やはり相良軍曹のいる俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:Deetwo

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◆n番煎じの俺ガイルとフルメタのクロスオーバー作品です。◆フルメタの世界観に俺ガイルの世界観を内包しています。◆総武高校に謎の男子生徒『相良宗介』が転入してきます。◆ご一読いただければ幸いです。


ふもっふ! な転校生

『……馬鹿ね。終わったのなら、また始めればいいじゃない。あなたたちは悪くないのだし』

 

『あなたたちは助けた助けられたの違いはあっても等しく被害者なのでしょう? なら、すべての原因は加害者に求められるべきじゃない。だったら……』

 

『ちゃんと始めることだってできるわ。……あなたたちは』

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 チュン、チュン、チュン、

 

 ……雀の子、そこのけそこのけ、お馬が通る。

 

 夢というのは、睡眠が浅くなるレム睡眠時に見るといわれていたが、どうやらそれはウソであるらしい。ソースは『ナショジオ』。

 しかし夢から醒めるという言葉もあるとおり、睡眠状態からの覚醒時に夢を見ていたことが多いのもまた事実のような気もする。

 

 おはよう、見慣れた天井。

 今朝も変わらず無愛想だな。

 

 雀が鳴いて場面転換したけれど、別にベッドの隣に可愛い女の子の寝顔があるわけでも、その女の子がすでに目を覚ましていて幸せな笑顔で『……おはよ』と囁いてくれるわけでもない。

 だからいわゆる朝チュンではい。

 文字通り窓の外で雀が鳴いているだけ。

 

 それでも昨日までより目覚めがいいのも確かだ。

 久しぶりにグッスリ眠れたのか、それとも夢見がよかったのか。

 

 なんの夢を見たのかはぜんぜん覚えてねーけど、きっとよい夢だったのだろう。

 可愛い女の子が出てくる夢だったら、少し……というか、かなりもったない。

 夢の中の女の子は裏切らないから。裏切ったらそれは悪夢。ゆえに現実は悪夢。ソースは(以下rya

 

 ベッドから起き上がると寝間着のまま一階に下りて洗面所へ。

 途中で、珍しく俺より早起きしていた小町と入れ違いになる。

 

「あ、お兄ちゃんおは――ど、どしたの、お兄ちゃん!?」

「? なにがだ?」

「目が――目が――目がいつもより(少しだけ)生き生きしている!」

 

 小町がまるでウォーキング・デッド(歩き回る死体)に出くわしたようにドン引きした。

 

「お兄ちゃん、大丈夫!? 熱はない!? 痛いところない!? お兄ちゃんに何かあったら、小町、小町――もうお嫁にいけない!」

 

「おい、最後のそれ違うだろ。誤解されるようなこと言うな」

 

 親父に聞かれたら瞬殺で惨殺される。

 

「お兄ちゃんに何かあったら小町ショックで一生お嫁にいけないってことだよ。あ、今の小町的にポイント高かった?」

 

「……」

 

 テヘ☆ っと笑う小町を横目に洗面所に入る。

 いつもより目に生気があるだけで心配されるって、俺って普段どんだけゾンビ目なんだよ。

 久しぶりに健やかだった朝の気分が、小町のおかげでどんよりとした常態に戻った気がした。

 ありがとう、妹よ。

 やはり何事も慣れ親しんだ状態が一番だよな。

 状態が常態に。巧いこと言ったつもりだったが、文章の近い位置に同音が並んでしまった。俺の文章力もまだまだだ。

 

 洗顔を済ませると、再び部屋に戻って制服に着替える。

 キッチンに降りてきたときには、小町がジャムりながら登校するところだった。

 

「お兄ちゃん、小町今朝は日直だから先に行くね。寝ぼけてまた車にキックしたらダメだよ」

「そっちこそな。それと口が弾詰まりしてるぞ。女なんだから家を出る前に鏡を見る習慣ぐらいつけろ」

「えへへ! 了解であります!」

 

 小町はコケティッシュな笑顔で敬礼すると、ジャムったまま元気いっぱい家を飛び出ていった。

 

「……それと敬礼は右手な」

 

 ブツブツ言いながら、砂糖とミルクをたっぷりぶち込んだインスタントマッ缶を作る。

 トースターに6枚切りの超熟を1枚セットすると、フライパンのガラス蓋を曇らせていたフライドエッグとウインナを皿に移し、パンが焼ける前に食い始めた。

 

 訓練されたぼっちのくせに、小町のいない1人の朝食は妙に寂しい。

 なので、さっさと食べて学校に行くことにする。

 学校でのぼっちにかけて俺は百戦錬磨。孤独の中に、詫び・寂び・安らぎ・もののあはれを見いだせるレベル。負け惜しみじゃないよ。ほんとだよ。

 

 火の元・戸締まりをいちいち指さし確認してから、持ち主同様入学初日の重大インシデントから奇跡の復活をとげたママチャリにまたがって学校に向かった。

 

 日差しが眩しい。

 ほんとうに久しぶりの晴天……のような気がする。

 梅雨時の陰鬱な気分ともようやくおさらばでござる。のか?

 とにかく7月も第一週が過ぎ、待ちに待った夏休みまであと10日と少し。

 願わくば、今度こそ何事もないまま平穏無事に終業式までいってほしい。

 

 そんなことを考えながらチャリをこいていると、例の重大インシデントが発生した現場に差し掛かった。

 

「……あ」

 

 総武高の夏服を着た女子生徒が、強い日差しを避けるために道路脇の壁に寄りかかっていた。

 明るく脱色した茶髪に、赤いリボンを緩めボタンを3つ外したブラウス。膝上のスカート。すべてが校則無視のオンパレード。

 近づく俺のチャリに気づいて顔を上げると、その顔がパッと輝いた。

 もちろん俺は気づかないフリをしてその前を通り過ぎる。

 

「ちょっ! なんで無視するし!」

 

 オンパレードな女子生徒が両手を突き上げて憤慨した。

 

「やはり由比ヶ浜だったか……悪りい。幽霊だと思った」

 

 5mほど通り過ぎたあと停車し、後ろを振り返った。

 同じクラス、そして同じ部活に所属する『由比ヶ浜結衣』がプンスカした顔でにらんでいる。

 

「はぁ? なにそれ! 意味わかんないし!」

「だって、ほらここ事故現場だし……」

「あたし死んでないし! 事故ったのヒッキーだし! そもそも誰も死んでないし!」

 

 いや、なにもそこまで顔を真っ赤にして憤慨しなくても……。

 

「信じらんない! ヒッキー、キモい! 超キモい! キモ、キモ、キモ!」

 

 ……お前は御堂筋翔くんかよ。

 

「さいてー! もう朝から気分最悪! ヒッキーと会ったから気分最悪! ほんと信じらんない!」

 

 横を向いて頬を膨らませ、文句ぶぅぶぅの由比ヶ浜。

 だったらなぜこんな場所に……ってそれを言うのは卑怯だよな。

 そんなこと聞くまでもなくわかってる。

 俺たちがリスタートをするならこの場所からっていうのも理解できるし、一番しっくりもする。

 

「よぉ……話なら行きながらにしないか。遅刻しちまう……」

 

 一緒に学校行こうぜ……の意。

 ぼっち道を究めた俺には、とんでもなく敷居が高い言葉だ。

 なにこの罰ゲーム……。

 

「う、うん」

 

 視線をそらした俺の誘いに、由比ヶ浜が恥ずかしげにうなずく。

 いいよ……の意……だと思う。

 ママチャリの後ろに女の子座りでタンデムする由比ヶ浜。

 

「え? 後ろ乗るの?」

「だって……乗らないと遅刻するし」

 

 そのまま俺の胴に両腕を回す。

 由比ヶ浜の豊かな膨らみが背中に押しつけられる。

 

(うっ、この女郎! ――じゃなくてメロン!)

 

 な、なにこれ……どこのラブコメ? 間違ってなくない? いやつまり間違ってるのが俺のラブコメだから、間違ってないラブコメは間違っているから……え?

 

「じ、事故ってもしらねえからな……」

「そしたら今度は2人一緒に入院……だね」

「夏休み前にそれって悲しすぎるだろ……」

 

 言いながら、自転車をこぎ始める。

 

 由比ヶ浜の愛犬を助けてくれた人間への気づかいの優しさ……は昨日で終わっている。

 始まりが間違っていたが故の感情も、自己犠牲を払ったが故の同情も、結果として得られていたかもしれなかった恋情も、すべて昨日で終わっている。俺が終わらせてしまった。

 だから俺は、もうそれをエクスキューズにはできない。

 

 惑うな。惑わされるな。

 高度に訓練され、負けることにかんしては百戦錬磨。俺が最強。

 だから知っている。

 勘違いこそが最大の敵。

 勘違いこそが悲劇へのはじめの一歩。

 

『始め方が正しくなくても、中途半端でも、でも嘘でも偽物でもなくて……好きって気持ちに間違いなんてない……と、思う、けど』

 

 どっちが正論で、どっちが屁理屈か。

 そんなの自問するまでもなくわかっている……。

 

 由比ヶ浜の確かな熱を背中に感じながら、俺は煩悩をはらう苦行者のように自転車をこぎ続ける。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 校門の少し手前で、由比ヶ浜を自転車から降ろした。

 

「あ、ありがと」

「お、おう」

 

 お互いに顔が赤いのは暑いからだけではない。なにこの初々しさ。甘々すぎて胸焼けしそうなんだけど。

 これはもうあれだね、運命バランス論的に次はぜったい稲妻だね。晴れ晴れファンファーレだね。

 

「……朝のコーヒー、ブラックにすべきだった」

「え?」

「いや……行こう、遅刻する」

「うんっ」

 

 俺はどこか嬉しげにうなずいた由比ヶ浜と並んで校門を潜った。

 

「……ぐっ」

「げげっ!」

 

 校門を潜るなり、俺と由比ヶ浜は異口同音にうめいて固まった。

 生徒指導担当の『平塚 静』先生が、トレードマーク?の白衣姿で仁王立ちし、目につく生徒に鞄の中を見せるように強要している。

 

「今日って……持ち物検査の日だったっけ?」

「由比ヶ浜……持ち物検査は抜き打ちでやるものだぞ」

 初々しくなっても由比ヶ浜は由比ヶ浜。お馬鹿な子であることには変わりない。

 

 俺たちのすぐ前で同じクラスの海老名姫菜が、やはり固まっている。

 おおかた鞄の中に忍ばせてある薄い本が腐臭を漂わせているのだろう。

 

 マズい……俺の鞄には小町に借りた少女マンガがある。

 燃えよペンなら見逃してくれる可能性もあるかもしれないが……これでは望み薄だ。

 

 由比ヶ浜の鞄にもおそらくファッション誌の類いが入れてあるのだろう。

 

 俺と由比ヶ浜と海老名が、目を伏せ、顔を伏せ、気配を伏せて、そそそ……と平塚先生の横を通り過ぎる。期せずして3人がまるで同じの動作なので、はたから見ると怪しく目立つことこの上ない。

 

「――そこの君、待ちたまえ」

 

 案の定、呼び止められた。

 

 ビクッと、3人が立ち止まった。

 

(ヒ、ヒッキー、呼んでるよ)

(ち、違う。俺の種族特性は忍者だ。人目につきたくてもつかないのが俺だ。だから呼び止められたのはお前だ由比ヶ浜。自分の悪目立ちぶりを悔いて泣け)

(ぶはっ! さすが比企谷くん、クズすぎ! そこに痺れる憧れる!)

 

「そこの君といったはずだ」

 

 由比ヶ浜と海老名は小さくなって、ササッと俺の背中に隠れてしまった。

『あたしたちか弱い女子だから、こういう時は男子が盾になって守ってよね』

 まさに外道!

 卑怯! 女子卑怯! こういう時だけ女の子になるの超卑怯!

 

 しかし、いまさら2人の背中に回ることはできない。回りたいけどそれしたらドッグファイト。

 

 ここは可能な限り卑屈に……いやダメだ。

 この場合の卑屈は逆効果だ。

 ここは爽やかに、理論的に、少女マンガの学術的意義を理路整然と説明・納得させる。

 これだ。これしかない。

 

「先生、そもそも少女マンガとはマンガにあらずして――」

「自分でありますか?」

 

 キラ☆っと白い歯を輝かせて微笑んだ俺の横で、見知らぬ男子生徒が立ち止まり肩越しに平塚先生に振り返った。

 

「そうだ。君だ。持ち物検査をする。ここに来て鞄の中を見せたまえ」

 

「……」

 

(ぶはっ! だ、誰、あの男子! 攻めでも受けでもどっちも絵になりそう!)

(姫菜、擬態、擬態! ――ヒッキー、知ってる?)

(俺が知るわけねえだろ……)

 

 交友関係の広い由比ヶ浜が知らない相手を、俺が知るわけがない。

 人を知らず、人に知られず、ゆえに百戦危うからず。孫武もびっくりな希代の兵法家が俺だ。だって戦わないから(負けることに関して最強だったのはぼっち道を究める前。究めたあとは負けなし。だって戦わないから)。

 

 見知らぬその男子は無言のまま平塚先生に歩み寄り、鞄を手渡す。

 

 身長175cm前後。体重65kg前後。

 ザンバラ髪に日焼けした浅黒い肌。左頬に刻まれた十文字の傷跡。

 整った顔立ちだが鋭い眼光とムッツリと引き結んだ口元が、全体の印象を近寄りがたい硬質なものにしている。

 

「やはりな……」

 

 差し出された鞄を確認した平塚先生の顔が引き攣る。

 

「君のことは前担任の神楽坂先生から訊いているよ。電話で何度も話したからな。だから君がこういったオモチャを学校に持ってきたがることも知っている……」

 

 平塚先生がそう言って、昇降口の前に出された折りたたみ式の長机に鞄の中身を並べていく。

 

 出るわ。出るわ。

 

 オーストリア製のマシンピストル、ステアーSPP。その30連弾倉x3個。チューブ式のプラスチック爆薬と起爆装置。眩惑手榴弾(スタングレネード)。小型カメラにピアノ線――。

 

 その様子を見ていた周りの生徒がドン引きする。

 もちろん由比ヶ浜も、そして俺も。

 なぜか海老名だけは鼻血を噴き出して昏倒していた。

 

「いえ、それはオモチャでは――殺傷力の高いスクラット弾が装填されています。非常に危険です。絶対にトリガーには触れないでください。暴発すると死人がでます」

「ご託はいい! とにかくすべて没収する! 君は放課後職員室にくるように!」

「はっ!」

 

 暴発寸前の平塚先生に、カチッと踵を合わせて直立不動の姿勢をとるムッツリ男子。先生が暴発したら確かに死人がでる。

 

「由比ヶ浜……あいつが誰かは知らない」

 

 俺は人の背中から怖々と成り行きを見守っていた由比ヶ浜に言った。

 

「だが何者かは知っている」

「……え?」

「あいつは……軍事オタクだ」

 

 俺の中でずっと眠っていた危険な(中二病の)本能が告げていた。

 奴は……危険だ。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 朝のSHRに担任の姿はなかった。

 代わってパンツスーツに白衣姿の平塚先生がいた。

 うちの担任、最近よく体調を崩して休むんだよな。このまま休職なんてことにはならなければいいが。もしそんなことになれば平塚先生が担任? ……お願いだからほんとやめてください。

 

「静かにしたまえ。これから新しいクラスメートを紹介する」

 

 先生の言葉に教室が騒めく。そりゃそうだ。

 おいおい、まさかこんな時期に転入生かよ?

 夏休みまであと2週間だぞ?

 

「入ってきたまえ」

 

 先生にうながされて教室の前の引き戸が開き、1人の男子生徒が入ってきた。

 その姿を見た由比ヶ浜が口に手を当て驚き、慌てて俺に指鉄砲を向けて乱射した。わかってるから学校で乱射事件起さないで。

 

「――相良、自己紹介だ」

 

「はっ」

 

 先生に『サガラ』と呼ばれたあの男子は、一歩前に出ると足を肩幅に開いて後ろ手に組み、胸を反らした。いわゆるのやすめ(At ease)姿勢だ。

 

「相良宗介軍曹であります」

 

 よく通る声で名乗る。

 それよりグウソウってなんだよ?

 

「サルガッソーっす、ケゲンそう?」

「ちげぇよ、羽柴・筑前守・秀吉みたいなノリだよ」

「グンソーって、軍隊のグンソー?」

 

「静かに! まだ終わってないぞ!」

 

 平塚先生が騒つく教室に一喝を加える。

 

「相良。君もふざけるな」

 

「も、申しわけありません」

 

「相良宗介です。恐縮ですが軍曹は忘れてください。以上」

 

「……それだけか?」

 

「はっ。それだけです」

 

 シレッとした表情で答える相良。

 

「……#」

 

 なんか平塚先生に油を注いでるよ、こいつ……。

 

「……誰か質問はあるか?」

 

 このまま相良に自己紹介をさせても埒があかないと判断したのだろう。先生がドスの効いた声でクラスの連中に訊ねた。

 

「はい! 相良くんはどこから来たんですか?」

 

 女子の1人が手を挙げて訊ねた。名前は知らない。

 

「はっ。アフガン、レバノン、カンボジア、イラク、コロンビア」

 

 教室が静まり返る。ドン引きすら可愛く感じるマジ引きだ。

 っておい、本当かよ? どこも危険な紛争地域ばっかなんすけど……。

 

「さ、相良は外国暮らしが長かったんだ。でも直近の3ヶ月は東京にいたんだよな?」

 

 この沈黙はさすがにマズいと思ったのか平塚先生がフォローに回った。

 

「肯定です」

 

 それっきり再び黙り込む相良。

 

「……##」

 

 平塚先生の視線がますます厳しくなる。だから火に油を注ぐなって。ただでさえ属性が『炎』な人なんだから。

 

「趣味はなんですか?」

 

 別の女子の1人が手を挙げて訊ねた。名前は知らない。

 

「やっぱりモデルガン?」

 

 男子の1人――もちろん名前は知らない――がちゃちゃを入れて教室がドッと湧く。

 

 なんだよ、モデルガンが趣味で悪いのかよ? それじゃお前らの趣味言ってみろよ? 人の趣味を笑えるくらい高尚なんだろうな。クソがっ!

 

 知らず知らずのうちに表情と腹の中がドス黒く染まる。

 

(……ヒッキー……)

 

 由比ヶ浜がなにやら心配そうな表情でこちらを見ているが、正直アイコンタクトすら返せない。

 

 なんかこの空気……マジむかつくんだけど。

 

 しかし、相良はそんな教室の空気などどこ吹く風で、

 

「いえ、釣りと読書です」

 

 と、こういう場面で決して言ってはいけない趣味を口にしてしまった。

 

 ――この馬鹿野郎。そんなぼっち臭プンプンの趣味なんか言うんじゃねえよ。『あげつらってください』って言ってるようなもんだろうが。

 海外生活の長かった相良には、こういう日本の村社会的な陰湿な空気が読めないのだろう。

 趣味に『読書』なんて挙げれば、次に来るのは決まって『どんな本を読んでるの?』って質問だ。

 そして挙げた本が高尚なら『お高くとまっている』。平凡な本なら『つまんない奴』。マニア向けなら『ネクラ・オタク・気持ち悪い』と、どんな本を挙げても悪い方向に話は転がっていくのだ。

 

「どんな本を読むのー?」

 

 案の定、男子の1人が訊ねた。もちろん名前は知らない。

 相良がその質問にわずかに瞳を明るくした。

 俺は結末を予想し、やるせなさにそっと目を伏せた。まるで過去の自分を見ているようだ。なにこの既視感……。

 

「はっ、主に技術書と専門誌です。ジェーン年間などには頻繁に目を通しております。あの『ソルジャー・オブ・フォーチュン』などもそれなりに楽しめますし、ハリス出版の『アームスレイブ・マンスリー』も購読しています。……そうでした。日本の『ASファン』も読んだことがあります。思いのほか高水準の情報なので、いたく感心しました。いい雑誌です。最近は海事関係の書物に凝っていまして、『ネーヴァル・インスティチュート・プレス』の新刊を10冊ほど入手して寝る前に……」

 

 し――――――ん………………。

 

 いささか得意げに語っていた相良は教室の不気味な沈黙に気づき、爪先に視線を落とした。

 

「……忘れてください」

 

 その前に誰も覚えていない。

 だがわかるぜ、相良。俺にだけはお前の気持ちが。

 そうだよな。自分の趣味を訊かれたら、ついつい気分がよくなって話しちゃうもんだよな。

 

 だからお前ら――訊いたんだったら責任を持って反応してやれよ。

 

 俺は獣の気配を周囲にまき散らした。

 当然飼い慣らされた凡人たちにはこの恐るべき殺気は察知できない。

 したがって教室の空気に何ひとつ変化はない。

 

 仕方がない。

 ここは清水の舞台から飛び降りた心持ちで俺が……。

 相良、お前を1人じゃ死なせねぇ。なにシンパシー感じてんの、俺。

 

「そ、その雑誌なら俺も……」

「えっとぉ、好きなアーティストとかはいますか?」

 

 俺の三回お湯を注いだティーバッグを3つ集めてさらに押し潰すように絞り出した勇気は、別の女子の――当然名前は知らない――脳天気な声に上書きされた。

 

 この質問に、相良は明らかに戸惑ったようだった。

 黙りこくったまま、必死に何かを思い出そうとしている。

 浅黒い顔に脂汗が珠となって浮かび、次々に流れ落ちていく。

 しかし不意にその脂汗が鎮まり、晴れ晴れとした表情が浮かんだ。

 自信に満ちたその顔。

 

「はっ、五木ひろしとSMAPです!」

 

「「「「「…………………………」」」」」

 

 もうよせ……相良。お前はよく頑張った。もういい、休め。お前はもう休んでいいんだ。

 

「ほ、他に質問がないならこの辺で……」

 

 平塚先生もこれ以上は哀れに思ったのか、この自己紹介という名の公開処刑を切り上げようとした。

 

「はい!はい! 相良くんは彼女とかいますか!」

 

 また別の女子が余計なことを訊いた。当然名前は――って海老名、お前か。

 お前、それ違う意味で訊いてるだろ?

 しかし、この質問にはいちるの望みがあることも確かだ。

 ここで相良が『彼女がいる』と答えれば状況は一気に好転し、相良は一躍逆転満塁ホームランを放ったヒーローになれる。

 相良は俺からの『けっ、ブルータスお前もか』という侮蔑と引き換えに、クラスに居場所を得るだろう。

『付き合っている相手がいる・いない』というのは、充実した高校生活を送るうえでそれほど重要なファクターなのだ。

 

 しかし……。

 相良はどこまで行っても俺だった。何お前、俺のドッペルゲンガー? 俺、死ぬの?

 

「……いえ、彼女と呼べるような人はいません」

 

 うつむいたまま答える相良。

 当然だ。

 何が悲しくて初対面の、それも不特定多数の面前で自分の非リア充ぶりを告白しなければならないんだ?

 

「今はですか!? 今までもですか!?」

 

 だから海老名! お前それ全然別の意味で訊いてるだろう!

 

「今までも……いません」

 

 ぶはっ! と鼻血を出して卒倒する海老名。だから、変な方向で妄想してるだろ!

 

「え~? じゃあ、もしかして『さくらんボーイ』?」

「それ、マジ受ける」

「けっこうイケメンなのにね」

「無駄イケメン?」

 

 女子どもにヒソヒソ話の輪が拡がる。

 このビッチどもめ。いい加減しろよ……俺が『錯乱ボーイ』になるぞ。

 

「そういった種類の知人はいません。同僚……いや友人によると『お前の恋人になってくれる女など、ツンドラ地帯の奥地にもいないだろう』とのことです」

 

 さすがに教室に気まずい気配が流れた。

 誰もがなんと答えていいかわからない……そんな表情を浮かべている。

 

 相良はそんな教室の空気に、初めて寂しげな表情を見せた。

 確かにそんな冗談に笑ってくれる女なんて早々いないだろう。もしそんな女がいるなら、そいつはとんでもなく『いいひと』だ。

 

「そんじゃさ。今までデートとかもしたことないわけ?」

 

 三浦優美子……このくるくる縦ロールの魔女め。

 テメエ、死体に鞭打ち、おろし金で傷つけて粗塩まで刷り込む気かよ。

 お前には武士の情けってもんがないのかよ。

 

 相良……答えるな。

 お前に答える義務はない。

 

「ありません」

 

 しかし相良はそれが性格なのか、あるいは日本の自己紹介がそういうものだと思っているのか、生真面目にばか正直に答えてしまう。

 

 教室が静まりかえり、今までと違った同情するような空気が漂う

 

 相良……お前はその程度の男なのか。

 自分の哀れさをアピールして憐憫を誘うような、そんな安っぽいチンケな男だったのか。

 くっ、少しでもお前に通じるものを感じた俺がバカだったぜ。

 

 相良! お前が俺と同じ世界を見る男なら、そんな甘えは捨てろ! 熟し切った果実は甘い! だがそれは腐った甘さだ! 風だ! お前は腐臭を吹き飛ばす孤独で鮮烈な風になれ!

 

「――ああ、ですが()()()()ならしたことがあります。一度だけですか」

 

 相良が急に思い出したように発言し、俺はいそいそと一時限目の授業の準備を始めた。

 

 さて、一限はなんだったかな。相良宗介? 何それ? 美味い?

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 放課後。

 特別棟4階の東側。グラウンドに面した空き教室。

 開け放たれた窓からは潮風に乗って、運動部の掛け声やスターターのピストルの音、金属バットの打撃音、オケラのチューニングの音など、いわゆる青春の音が運ばれてくる。

 

「それでね、ゴーカンって言っちゃったんだよ! ゴーカンって!」

 

 教室の前半分に置かれた会議用の長机の前で、由比ヶ浜結衣が両手を広げて馬鹿っぽく、本当に馬鹿っぽく熱弁を振るっている。

 長机にはティーカップが1つ。マグカップが1つ。紙コップが1つ置かれていて紅茶の香りと共に湯気を立てていた。

 

「由比ヶ浜さん……そんな大きい声でゴーカン、ゴーカンと言わないでくれるかしら」

 

 ティーカップの持ち主でありこの奉仕部の部長である雪ノ下雪乃が、形の良い眉根をよせて不快感を示した。

 

「……そうだな。100年の恋も冷めるというやつだな」

「え、嘘……ヒッキーあたしに恋してたの? マジ? そ、そんないきなり言われても……」

 

 顔を真っ赤にしてしどろもどろになってしまう由比ヶ浜。

 

「いや、してないけど。少なくともゴーカンを連呼する女子高生にはしない」

 むしろ別の意味で恋してしまう。

 

「むぅ! ヒッキー、キモイ! 超キモイ! 今ぜったいやらしいこと考えてる! 変態!」

「お前、自分で話を振っておいてわがままな奴だな……」

「ふん!」

 

 頬を膨らませてプイッと横を向いてしまう由比ヶ浜。

 さすが女子。卑怯。都合が悪くなると女子力で誤魔化す。

 

「話を戻していいかしら? それでその転入生は本当にレイピストだったの?」

 

 嫌悪感も露わに雪ノ下が訊ねた。

 もしそんな人間が転入してきたのなら自分の身を守るために情報収集が必要だと思ったのかもしれない。

 

「そんなわけあるかよ。相良本人は『合コン』って言ったつもりだったんだ」

 

 俺は相良の名誉のために弁解してやった。決して自己紹介の最後にいの一番にあいつを見捨てた罪悪感からではない。

 

「そ、そうなんだ。あのあと教室中が大騒ぎになっちゃって、平塚先生が物凄い顔で相良くんを問い詰めて詳しいことを訊きだしたから間違いない……と思う」

 

 たはは……と由比ヶ浜が実に気まずげな表情で、誤解を与えた自分の言動を補訂した。

 

「そう、『ゴーカン』と『ゴーコン』。確かに似ていると言えば似ているわね……」

 

 形のよい顎に手を当てて『盲点だったわ……』と呟く雪ノ下。

 感心するところがズレてる気がする。

 

「あいつは帰国子女で日本にはまだ3ヶ月しかいたことがないらしいからな。うまく聞き取れなかったんだろう」

 

「……つまり、あなたたちのクラスはそういう人を物笑いの種にして楽しんだのね」

 

 雪ノ下の顔に浮かぶ、明瞭な怒りの表情。

 マズい。雪ノ下の地雷を踏んだ。

 雪ノ下自身帰国子女で、中学のころには陰惨ないじめを受けていたらしい。

 

「……どこにでもいる低能どもが」

 

 うわ……恐い。

 やめて。そういう顔マジでやめて。

 

「ヒッキーはちがうよ! ヒッキーは何度も相良くんを助けようとしてたよ!」

 

 いきなり思ってもみなかった方向から掩護射撃が飛んできた。

 

「ヒッキー、相良くんが読んでる雑誌、自分も読んでるって言おうとしてたし……ね?」

 

 由比ヶ浜がどこかのぞき込むような仕草で俺を見た。

 

「……由比ヶ浜さん」

 

「……お前、全部見てたの? もしかして俺のストーカー?」

「はぁ? ヒッキーのことなんか全然見てないし! うわ、ヒッキー超キモイ! 自意識過剰! 意味わかんない! キモ! キモ! キモ!」

 

 だからお前はどこの御堂筋翔くんだよ。

 俺は今日、何度あなたにキモイと言われればいいのですか?

 

「ぼっち同士の連帯感……と言うべきかしら?」

「ふっ、甘いな、雪ノ下。お前のそれは木を見て森を見ず。事象の上っ面だけをなぞった軽薄な見解にすぎない」

 

 俺の言葉に雪ノ下の眉がピクッと反応した。

 雪ノ下雪乃の種族特性『負けず嫌い』が発動した証拠だ。

 

「もちろん説明してもらえるのよね?」

「当然だ。ぼっちを語らせたら俺の右に出る者はいないからな」

 

 ビシッと親指で自分自身を指し示す俺。

 ここからは俺のターン。

 

「……うわ、ヒッキーマジ引く」

「その言葉の正しさだけは認めるわ。ぜんぜん悔しくないけど」

 

「ぼっち同士の連帯感だと? 笑止。ぼっちとはすなわち空気。空気とはすなわち0。0は――ここまで言えばあとはわかるな?」

「つまり加算しようが乗算しようが0は0。ぼっちが何人いてもぼっちに変わりはないという解釈でいいのかしら?」

 

 雪ノ下が整いすぎたその小顔を少し傾げて訊ねた。悪意のない表情が逆に言葉の鋭さを増す。

 

「口に出されると思ってた以上に突き刺さるな……」

 

 心臓に氷の破片が突き刺さった気分……時間が経てば溶けて完全犯罪成立的な……。

 

「ヒッキー……すっごいブーメラン……」

「ごめんなさい。あなたに必要なのは解釈ではなく介錯だったわね」

 

 誰が巧いこと言えと……。

 

「でも、ゆきのん。相良くんに興味があるの?」

「そういうわけではないのだけれど……でも気にならないと言ったら嘘になるわね」

「? どういう意味?」

「普通、帰国子女ならわたしたち国際教養科に編入されるのが通例なのよ」

 

 俺たちが通うこの千葉市立総武高校にはA組からI組までの普通科と、それよりも偏差値が2~3高いJ組――国際教養科がある。

 確かに雪ノ下の言うとおり、通例ならJ組に編入されるはずだが……。

 

「それにうちの学校のような公立校への転入は通常、学期の始めからなの。1学期も残りわずかなこの時期に転入してくるなんて、よほど特殊な事情があったと見るべきだわ」

「どんな事情?」

「そこまでは……」

 出歯亀根性丸出しで身を乗り出した由比ヶ浜に、雪ノ下が困惑する。

 

「転入時期うんうんに関してはわからんが、F組に編入されたのは単純に学力のせいじゃねえのか? 別に相良がこれまでいた国の教育水準が低いとは言わないけど、どこも落ち着いて勉強に打ち込めるような国じゃなかったしな」

「……そうだね」

「……そんなに酷い国なの?」

 

 俺の言葉に由比ヶ浜がうつむき、そんな俺たちに雪ノ下が表情を曇らせて訊ねた。

 

「アフガン、レバノン、カンボジア、イラク、コロンビア……だったかな」

「……そう」

 

「ねえ、あたしたちで相良くんの友だちになってあげない?」

 

 突然、由比ヶ浜が目を輝かせて立ち上がった。

 いかにも『ひらいめいた!』的な晴れやかな表情。

 

「……お前、なに言ってんの?」

「……友だちって『なってあげる』なんて考えでなるものではないと思うわ」

 

「……そ、そうだね……ごめん……」

 

 総武高校のぼっち二大巨頭に射竦められ、由比ヶ浜が見る見る小さくなる。

 

「そんなに落ち込む必要はないわ、由比ヶ浜さん――そうよね、比企谷くん?」

「ああ、そうだな」

 

 雪ノ下の意味深な表情にうなずく俺。

 

「それってどういう……」

「つまり、これまでの話の流れがから行くと――」

 

 由比ヶ浜が不思議そうな顔をし、俺がそこまで言った時、

 

 コンコン、

 

 出入り口の引き戸を誰かがノックした。

 

「どうやら来たみたいね――どうぞ」

 

 雪ノ下がうなずき、入室をうながす。

 

「失礼する」

 

 底堅い声がして1人の男子生徒が入ってきた。

 教室を油断なく見渡すと、躊躇なく俺でも由比ヶ浜でもなく、雪ノ下を見つめる。

 

「2年F組の相良宗介だが、奉仕部というのはここでいいのだろうか?」

 

「ええ、そうよ」

 

「平塚先生に、ここに来ればすべて上手く行くと言われたのだが、どういう意味だろうか?」

 

「相変わらず安い挑発だけど――いいわ。乗ってあげる」

 

 相良の言葉に、雪ノ下は立ち上がると肩に掛かった髪をサラッと払う。

 

「あなたの依頼受けるわ。あなたがこの国に順応できるように手助けをしてあげる」

 

 そして雪ノ下雪乃は言った

 

「――奉仕部へようこそ、相良宗介くん」

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 相良宗介は、越してきたばかりのマンションに21:00ちょうどに帰宅した。

 すぐにリビングに設置してある黒い無線機の前に座りヘッドセットを装着。特定の軍用周波数に合わせる。

 

「こちら『ウルズ7』。こちら『ウルズ7』。『アンスズ』応答願います――」

 

 すぐに応答があった。

 

「大佐殿ですか? サガラです。大佐殿の仰ったとおり、何もせずとも転入初日に奉仕部に入部することができました。『比企谷八幡』『雪ノ下雪乃』『由比ヶ浜結衣』との接触にも成功。明日から引き続き内偵を進めます」

 

 通信相手が、宗介にいくつかの指示を与える。

 

「了解しました。3人のうち誰が狙われているのか。狙っているのはどんな組織か。何を目的に彼らを狙っているのか。自分の生存を最優先に最悪3人を囮にしてでも突き止めます」

 

 

……to be continued

 

 




まだ俺ガイルのキャラがつかめてないです……。
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