やはり相良軍曹のいる俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:Deetwo

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◆前回のサバゲー大会に続く新しいエピソードの初回です。
◆少しずつ親密になっている奉仕部の3人と相良軍曹。
◆ご一読いただければ幸いです。


嵐のまだずっと前。今だ晴天。徐々に曇り?

遠くない未来(現実)

 

 

 夜間。

 東京湾上空、高度5000feetをECS(電磁迷彩)を作動させたASが北に向かって飛翔していた。

 

「――アル、あの女に回線をつなげ」

了解(ラージャ)

 

 コクピットの搭乗兵(オペレーター)が機体の戦術支援AIに命じ、すぐに通話回線が開いた。

 

「聞こえるか、雪ノ下陽乃」

『聞こえてるわよ、相良宗介くん』

 

 すぐに若い女の応答があった。

 何事も冗談の上で転がすような茶化した声。

 

「約束どおり、雪ノ下雪乃を返してもらいにきたぞ」

『相変わらず律儀なナイトぶりだね。そうやってわたしたち姉妹の間に無遠慮に入り込んで何をするつもりなのかな? まさか仲直りの仲裁とか? 少しは彼を見習って空気を読むことを――」

 

「黙れ。俺が武器満載のASでここまで来て、わざわざ涙声で『馬鹿なことはやめるんだ』だのと説得を始めると思ったのか? 笑わせるな。俺が来たのはおまえを邪魔して、徹底的に困らせるためだ。ちょうどいいからこの通信を聞いているお前の取り巻きどもにもいっておく。よく聞いておけ――」

 

 陽乃の言葉をピシャリと遮ると、宗介が一呼吸おき 一言一句 明瞭 明確に言い放った。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「俺の得意は火付けと壊しだ。雪ノ下陽乃。お前のその分厚い外面など5秒で剥ぎ取って、無様で弱っちい本性をさらしてやる。矮小な素顔に雑菌だらけのクソを塗りたくってやる。哀れっぽく懇願してみろ。『これはわたしの人生を取り戻す戦いなの。だから邪魔はしないで』だのと。俺はおまえの泣きわめく姿がぜひ見たい。めそめそと卑しく、『悪いのはすべて母親なの。わたしはその犠牲者』だのと言いわけしてみろ。きっと絵になるぞ。すべて録画して、惨めな姿を全世界に配信してやる。覚悟しておけ!」

 

『……なにも分かってないのね。あなたがそうやってあの娘を守ろうとするほど、あの娘はあなたに依存して……』

 

「だまれ、あばずれめ」

 

『……あば』

 

 生まれて初めて浴びせられた痛罵に陽乃が面食らい絶句する。もちろんそういう言葉があるのは知っていた。他人を侮蔑するために使われるということも。しかし自分にぶつけられるとは想像したこともなかった。

 

「妹が依存だと? 違うな。依存しているのはお前の方だ。自由にならなかった自分の人生を妹に押し被せて、彼女が乗り越えようとすれば邪魔をし、立ち止まれば挑発する。俺は初めて会った時からずっとムカついていたのだ。だいたい、分かる分からないの話じゃない。俺は、そうすると決めた。おまえは全力で阻止しなければならない。これぞ戦争というやつだ。シンプルな強制とその応酬。俺はこいつが大好きだ。では、始めるぞ!!」

 

(本物だ偽物だ。恋愛だ依存だ。そんな女々しい青臭い言葉遊びなど知ったことか。俺は兵隊だ。兵隊にあるのは敵を倒して目的を達成する――それだけだ)

 

『軍曹殿、突入予定地点(幕張メッセ)上空に攻撃ヘリ(Mi-28 ハボック)6機確認。向こうもやる気満々です』

「<ブラックマンバ>だ。全弾つかう」

『レディ』

 

 XL-2改(緊急展開ブースター)の翼下に懸架されている12発の短AAM(空対空ミサイル)が赤外線シーカーを作動させる。すべての目標をロック。ターゲットボックスが赤く明滅し、『VALID LOCK』の表示が出る。

 

「ECS解除! 全弾発射!」

『ラージャ』

「蹴散らせ!」

 

 12発のミサイルが夜空に白煙を引き、相良宗介の駆るアーバレスト(ARX-7)が雪ノ下陽乃の立て籠もる日本最大級のコンベンション施設に向かって突入を続ける。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 同時刻

 房総半島南西30kmの海中。

 強襲揚陸潜水艦 TDD-1<トゥアハー・デ・ダナン> 発令所。

 

「さすがサガラさんですね。空気を読めないことにかけては彼の右に出る者はいません」

 

 司令官席に座るアッシュブロンドの少女が彼女の悪癖――長い三つ編みを鼻先で弄びながら言った。

 

「ああ、上等だ。雪ノ下陽乃は刃向かってくる者を絶対に容赦しない。徹底的に叩きつぶす。たとえ陽動だとわかっていても、こちらの策にはまったうえで噛み殺さずにはいられない」

 

 司令官席の左右後方に立つ2人の男のうち、左に立つやや猫背の若い男――澱んだ目つきの少年が仄暗い声で答えた。

 

「まさか、彼ら(アマルガム)と共闘することになるとは思いませんでした」

「奴らはこの事態を収拾したい。俺たちは雪ノ下雪乃を取り戻したい。利害が一致すれば敵の敵は条件付きの味方だ」

 

 発令所正面の大型モニターを見つめながら、少年が言葉を続ける。

 モニターには『UZ7(ウルズ7)』を示すマーカーが、1秒毎に千葉市湾岸部に近づいている様子が映し出されている。

 

「とどのつまりこれは雪ノ下姉妹の跡目争いだ。どちらが亡くなった『ミスタ・I(父親)』の跡を継ぐかという。奴らにしてみれば()()()()()()何をしでかすか分からない姉より、父親同様穏健で理知的な妹を後釜に据えたい。現に姉は好き勝手やらかしている。だが排除するにしても陽乃が持っている戦力は侮りがたい。あんたら(ミスリル)が陽乃と進んで潰し合ってくれるなら奴らにしてみれば一石二鳥だ。陽乃を排除するための必要最低限の情報だけ流してあとは高みの見物と洒落込むつもりだろう」

 

 ――もっともあの雪ノ下雪乃を穏健と思ってるのなら、奴らはこの先手痛い教訓を得るだろうが。

 

「ではこちらとしても、せいぜいその思い上がりを利用させてもらいましょう――サガラ軍曹を援護します。MVLS(垂直発射管)1番から5番、トマホーク装填」

「アイアイ、マム。1番から5番、トマホーク装填」

 

 司令官席の右後方に立つ怜悧な印象の壮年の士官が復唱し、部下に指示を伝える。

 

「ターミナル誘導は相良軍曹に任せます。1番から5番、トマホーク発射!」

「アイ、マム。1番から5番、トマホーク発射」

 

 垂直発射管から5発の巡航ミサイルが次々に発射され、洋上に飛び出すと同時に安定翼を展開。低空での巡航飛行に移る。

 

 ――さあ、ゲームの始まりだ。

 

 主演、相良宗介。

 共演、雪ノ下雪乃、雪ノ下陽乃、テレサ・テスタロッサ。

 演出・脚本、比企谷八幡。

 

 ミスリルにアマルガムという二大秘密組織を巻き込んでの壮大な茶番劇が幕を上げた。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

まだ平和だったころの現在(いま)

 

 

 言うまでもなく日本は海洋国家である。

 現在の人口は約1億2500万人。

 日本の国土で自給自足しえる人口は3000万人が限度と言わており、それ以上の人間が生存していくには国外からの食料の輸入が不可欠である。

 四方を海に囲まれた国土は、航海術および船舶の建造技術が一定の水準に達するまで軍事的な見地から見て堅固な防衛力があった。これは当時世界最強の国家であった『元』の侵略を退けた『元寇』からも明らかである。

 しかし、産業革命以降の急速な科学技術の発達がその優位性を逆にアキレス腱に変えてしまった。

 前述の航海術および船舶建造技術は著しく進歩し、軍事技術の発展と合わせて、海上封鎖という手段によって国そのものを容易に兵糧攻めにすることが可能になったのだ。

 シーレーンと呼ばれる海上交通路をズタズタにされ国外からの物資の輸入を阻止された結果、大日本帝国と呼ばれる国家がどういう末路をたどったか、ここで改めて述べる必要はないだろう。

 以上の史実に鑑み、日本という国家の存亡はひとえにシーレーンの防衛にかかっていると言っても過言ではない。

 シーレーンの防衛とは、主要航路上の海上・海中・空中の支配権を握ることに他ならない。

 古くは制海権・制空権といい、現在では海上優勢・航空優勢と呼ぶ。

 では主要航路上の海上優勢・航空優勢を確保するためにはどうすればいいか?

 すぐに考えつくのは海上での軍事力を充実・強化することである。

 これはすでに≪海上自衛隊≫という組織が編成・整備されている(航空優勢を確保するための空軍力である≪航空自衛隊≫の整備も便宜上ここに含む)。

 他にも警察力として他国の≪沿岸警備隊≫に当たる海上保安庁という組織も存在する。

 パッと思い浮かぶのはまずこの二つの組織の強化ではないだろうか。

 しかし、ここに我々国民の見落としがちな、否ほぼ見落としている重要なファクターが存在するのだ。

 海上自衛隊にしろ海上保安庁にしろ、またその他の民間船舶にしろ、それらが有機的・効果的に活動するために必要不可欠なものが存在する。

 それはずばり『灯台』である。

 灯台がなければどんな船も安全に日本の沿岸部を航行できない。長大なシーレーンを無事に航海してこれたとしても寄港寸前に座礁事故を起せば、それまでの労力はすべて無駄となる。

 灯台の整備・保守こそ、シーレーン防衛の要であり、海洋国家 日本の隆盛と存亡を別ける最重要の因子なのだ。

 そしてその灯台を守る人間こそ『灯台守』なのである。

 灯台守は孤独で過酷な職業である。

 人里離れた灯台に単身 あるいは家族で赴任し、晴れの日も雨の日も風の日も嵐の日も、悪天候であればあるほど夜を徹して灯台の保守点検にあたる。

 他国と戦争状態になれば真っ先に狙われる重要な施設でもあり、実際に太平洋戦争中には米軍艦載機の空襲により幾人もの殉職者を出した。

 すべての日本国民は祖国のために危険と孤独を恐れず、灯台守の職を目指すべきである。

 それこそが、教育の義務、勤労の義務、納税の義務に続く第四の義務、海防の義務である。

 

 結論。

 俺は灯台守になる!

 

 

「ふむ、なかなかの力作であることは認めよう」

 

 職員室の応接スペースで国語教諭 兼 生活指導担当の『平塚 静』先生が、俺の提出した進路調査票の『希望する職業』の項目を一読してうなずいて見せた。

 

「職場見学の際の『専業主夫』からしたら、家から出た分だけ進歩したと言えるだろうな」

 

「……どうも」

 

 と気のない返事をする。

 俺のモットーは初志貫徹。したがって第一志望が『専業主夫』なのは変わりない。

 しかし正直に書いても突っ返されるだけなので第二志望で妥協する。

 押してダメなら諦める――これもまた俺のモットーである。

 

「では比企谷。君の卒業後の進路は『海上保安学校』への進学でよいのだな?」

 

「……は? なんでそうなるんですか?」

 

「なんでといわれてもな。灯台守になりたいのだろう? ならば各地の灯台を管轄している海上保安庁に就職するしかないだろう。海保に就職するには京都府の舞鶴にある海上保安学校に入校する必要がある。希望する職種によって複数のコースがあるが、おおよそ1年~2年 全寮制の学校で教育を受ける必要がある」

 

「なん……だと?」

 

 舞鶴で……1~2年の全寮制での生活だと……?

 

「警察に比べて規模が小さいとはいえ、海保も立派な警察機構だ。それぐらいの教育を受けるのは当然だろう。そもそも今の日本に有人の灯台はないから孤独でもないしな。多くの灯台は海保の職員が日ごと保守点検に赴いているだけのはずだ」

 

 再び、

 

「なん……だと?」

 

 灯台守なのに孤独ではない?

 しかもなるためには、I♥千葉で家大好きっ子の俺に全寮制で2年の教育だと?

 

「まさか君はそんなことも知らずにこの進路調査票を書いたのか?」

 

 平塚先生の目がキラリと光る――や否や、俺の胸ぐらを掴んで叫んだ。

 

「あやまれ! グラマンの機銃掃射で殉職していった、全国の灯台守さんにあやまれ!」

「……先生、カレイドスターも観てたんですか。意外ですね」

「いや、あれはあれでなかなか熱い作品なのだよ」

 

 異色のサーカス アニメ『カレイドスター』は、若き日の平塚先生の琴線に触れたようだ……。

 ちなみに今 平塚先生が真似たのはアスキーアートとして複数のシーンとセリフを組み合わせたもので劇中には登場しない……。

 

「書き直します……俺に2年の寮生活なんて無理っす」

 

 俺は先生に胸ぐらをつかまれながら大人しく引き下がった。

 抗弁する気も屁理屈を捏ねる気も起きない。

 孤独でない灯台守なんて灯台守じゃない。

 俺の将来の展望から灯台の灯火は消えた。

 

「うむ、そうしたまえ」

 

 先生は呆気なく俺を放すと、再びソファーに腰を下ろしてタバコを咥えた。

 そもそもこの先生、生活指導担当であって進路指導担当ではないはず……それがなんでまた。

 

「わたしは若いからな。面倒ごとがいろいろと回ってくるのだよ」

 

 俺の顔色を読んだ先生が百円ライターでタバコに火を着けながら言った。

 

 自分で若いって言っちゃいますか。生徒の進路を面倒ごとって言っちゃいますか。先生なら言っちゃいますよね、分かってます。

 

「俺ってそこまで問題児ですかね……人に迷惑掛けず空気になりきるってのが俺の処世術なんすけど」

 

 俺……1年の頃は先生にもほとんど知られていない、問題児ですらない存在だったんだが。

 

「君だけではないぞ。雪ノ下と由比ヶ浜。それに相良についてもわたしに回ってくる」

「奉仕部=問題児の隔離病棟ですか……」

「まぁ、そういうわけだ。面倒な生徒は若輩者のわたしの担当というわけさ」

「……下っ端には面倒な仕事ですか。社会の縮図を見た気がしますよ」

 

 そもそもなぜぼっちが問題児なんだ?

 俺がぼっちで誰かに迷惑を掛けたか? 迷惑を掛けないためにぼっちになったんだぞ?

 

 ……解せん。

 

「君の好きな言葉を使えば学校という場所はロール・プレイの場所だからだよ。『学校に望まれる生徒を演じる』のだ。演じられればよい生徒。演じられなければ問題児というわけさ」

 

 先生は灰皿に煙草の灰を落としながら言葉を続ける。

 

「ぼっちは望まれていない。なぜなら社会で望まれていないからだ。学校とは社会に必要な人材を育成するための機関だからな。まさしく社会の縮図というわけさ」

 

 先生が笑う。大人の女性の魅力に溢れる笑顔。

 

「夢も希望もない話をありがとうございます」

 

 ここまで本音で話されては苦笑するしかない。

 

「面倒で手を焼かされることは確かだが楽しくもあるよ。前にもいったとおり君たちは見ていて面白いからな」

 

「面白ですかね……ぼっちなんて何人いてもぼっちですよ」

 

 加算しようが乗算しようが0は0……とは同じ奉仕部に所属する雪ノ下雪乃の言葉である。自分もぼっちのくせに。

 

「そうだろうか」

「そうですよ。……ま、相良なら面白いかもしれませんけどね」

 

 相良宗介。

 アフガンやイラクなど危険な紛争地帯で育ち、渡り歩いてきた転入生。

 本人曰く、特技は偵察と爆破。及びAS(アーム・スレイブ)の操縦。

 銃火器や徒手空拳での戦闘術にも精通。

 性格は冷静にして寡黙。そして徹底的なリアリスト。

 ただし、この日本では現実(リアル)の方が奴に背を向けているため、周囲には言行が重度の中二病と思われている。

 ラブレターを爆発物と誤解して靴箱ごと爆破処理するレベルだ。

 その勘違いぶりは見ているだけなら確かに面白いかもしれないが、100m以内に近づいてはいけない。近づいたら命の保証はない。

 

「相良か……彼は上手くやっているか?」

 

 先生の表情に、ふと翳が差したような気がした。

 

「少なくとも靴箱は爆破しなくなりましたよ。それ以外は……銃に安全装置が掛かっていることを祈りましょう」

 

「転校してきてまだ10日だからな。それでも上出来と言うべきなのだろうな……」

 

 うつむきがちにそう呟いてから、平塚先生は顔を上げて俺を見た。

 

「これも比企谷が例のサバゲー大会で彼を倒してくれたお陰だ。礼を言うよ。ありがとう」

 

「あれは……騙し討ちですよ。それに俺は別にあいつのためにやったわけじゃないですからね」

 

 妙に優しげな眼差しを向けてくる先生に、ぎりぎりモニョらずに答えた。

 

 口にした言葉に嘘はない。

 俺は別に相良のためにあの茶番を仕組んだわけじゃない。

 

「とにかくもう少しで夏休みです。校内で死人がでる危険は減りますよ」

 

 その会話を最後に、この日の呼び出しは終わった。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 職員室を出ると、荷物を取りに教室に戻る。

 放課後の教室棟は閑散としていて、教室にはそれぞれのクラスの掃除当番が残っている程度だ。

 その掃除当番もおざなりの作業を終えて散り始めている。

 

「……あ」

「……う」

 

 J組の前の通りかかったとき、教室から出てきた雪ノ下と行き会った。

 どうやらこいつも掃除当番だったらしい。

 

『……お前と由比ヶ浜は……俺にとって罰ゲームの確認をしなくていい女の子だから……貴重なんだよ……すごく』

 

 あんなやくたいもない言葉を口走ってしまって以来 初めて顔を合わす。

 あの後、夜中だというのに蒲団被って後悔に叫びのたうち回って、最後には小町に蹴りをいれられた……。

 

「まだ部室に行ってなかったのね」

「平塚先生に職員室に呼ばれてたんだよ」

「そう……先生もお気の毒に。それが教職に就く者の宿命とはいえ、あなたのような男子に好意を寄せられるなんて」

「……あ?」

 

 なに、そのわけのわからない論理の飛躍……。

 

「だってそうなのでしょう? 平塚先生が好きだからわざと問題を起して呼び出されるようにしているのでしょう?」

「……なんでそうなるんだよ」

「まさか違うの……? そんな……わざとじゃなくナチュラルにこれだけ職員室に呼び出されるなんて、比企谷くん、あなたどれだけ……」

 

 言葉を失う雪ノ下。

 

 俺は胸の内でやるせないため息を吐いた。

 

(……絶句してるけどな、お前も俺とは違うベクトルで学校から面倒な生徒だと思われてるんだぜ)

 

 雪ノ下の場合、学業はもとよりその論理的な思考からくるディベート能力にほとんどの教師が太刀打ちできない。

 教師たちはそんな雪ノ下を誇るよりも驚異に感じてしまっている。

 可愛げがないとかそんなレベルではなく、もうアイデンティティクライシスを突き付けられる次元。

 そして雪ノ下はそんなこと歯牙にも掛けない。

 つまり、こいつも学校が望む生徒を演じられていない。

 

 本当に苦笑するしかない。

 水と油のような俺と雪ノ下だが、平塚先生の言うとおり学校から見たら同類なのだ。

 

「蔑まれて笑うなんて……比企谷くん、あなたマゾヒストなの?」

 

 薄く笑った俺を気味悪く思ったのか、雪ノ下が形の良い眉根をさらに顰めた。

 

「……いや、ただお前の目に映ってる俺ってずいぶん突き抜けてるんだと思ってな」

 

 俺はただできるだけ目立たないように空気に徹しているつもりだが、それがここ最近なぜか人目につくようになってしまった。まったくどうしてこうなった、だ。

 

「そうね。卑怯・卑劣・卑屈・卑猥・卑賤・卑下・卑吝・卑近・ヒッタイト……わたしの瞳に映る比企谷くんを言い笑わすとこんなところかしらね」

 

「ヒッタイトって無理すぎるだろ。俺は騎馬民族かよ。つーか、言い笑わすってなんだよ」

 

「ごめんなさい。わたしとしたことが噛んでしまったわ」

 

「……」

「……」

 

「……行くか」

「……ええ」

 

 なにやら言葉も尽きてしまい、俺たちは部室に向かって歩き出した。

 

 ……おかしい。どうも何かがギコチナイ。

 ……やり取り的には今までと同じようにギスギストゲトゲしたもののはずだが、会話が上っ面だけで滑ってる感じがする。

 

「……最近、由比ヶ浜さんと仲がいいわね」

「……別に前と変わらんだろう」

「……そうかしら」

「……」

 

 由比ヶ浜とは妙な取引の結果、一学期が終わるまで一緒に登校することになっている。

 ただ単に朝 待ち合わせ場所で落ち合い、ママチャリの後ろに由比ヶ浜を乗せて学校の近くまで運んでくるだけである。

 一見すると仲がよさそうに見えるが、夏の暑さの中 結講キツい作業だったりする。足も張る。

 最後の方は息も上がってしまい、会話らしい会話もない。

(由比ヶ浜は妙に楽しそうだが、これこそ男を奈落の底に引き釣り込む『勘違い』という魔境だ。絶対に騙されてはいけない)

 

 だがそれは雪ノ下に言うことではないだろう。

 そもそもなんて言えばいいのかわからない。

 約束もしてない一緒の登校をすっぽかしてしまい、その埋め合わせとして夏休みまでは2人で登校している……超意味不明。説明のしようがない。説明できたらマジ神。

 

「……きっと、わたしの勘違いね」

「……ああ」

 

 結局 俺は雪ノ下に隠し事を作ってしまった。

 

 その直後、廊下の陰から何やら車に轢かれたカエルのような悲鳴が聞こえた。

 

「――ひいいいっ!!?」

「そこまでだ。怪しい奴め。貴様、今 雪ノ下雪乃を監視していたな? 吐け、どこの組織のエージェントだ? 吐かなければこのままお前の脳漿を天井に向かってぶちまける」

 

 相良が見知らぬ男子生徒を羽交い締めにし、顎の下に愛銃のグロック19を押しつけている。

 

「……相変わらず突き抜けてるな」

「……無理・無茶・無法・無口・無我・無私・無欲・無問題(問題ない)……相良くんを言い表すとこうなるかしら」

「……問題ないのか?」

「……言葉のあやよ」

 

 俺はもう一度、やるせないため息を深々と吐いた。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

「そ、それでどうなったの?」

 

「雪ノ下が問い詰めたらあっさりファンだとゲロした。いわゆる『遠くから見つめていました』系だ」

 

「ゆきのんが問い詰めたんだ……」

 

 あれから10分後。

 俺は部室で由比ヶ浜に今し方 起きた出来事について説明していた。

 

 後ろ半分を積み上げられた机と椅子に占有された空き教室。

 もうしわけ程度に設置された会議用の長テーブルには、各人のペットボトルだのタンブラーだのが暑さ対策のために置かれている。

 

「問い詰めたなどと人聞きが悪いわね。わたしはただ『何か用かしら?』と訊ねただけよ」

 

 開いた文庫に視線を落としたまま雪ノ下が、心外だわ――と言った感じで答えた。

 

「~ゆきのん、サガラン、それはその男子が可哀想だよ」

 

「……だな」

 

 ガクッと頭を垂れた由比ヶ浜に、珍しく同意してしまう。

 

 後ろから相良に銃突き付けられた揚げ句、真正面から雪ノ下のフリーズアイとは。よく心臓止まらなかったな、あいつ……。

 

 前門の雪ノ下雪乃、後門の相良宗介とか罰ゲームにもほどがあるだろ……。

 

「だが雪ノ下は多くの人間から恨みを買っている。油断はできない。さっきの男もいつストーカー化するかわからんしな」

 

 相良が、こちらは雪ノ下とは対照的に、律儀に補習用のプリントから顔を上げて言った。こいつはいつも補習プリントかさもなくば反省文を書かされている。

 

 ちなみに現在の奉仕部の定位置は、長テーブルの一番窓際に雪ノ下。そのすぐ隣に由比ヶ浜。少し離れて相良。一番廊下側に俺という順になっている。

 

「でも女子にとって男子から見つめられるって勲章だよ。元気の素だよ。素敵な出会いの切っ掛けだよ」

 

「……なに、このビッチ」

 

「ビッチ言うなし!」

 

 お前、何しに学校きてるんだよ……。

 

「今日だけで雪ノ下に怪しげな視線を送っていた男は12人、女は15人。狭い学校でこれは異常な数字だ」

 

「……おまえ、それ全部追い払ったのか?」

 

 てか女の方が多いのかよ……。

 

「問題ない。俺は要人警護でも経験を積んでいる」

 

「それじゃサガランがゆきのんのストーカーだよ……」

 

 そういって、由比ヶ浜がチラッと雪ノ下に視線を送った。

 しかし雪ノ下は意外なことに、それについては何も言わなかった。

 迷惑とは思ってないのか、あるいは逆にいい『虫除け』が出来たと重宝しているのか。後者かもしれない。

 

「……まぁ、おまえには関係ない話だろうがな」

 

「か、関係なくないし!」

 

 ボソッ……と言った俺に、由比ヶ浜が真っ赤になって憤慨する。

 

「あ、あたしだってゆきのんほどじゃないけど……もにょもにょ」

 

「確かにそのとおりだ。雪ノ下ほどではないが由比ヶ浜にも怪しい視線を送っている人間はいる。今日捕捉できたのは男ばかり10人だ」

 

「ええっ!?」

 

「心配ない。全員 俺が適切に処置しておいた。明日からはもう煩わされることはないだろう」

 

「あ、ありがとう、サガラン……」

 

 弱々しい笑顔を浮かべる由比ヶ浜。

 何気に競争率高いとは思っていたが……男の人気じゃ雪ノ下にそう負けてないじゃないか。

 

「……ジッ」

「な、なんだよ?」

「……別に」

 

 変な目で見るなよ。いきなりむくれるなよ。ほんと純朴な俺を振り回すのはやめて。

 

「雪ノ下にせよ、由比ヶ浜にせよ。もう少し人目につかない行動を心掛けてもらいたい。君たち2人は目立ちすぎる。今のままでは敵の格好のターゲットになってしまう」

 

「敵って……サガラン、気にしすぎだよ」

 

 日々女子力の向上を心掛けている?由比ヶ浜は意図的に容姿を目立たせようとしているし、雪ノ下は何もしなくても自然に目立ってしまう。

 

 純粋な善意と重度の勘違いから2人を守ろうとしている相良としては安心できないのだろう。はたから見たら『お前は何と戦ってるんだ』だが……。

 

「その点、比企谷は素晴らしい。周囲への溶け込み方は熟練のスカウト(斥候)に勝るとも劣らない。まるで空気だ」

 

 熱心な視線で俺を見る相良。ありがとうよ。俺の真価をわかってくれるのはお前だけだぜ。なぜか全然うれしくねーけどな。

 

「で、でもサガランにも気になる女の子とかいるでしょ? そういう子をつい見つめちゃうのってあると思うけど」

 

「ふむ」

 

 由比ヶ浜の言葉に、相良が腕を組んで生真面目な表情で顎に手を当てる。

 

「ないな」

 

 そしてあっさりと否定する。

 

「女に気を奪われるのはアマチュアのすることだ。優秀な兵士は常に周囲を警戒し、ひとつの事象に気を取られてはいけない」

 

「そうなんだ。たまに携帯を見てため息吐いてるから、てっきり好きな娘がいるんだと思ってた」

 

「あれは……」

 

 由比ヶ浜の何気ない言葉に、相良が反応……いや動揺した。

 

「なになに、やっぱりいるんだ。好きな女の子!」

 

 途端に目を輝かせて食いつく由比ヶ浜。女ってほんとこういう話好きだよな。

 まぁ、確かに相良がちょくちょく携帯を見てはため息吐いてるのは知っていたが。

 

「……いや、彼女はそういう存在ではない。以前いた学校で世話になった人だ。学級委員をしていて日本での生活に不慣れな俺にいろいろと親切にしてくれただけだ」

 

「メールの返信が来ないのね……」

 

 それまで黙って読書に勤しんでいた雪ノ下が、やはり文庫に視線を落としたまま言った。

 

「……ああ。何度か送ったのだが。きっと忙しいのだろう。体調など崩してなければいいが」

 

 俺、由比ヶ浜、そして雪ノ下が黙り込む。

 

 痛々しいほど、前の学校での相良の情景が思い浮かぶ。

 初めての日本。右も左も分からない不安な転校生。

 そんな転校生に手を差し伸べる、親切で世話好きな学級委員。

 

 相良がその学級委員にどんな感情を抱いたか。

 どんな思いで再び転校したか。

 そしてメールを送ったか。

 

 相良にとっては特別な存在でも、その学級委員にとってはただの転校生。

 不意に転入してきてあっというまに転校していった、学校の切れ目が縁の切れ目程度の存在。

 

 ここにも優しさを勘違いした被害者がいた……。

 

「……優しさはときどき残酷ね」

「……なんかその言葉、ヒッキー以上にサガラン似合うね」

 

 ……っていうか元ネタで主題歌でしょ。それが、ふもっふ! でしょ。

 

「だ、大丈夫だよ! きっとサガランにも新しい恋が見つかるよ! サガラン、モデルガン撃たなければ格好いいし、ちょ、ちょっと怖いけど、そこがいいっていう娘もいるかもしれないし!」

 

 根拠も説得力もまったくないが、それでも懸命に相良を元気づける由比ヶ浜。

 雪ノ下は何も言わず、俺も慰めの言葉を持たない。

 ただ同病相憐れむ、『お前の気持ちはわかるぜ……』という言葉以外は。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 結局その日は依頼もなく、読書と補習プリントと進路希望票の書き直しと少しの恋バナで下校時間になった。

 相良はプリントを出しに職員室に消え、雪ノ下は1人でさっさと下校。

 消去法で残った俺と由比ヶ浜が『例の場所まで』一緒に帰ることになる。

 

「……ねぇ、ヒッキー」

 

 昇降口を出たところで後ろにいた由比ヶ浜が俺に呼び掛けた。肩越しに振り返る。

 

「……?」

「さっきの話だけどさ。その……ヒッキーは男子に人気のある女子って……嫌い?」

 

 うつむきがちで俺の顔を見ていない。

 

 ドキドキドキ。

 

 だ、だから、人気のない昇降口でそういうこと訊くなって。

 

「き、嫌いじゃねえよ。むしろ大好きだ。でもそれだけじゃダメだ」

「……え?」

 

 由比ヶ浜が顔を上げる。

 

「だ、『大人気TVが残り一台。今すぐお電話』……キャ、キャッチコピーの基本だ」

「? え、えーと、それってどういう」

 

 頭の上に『?』マークが浮かんでる。

 

「つ、つまり、みんなが欲しがるけど、みんなが持ってない。これが人が欲しがる物なんだよ」

「???」

 

 ますます意味不明という顔の由比ヶ浜。

 いや、俺もこの例えはわかりづらいと思った。やはり動揺している。

 

「よ、要するに、男子に人気はあるけど『俺だけが好き』っていう女の子が好きなんだよ」

 

「……」

 

 キョトンとしたあと、

 

「ぷっ」

 

 由比ヶ浜が噴き出す。

 

「そんなの当たり前だし」

「だから、基本……なんだよ」

 

 バクバクバク。

 

「あ、あくまで一般論だからな」

「…………うん」

 

 顔を赤らめて再びうつむく由比ヶ浜。

 最近メークも前ほど派手さがなくなり自然な感じになってきている。

 男子に人気があるのも……わかる……気がする……。

 

「おまえ……」

 

 俺がうつむく由比ヶ浜に声を掛けたとき、複数の気配が俺たちを取り囲んだ。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 宗介は職員室にプリントを提出しに行く振りをして、一足先に昇降口を出ていた。

 1人で下校する雪ノ下雪乃を不測の事態が起こった場合に対応できるギリギリ距離で尾行する。

 これまでの観察とリサーチから由比ヶ浜結衣は比企谷八幡と下校すると思われるので、雪ノ下を見張ることにした。

 彼の任務は護衛ではなく内偵だ。

 命令を下した≪アンスズ≫も、宗介1人で奉仕部の3人の護衛が出来るとは思っていない。

 ≪アンスズ≫は()()の裏付けがとれた時点で正式な任務に切換え、しかるべき体勢を整えるつもりだった。

 それまで宗介は単独かつ部隊からの最低限の援護で内偵任務を遂行しなければならない。

 

 それでも宗介は可能な限り3人を守るつもりだった。

 今のところ脅威の兆候はないが油断はできない。

 あの時も護衛任務が解除になったあとの修学旅行で事件は起きたのだ。

 

 視線の先で、誰かが雪ノ下雪乃を呼び止めた。

 

 腰のホルスターからグロックを抜くと遊底(スライド)を引き、初弾装填(コッキング)

 宗介は物陰から飛び出した。

 

 

……to be continued




相良軍曹はどうやら総武高での生活にフラストレーションを溜め込んでいたようです(笑 冒頭ではそれが爆発しています。

お読みいただき、ありがとうございました。
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