やはり相良軍曹のいる俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:Deetwo
Take02
「なに!? スモークグレネードもダメなのか!?」
Take03
「なに!? 催涙弾もダメなのか!?」
Take04
「なに!? スタンガンもダメなのか!?」
Take05
「しかし、せめて放水砲くらいは……」
・
・
・
TakeXX
「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ! 俺は相良宗介を中学3年間の間に練りに練った対テロリスト用学園防衛脳内シミュレーションによって八つ裂きにするつもりだったが、されていた。な……何を言っているのか、わからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった……。 頭がどうにかなりそうだった。中二病とか、軍事オタクとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
お、俺は奴を……相良を見誤っていたのか……?
奴は中二病でも、軍事オタクでもない……燃えるワン・マン・フォースにして、歩くゲート・オブ・バビロン。そして……真性の戦争バカだ。
「「「「「「「……相良……殺す……」」」」」」」
部室前の廊下に机で構築されたバリケードの奥では、テロリストたちの凶悪な殺意がとぐろを巻いている……。
事前レクチャーで抱かれていた相良への淡い好意は、木端微塵に砕かれ消し飛んでいた……。
もうね……みんなね……目がね……王蟲なの……戦闘色なの……。
「……比企谷くん……」
ビクッ!
いきなり背後から声を掛けられ、心臓がバクバク状態で振り返る。
血も凍るような微笑みを浮かべた雪ノ下が、ゆら~っと立っていた。
「お、おう、雪ノ下……ど、どうした?」
「わたし……そろそろ帰りたいんだけど……この茶番、次で終わりにしてくれるかしら」
「そ、そうだな。俺も心の底からそうしたいと……思ってる……」
「わたしね……帰ってお料理がしたいの……こうすごく大きな肉の塊をね……切ったり刺したり焼いたり煮たりしたいの……」
ゾゾッ……。
「……わたしは今この場でかっ喰らいたい気分だよ……血も滴る生肉をな……」
平塚先生が愛しそうにマイ・エアガンを撫でながら呟いている……。
お、お願いだから、恐いから、やめて!
「……八幡……」
「ひやっ!?」
犯罪係数が800を超えているような顔で戸塚が微笑んでいる。
「ど、どうした戸塚」
「
「こ、ここで待ってれば相良はくる……ぞ」
「そっか……早く会いたいな……相良くんに……」
ふふっ……ふふふふっ……と微笑むと、戸塚が再びバリケードの奥に座り込む。
その隣では……。
ザクッ……ザクッ……ザクッ……。
「……大丈夫だよ、お兄ちゃん……お兄ちゃんは小町が守るから……」
小町がハサミでいつの間にか作っていた等身大の藁人形を突き刺していた……もちろん顔には『相良』と書いた紙が張り付けてある……。
こ、小町……お前まで……。
「……これが我が銃……数はあれどこれが我がものなり……これぞ我が最良の友なり……我が命なり……」
周囲との関係維持をなによりも優先する葉山が、仄暗い表情で自己否定を繰り返している……。
さすがだ……相良。
さすがとしかいいようがない。
あのハートマン軍曹が何週間もかけて抜いた『
「……ハーイ、ジョーカー……俺は……本当に……ひどいクソだぜ……7.62mm……フル……メタル……ジャケット」
見ろよ、材木座なんてそのまんま『微笑みデブ』だぜ……。
俺の携帯が振動した。
『あの……テロリストチーム……生きてますか? 次の準備はいいですか?』
「……こちらテロリストチーム。テロリストたちは意気軒昂、さっさとヒーローを送られたし……
平塚先生が俺の携帯をひっつかむとレフェリーの北野さんに言って通話を切り、再び放り返した。
……いよいよ、最後のときが来たようだ。
俺は立ち上がると、バリケードで固められている廊下から部室に入った。
「あ、ヒッキー……」
側に膝をつき語りかける。
「……悪いな。どうやら最後のときがきちまったみたいだ」
「……え?」
「……もうすぐ
「そ、そんな……!」
俺の諦観した言葉に、由比ヶ浜の瞳が揺れる。
「……あんたや世間から見たら俺たちは人殺しのテロリストだ……でも俺たちにだって俺たちなりの正義があるんだ。ちっぽけだがな。それを踏みにじらせるわけにはいかない……」
そういって再び立ち上がる。
「まって! お願い、投降して!」
背を向けた俺に、由比ヶ浜の悲痛な声が突き刺さる。
「投降……それが何になる。グアンタナモに送られて一生監獄で暮らせというのか」
そんな醜態を晒すのはごめんだ。
「あんたには悪かったと思ってる。こんなことに巻き込んじまって……」
「ヒッキー!」
「最後に、ひとつだけ俺たちの頼みを……俺の頼みを聞いてくれるか……?」
「聞くよ! なんだって、なんだって聞くよ!」
俺はもう一度由比ヶ浜の側に膝をつくと、涙に濡れる瞳にそっと自分の顔を近づけ……。
「……いつまで三文芝居を続ける気?」
雪ノ下が触れたら皮膚が張り付きそうな冷たい表情で見下ろしていた。
あ、お前! せったくいいところだったのに!
もう少しでテロリスト・ロールプレイを究められたのに!
「由比ヶ浜さんもあまり気分を出さないでくれるかしら……」
「たはは……だって人質役って退屈で……ごめん、ゆきのん」
「~早く配置につきなさい。彼が来るわよ」
「お、おう」
雪ノ下は人質を守る最後の砦。いわゆるこのゲームのラスボスだ。
この部室に陣取り、最強の敵として
「あ、あのヒッキー……ヒッキーの最後のお願いってなん……だったの?」
由比ヶ浜が赤らんだ顔で訊ねた。
「それな……」
本当はもっと
× × ×
俺は雪ノ下と入れ替わりに廊下にでた。
廊下の北側と南側は机でバリケードが築かれていて、西側は窓。東側は雪ノ下と由比ヶ浜がいる部室という配置だ。
北側を平塚先生が、南側を葉山が中心に守っている。
部室にはベランダがあるが人質である由比ヶ浜を巻き込んでの乱戦になってしまうので、相良が侵入してくる可能性はまずない。
北から来るか。南から来るか。
葉山から、将棋の穴熊のように校舎の一番隅に陣取って、相良の攻めてくるポイントを1箇所に限定しよう――という意見があったが却下した。
背後に回り込まれないように布陣するのは一見すると正しい戦術のようにみえるが、実は自ら退路を断ってしまっているのと同じだ。敵の火力が優勢なら遠巻きに射竦められて容易に包囲殲滅されてしまう。
楚漢の時代なら『背水の陣』も結講だろうが、火力主義の今の時代そんなリスキーな真似はできない。
どちらにしろ、今回の相手にするのは相良一人で挟撃の心配はない。
北から来ようが南から来ようが、こちらとしてはすぐに戦力を集中できる。
戦況が不利になったら反対側から由比ヶ浜を連れて戦略的撤退――三十六計逃げるにしかず、だ。
「……早く相良くんに……会いたいな……ふふっ……ふふふふっ……」
となりでは戸塚が妖しい笑みを浮かべてエアガンを抱いている。ちょっと……グッときた。
いやいやいやいや……! こんな耽美な戸塚は戸塚ではない。
「――戸塚!」
戸塚の胸ぐらを掴むと激しく揺さぶる。ほんとは気付けの平手打ち(映画とかアニメでよく見る、あれ)をしてみたかったけど、戸塚に手を上げるなど俺にできようはずがない。
「は、八幡……?」
「気がついたか、戸塚」
「僕はいったい……?」
「『新兵がよくかかる病気』だ。しっかりしろ。恐怖に麻痺した人間から戦場では死んでいくぞ」
それ系のアニメや漫画の知識を総動員して、それっぽいことを言ってみる。
迷彩服にエアガン。このシチュエーションが長年封印してきた中二病の再発をうながしちゃって抑えきれない。
何事も冷めた視線で斜に構えてみる『高二病』より、好きなことに没入して周りが見えなくなる『中二病』の方がまだマシなのかもしれないと、頭の片隅で本気で思ってしまったほどだ。
「あ、ありがとう……でも僕……僕……怖くて……みんなみたいに男らしく戦うことができない……」
「……これぞ我が銃……」←男らしく?
「……我は剣豪将軍……」←男らしく??
「……お兄ちゃんは小町が守るから……」←男らしく???
「……相良……最後の決着は拳で……」←男らしく!
「お、おう……そうだな……」
じゃなくてだな!
「戸塚……お前はお前のままでいいだ。無理をして変わることなんてない。今の自分が本来の戸塚なんだから」
これぞ、モテない、冴えない、彼女いない。優しいだけで何の努力もしない主人公が、自己肯定感の低いヒロインを肯定することでチョロインにしてしまう爛熟期におけるエ●ゲーの王道展開。
「僕……このままで……いいの?」
「もちろんだ。戸塚」
「……八幡……」
「……戸塚……」
そして戸塚ルートに突入。
……って塹壕?の中での会話……深まる友愛。
もしかしてこれって『死亡フラグ』じゃね……?
ハッと気づいたときには戸塚の後ろ、窓の外にザイルで垂れ下がっていた相良と目が合ってしまった。
手にしているM4カービンの銃口が、戸塚の背中にピタリと向けられている。
「――戸塚あぁぁぁ!!!」
パシュ! パシュ! パシュ! パシュ!
俺が戸塚を突き飛ばすより早く、相良の手にするエアガンのどこか気の抜けた射撃音が響いた。
頭に2発、胴に2発。
敵を必ず仕留める、必殺コロラド撃ち。
「は、八幡……」
目を見開いた戸塚が俺に手を伸ばしたまま、スローモーションで倒れる。
「「「――相良ーーーっ!!!」」」
平塚先生、葉山、材木座が、窓の外に向けて一斉射撃。
しかしその時にはすでに相良の姿は消え去り、ペイント弾の弾幕は空を切った。
「戸塚! 戸塚あぁぁ!」
「……八幡……ごめん……」
ガクッ……。
戸塚の瞳から、急速に色が失われる……。
「う、嘘だろ……戸塚……そんな……」
「……企谷……比企谷――比企谷!」
俺を呼ぶ平塚先生の怒声が、遠くに聞こえる……。
パンパンパンパンパンパンパンパンパンッ!!!!!
「――ぶほっ!!!!」
容赦なく張り飛ばされる俺のほっぺた。
「せ、先生、気分出し過ぎです! それじゃ気付けじゃなくて拷問です!」
「戸塚は死んだ! 君も死にたくなかったら銃をとれ!」
臨場感、半端ない……すね。
「落ち着け! パニックになるな! 奴はこうして我々を一人ずつ排除することで恐怖を植え付ける気だ!」
日頃のストレスを今日ここですべて発散する! ぐらいの勢いで平塚先生が指示を出す。
「比企谷! 君は窓の外を警戒しろ! 葉山と材木座は南だ!」
「う、うっす」
「りょ、了解!」
つーか、相良の奴、懸垂降下までできるのかよ!
「きた! きたきたきた! 相良さん、きたからきた!」
北側を見張っていた小町が『きた』を連呼する。掛詞かよ。
全員がバリケードの隙間から銃口を出し、階段の陰に隠れている相良に猛射を加える。
相良も時折銃だけ出して撃ち返してくる。そのくせやけに正確な射撃だ。
「絶対にロストするな! 見失わなければ奇襲は受けん!」
先生……もう完全に楽しんじゃってますね。
目的と手段が入れ替わっちゃってますね。
「八幡! こういう場合は楽しんだ方が得ぞ! 我とヒャッハー! するのだ、ヒャッハー!」
材木座が汗をダラダラ垂らしながら、それでも楽しそうにエアガンをぶっ放している。
俺も出来ればそうしたいが、さっきの平塚先生の往復ビンタで正気に戻っちまったんだよ……。
「くくくっ! これだよ! こういうのがしたかったのだよ! ――リロード!」
「お兄ちゃんは小町が守る! 小町ポイント稼ぎ時!」
「これぞ現代の永禄の変! 三好の謀反ぞ! 者ども我に続け~!」
お前ら……マジで楽しそうだな……。
先生も、小町も、材木座も……。
ああ……でも、なんかわかるよ。
俺……ずっとこういうのがしたかったんだよな。
まだちょっと、みんなみたいに没入できずにいるけど。
……って、あれ? もう一人いたよな。葉山は? まさかやられちまったのか?
葉山は戦死しておらず、バリケードの陰に身を伏せ、俺に向かって唇に人差し指を当てて見せた。
そして、その人差し指で部室を指差す。
俺はすぐに葉山の意図がわかった。
部室からベランダに出て相良の背後に回る気か。
了解のサムズアップ。
葉山はうなずくと、身を低くしたまま部室に入っていった。
(……先生! 今、葉山がベランダから相良の背後に回り込みます!)
(……そうか! いい作戦だ! よし、奴に気取らぬように射撃の手をゆるめるな!)
一人減ったことを相良に悟られぬように、さらに猛射を加える。
「リロード!」
「リロード!」
「リロード!」
「八幡」
「なんだ、材木座?」
暑苦しいから、あまり顔を近づけるな。
「我の見るところ相良某はかなりの遣い手ぞ。葉山某の
源平の戦いと戦国時代が混じっているが、いわんとするところはわかる。
「だからって、どうするんだ?」
「決まっておろう。我が囮になる」
「なに?」
「我はこのパーティーで最強の戦士。剣豪将軍。我が正々堂々一騎打ちを挑めば、相良某といえど無視することはできぬ」
「……材木座……お前……」
「八幡、我に死に場所を与えよ」
まぁ、こいつは元々弾避け用の肉壁だからな。
望むように散らせてやるのが、WIN WINだろう。
「……わかった。材木座、お前のことは忘れないぜ」
「ふっ、我もだ。靖国で会おうぞ」
だから設定を統一しろよ……。
「五月雨は 露か涙か
材木座は朗々と辞世の句を詠み上げると左右の手にM4カービン(左手のは戸塚の物)を持ち、立ち上がった。
不覚にも……少し格好いいと思ってしまった。
危なっかしい足取りでバリケードを越えると、材木座が大音声で呼ばわった。
「やあやあ、遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは剣豪将軍、材木座義輝! 相良某、汝に正々堂々たる一騎打ちを所望する! いざ、我と尋常に勝負――」
パシュ! パシュ! パシュ! パシュ!
頭に2発、胴に2発。
敵を必ず仕留める、必殺コロラド撃ち。
材木座のシューティンググラスとボンレスハムのような胸がペイント弾に染まる。
「――はぅ!?」
惨い、相良。容赦ない。
材木座、一世一代の晴れ舞台を躊躇なく打ち砕く。
「……そ、それはないでござる、相良氏……」
『材木座くん、死亡判定です。早く倒れてください。ゾンビはダメですよ』
どこからともなく、レフェリーの北野さんの声が響いた。
「……ぐっすん」
材木座が無念極まる泣き顔のまま、その場に倒れた。
まさしくゾンビである。
ちなみにサバゲーにおけるゾンビとは、弾が当たっているのにしらばっくれてプレイを続行するズルのことである。
「やはりな。今のでハッキリした。相良はストイックなプロフェッショナルだ。彼には芝居染みた駆け引きは通用しない」
「……材木座を囮にそれを確かめたんですか」
「彼にそれ以外の使い道はなかろう。むしろ死に花を咲かせてやったのだから感謝してほしいものだよ」
先生も負けず劣らずストイックですね……。
「しかし、背後に回ったはずの葉山の動きがないな」
「あいつは材木座とは違ってクレバーです。相良の後ろを取ったからってそれだけで仕掛けたりはしないでしょう。隙をうかがってるんですよ」
バラバラに攻撃したのでは相良に各個撃破されるだけだ。
「おそらく君が正しいのだろう――よし、君たち援護してくれたまえ。今度はわたしが討って出る」
平塚先生が俺と小町に微笑む。
「「……先生」」
「いい女になるのだよ」
小町に頬に優しく触れると、先生がカービン銃を構えていつでも飛び出せるように身構えた。
もう、全身から『こういうのがやりたかったんだ!』感が匂い立っている。
止められない。止めたらこっちが殺されそう……。
「小町……先生の好きにしてやろう」
「……うん、小町もそれがいいと思ってた」
材木座といい先生といい、なんかこういうのって普段抑えつけてる願望みたいのが出るんだろうか……出るんだろうな。
「お兄ちゃん、行くよ!」
「お、おう!」
小町と俺が相良の隠れている階段の陰に向かって撃ちまくると、平塚先生が材木座とは打って変わった軽々とした身の熟しでバリケードを乗り越えた。
カービン銃のストックを肩に当てたまま、俺たちの射線に重ならないように走る。
「小町、撃ちまくれ!」
「アイアイサー!」
× × ×
宗介は八幡たちが立て籠もっているバリケードとは反対側の教室に伏兵の存在を察知していた。
誰かが潜んでいて自分をうかがっている。
視界から隠れているだけで気配まで穏身できていない。
なにより、ここまで微かに漂ってくる制汗剤の匂いを宗介の鋭敏な嗅覚が嗅ぎとっている。
仕方がないこととは言え、風上に位置するとはやはり素人だ。
(……この匂いは葉山か)
しかし背後をとったからといってすぐに動こうとしない冷静さは評価できる。
材木座という参加者の行動に合わせて動くかとも思われたが、上手く連携が取れていなかったようだ。
材木座の行動は宗介にも理解できなかった。
いったい彼は何がしたかったのだろう?
なにやら盛んに叫んでいたが、あれは暗号なのだろうか?
背後の葉山も動かなかったところを見ると、暗号表の交換が上手くいっていなかったのかもしれない。
決死の覚悟で陣地から出たにもかかわらず、事前の事務的な手続きのミスで命を散らすことになるとは……。
戦場で度々目にしてきたこととはいえ、宗介は材木座の最期にわずかな憐憫を覚えた。
しかし、このままでは埒が明かない。
すでに戸塚と材木座を仕留めたが、まだ葉山も含めて、平塚教諭、比企谷、比企谷の妹、雪ノ下の5人が残っている。
学校机を並べただけのバリケードなど通常の装備を使えるなら何の障害にもならないが、エアガンだけで突破するとなると堅固な陣地となる。
ここに来るまでに宗介は持てる装備で可能な限りの備えをしてきたが、それも今のところ役には立たない。
(……砲兵の支援がほしいところだな)
宗介が脳裏にそんな考えがよぎったとき、敵陣からの射撃が激しさを増した。
さらに誰かが陣地から躍り出て急速に接近してくる。
(……焦れて飛び出してきたか。アマチュアだな)
「――相良ーーーーっ! 勝負だーーーーっ!」
(平塚先生か。なるほど俺の名を呼ぶことで葉山に合図を送ったのだな。信頼できない暗号を使うよりも確実な方法だ)
宗介はすぐに平塚静の考えを看破した。
案の定、背後の葉山からの射撃を受ける。
やはり訓練を受けていないので射撃の精度は低い。その技量で有効弾を与えるにはもっと接近する必要がある。
飛び退って敵弾を回避しつつ、頭を出させないように葉山に向けて射撃。
間髪入れず、静が猛然と校舎から飛び出た階段の凹み部分に飛び込んできた。
「相良っっっ! 勝負っっっ!」
喜色を浮かべて迫る静に宗介は呆れた。
静がカービンの銃口を宗介に向ける。向けたときには宗介は銃口の前にはいない。
すでに間合いを詰められ、カービン銃の銃身の内側に潜り込まれていた。
こういう場合、たとえ相手が女で自分の所属する部の顧問であろうと容赦しないのが相良宗介という男だ。
もちろん加減はするが、それでも十分相手の行動力を奪える威力の当て身を加える。
静も静で望むところとばかりに拳を固めて宗介を迎え撃つ。
彼女は自分の拳を存分にぶつけられる相手を常に求めていた。
宗介の掌底と静の正拳がぶつかった。
「それでこそ、わたしのライバルだ!」
求めていた好敵手を得られた喜びに快哉を叫んだ直後、静の視界が回転した。
「――なっ!?」
静の正拳を滑った宗介の掌がそのまま彼女の手首をつかみ、強く引いていた。
くるっと一回転した静が、足からダメージなくリノリウムの床に落ちる。
宗介がAS同士の
顧問の女教師の背後にまわると、腰のホルスターからグロック19を抜いて突き付けた。
「……動くな」
「くっ、殺せ!」
静は宗介の逞しい腕を首に回され、悔しげに吐き捨てた。
押しつけられているのはエアガンなので別に危険でもなんでもないのだが、娯楽は真剣にやるほど面白いのだ。
「出てこい、葉山」
「俺は凶悪なテロリストだよ。出て行くわけないだろ」
「なら、この女の命はない」
「わたしごと撃て葉山! わたしの屍を越えてゆけ!」
「……エアガンでそれはちょっと無理ですよ、先生」
廊下の陰から、葉山の苦笑したような、困ったような声が聞こえる。
そして、相変わらずいい人として周囲の『期待に応えつづけている』葉山隼人が、空き教室から手を挙げて出てきた。
「すみません、先生。やっぱり俺には先生を見殺しにすることはできません」
「……この馬鹿者が」
パシュッ! パシュッ! パシュッ! パシュッ!
『はい、葉山くん。ヒットです。お疲れさま』
レフェリーの北野一美がどこからともなく宣言し、苦笑したまま葉山は退場となった。
「彼は戦場では真っ先に死ぬな」
「肯定です。自己犠牲の精神は貴重ですが淡泊すぎます。自分が死んでは意味がありません」
宗介の冷静な評価に静はうなずいた。
彼女も全面的に同じ意見だ。
葉山隼人にはもう少し『我』を出してもらいたいものだ。
「……先生」
「わかっているよ。遠慮はいらない」
「……申しわけありません」
パシュッ!
グロックで1発撃たれ、平塚静もヒット判定を受けた。
「相良」
「はっ」
「仮定の話として聞いてくれ。もし君が戦場に立つとして一番敵に回したくないのはどんな相手だ? 残忍な敵か? 冷静な敵か?」
「臆病な敵です」
静の問いに宗介は即答した。
「臆病であるが故にあらゆる策謀を巡らせてこちらの足をすくいにきます。状況によっては力押しでこられるよりもよほど怖い。やっかいな相手です――戦場では臆病さと弱さは=ではない」
その言葉に静はもう一度、今度は満足気にうなずいた。
「テロリストがこんなこと言うのもおかしいが、君の健闘を祈ってるよ」
× × ×
『相良っっっ! 勝負っっっ!』
『それでこそ、わたしのライバルだ!』
『――なっ!?』
『くっ、殺せ!』
『わたしごと撃て葉山! わたしの屍を越えてゆけ!』
廊下からわずかに凹んだ階段スペースから、平塚先生の本当に楽しそうな声が聞こえてくる。
もうほんと誰でもいいからもらってやれよ。
「八幡」
退場後も臨場感を出すために死体役として転がされている材木座が話しかけてきた。
奴も退屈なのだろう。ちなみに戸塚は休憩スペースに移動している。
「なんだ、材木座」
「平塚先生は、相良某の阻止に失敗したようだな」
「ああ、せめて『赤い彗星』プレイをするなら、ライバルを道連れにしてほしかったんだけどな」
「最後はデラーズ閣下も混じっておったな」
気分出し過ぎなんだよ、あの人……。
「どうするの、お兄ちゃん?」
小町が困ったような顔で訊ねた。
もはや陣地で生き残っているのは俺とこいつだけだ。
「死守だ! 死守にきまっておろう!」
「死体は黙ってろ」
手段と目的を入れ替えるな。
今、俺がここで採るべき行動はなんだ?
今俺が採るべき行動――オプション。
そう、それは108の特技のうちのひとつ……『小悪党』!
× × ×
宗介はM4カービンとグロック19に補弾すると、慎重にバリケードに近づいた。
気配はひとつだけ。
廊下に転がっている材木座のものだけだ。
材木座は宗介が近づいてくると、ギュッと目を閉じて全身から『わたしは死体です』オーラを出していた。
念の為にバリケードのなかに銃口を突っ込んでフルオート射撃。
が、やはり敵陣は無人だった。
気配があるのは部室である。
宗介は引き戸をわずかに開けると、偵察用の小さなミラーで室内の様子を探った。
パシュッ!
ミラーが狙撃され、ペイント弾で鏡面が汚れた。
(……いい腕だ)
「君は射撃の経験があるようだな」
鏡面を脱ぐいながら宗介が呼び掛けた。
「クレー射撃とエアライフルの経験があるわ」
部室から雪ノ下雪乃が答える。
「武器を捨てて姿を現しなさい。さもないと由比ヶ浜さんの頭を赤い水の詰まった風船のように吹き飛ばすわよ」
「……ゆきのん、なんかそれマジで怖いかも……」
雪ノ下雪乃……一見クールに見えるが彼女も平塚静同様、没入型のようだ。
「人質を殺せば、君も死ぬぞ」
「わたしはテロリスト。もとより覚悟の上よ」
「立派な心がけだ。比企谷兄妹とは大違いだな」
ドア越しに宗介が雪乃の動揺を誘う。
「……どういう意味かしら?」
「奴らは君を見捨てて逃げ出したようだぞ。生真面目なだけに君は捨て駒にもってこいだったようだな」
宗介はせせら笑った。
彼はその気になれば、どんな卑劣で下卑た交渉術も駆使できるのだ。
……ピクッ、
「……わたしが……比企谷くんの捨て駒ですって……?」
宗介の舌鋒は、彼の思惑以上に雪乃の神経に突き刺さった。
「……いえ、これは想定の範囲内よ。ええ、あの男が最後の戦いを前に逃げ出すくらい当然予想できたこと……あなたを倒したあとに第二幕が始まるのよ。……裏切り者を地の果てまで追い詰めてこの手で処分するという第二幕が……あの小悪党がっ」
ナチの残党を追い詰めるイスラエルの情報機関モサドのような決意が、雪乃の中で固まる。
(ゆ、ゆきのん……顔がマジ……)
「――遊んでいる時間はなくなったわ。ここまできて人質を撃たれたくなかったら早く出てきなさい」
雪ノ下雪乃の射撃の腕は確かなようだ。
奉仕部の部室はせまく、彼女が手にしているエアガンの性能を考えても被弾は避けられない。
発煙筒も閃光手榴弾も使えない今、どうやってこの状況から逆転するか。
身の回りに何か利用できる物はないか。
このままでは由比ヶ浜の頭が、水の詰まった
……。
宗介はカービン銃を廊下の壁に立てかけた。
手早く準備をして覚悟を決める。
「今から部室に入る。いきなりは撃つな」
宗介はまず引き戸の隙間から両手を差し入れ、それから少し間の抜けた格好で部室に身体をこじ入れた。
部室に入ると両手を挙げる。
雪ノ下がいきなり撃ってこなかったのは幸運だった。
「いきなり射殺しなかったことを感謝する。雪ノ下」
「わたしはそれほど無粋ではないわ。それにあなたがこの状況にどう対処するか興味があったのよ。相良くん」
「高く評価してくれたわけか」
「ええ、光栄に思ってほしいわね――拳銃も持っていたはずよ。引き金に手を掛けずにつまんで出しなさい」
宗介が言われるがままに、腰の裏に手を回す――。
(……2……1……0!)
――パンッ!!!
突然響いた鋭い破裂音に、雪乃の銃口がビクッと宗介から外れる。外れたときには、もう宗介は雪乃の目の前に迫っていた。
相手は女子。
掴みさえすれば力任せに勝てるという算段。
だが、それは相手が並の女子であればの話だ。
知略謀略 武勇容色に優れ、
冷静沈着にして悪辣非道。
ついでに常勝無敗。
雪ノ下雪乃は、すでに手からカービン銃を落としていた。
相手の呼気を読み、
呼気を先読みし、
足運びを先見する。
あとは予測されうる行動に、
自身の最適解を組み込むだけ。
指定した先は、虚空。
雑兵には触れることすら許されない。
「…………え?」
そう、雑兵ならば誰も彼女に触れることすら出来なかっただろう。雑兵ならば。
しかし彼女が相手にしていたのは、相良宗介。
対テロ私設傭兵部隊『ミスリル』西太平洋戦隊≪トゥアハー・デ・ダナン≫の中でも、最精鋭中の最精鋭である
「才能はある。俺よりもな。だが獲物を前に舌なめずりは3流のすることだ。雪ノ下」
先ほどの平塚静と同じように一回転して、ほぼノーダメージで床に落ちた雪乃に宗介が言った。
雪乃の手にしていたカービンは宗介に踏みつけられ、彼女にはグロックが向けられている。
「……今のは何かしら?」
ようやく我に返った雪乃が目をパチクリさせた。
自分が敗れたことは理解できる。
しかしどうやって敗れたのかが理解できない。
「ヒントは君がくれた。あの音は風船が破裂した音だ」
「風船って……どこからそんな物を……」
「? 日本の高校生の必需品なのだろう?」
「……?」
廊下ではエアガン用のガス缶にテープで固定された緊急時用のゴム製の
「『恐怖』は訓練で抑えることができるようになる。だが『驚き』の感情は別だ。一瞬でも驚いてしまった時点で君のイニシアチブは失われた」
「そうね……あなたの言うとおりだわ――わたしを投げた技は?」
「バエヴォエサンボ――日本でいうところのコンバットサンボだ。君のは合気道か?」
「ええ、それなりに自信があったのだけれど……まさかここまで見事に転がされるとは思わなかったわ」
雪乃にもう抵抗する意思はないようだった。
「俺もカリーニン少――養父に仕込まれてきたからな」
「あなたには……私たちが思っている以上に複雑な事情があるみたいね」
「……」
立ち上がると、雪ノ下雪乃は相良宗介を見た。
「今回はわたしの完敗よ。相良くん」
宗介はうなずくとトリガーを引き、ペイント弾を一発雪乃に見舞う。
ヒット判定。
雪ノ下雪乃、退場。
「――怪我はないか、由比ヶ浜」
宗介は部室の制圧を確認すると、座り込んでいる由比ヶ浜結衣に手を差し伸べた。
「う、うん、平気」
結衣が宗介の手を取り立ち上がる。
まだ目の前で起きた魔法か手品のような光景に戸惑っているようだ。
「よし、脱出するぞ」
由比ヶ浜を連れて校舎を脱出しなければ、任務完了ではない。
× × ×
「ね、ねぇ、サガラン」
「なんだ、由比ヶ浜」
部室を出たところで、結衣が宗介におずおずと声を掛けた。
壁に立てかけてあったカービン銃を再び手にとると、宗介が周囲を警戒しながら聞き返す。
「あ、あたしにもモデルガン?貸してくれないかな?」
「なに?」
「まだ、ヒッキーと小町ちゃんがいるんでしょ? ほ、ほら……あたしも……自分のことは自分で守りたいし……」
どこか言い淀むような結衣の様子。
「……」
他の参加者のエアガンは退場時に持ち出されてしまっている。
宗介は結衣の表情をジッと見つめたあと、自分のグロックを抜き手渡した。
「引き金は躊躇なく必ず2度引け。相手を仕留められる可能性が確実に高まる」
「う、うん、わかった……」
怖々と手の中のグロックを見つめながら結衣がうなずく。
エアガンが実銃のように感じた。
「ヒッキー……来るよね」
「ああ、これは俺と比企谷の勝負だからな。奴も奴なりにいろいろと策を巡らせているのだろう」
「……」
「――いくぞ」
「あ、うん」
警戒しながら2階まで階段で下りる。
そこから渡り廊下で教室棟に向かい、さらに昇降口へ。
宗介と結衣が教室棟1階にたどり着くと、昇降口にカービン銃を手にした人影があった。
「――よく来た相良よ! わしが王の中の王、竜王のひ孫じゃ!」
ラスボス比企谷八幡が、勇者相良宗介の前に立ち塞がった。
× × ×
(……平塚先生どころか、雪ノ下まで倒しちゃったのか……嫌だなー、怖いなー)
不敵な態度とは裏腹にビビりまくりの俺……。
だって……エアガンとはいえ、銃を構えてる相良ってマジでプロフェッショナルな雰囲気だぜ……。
一対一で撃ち合ったら瞬殺な予感がぷんぷんする……。
「? 由比ヶ浜、『りゅうおう』とはなんだ?」
「え、えーと……たはは……な、なんだろうね」
銃口を俺に向けながら真顔で由比ヶ浜にたずねる相良。
由比ヶ浜は居心地の悪そうな笑顔で誤魔化している。
これは激しく恥ずかしい……俺が。
伝わらないギャグを言ってしまったときのやるせなさといったらない。
家に帰って蒲団を被って叫き散らしたくなる。
「くっ……見事だ、相良。何事にも動じないその強靱な精神。敵ながら天晴れ。褒めてやろう」
って、なんか材木座みたいだな。超嫌だ。
「いや、単にお前の言っていることが理解できないだけだ」
「……サガラン……それ容赦ない……」
「そうなのか?」
クライマックスだというのにどこか間抜けな会話が続くが、今は都合がいい。
なぜなら俺は相良たちの前に立ち塞がる前に、携帯で小町にある指示を送っているからだ。
「比企谷、妹はどこにいる?」
エアガンを隙なく俺に向けたまま、相良が訊ねた。
「さ、さあ、どこだろうな。もしかしたら今、お前の背中に照準を合わせているところかもな」
キョ、キョドっちまったぜ。
おい、小町。何してる。お兄ちゃん怖くてちびっちまいそうだぞ。
「――それなら先にお前を仕留めてから捜すことにする」
あ、ヤバい……死ぬ。
おい、小町! 小町!
その時、校内スピーカーから……ザザッ……と放送の先触れノイズが流れ、ついで耳慣れたクラッシックが大音響で鳴り響いた。
今だ、うらぁ!
エアガンをフルオートで発射!
しかし相良と由比ヶ浜の姿はすでになく、空を切ったペイント弾は廊下の彼方に消えていった。
「これで攪乱しているつもりか!? とんだ子供騙しだな!」
靴箱の陰から、相良の嘲笑がとどく。
こいつスピーカーからノイズが流れたときには、もう由比ヶ浜の手を引いて靴箱の陰に飛び込んでやがった。どんだけ場慣れしてるんだよ! 作戦立てた俺だって一瞬戸惑ったのに!
「今のは当たればもうけものだったんだよ!」
いや、これは本当! 負け惜しみじゃない!
まず、相良! お前の鋭敏な聴覚を奪う!
これぞ比企谷流秘技『五感封じ・その壱』! ちなみにその弐以降はない!
雨の中で戦う佐々木小次郎(バガボンド版)の凄さを知れ!
それにしても『ワルキューレの騎行』かよ!
小町、お前わざわざこのレコード探してたのか?
どいつもこいつも気分出し過ぎだぜ!
なんかもう、俺以外『祭りだ、祭りだ、乗り遅れるな』的な!
でもこれだけやかましければ、背後からの不意打ちだって気づきにくいだろう!
待ってろ、相良! すぐに小町が駆け付けてくる! 比企谷兄妹の息の合ったコンビネーション攻撃をお見舞いしてやるぜ! 名付けて『ジェットストリームアタック-1』!
ズボンのポケットで、携帯がバイブレーション!
「小町か! どこにいる、早く来てくれ!」
『お兄ちゃん、ごめん! なんか小町、相良さんの仕掛けたトラップ?に引っ掛かっちゃってやられちゃったみたい!』
「………………なん……だと?」
『なんかテッポの先に細い糸が結んであって足に引っ掛けたらパパパパッ!って撃たれて――あ、北野さんやっぱり小町やられちゃった? ――了解で~す。――お兄ちゃん、やっぱり小町退場だって。あとは一人で頑張って。お兄ちゃんなら絶対勝てるよ。小町、遠いお星様から見守ってる! あ、今の小町的にポイント高かった? それじゃね!』
言うだけ言うと、小町からの通話は切れた……。
「………………なん……だと?」
「――比企谷! 今、北野から連絡を受けた! お前の可愛い妹は俺の仕掛けたトラップで蜂の巣になったようだぞ!」
「どっちがテロリストだ、この悪魔!」
ワーグナに掻き消されながら、靴箱越しに罵り合う相良と俺!
状況は圧倒的に不利!
ここから逆転するにはもう手段を選んではいられない!
悪魔に勝つには悪魔のファイトしかねえ!! ――的な狂気が俺に宿る!
この手段だけは取りたくなかったが……相良……お前を俺の一番大切なものを奪った……俺を悪魔に変えたのは、お前だぜ。
俺はデーモニックな笑みを浮かべると、ゆらりと立ち上がった。
撃ち合いでは相良には勝てない。
だが勝てないまでも一矢報いることは出来る。
俺は手にしたまま携帯で、登録済みのある番号にダイヤルした。
一見すると、スパムメールの差出人のようなその番号……。
すぐに大音響のワーグナーに紛れて、由比ヶ浜の携帯の着信音が鳴った。
そこか!
俺はエアガンを構えたまま、着信音のする靴箱の陰に走った!
すぐ近くだ!
相良の勝利条件は、
つまり!
許せ、由比ヶ浜! お前のことは忘れない!
俺は靴箱の陰から躍り出ると、着信音に向けて銃口を向けた!
「………………え?」
左手に由比ヶ浜の携帯を持って、こちらに銃口を向けている相良と目が合う。
驚いた分だけ引き金を引くのが遅れ、相良が先に発砲する。
頭に2発、胴に2発。
敵を必ず仕留める、必殺コロラド撃ち。
ヒット判定。
比企谷八幡、退場。
「……なぜ……気づいた……?」
「テロ事件に遭遇した場合、まず携帯電話をマナーモードにするのはあらゆる国の対策マニュアルに記されている。着信音が鳴れば自分の居場所を知られてしまうからな。逆に言えばテロリストをおびき寄せるトラップにも使えるということだ」
傷口を押さえて座り込む俺を、相良が銃口を向けたまま見下ろす。
「お前は俺の携帯の番号を知らない。だから何かの際に利用できるように由比ヶ浜の携帯を鳴るようにしてあずかっておいた」
「しかし、お前がこんなテロ対策の初歩の初歩を知らなかったとは意外だ。俺の方が何かトラップを仕掛けられているのではと疑ったくらいだぞ」
相良の声に疑問が宿った。
「……ふっ……小町を殺られて頭に血が上ったのさ……お前の勝ちだ、相良……」
相良が珊瑚礁に落として数年後に引き上げられたようなデコデコした携帯電話を由比ヶ浜に返す。
「ヒッキー……」
「……行けよ……情けは無用だ……小悪党には……小悪党の死に様がある……」
「……」
由比ヶ浜が悲しげに瞳を揺らして、相良と共に歩み去る。
…………………………ニヤッ。
そう、小悪党には小悪党のな。
テロ対策の初歩だと? もちろん知っていたさ。
知ったうえで、ここまで道化を演じてきたんだからな。
俺は中学3年間、来る日も来るも、頭の中で学校を舞台にテロリストと戦ってたんだぜ。
関連する書籍や資料はそれこそ穴があくほど読み漁ったさ。
相良、お前は気づくまい。
戸塚、材木座、平塚先生、葉山、雪ノ下、小町、そしてこの俺自身。
これまでのすべての犠牲が、このための壮大な布石・茶番だったことに。
敵はすべて倒し、勝利までは文字通りあと一歩。
その一歩で、エンディングロールが始まる。
この時間、この空間をつくりだすためにこれまでのすべてはあったということに。
相良、ラスボスを倒したらクリアなんてそんなゲーム。
今日日、存在をゆるされないゴミゲーだぜ。
そして隠しボスが覚醒する。
パシュッ! パシュッ!
そら……
× × ×
「…………ごめんね、サガラン」
由比ヶ浜が、今にも泣き出しそうなシュン……とした顔で相良に謝った。
校舎を出る直前、まさにあと1歩というところで相良は背後から由比ヶ浜に撃たれて退場。
「由比ヶ浜が謝ることじゃねーよ。俺が由比ヶ浜に頼み込んだ。こうなるように仕組んだのは俺だ」
「説明してもらおうか、比企谷」
平塚先生が俺を見た。
昇降口には、今回のサバゲーに参加した全員が集まっている。
「誰もが目的と手段を取り違えてたってことですよ。今回のこの茶番の目的はサバゲーで相良に勝つことじゃない。それはあくまで手段にすぎない。本当の目的はこの学校の人間が相良を出し抜ける程度には、そういう世界に通じているって示すことだ。相良に守ってもらわなくても自分の身は自分で守れるってな」
「いちいち相良が靴箱を爆破しなくても不審物くらいは自分で対処できる。なぜなら俺たちは対テロリズムのスペシャリストである相良を出し抜いたんだから」
そう、今回なによりも重要だったのが相良を出し抜くということだ。
相良のルールで相良を出し抜く。
ルールなど無いというテロリズムのルールで相良宗介の先を行く。
単純にサバゲーで勝つ。相良にBB弾を命中させる――だけでは相良を納得させるには不充分だったかもしれない。
「まぁ、平塚先生や雪ノ下がいたから、普通に撃ち合いで勝っても相良を納得させられたかもしれませんけどね」
「あなたがゲーム、ゲームと何度も言っていたのはカモフラージュのためだったのね」
雪ノ下が呆れたような感心したような、複雑な顔で言った。
「そういうことだ。人質がテロリストに同情して仲間になるっていうのは現実には結講ある話らしいからな。相良が少しでもそのことを考えたらアウトだった。でもルールのあるゲームでそれはない。だから相良にはどうしても今回のこれがゲームだと思ってもらう必要があった」
「ストックホルム症候群を利用したというわけね……相変わらずよくもそこまで卑劣な手を思い付くわね。いっそ清々しく思えてしまうわ」
最後にはやっぱり呆れた顔をされた……。
「つまり犯人はヤス……というわけだな」
したり顔でうなずく材木座。違うよ。
「相良、君はどう思っているのだ? 今回の比企谷のやり方は確かに卑劣で卑怯極まるが、テロリズムというものの本質を衝いている気もするのだが?」
平塚先生の視線が俺から相良に移る。
相良が納得していなければ、奴のための今回のこの壮大なリハビリテーションは、本当にただのレクリエーションに終わってしまう。
「比企谷の意見は傾聴に値します。自分もまさか日本の高校生がここまで周到かつ大掛かりな心理戦を仕掛けてくるとは思いませんでした。いい勉強になりました」
そして相良は俺を見た。
「比企谷」
「お、おう」
「確かに俺が思っていた以上にこの学校の生徒のセキュリティー意識は高いようだ。了解した。今後は警戒レベルを一段引き下げよう」
「そ、そうか……それはなにより……」
……って、キョドっちまったぜ。
どうやら相良の中でデフコンが下がったようだ。なによりなにより。
「人間、誰にも特技があるものだよ。たとえそれが悪知恵・悪巧みの類いでもな」
「……褒めるならもう少し素直に褒めてくださいよ」
妙に優しい目をする平塚先生に、ちょっとドギマギ。
「由比ヶ浜」
「な、なに?」
「よく俺の言ったとおり引き金を二回引いたな。君はいい兵士だ」
「…………うん、ありがとう、サガラン」
「相良くん、わたしそろそろ時間厳しいかも」
「わかった。荷物の積み込みを手伝おう」
北野さんにうながされ、相良がうなずく。
「今日はいい訓練だった」
そういうと相良はくるりと踵を返して、北野さんと一緒に校舎を出ていった。
「…………いい兵士か」
「あれは彼にしてみれば最高の褒め言葉よ、由比ヶ浜さん」
「…………うん」
相良に褒められても、雪ノ下に慰められても、由比ヶ浜の表情は晴れない。
相良は常識に知らずだが善人だ。基本的に人を信じる。信じてしまう。
つまりは由比ヶ浜と同じタイプの人間。
俺は違う。俺は常に相手の裏を考える。考えまくって無限ループに陥り、脳が疲労して結局表に戻ったあげく、やっぱり念の為に裏にするほどに。
だから、どうしても今回は、由比ヶ浜に汚れ役をやってもらうしかなかった。
俺では相良を信じさせることはできないから……。
「……由比ヶ浜……悪かった……お前に嫌な思いをさせちまって……」
「……ヒッキー……」
「……仕方ないよ……サガランのためだったんだもん……」
「……でも、もうこういうのは嫌だな……あたしのために一生懸命頑張ってくれたサガランを裏切るみたいなこと……モデルガンを撃つのももう嫌だ……」
由比ヶ浜の瞳に見る見る涙が溢れてくる。
「それがテロリズムの本質だよ、由比ヶ浜……とても愚かで、とても悲しい行為だ」
平塚先生が肩を震わす由比ヶ浜に優しく声を掛ける。
「ありがとう……ございます……ああ、嫌だなもう……なんか子供みたい」
グシグシと涙を拭いて、由比ヶ浜が無理に笑った。
「もう大丈夫――うまくいったんだもんね。喜ばなくちゃ」
「――でも今思えばモデルガンの安全装置? あれが掛かってなくてよかった。掛かってたら弾が出なくて最後の最後で大失敗しちゃったし」
「「……え?」」
由比ヶ浜の何気ない言葉に、俺と雪ノ下が思わず固まった。
「あたし、超テンパってて夢中で撃っただけだし」
『最後に銃のセーフティーは必ずかけろ。特に人に手渡すときには絶対だ。これは玩具でも徹底しろ。実銃なら暴発して死人出すからな。素人はむしろそういう時が危ない。肝に銘じて絶対に忘れるな。いいか絶対にだぞ』
「ん? どうかした、ヒッキー?」
「い、いや、別に」
「――よし、それじゃ校内の清掃をしてもらうぞ。ペイント弾の汚れはすべて落とすように」
平塚先生が無慈悲に宣言し、俺たちはそれから暗くなるまで汗だくになって校舎の清掃に勤しんだ。
× × ×
・
・
・
夜の11時。
ベッドの上で、まんじりともせずに天井を見つめていた。
クタクタなのに眠れない。
結局、今日のあの騒ぎはなんだったのか。
出し抜いたのは、出し抜かれたのはいったい誰なのか。
『いい勉強になった』
果たしてそれは本来、誰が言うべき言葉なのか。
俺たちは銃器の取り扱いについて学び、人を撃つことの愚かしさと悲しみを学んだ。
かたわらに放り出してあった携帯が鳴った。
表示された番号に、裏を考えがら通話ボタンを押す。
「……はい」
『こんばんは』
「……どうした、こんな時間に?」
携帯の向こうの雪ノ下に、思いっきり不審な声で訊ねた。
『わたしと話をしたいのではないかと思って』
「……相変わらず、上から目線だな」
皮肉を効かせたつもりだが、疲労感が勝ってしまい言葉にいつものトゲが生えてない。
『……また試合に勝って勝負に負けたみたいな声ね』
きっと気のせいだろう。心なしか雪ノ下の声が優しくなったような気がした。
『……気になっているのでしょ。由比ヶ浜さんがいった安全装置のこと』
「……まあ……な」
図星を衝かれてしまった。お前、エスパーかよ。
『……彼に聞いてみたところで本当のことは教えてくれないでしょうしね』
「……同感だな。きっと「偶然だ」「俺としたことが安全装置を掛け忘れていた」。そんなことしか言わないだろうな」
『でも……それでいいのではないかしら』
「?」
『始まりの理由や過程の出来事がどうであれ、わたしたちが今日経験できたことはけっして上辺だけのものじゃないと思うから』
「………………そうだな」
確かに雪ノ下の言うとおりだろう。
出し抜いた出し抜かれた。勝った負けたの話じゃない。
今日のあの体験が本物だったのか否か。
大切なのはそこだ……。
急に睡魔が襲ってきた。
もう1秒だって目蓋をあげているのが辛い。
「……悪い。眠くなってきた。もう切るぞ」
『ま、待って。比企谷くん』
「……?」
『……その……あの……どうも……ありがとう……』
「あ?」
いきなり、なんの脈絡もなく礼を言われてしまった……雪ノ下に。
これこそ、裏の裏まで考えるべき言葉だ。
「……おやすみなさいの間違いじゃないか?」
挨拶を間違えたのか? いや、雪ノ下に限ってこれはないだろう
由比ヶ浜だってさすがにこれはないだろう。
言ってから後悔した。ダメだ、急激な睡魔に脳が溶けている……。
『そ、そんなわけないでしょ。昇降口でわたしをかばってくれたことよ……』
「……あ」
あ、あのことか。
『まだちゃんとお礼を言ってなかったから……』
「い、いや、あれは別に本当に無意識で……」
『それでも……ありがとう』
睡魔に襲われているときに電話で話してはいけない。
理由はとんでもないことを口走ってしまうから……ソースは1秒後の俺。
「……お前と由比ヶ浜は……俺にとって罰ゲームの確認をしなくていい女の子だから……貴重なんだよ……すごく」
『……』
電話の向こうで雪ノ下が固まるのがわかる……もちろん俺も固まっている……。
俺が雪ノ下雪乃にこんなことを言うなんて……これはもう……絶対……。
My youth
romantic comedy
is wrong AS
I EXPECTED.
お読みいただき、ありがとうございました。
感想へのお返事が遅れてごめんなさい。
必ず返信しますので、どうかお許しください。