やはり相良軍曹のいる俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:Deetwo

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◆早くも激突する相良宗介と比企谷八幡。◆対テロスペシャリスト vs 対テロ学園防衛脳内シミュレーション最強の戦い。◆ご一読いただければ幸いです。


早くも彼(比企谷八幡)と彼(相良宗介)の対決が始まる。

 6月27日 24:00 東京都 江東区 有明

 

 未明の東京湾岸に暗黒の破壊神が降臨した。

 強大な赤い悪魔(ベヘモス)がその巨躯を持って、現代建築の粋を集めた国際展示場を蹂躙する。

 ガラスが割れ、鉄骨がひしゃげ、コンクリートが砕け散る。

 破壊。破壊。破壊。

 この世界に存在する一切を否定する、圧倒的な暴力の嵐。

 

 いいぞ、もっとやれ。こん畜生。

 残らず灰塵に帰してしまえ。

 

 俺は自らの憎悪が形作った巨大な悪魔を見ながら哄笑する。

 

 これだ! これこそ、俺の望んでいた光景だ!

 これがために俺は魂を売り、死後の地獄さえ甘受したのだ!

 

 さあ、今こそ俺を蔑み冷笑してきた愚民どもよ、泣け、わめけ、逃げ惑え! 跪いて懺悔しろ!

 もちろん許してなどやらん! 自分の体液が沸騰する音を聞きながら死んでゆけ!

 

 ふぉーーっほっほっ! 見ろ、人がゴミのようだ!

 

 この夜、リア充たちの聖地は爆発した。

 

 比企谷八幡、興奮のあまり久しぶりに書いた政府報告書より抜粋。

 

 

 追記1

 人混みが超苦手な俺にしてみればコミケもまたリア充の集まり。サークル活動とかまんまリア充。故に絶許。

 故に上記報告書に矛盾はない。

 

 追記2

 つーか、全然報告書の体を成してないよね。これ。

 

 追記3

 翌朝読み返してみたら、すっげー恥ずかしかったので全削除。

 以降、内容は心のメモとして留めておく。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 ピッ……ピッ……ピッ……

 

「……むぅ」

 

「お兄ちゃん、落ち着かないからそんなにチャンネル変えないでよ」

 

 俺がスコーンも囓らずにしきりにリモコンを操作していると、小町が煩わしげに言った。

 朝食の席。

 確かに目の前でピッピ、ピッピとTVの画面が変わっていたら激しくわずらわしく苛立たしい。

 俺はしかたなしにリモコンをテーブルに置き、ボソボソとスコーンを食べ始める。

 

「なにか気になるニュースがあるの?」

 

 相変わらずジャムりながら、小町が小首をかしげた。

 我が妹ながら実にコケティッシュで愛らしい仕草だ。

 

「……いや、別に」

 

 気になるニュースはあるのだが、それを言えばどうせ馬鹿にされるので黙っている。

 

「お兄ちゃん」

「……2週間前のビックサイトの事件だよ。あれの続報がないかと思ったんだ」

 

 追及の()をゆるめない小町に、ゲンナリと答える。

 

「ああ、あの大きなロボットが暴走したやつ」

「ロボットじゃなくて、AS(アーム・スレイブ)な」

 

 思わずオタク心が刺激されて訂正してしまう。

 

 ASとはarmored mobile master-slave systemの略であり、10年ほど前から急速に発展・普及してきた陸戦用人型兵器だ。

 日本語では強襲機兵なんてさらにオタクで中二病っぽく訳されている。

 俺の中ではアシモフの三原則が当てはまらないので断じてロボットではない。

 

 2週間ほど前の深夜、有明の国際展示場に突然全高40mの巨大なASが現われた。現われただけでなく暴走した。

 ASは通常8m前後の大きさなので、実にその4倍以上のスケールである。

 夜中にTVのブレイキングニュースで知った俺は、ちょうど期末テストの最中だったにも関わらず勉強そっちのけでTVにかじり付き、貫徹で血湧き肉躍らせてしまった。

 だって40mの巨大ASだぜ? それがクローバーフィールドみたいに暴れ回ったんだぜ? 湧くだろう、踊るだろう、男なら誰だって。

 

 当然、翌日の学校はその話題で持ちきりだった。

 興奮のあまり我を忘れてクラスメートの話の輪に入っていったら、『え? 誰、お前?』みたいな顔されたけどな……。

 

「あの事件、何日かしたらパッタリ続報がなくなっちゃんだよな……楽しみにしてたのに」

 

 まるで情報管制されてるみたいに新しい情報が出てこない。

 自衛隊が出動したみたいなこと言ってたし、当たらずとも遠からずなのかもしれない。

 俺は決して陰謀論者ではない。あれはもう卒業した。単にいぶかしく思ってるだけ。いや、ほんとに。

 ネットでも情報は錯綜していて、もはや何が真実で何か嘘かなんて判断がつかなくなってしまっている。

 テスト期間中に勉強を放り出すリスクまで払ったのに……あんまりだ。

 

「そんな2週間も前のニュースなんてやってるわけないよ。学校でそんな昔の話したら『は?』って顔されちゃうよ」

「お前らどんだけ情報社会で生きてるんだよ……」

 

 しかし、これについては小町が正しいのかもしれない。

 文字どおり光の速さで情報が飛び交っている今のこの世の中、たとえそれがどんなに大きな事件でも2週間も経てば埋もれてしまうのかもしれなかった。

 

「お兄ちゃんもいい加減いい年なんだから、そんなロボットの話でテンションあげるのやめたら」

 

 やっぱり馬鹿にされたし……。

 

「男には自分の世界があるんだよ……」

 例えるなら空を駈ける一筋の流れ星。ソースは大怪盗の孫。

 

「そういえば――」

 

 小町は俺の抗弁など聞こえなかったのか、あるいは聞こえたのに無視したのか。とにかくあっさり話題を変えてしまった。

 

「お兄ちゃんのクラスに転入生がきたんでしょ!? どんな人!?」

「おまえ、なぜそれを……」

「寝る前に結衣さんとメールしたの。奉仕部にも入ったんだって?」

 

 小町が食卓に両手をついて身を乗り出した。

 

「格好いい? 性格は? 頭よさそう?」

 

 小町、その質問の順番で、おまえという人間の底が割れるぞ……。

 

 よく知りもしない人間について、その人となりを言葉にするのは欺瞞であり不誠実だ。

 したがってこの場合、こう答えるのが一番正確かつ誠実な対応だろう。

 

「まだわからん」

 

 そういえばあいつは重度の軍事マニアだった。

 あいつなら――相良宗介なら、有明の事件について何か知っているだろうか?

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

「お兄ちゃん、小町のお尻は今朝、お兄ちゃんの自転車にキスしたいといっております!」

 俺が玄関を出て鍵を閉めると、先に出ていた小町が屈託のない笑顔で敬礼した。

 

「越中詩郎の真似なら自転車でなく俺にしてくれ」

 たとえ『石のケツ』でも耐える自信がある。

 

 小町は俺の言葉など無視して、さっさと小さな尻を荷台に載せてしまう。

 来世は自転車に生まれてこよう。きっと現世よりも幸せだ。

 

 出発しかけた時、ハッと昨日の登校シーンが頭に浮かんだ。

 始まりの場所で、俺を待っていてくれた由比ヶ浜結衣の姿。

 小町を送っていけば、あそこは通らない。

 

(……まさか二日続けてそれはないだろう)

 

 妙な期待をしてはいけない。

 俺は頭を振って自分自身を厳に戒めると、かつての母校である小町の中学に向かってママチャリをこぎ始めた。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 事故ることなく小町を送り届け、ついでに自分も遅刻することなく平穏無事に学校にたどり着いた。

 文字どおり生死をともにした愛車を駐輪場に止めると生徒用玄関に向かう。

 

 昇降口の前で足が止まった。

 何やら人垣ができて渋滞が起こっている。

 

「……?」

 

 なんだ……? この不穏な空気は……?

 空気を読むことにかけては、ここに最強な俺ガイル。

 

「あら、あなたもいたのね」

 

 背中にグサリと突き刺さるアイス・ジャベリン。

 振り返るとそこに涼しげ(……なのだろうが俺には冷ややかに見える)な表情を浮かべた雪ノ下雪乃が立っていた。

 暑くなるこれから、一家に一人いればその夏の電気代が大幅に節約されること間違いなし。

 ただし冬になるまでに処分しないと家族で凍死の危険あり。

 

「いたのね……って、絶対に視野に入っていただろうが」

 

 おまえ、俺の真後ろにいただろう……。

 

「ごめんなさい。もちろん視野角にあなたは含まれていたわ。でも潜在的なセイフティーが働いて脳があなたを認識することを拒んでいたみたい。悲しい事実だけれど、わたしも生物である以上本能には逆らえない――」

 

 その時、聞いたことのある声が昇降口から響いた。

 

「――全員、耳を塞いで口を半開きにしろ! いいな!? 行くぞ!」

 

 無意識に――本当に無意識に俺は雪ノ下の頭を抱き締め、背中を昇降口に向けた。

 

 耳をつんざく轟音と肌を激しく震わせる爆風。

 周囲の人間が残らずひっくり返る。

 

 俺は怖々と目を開けると呆然と眼前の光景を見つめた。

 

 な、何が起こった……?

 

 あまりにあまりな突然の事態に思考が追いつかない。

 現在のこの状況を説明する推論が成り立たない。

 

 昇降口が……爆発だと……?

 

 要するに……何がどうなって、どうしてこうなった……?

 

 やがてもうもうと立ち込める土埃の中から、1つの人影が現われた。

 

「クリア――問題ない、入ってきてもいいぞ」

 

 相良宗介が例のムッツリ顔で『うむ』とうなずくと、尻餅をついたまま恐る恐る顔を上げた生徒たちに告げた。

 

 当然だが誰1人動けず、誰1人しわぶき一つあげない。あげられない。

 

「比企谷に雪ノ下か。ちょうどいいところにいた」

 

 相良が俺と雪ノ下の姿を認めると、そういって近づいてきた。

 

 ん……? 雪ノ下……?

 

 その時になって、俺はようやく自分が雪ノ下を抱き締めたままだということに気づいた。

 

「あ、悪りい!」

 

 咄嗟に雪ノ下の両肩をつかんで、引き離す。

 

「……」

 

 雪ノ下は俺をにらみ付け辛辣な言葉を吐くのかと思いきや、俺を見つめたまま真っ赤な顔で黙り込んでしまっている。

 

 やめて……その反応に困る顔。

 

「お、おい、雪ノ下」

「……」

「雪ノ下!」

「は、はい!」

 

 あら、可愛らしい返事……じゃなくてだな!

 

「大丈夫か? 怪我はないか?」

「大丈夫だと……思う」

 

 雪ノ下は目をパチクリせて答えた。

 

「オ、オーケー、それじゃそろそろ自分で立ってくれ」

 

 そろそろ自立してもらわないと俺の心臓がヤバい……。

 チキン・オブ・ハートの俺に、この体勢は拷問に等しい……。

 

「……え? ――っ! ご、ごめんなさい!」

 

 雪ノ下がようやく俺に抱き支えられていることに気づいて、パッと離れた。

 

 だからそういう可愛らしい反応やめて!

 心臓が、バクバクバクバクバク!

 

「な、なにがあったの……?」

「俺にもわからん……」

 

 雪ノ下と俺の疑問に、相良が答えた。

 

「不審物だ」

 

「「……不審物?」」

 

 思わずハモってしまった。

 

「し、失敬」

「い、いえ」

 

 再び顔を赤らめてうつむいてしまう、雪ノ下。

 もう……ほんとうにやめて……。

 

「肯定だ。今朝登校したところ、雪ノ下、君の靴箱に何者かが細工した痕跡を発見した。おそらく仕掛け爆弾だろう」

「仕掛け……爆……」

 

 絶句してしまう雪ノ下。

 呆れることは多々あっても動揺することは滅多にないあのクールビューティーを通り越してアイスビューティーな雪ノ下が、マジで動揺していた。

 

「ああ、だが安心してくれ。危険なのでたった今爆破処理したところだ。もう安全だ」

「……なん……ですって?」

 

 雪ノ下の顔が引き攣る。

 珍しい……ほんとうに珍しい。

 

「爆破処理だ」

 

 チクタク、チクタク、チクタク、チクタク――チーン♪

 

 ようやく我に返る、俺と雪ノ下。

 

「ちょ、ちょっと待て相良。なんでお前が雪ノ下の靴箱を調べるんだ?」

 

 爆破処理はうんぬんはひとまず置いておいて(いや、置いておけないけど)、ま、まずはそこに至った経緯を把握しないことにはどうにもならない。

 

「俺には同じ奉仕部の部員として君たちの安全を守る義務がある。その義務を履行したにすぎない。礼には及ばない」

 

 俺の問い掛けに真顔で答える相良。

 つまり、義務感から雪ノ下と俺と由比ヶ浜の靴箱を調べたってこと……?

 そ、それもちろん冗談で言ってるんですよね……? そうなんですよね……?

 

「幸いなことに爆弾ではなかった。上履き一足ですんだ君は運がいいぞ、雪ノ下」

 

「相良くん……わたしこれでもたぶん日本で一番上履きを失ったことのある人間だと思う」

 

 うん、そうだね……60足だもんね。

 

「でも、そのわたしでもまさか61足目を爆破されるとは思わなかったわ……」

 

 精一杯の皮肉を込めて、雪ノ下が相良に引き攣った笑いを向ける。

 恐い……恐すぎる……雪ノ下さん、それ半端ないです……つーか、それマジでザラキです。

 

 しかし真に驚くべきことに、見る者の身心を凍りつかせる雪ノ下の絶対零度な笑みもこの転入生には通じなかった。

 

「ふむ、つまり君はこれでまで60回もトラップを仕掛けられてきたのか。驚異的な生存率だな。君は危険物処理のプロなのか? いやむしろ爆発物を使わずにそれだけのトラップを考案した相手を褒めるべきか……どちらにしろぜひ個々の状況について詳しくリサーチさせてくれ。今後の参考にしたい」

 

 相良が大真面目にうなずく。

 え? そこ行っちゃうの? 感心するポイントそこなの?

 

「……相良くん。あなたがアフガニスタンやイラクのような危険な地域で育ってきたことは知っているわ。でもだからといって、この平和な日本で靴箱に爆弾をしかける人間なんていないことは断言できる。すべてはあなたの過酷で苛烈な実体験が生んだ妄想よ」

 

 雪ノ下も怯まない。すかさず切り返す。相変わらずのド正論。ド正論すぎて敵を作って周りみんな敵だらけなくらいのド正論。

 

「雪ノ下、君は甘い」

 

 ドンッ! と鋭い眼差しを雪ノ下に向ける相良。

 顔が本気(マジ)だ。いや、こいつの場合いつもそうだけど。

 

「こういう形のテロこそ、安全な国での最大の脅威なのだ。つい最近もアメリカで、海軍の退役大佐が自宅の郵便受けを開けて、上半身を吹き飛ばされる事件があったばかりだ。油断はできない」

 

「そもそも60回以上トラップを仕掛けられるなど君は敵が多いのではないか?」

「そ、それは否定しないけど……」

「だとしたら認識を改めるべきだ」

「確かに……」

 

 雪ノ下が小さな顎に手を当てて考え込む。

 え……? なに……? そこで考え込んじゃうの……?

 

 もしかして雪ノ下、旗色悪い? あの雪ノ下が?

 

「――で、でも実際に爆弾はなかったのでしょう? それならやはり相良くんの杞憂だったというべきだわ」

 

 ドン引きした俺に気づいた雪ノ下が、ハッと慌てて反論する。

 

「いや、爆弾はなかったが、その代わりにこれが――」

 

 相良が握っていた手を差しだし開こうとしたとき、かなたから物凄い勢いで白影がすっ飛んできた。

 

「相良ーーーーーっ!!!! やはり君かーーーーーーっ!!!!」

 

 平塚先生の爆炎をまとった渾身の右拳が相良の顔面にめり込み、吹き飛ばす!

 

「「……」」

 

 俺と雪ノ下が再び呆然と立ち尽くす。

 

 なにそれ? デウス・エクス・マキナ?

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 昼休み。

 俺たち(俺、雪ノ下、相良、そしてなぜか由比ヶ浜も)は、平塚先生に職員室に呼び出された。

 もちろん飯抜きである。 

 

「……さて、それでは話を聞こうか」

 

 くわえ煙草に腕組みの凶悪な人相で、平塚先生が俺たちを睨んだ。

 先生、出会ってから今までで……1番やさぐれた顔ですよ。

 

「はっ」

 

 鼻の頭に絆創膏を張った相良が、一歩前でに出るとカチッと踵を合わせて答える。無駄に姿勢がいい。

 

「本日0815時、自分が登校し雪ノ下の靴箱を調べたところ、不審物を察知しました」

 

 すでにこの時点ですべてが間違っている。始まりからして間違ってる。今のはちょっと耳が痛い。

 

「……なぜ雪ノ下の靴箱を調べたのかはひとまず置いて、それで君はどう対処したのだ?」

 

 目を閉じ、煙草のフィルターを噛み切るほどに噛みしめ、青筋をピクピクさせて、それでも渾身の忍耐力を振り絞る平塚先生。

 

「高性能爆薬による爆破処理です」

 

「爆破、だと……!?」

 

 すでに相良によって何がなされたのかは判明している。

 それでもなお平塚先生は人として確認せずにはいられなかったんだろう……気持ちはよくわかる。気の毒なくらいに。

 

「肯定です。爆発物の危険性が高かったのでもっとも安全かつ確実な処理方法を選択しました」

 

 胸を張り、誇らしげな相良。

 

「それで……結局、君のいうその爆発物とやらはあったのかね……?」

「いえ、幸運なことに発見できませんでした。雪ノ下は運がいい」

 

「……」

 そっと顔を伏せて、目をそらす雪ノ下。

 あ……今俺、初めて雪ノ下に同情しちゃったかも。

 

「……そうか、それではすべて君の見込み違いというわけだな……それで靴箱2つと計80足の上履きを吹き飛ばしたと……」

 

 コキ、コキ、コキ……。

 平塚先生が指の筋を鳴らす、骨っぽい音が響く。

 しかし、相良は顔色1つ変えない。

 ほんとこいつどんだけ胆が太いんだよ。それとも鈍いだけ?

 

「いえ、爆発物は確かにありませんでしたが代わりにこれが発見されました」

 

 相良がそういうとポケットから何やら取り出し、先生に差し出した。

 

「……なんだね、その紙片は?」

ロブ・レイター(のちほど強奪)です」

ラブレター(恋文)だと?」

「はっ、ロブ・レイターです」

 

 ……あの~、先生。すでにボタンの掛け違いが起きてますよ。

 

「雪ノ下の靴箱にあった手紙の破片を回収し、復元を試みたところ以下の文字列が確認できました」

 

 っておまえ、休み時間に一生懸命やってたのはそれかよ……。

 

 ――『遠くから見~』『臆病者~』『心臓の鼓動を止め~』『楽に~』『放課後、~育館の裏で待~』

 

 雪ノ下が額に手を当ててうつむき、由比ヶ浜は『たはは……』と所在なさげな笑みを浮かべている。

 うん、それはあれだ。完全に完全無欠なラブレターだ。

 それもほぼ確実に雪ノ下に憧れる女子が書いた、いわゆる百合なやつ。

 

 しかし、相良の解釈はまるで違っていた。

 

「これらの文字列から推察するに、これは

 

『雪ノ下雪乃。いつも遠くから見ているぞ。この臆病者め。貴様の心臓の鼓動を止めて楽にしてやる。放課後、体育館の裏で待っていろ。お前を殺す』

 

 ――などといった内容に違いありません」

 

「おそらく雪ノ下を呼び出し殺害したあと、彼女の持っている重要な何かを強奪するつもりだったのでしょう。危ないところでした」

 

 ホッとした表情を浮かべる相良。

 

「自分も以前在籍していた学校で同様の脅迫状を一度送りつけられたことがあります。その時は完璧な偽装をして脅迫者を待ち伏せ、撃退することに成功しました。あの時の経験が役に立ちました」

 

「……それで、その脅迫者とやらは何者だったのだ?」

 

 平塚先生から風船から空気が抜けるように怒りの気配が消えていく。

 代わって見る見る満ちてくる虚脱の色。

 

「確か2年1組の佐伯恵那とかいう女子生徒でした。ミス陣高で2位になり学年での5位の成績だったようですが自分には面識のない女子です。おそらく自分に悪意を持つ組織が送り込んだエージェントだと思われます」

 

「……その娘、可哀想……」

 

 由比ヶ浜がポツリと呟いた。

 まったくだ……そしてもったいない。

 

 平塚先生が深く息をついて、顔を上げた。

 これまでと打って変わったにこやかな笑顔。

 

「相良、死ね」

 

 うわ、教師がそれを、しかも職員室で言っちゃっていいんですか?

 

「……っ」

 

 さすがの相良も『にっこり笑って人を斬る』平塚先生には戸惑ったようだ。

 

「相良くん、わたしその程度の()()()ならほぼ毎日もらってるわ。心配は無用よ……」

 

 雪ノ下が額に手を当てた『頭痛が痛い』のポーズのまま、相良に言った。

 

「なんだと……? それは本当か?」

「ええ、わたしは虚言はつかないわ」

「ゆきのん、すごい……」

「おまえはもらえないもんな……ボソッ」

「も、もらえるし! ゆきのんほどじゃないけど、ちゃんともらえるし! そもそもそれだけはヒッキーに言われたくないし!」

 

 顔を真っ赤にして憤慨する由比ヶ浜。

 まぁ、確かに……誰だって俺にだけは言われたくないだろう。自分でも納得しちゃうくらいに説得力がない。

 

「君はそれで平気なのか?」

「わずらわしいけど実害があるわけではないし」

「いや、その思い込みは危険だ。テロリズムとは自分は大丈夫と思ったときが一番危険なのだ。雪ノ下、君はすぐに有能で信頼の置ける護衛を雇うべきだ。幸い俺に心当たりがある。君さえよければ話を付けよう。もしそれまで不安なら俺が護衛をしてもいい」

 

 ズイッと真顔で雪ノ下に迫る?相良。

 悪い奴ではない……うん。ただ何もかもが決定的にズレているだけだ。

 

「そ、それは……」

 

 おいおい、なぜそこで顔を赤らめる。氷の女王。

 

「はぁ、もういい……相良、今朝のことはわたしの権限で不問に処してやる。だが二度とするな」

 

「はっ」

 

「放課後、またわたしのところに来るように。以上だ。行きたまえ」

 

 やれやれ……といった感じで、奉仕部の面々が平塚先生に頭を下げて背を向ける。

 そもそもなんで相良以外が呼び出されたの? 連帯責任でもちょっと酷すぎね?

 

「待て。行っていいのは相良だけだ。他の3人は残りたまえ」

 

 ……は?

 

 相良がいぶかしげな顔を浮かべて職員室を出て行く。

 

「……あの、先生。まだ何かあるんですか?」

 

 そろそろ購買に行きたいんですけど……この時間じゃもうコッペパンしか残ってないな。あの不人気でいつも売れ残る。ふっ、一瞬パンにシンパシーを感じてしまったぜ。俺もなんかもういろいろ末期だな。

 

「……わかってくれたな。あれが相良宗介だ。奉仕部で対応してほしい。今のままでは彼は夏休みを待たずして退学だ」

 

 平塚先生がさっきまでの雪ノ下と同じように額に手を当て、深々とため息を吐いた。

 

「た、対応しろって言われても、いったい何をどうすればいいんですか!? 美味いクッキーを焼けるように由比ヶ浜を調教するとか、そんな話じゃないですよ!?」

「どういう意味だし!」

 

 冗談抜きに、相良のあのズレっぷりはもはや素人がどうこうできるレベルではない。

 本職のスクールカウンセラーや、あるいはもっと専門性の高い、たとえば帰還兵を相手にするようなセラピストが必要なのではないか。

 

「しかし、君たちは相良をこの国に順応させるという依頼を受けたはずだぞ。それとも安請け合いだったのか?」

 

 さすが平塚先生……年の功。

 雪ノ下の操縦方法をよく知ってらっしゃる……。

 

 案の定、先生の言葉に雪ノ下がピクッと反応した。

 

「……先生、わたしはこれまで安請け合いも安普請もしたことはありませんが」

「しかし、そこの男は早々に白旗を揚げたぞ」

「そこの男が根性無しなうえに性根が腐っていることは先生も御存じなはずです。奉仕部はそこの男だけでなりたっているわけではありません」

 

 根性が無いんだったら、そもそも腐る性根もないと思うのだが……。

 

「そこの男、そこの男って……そのそこの男が一番現実的だと思うんですけどね」

 

「そこの男、お黙りなさい――平塚先生。奉仕部は一度受けた依頼は必ず遂行します。ご安心ください」

「うむ、期待しているぞ」

 

 上手いなぁ、平塚先生。

 チョロいなぁ、雪ノ下。

 

(まぁ、部長の雪ノ下がそこまで言うんだ。きっとなにか方策があるんだろう。俺としてはそれに従う……)

 

 パーーーーンッ!

 

 購買からの乾いた銃声に、俺、雪ノ下、由比ヶ浜、そして平塚先生が絶句する。

 

「――コッペパンを要求する!」

 

「「「「……コッペ……」」」」

 

「おとなしくコッペパンを出せ! さもなくば――射殺する!」

 

「相良ーーーーーっっっ!!!」

 

 平塚先生が鬼の形相を浮かべて、脱兎の如く職員室を飛び出していく。

 

「――それじゃ雪ノ下。あとは頼んだ」

 

 俺は固まる雪ノ下の肩をポンと叩いて職員室を出た。

 

 ららら、コッペパン~♪

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 帰りのSHRが終わると俺は荷物をまとめて席を立った。

 チラリと見やると、教室の一番後ろの席でやはり同じように鞄に荷物を詰めた相良が立ち上がったところだった。

 猫背の俺とは対照的な真っすぐに伸びた背筋。

 平塚先生に呼ばれて職員室に行くのだろう。カッ、カッ、と踵を鳴らす、まるで訓練された軍人のような歩き方で教室を出ていく。軍オタもあそこまで究めれば立派だ。

 

 俺は頭を振って教室を出た。どうも昨日からペースが狂いっぱなしだ。

 なによりも平穏な生活を好む俺には、あいつの存在は刺激が強すぎる。

 もう俺か吉良吉影ってくらいのレベルで平穏が好き。っていうか平穏じゃないと豆腐メンタルが持たない。

 

 ドスンッ!

 

 廊下の角を曲がったところで、いきなり柔らかいスポーツバッグに背中をど突かれた。

 

「……」

 

 後ろを振り返ると、由比ヶ浜がムッとした顔で立っていた。

 

「な、なに?」

「なんで1人で行くし」

「いや、一緒に部室に行くなんて言ってないし」

「そうじゃなくて、朝!」

「……え?」

 

 ……あっ!

 

 そこまで言われて、やっと由比ヶ浜の言いたいことがわかった。

 

「お前、まさか……」

「ずっと……待ってたんだから」

 

 少し寂しげに視線をそらす由比ヶ浜。

 

「ヒッキーこないから……もしかしたらまた事故ったんじゃないかって、家まで行ったんだから……」

 

 そういえばこいつ、今日遅刻してきた……。

 そういうことだったのか……。

 

「わ、悪い……今朝は小町を送っていった……から」

 

「……」

 

 気まずい……すごく。

 ど、どうする……俺。

 

「そ、それじゃ……埋め合わせをする……からチャラに……」

「…………どう埋め合わせしてくれるの?」

「今日、一緒に……帰る……」

「……」

「明日、一緒に……登校する……」

「……」

 

 ……え? うそ、これでもダメなの?

 

「……夏休みまで……一緒に登校する……」

 

 ニコッ、

 

「う~ん、しょうがないなぁ。あんまりイジメてもヒッキーが可哀想だもんね」

 

 いきなり明るい笑顔でルンルン♪ な空気を醸し出す由比ヶ浜。

 

 少なくともイジメていた自覚はあるらしい……。

 それにしても……これで勘違いしても男が悪いの……か?

 男って、人生ゲーム、ヘルモード過ぎね?

 

「あ、それから今日帰りにサイゼで何かおごってね」

 

「……」

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

「やっはろ~♪」

 

 奉仕部の部室に行くと、すでに雪ノ下が来ていて定位置で文庫本を開いていた。

 

「こんにちは」

 

 雪ノ下が文庫本から顔を上げて、()()()()に微笑む。

 

「ずいぶん機嫌がいいわね。なにかいいことがあったのかしら?」

「いやはは、まぁ、あったような、ないような」

 

 後頭部に手を当てた、お馬鹿笑い。

 由比ヶ浜には似合いすぎている。

 

「そう」

 

 なぜかそこで、雪ノ下が俺を見た。

 顔は笑っているが目が笑っていない。

 

(な、なんでそこで俺を見るんですか……恐いなー、嫌だなー)

 

 キョドりながら俺も自分の定位置に着き、鞄から小町に借りてる少女マンガを取り出した。

 

「それでゆきのん。サガランのことはどうするの?」

 

 由比ヶ浜の言葉に、思わず声を失う俺と雪ノ下。

 

「サガ……ランだと?」

「それはまさか……相良くんのこと?」

「へ、変かな?」

 

「い、いえ、変もなにも……会って2日でいきなりニックネームなの?」

「え? だ、だって、ヒッキーもゆきのんもあだ名だし、サガランだけ名字じゃなんか……ハブってるみたいだし……」

 

 モニョる由比ヶ浜。

 

「それは……そうだけど。ねぇ?」

 

 そ、そこで俺を見るな、雪ノ下。

 

「ま、まぁ、由比ヶ浜が呼びたいように呼べばいいんじゃねえの? うん、俺たちが口を挟むことではない」

 

 上手く逃げを打つ俺。

 サガランは怪獣、または風邪薬みたいだけど……な。

 

「そ、そうね。彼をどう呼ぼうとそれは由比ヶ浜さんの自由だわ」

 

「そっかー。うん、じゃあサガランにするね。でもクラスに『さがみん』って娘がいるから紛らわしかなー」

「いるの?」

「……知らん」

 

 雪ノ下……お前、ナチュラルに俺を傷つけるよな。

 

「それで、そのサガランのことはどうするんだよ、雪ノ下」

 

 俺は文庫本に目を落としたまま訊ねた。

 別に相良がどうなろうと知ったことではないが、奉仕部の案件である以上、雪ノ下にこれからの方針を確認しておく必要がある。

 

「そうね……まずは彼とじっくり話し合ってみるわ。彼、まるで常識がないけど悪い人ではなさそうだし。まだいろいろとこの国のことがわかっていないようだから」

 

「うん、そうだよね。やっぱりまずはそこからだよね」

 

「……」

 

 俺と雪ノ下の決定的な違いがこれだ。

 雪ノ下はなんだかんだ言っても、人の善意を信じている。

 悪意には苛烈なほどに立ち向かい根こそぎ殲滅するが、同時に人の善意には口ではキツいことを言っても寛容だ。それが上辺だけのものでない限りは。

 

 確かに相良のあの善意は上辺だけのものではないだろう。

 むしろあいつには上辺がないようにさえ感じる。

 目に映るあいつが、そのまま相良宗介のすべてのような裏表の無さ。

 例えるなら――そう、雪ノ下の姉、雪ノ下陽乃と真逆のような存在。

 

 だが……それだけに雪ノ下のやり方では間に合わないだろう。

 善意では人を変えるのに時間がかかる。

 朝の爆破事件に、昼の発砲事件。スリーアウト法じゃないが、あと何回猶予があるか。平塚先生もそうそうかばいきれないだろう。

 

「なにか……いいたそうね」

 

 雪ノ下が黙っている俺の横顔に訊ねた。

 

「いや……正しいと思う。ただそれは東洋医学のようなものだ。鍼灸や漢方のように病気を治しながら徐々に身体そのものを病にならないような体質に改善していく。無理がなく身体への負担も少ない。でも時間が掛かる」

 

「? つまりどういう意味?」

 

 由比ヶ浜の頭の上に、?マークを浮かんでいる。

 

「つまり今の相良くんに必要なのは東洋医学ではなく、西洋医学だと比企谷くんは言いたいのね?」

 

「今のあいつに必要なのは何よりも即効性だ。少々苦痛を与えても病根をスパッとメスで切り取ってしまうような。そうでないとおそらく間に合わない」

 

「言ってることは理解できるけど、まさか鞭でぶって躾けるわけにはいかないでしょう」

 

「……」

 

 ……方法はある。

 

 相良があそこまで過剰で過激な反応をするのは、あいつの目から見てこの学校がテロリズムに対して無防備で安心できないからだ。

 おそらくあいつが望んでいるのは、この学校を要塞化してあらゆる脅威に対応できる難攻不落の軍事拠点にすることだろう。

 しかし、もちろんそんなことはできない。

 ハードウエアを更新することは不可能。

 しかし、ソフトウエアならどうか。

 つまり、この学校に通う……。

 

 その時、部室の引き戸が開いて相良が入ってきた。

 俺は椅子に座ったまませいぜい不敵に、そして挑発的に声を掛ける。

 

 さあ、ゲームの始まりです。

 

「相良」

「なんだ、比企谷」

「ひとつ、俺とゲームしようぜ」

「ゲームだと?」

「そうだ。おまえはテロリズムへの対応について一家言あるようだな」

「肯定だ。俺は対テロに関してはスペシャリストだ」

「奇遇なことに実は俺もそうなんだ」

「ヒッキー、それ本当!? 初耳!」

 

 由比ヶ浜がウソ! といった顔で飛び上がる。

 雪ノ下は何か考えがあるのか、何も言わずに俺と相良のやり取りを見守っている。

 

「ああ、もう俺ほど日々テロに対して研究・研鑽を重ねてきた奴はいないね」

 

 俺の中学時代は、ほぼすべてそれに費やされたと言っていい。

 学校に侵入してきたテロリストからいかにクラスメートを守り、ヒーローとなるか。

 囚われたかおりちゃんを救い出し、いかにハッピーエンドを迎えるか。

 ありとあらゆる状況を想定・分析し、それに対する最適な行動を考え抜きそして導き出した。

 

 対テロリスト学園防衛脳内シミュレーションにおいては俺が最強。異論は認めない。

 

「まさか学校で本物の銃を撃ち合うわけにはいかないから、ここはロール・プレイング・ゲームとしゃれこもうぜ。俺がテロリスト役になって人質をとって立て籠もるから、お前が救出する」

「それに何の意味があるのかわからんのだが……」

「意味はあるさ。テロリストがやれるってことはテロへの対応もできるってことだろ? お前が見下している日本の普通の高校生がどれほどのものか見せてやるぜ」

「いいだろう。そこまで言うのなら相手になってやる」

 

 思うところがあるのか、相良が相変わらずの生真面目な表情で了承した。

 

 アフガン、レバノン、イラク、カンボジア、コロンビア……そういう事態が日常茶飯事に起きる地域で育ってきた以上、相良の持つ対テロ知識はおそらく本物。

 俺のような『にわか』が敵うわけがない。

 

 絶対に勝てない相手とゲームをすることになったらどうするか?

 

 答え――自分が勝てるようにルールを書き換える。

 

 

……to be continued

 

 

 




どうも雪ノ下雪乃は、軍曹が苦手な様子。
そして平塚先生、総武高校での千鳥かなめポジション確定。

お読みいただき、ありがとうございました。
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