろうか悩んでまして…」
少し言いにくそうにしながらシュテルは答え、ロッテとアリアは顔を見合わせた。
「じゃあどうする?この後時間作ってショッピングモールでも回る?シュテルが行くって言うなら私は問題ないかな」
「それかどっかのお土産屋に行くとか」
「うーん…どれもなんかしっくり来ないんですよね…」
二人の誕生日プレゼントの内容は地味にシュテルを悩ませてきたものだ。闇の書の主となる前、魔法と出逢った当初は響たちに魔法でなにか見せてあげようと練習していた。しかしそれができなくなった以上、何か替えのものを用意しなくてはならない。響は食べ物かなにかを贈れば一応それなりに喜んでくれるかもしれない。だけど今となってはそんなものではシュテル自身が納得できなくなってしまった。
原因はもしかしなくても自分が何も言わず勝手に彼女たちの傍を去ったこと。響と未来の心を傷つけてしまったかもしれないという自覚はある以上、今更食べ物なんかを贈るのでは不義理だろう。
それに、
おそらくこれが最期の誕生日プレゼントとなる。少なくともシュテルは今生の別れのつもりで出てきた。だから、自分の生きた証を、存在した証を遺したい────
「ひぅッ!?」
「だーめだぞー馬鹿弟子ー。そんな風に考えすぎちゃ。考えすぎは毒だって言っただろー?」
首筋より伝わる冷たい感触にシュテルは思わず食堂なのに悲鳴を上げそうになる。振り返って見ればロッテがジト目のまま氷水の入ったコップをシュテルの首筋に当てていた。
「そんなに…わかりやすかったですか?」
「そりゃまあこんだけ長い間一緒に居ればね」
ロッテからコップを取り上げながらアリアが答える。若干一名はまだ少し不服そうにしてたが一切取り合わずその顔を押さえつけながらアリアがシュテルに微笑みかけた。
「だから、今日この後の訓練はお休み。何を贈るのか一緒に考えよ?ね?」
◇
「そういえばシュテルからよくその子たちのこと聞くけど、なにか好きなものはあったりする?」
「好きなものですか…?」
食堂からリーゼ達の私室へと戻ったところでアリアから掛けられた問いにシュテルは思い悩む。
「ぱっと思いつく限りですとごはんアンドごはんに焼肉にアイスクリームやかき氷ですかね」
「うわぁー見事に食べ物ばっか。ほかは?」
「あとは…走ること、人助け、歌や父親の洸さんでしょうか?」
「前のやつはともかく父親はちょっと…」
手あたり次第にあげてみるがどれも物欲とはイマイチ関係が薄いせいでピンとこない。
「なんていうかすごい元気がある子ってのは伝わるんだけどねぇ…」
「実際元気の塊みたいな子ですよ、特に響は」
危なっかしくて、いつも明るくて周りの人まで元気付けてしまう太陽のような響。そして包み込んでくれるような包容力を持つ陽だまりの未来。どこまでも底抜けの明るさを持った二人。
「できれば消耗品じゃなくてずっと残るモノがいいんです」
だけどこれから先の長い人生でどこかでその笑顔が翳るようなことが起こるかもしれない。だからそんなときに励ましとなれるようなずっと残るものがシュテルにとっての理想だ。とはいえ、あまりにもふわふわした無茶振りなこの注文を捌ける料理人はそういないだろう。
「ずっと残るものねぇ…聖遺物やロストロギア*2とか?」
「え?ええぇ……」
「やだなぁ、ジョークだってジョーク」
胡坐を組んで椅子に座るロッテの言葉に思わずドン引く。
生み出されてから長い刻を経て現代まで伝わったそれらは、ずっと残るものという意味ではこの上なくふさわしいだろう。だが友人のプレゼントに聖遺物を贈る人間がこの世のどこに居ようか。というかそれ以前にほとんどが危険物であり、研究のためでもなければ財団からの持ち出しも禁止、厳重封印されている。
「まあロッテのくだらない冗談「なんだとー?」はおいておいて!もっと実用的なものがいいわね」
「実用的なもの…」
「そ。普段からずっと使ってもらえればずっとそばにいるって感じがするじゃない?」
一理ある。アリアの考えにシュテルは可能性を感じた。戸棚の中に仕舞われる品物と、いつも使って使っているもの。後者の方が一緒に居る感があるだろう。方向性としては悪くない。悪くないのだが、やはり具体的な物品は思い浮かばない。
ああでもないこうでもないとうんうん唸るシュテルだが、不意に首元に下げた宝珠が自己主張するようにチカチカ光る。
「ルシフェリオンもなにかいいアイデアがあるんですか?」
『Exactly』
まだ出逢ってから間もない魔導の杖、だけどどこか懐かしくて他人な気がしない。本来AI人格を宿したインテリジェント・デバイスというものはどれもこれも気難しいモノだと聞くが、ルシフェリオンに初めて触れたときからまるで長年ずっと一緒に居たという安らぎを覚える。そんな相棒の意見だ、気になるのも仕方ない。
『デバイスを贈るのはどうでしょう?』
「デバイス…ですか…」
しかし出てきた案はシュテルの眉をハの字にさせる。狭義的には魔導の杖、広義的には魔導師が使用する端末全般を指すそれは、ルシフェリオンを見てもわかるように極めて高度な技術力によって構築されている。かつて財団の母体となった組織の遺産、その演算性能を悪用すれば社会に大きな悪影響を与えることもできる。故に現在稼働しているデバイスはすべて財団の管理下に置かれ、聖遺物同様持ち出すことはできない。
「お、いいねぇそれ!それで行こっか!」
「え?」
尻尾を揺らしながら得意げなロッテ。思わずアリアの方を見るがそっちも頷いており同意見のようだ。呆けた顔になったそんなシュテルにアリアがウインクする。
「大丈夫。私に任せて」
◇
二人に連れられてやってきたのは技術部棟地下にある大きな部屋。およそ建物フロア一つ分ほどの大きさで、目の前に倉庫らしく棚がたくさん鎮座している。部屋の電気つけるためにアリアが中に入ってつられてシュテルも足を踏み入れた。
「ここは?」
「もう動かなくなったデバイスの保管庫、頑張った子たちが最期に眠る場所だよ」
左右を見渡せば棚に置かれていたのはどれも破損したり色あせたりしているデバイスの残骸ばかり。ある意味において財団の歴史を示す場所だろう。
「稼働してるデバイスの持ち出しは厳禁だけどここにあるパーツは使っていいよ。設備も上のやつ借りていい」
「それって大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫、こう見えてもあたしとアリアは魔導技術部のトップだから!許可もすでに取ってあるし。それに…こいつらもこのままずっとここで眠ってるより誰かに使われた方がいいんだよ」
「…」
普段の様子とは違い、どこかしんみりとした雰囲気になるロッテにシュテルは口をつぐむ。グレアム家の初代当主ギル・グレアムによって産み出されてから600年間生きてきた彼女たちはきっと見送り続けてきたのだろう。どこか思うことがあるに違いない。
「まあ、ここにあるデバイスはほとんどが修復不可能と判断されて破棄されたものだし、直したところで本来の機能全部を取り戻すことはできないから問題ないよ」
「そうなんですか」
「そそ。っていうか仮に直せたところでも今のスクライアにはもうデバイスを満足に運用できるほどの魔導師資質持ってるやつはいないしねー。だからお前が来てからあたしらも教導隊としての仕事は久しぶりだったんだよ」
さりげなく語られるがそれは今の財団における内部対立の根本的な原因。すでに一部の派閥は非魔導依存技術の研究へと舵を切っており、ガジェットドローン*3などの防衛用無人兵器の開発にお熱だし、反対に魔導技術に固執して傀儡兵*4やAEC兵装*5の研究に腐心する派閥も存在する。
ともあれ、デバイスをレストアすることは問題ないらしい。そこまで言うならシュテルも遠慮なくお言葉に甘えるにした。久々の趣味の機械いじりだ、なんとも胸躍る。ベースとなるデバイスを決めるために時間かけていざ物色し始めようとしたとき、あるデバイスが目につく。
「ここにあるデバイスってどれ使ってもいいんですか?」
「いいよいいよなんだって持ってっちゃって」
「では私はこれで」
手に取った二つのデバイスをアリアに見せる。
「えっ…」
しかしそれを目にした瞬間、アリアは息を呑んだ。アリアだけじゃない。後ろから覗き込んだロッテも、首にぶら下げたルシフェリオンからも動揺の気配を感じる。
「もしかして使っちゃ駄目なものでしたか?」
「え、あっ、いや、使っちゃ駄目とかそういうんじゃなくて知ってるやつだったからちょっとびっくりしただけだから!」
「じゃあ別のやつに…」
「ううん、むしろ使ってあげて!きっとたぶんそいつも喜ぶだろうから!」
いつも落ち着いたアリアらしくもない慌てた物言い。気が引けて別のを探そうとするシュテルを押しとどめようとする。再び手の中のデバイスを見た。砕け散った赤い宝珠のようなものと真っ二つに割れた灰色のカード。
「リーゼたちはこれが何か知ってるんですか?」
「それはえっとね…」
『レイジングハートとS2U*6です』
なんだか言いづらそうにするアリアの代わりにルシフェリオンが答える。その名前を聞いたとき、胸の奥底からなにかが込み上げてくるのを感じた。哀愁、悲しみ、懐かしさ、そして再会の喜び。だがどれをとってもシュテルにとっては身に覚えがない。
であるとすればこれは。
(私の中にある“アタシ”ではない方の記憶の断片、
そうとなれば心が決まる。
「なにがなんでも絶対に、直して見せます」
◇
「ほら差し入れ。集中するのはいいけど没頭し過ぎるなよ?」
「あっ、ロッテですか。ありがとうございます。アリアは?」
「アリアは出張だよ。ドイツで新型のアルカノイズが出たかもしれないってんでその調査。パヴァリアの連中は表立って動こうとしないから十中八九ヴリル協会あたりとは思うけど」
挨拶するが顔は上げず、作業の手も一切上げない。あれからおよそ二週間、合間合間を縫ってシュテルはずっとメンテナンスルームに詰め込んでいる。こうして定期的に様子見に来なけれ食事のことも忘れてぶっ通しで作業に没頭してしまう。
「それで進捗はどう?なんとか行けそう?」
「外装フレームはほぼ修復が完了してますが中はやはり手が出せないですね…コア丸々交換するというわけにもいきませんし、補助演算装置のみの修復にとどめるしかないかと」
「そっか」
横に積み上げられた技術書の山。それはシュテルがどれほどレストアに力を入れているのかを静かに語る。一応ほかにデバイス整備スタッフの何人かが面倒を見てくれているが、驚異的な速度で知識を吸収して多くの作業をほとんど一人で行っていた。尋常じゃない熱意だ。
「そういうところってホントお前の母親そっくりだよなー」
「母さんですか?」
「うん。お前の母親もお前に負けないぐらいすごい機械弄りが好きだったよ」
母のことが出てわずかにシュテルの手が緩む。それを見てロッテはしまったと思った。
無理もない、数か月前に亡くなったばかりの存在であり、そして親子というには少々複雑すぎる悲しい関係。シュテルの母親がシュテル自身に何をしたのかは財団に入る前にすべて告げた。けど全部伝え終わった後、目の前の少女の顔に浮かんだのは怒りでも嘆きでも悲しみでもなく、理解と納得の色。あまりにも割り切れすぎると感じた。
この少女は感情よりも理性、理屈を優先して動きたがる。けど最近気づいた。彼女はそう振舞っているだけだ。まるで自分の中の激情を無理やり納得で抑えようとしているかのように。
「母さんは…」
「ん?」
「母さんはどんな人だったんですか?」
ロッテの心の内なんて気にも留めづにピンセットを持ち変えつつシュテルは聞いてきた。
「実はあんまり母さんのことをよく知らないんですよ。私の目からはいつも一側面しか見えないので」
「優しいやつだったんだよ。優しくて愛情も深くて親馬鹿で…」
「まあそうでしょうね。でなきゃ私は今ここに居ませんから」
人の心の奥底に触れるような話題でも手を動かす速度は一切落とさない。
「服のセンスはかなりひどくて」
「あれって昔からだったんですか…」
「あとはそうだなー、大魔導師にして最後の魔導師だなんて御大層な呼ばれ方してたけど戦闘のセンスはからっきしだったかなぁ?魔法のセンスは本当にずば抜けてたんだけど身体を動かすのはかなり苦手だった」
「ロッテは母さんのことも教導してたんですか?」
「そうだぞー。って言ってもアイツすぐに研究職に転向したんだけどな」
そこまで言って、ロッテは一度口を止める。どうしても聞きたいことがあったのだ。
「シュテル、お前は辛くないのか?母親が死んで、闇の書なんか背負わされて独りになって。本当はあたしなんかにそんなこと言う権利なんてないけどさ…普通はもっとこう絶望したりわめいたりとかするもんだろ?」
その疑問に、しかしシュテルはこともなげに答える。
「母さんのことはいろいろと後悔はありますよ。もっといろいろお話できればよかったとか、もっと素直に自分の想いをぶつければよかったとか。闇の書はまあ…いろいろ恨み節はありますけど。それでも、私は独りじゃないんです」
「あの日響と未来が繋いでくれた手のぬくもりはいつまでも私の中にあって、だから私は今も笑っていられるんです」
言い終わるや否や、シュテルはまた作業に集中した。今度はおそらく何言っても聞こえないだろう。
弱さはある。翳りもある。だけど彼女はそれに負けないように精一杯突き進もうとする。その姿は600年前のあの日、闇の書の暴走を止めるために残ったある少女の背中と重なる。
「なあ
もう二度と返事を聞くことができない問いかけは虚空へと消える。ロッテは少しだけ頭を搔きながらため息をつき、そして踵を返した。
────恨んでなんかないよ。むしろみんなを護ってくれた
「ッ!?」
思わず振り返るが声のした方向にはシュテルしか居ない。そしてシュテルは未だにデバイスと格闘戦を繰り広げてなにも気づいていない。
幻聴か、それとも────。
しばしシュテルの小さな背中を見つめた後、ロッテは今度こそ部屋から離れた。
◇
「やっと…できた…」
どれほど時間が経ったのだろうか。ついにシュテルはデバイスのレストアを完了させた。背もたれに思いっきり寄り掛かりながら出来上がった二基を光にかざしてみる。内部に手が出せなかった大きな亀裂が入っているものの、外は大まかに本来の形を取り戻した。ためしに起動させてみれば動作も正常。目覚ましやテレビ、体調管理装置などの機能も特に問題は見当たらない。
軽くガッツポーズしつつ椅子から立ち上がった。定期的に椅子を離れて体操などをやっているが、長時間座りっぱなりのせいで身体の関節のあちこちが悲鳴を上げている。でもそんなものもこの喜びを前にすれば取るに足らない些細なこと。ここまでたどり着くにはいろんな人の助けがあった。リーゼ姉妹は無論のこと、技術部の人たちの中にもお世話になった方がたくさんいる。今シュテルの机の前に置かれた差し入れの多くは彼らによるものだ。感謝してもしきれない。
「あとはこれを郵送すれば…ってあれ?」
喜びの絶頂に居たシュテルだが、ふとあることに気づく。そもそも何のためにデバイスをレストアしたんだっけ…?
過去の記憶をたどって思い返す。いつも見守っていられるような、辛いときに励ませられるような、そして自分の想いを伝えられるような何かのために、手段としてのデバイス。
「あっ…」
レストアすることに夢中になり過ぎてすっかり忘れてしまったがそもそも当初はこれが目的だ。ようやく難関を越えてゴールが目の前だと思ったのにゴールポストが猛ダッシュで逃げていくのを目撃した気分になって思わず頭を抱える。
ガワは完成したのに肝心な込める想いのことまるで考えてなかった。カレンダー見れば誕生日まであと一週間。速達郵送することを考えると本気で時間がない。
「一体どうすれば…」
シュテルは途方に暮れた。
◇
悩んでも悩んでも思い浮かばないって言うんで、シュテルはインスピレーションを求めて街へと出かけた。気分は締め切り間際の小説作家、徹夜明けの死んだ目つきで午前の街をふらつく。今日は珍しくリーゼ姉妹の二人が居なくシュテル一人だが、戦闘力的にはすでに姉妹からある程度お墨付きをもらっている。
ちなみにリーゼたちは今頃ドイツで調査活動だそうで、なんでも最近になってドイツ国内の錬金術師組織の活動が活発化してきているらしい。以前までは秘密裏にしか使っていなかった人造のノイズ、アルカノイズの大量生産手法まで確立したそうな。確かヴリル協会だったか、旧ナチスドイツを母体とする秘密結社とかまるでB級映画のようだといつも思うが。
とはいえ、そのせいで現時点での財団最高戦力であるグレアムたちはあっちこっちへと飛び回る毎日。もうすでに70を超えるご老体だろうに無茶をするものだ。
そんなことを考えながらシュテルはショッピングモールへと入っていった。技術部の人たちへのお菓子のお返しとかもあるが、割と最近の電子機器事情にも興味がある。ずっと訓練付けの日々だったものだから、思えばこうして買い物に出かけるのは闇の書の主となって以来かもしれない。
そうやってやってきたのが家電販売店。通販も悪いわけではないが、やはりこうして目の前で違いを比べられるのは素晴らしい。ちなみにシュテルは自他ともに認めるスペック至上主義者である。
店の中をぶらぶらしながら回っていくうちにテレビコーナーに辿り着く。液晶テレビが今はまだ主流だが、最近空間投影型ディスプレイの攻勢も著しい。世間様ではちょっと見づらいだのといったネガティブ意見が出回ることもあるが、財団ではそもそも初めから空間投影なので慣れたものである。
もう少しよく画質の良さを観察しようとテレビ画面を見ると、どうやら海外の音楽特集をやっていたようだ。
「あっ…」
映し出されていたのは東洋の、それも日本で最近話題沸騰中の二人組のアーディストグループ、ツヴァイウィング。まだ中学生でデビューしたてのせいなのか、全然ステージに慣れていないようで緊張で動きが少しぎこちない。
だけど、シュテルの心を捉えてやまなかったのはそこじゃなかった。
彼女たちの歌声が、歌がシュテルの心へと響いてくる。力強く、その熱が画面越しに伝わってくる。
遠い異国の地にて、シュテルは比翼の翼を幻視した。
走る。ただひたすら走る。この胸の高鳴りが醒めてしまう前に急いで戻らなければ。
知らなかった、歌がこんなにも力強いものだったなんて。思いもよらなかった、歌はこうもストレートに想いを伝えられるなんて。
レイジングハートと共に修復したデバイスのことを思い出す。
“S2U”
その名前に込められた意味とは、
────Song To You(歌をあなたに)
何を伝えたいのかはもう決まっている。だから一刻も早くこの胸の衝動を伝えたい。
ああ、もどかしい。どうして自分の足はもっと速く走れないのだろうか──
◇
「おーい、響!シュテルちゃんからの郵便が来てるぞ!」
「えっ!?嘘!?お父さんほんと!?」
「嘘なもんか。ほらこれ、国際郵便だぞ」
「わぁ…」
父親の声に響は思わずソファーから跳ね起きる。数か月もずっと連絡がなかった親友からの贈り物。気にならない訳がない。
でも開けようと逸る手を一旦止め、急いで未来の家へと向かおうとする。シュテるんのことだ、響一人にだけ贈るなんて絶対にありえない。なら開けるときは二人一緒だ。
「ひゃっ!?」
「あれ!?未来!?」
しかし家の玄関を開けようとしたところで目の前に未来が居た。どうやら走ってきたのか、少し肩の息が上がってる。
「あ、あのねあのね!シュテルからね!郵便が届いて!」
どうやら未来も思っていることは同じだったらしい。とりあえず二人で玄関にたむろしているのもなんかだったので響の部屋に上がって二人で一緒に開封する。
「なんだろこれ?ビー玉?」
「私のはカードだ…」
しかしふたを開ければちょっとよくわからない物体が中に入っていただけ。意図がわからず首をかしげながらあれこれ弄っていると、突然ウィンドが投影された。
「メッセージが一件あります?」
「とりあえず見ちゃおっか」
二人で確認ボタンをタップした時、中から一つの歌が聞こえてくる。
一度も聞いたことがない童謡のようなメロディーが二人の居る部屋に流れた。だけどそれは間違いなく普段は恥ずかしがってあまり歌ってくれなかった親友の歌声、その想い。
「そっか…シュテルは元気にやってるんだ…」
make a little wish 転んだり 迷ったりするけれど
あなたがいてくれるから 私は笑顔でいます 元気です
make a little wish 小さくても 出来ることがないかな
あなたがいてくれるから 私は笑顔でいます 元気です
make a little wish 雨の日も 眠れない夜明けにも
あなたがいてくれたから とびきり笑顔でいたの こんな風に
離れて生きる時も 信じるものがあるから
ねえ こころはいつも きっときっとひとつだね
make a little wish 転んだり 迷ったりするけれど
あなたがいてくれるから 私は笑顔でいます 元気です────
なのは無印のEDであるLittle Wish〜lyrical step〜は名曲
ぜひ一度聞いてみてください
なのは側のキャラが出てくることは
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大丈夫だ、問題ない
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この程度ならまあ…
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出てくるのはいいがなのは側オンリーは無理
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もうまぢむりぃ…
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ちくわ大明神