やはり相良軍曹のいる俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:Deetwo

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◆トラブルメーカー相良宗介の尻拭いをする、トラブルバスター比企谷八幡。
◆今回はいつになくやる気になってます。その理由とは?
◆ご一読いただければ幸いです。


かくして彼(比企谷八幡)は彼(♥♥♥)のために彼(相良宗介)を守る

6月27日 夜明け。

江東区、有明。

 

相良宗介が総武高に転入してくる2週間前。

 

 

 いまだ炎上を続ける赤い巨人(ベヘモス)の残骸を前に、白いAS(ARX-7 アーバレスト)がひざまずいていた。

 軽自動車ほどの球形のカプセル――<ベヘモス>のコクピット・シェルが、<アーバレスト>の前に鎮座している。<アーバレスト>の搭乗兵(オペレーター)が残骸の中から見つけ出した物だ。

 

≪アンスズ≫のコールサインを持つミスリル西太平洋戦隊司令官『テレサ・テスタロッサ』は、部下に命じてコクピット・シェルを解放させ、中にいる瀕死の少年に寄り添った。

 

 少年の名は、クガヤマ・タクマ。

 

 全高40mの超巨大ASを操り、国際展示場および周辺の埠頭に甚大な被害をもたらしたテロリストだ。

 身につけているASスーツに傷はなかったが、自らの精神を糧にイメージを物理現象化する『存在しない技術(ブラック・テクノロジー)』、≪ラムダ・ドライバ≫を駆動させるために投与され続けた薬物の影響でその精神はズタズタにされていた。

 

「タクマさん」

 

 静かな声でテレサ――テッサが呼び掛けると、タクマがわずかに首を動かした。

 

「負けたよ……。姉さん……。なぜだろう?」

 

『言ったはずだ。獲物を前に舌なめずりは――』

「黙ってなさい、あんたは!」

 

 搭乗兵が<アーバレスト>の外部スピーカーから告げようとするのを、テッサの近くに立つ髪の長い少女が叱り飛ばした。白い機体が心なしか肩をすぼめ、沈黙する。

 テッサはそのやりとりを聞いてもいなかったように、答えた。

 

「あなたは負けていませんよ。ただ、()()()()()()()()()()

「ひどいよ……そんなの……」

「そうですね。ひどい話だわ……」

「もう、なにもないよ。僕には、なんにもない……」

 

 彼女はひざまずき、汗に濡れたタクマの頬に手を触れた。それから軽く目を伏せて、彼の耳元でささやいた。

 

「大丈夫よ、タクマ。わたしがいるわ」

「姉さん……」

「わたしがずっと、そばにいるから」

「本……当……?」

「ええ。安心して眠りなさい」

「うん……。ごめん……ね……」

 

 タクマの命の灯火が消える、その瞬間――。

 テッサの意識にタクマの記憶が流れ込んできた。

囁かれる者(ウィスパード)』と呼ばれる特殊能力者の間でのみ発生する『共振』と呼ばれる現象。

 タクマはウィスパードではなかったが、投与された薬物『Ti971』の影響で擬似的に同様の能力を得ていたのだ。

 

「ま、まって、タクマ! 今のはなんです?」

 

 テッサが呼び掛けたときには、クガヤマ・タクマの瞳から光は消えていた。

 

 頭に流れ込んできたいくつかの文字列……。

 

 千葉……総武高校……奉仕部……。

 

 テロ組織A21の少年テロリストが今わの際に思い浮かべたその名の意味を、テッサは知らなければならなかった。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

現在。

 

 宗介は腰のホルスターからベストセラー自動拳銃『グロック17』のコンパクトモデル『グロック19』を抜くと初弾を装填。見知らぬ女に話しかけられている雪ノ下雪乃の側に走った。

 雪乃に話しかけている女は女子大生風の若い女だ。

 宗介はその女に見覚えがある気がしたが、すぐに脳内で検索ができなかった。

 それよりも――。

 

 ――雪ノ下の背中が明らかに緊張している。

 

 今は女の正体を確認するよりも雪乃の安全確保が最優先だった。

 

「雪ノ下、その女から離れろ!」

 

 宗介は照星と照門を女の眉間に合わせると大声で警告を発して、注意を自分に引きつけた。

 

「相良くん!?」

 

 自分の後方10mほどの距離で拳銃を構える宗介に、雪乃が驚きの声を上げる。

 

「動くな女。妙な真似をすれば即座に射殺する」

 

 押し殺してはいるが有無を言わさぬ、宗介の声。

 若い女は往来の真ん中でいきなり拳銃を向けられ、呆気にとられた顔をしていたがすぐに可笑しそうに笑い出した。

 

「あらあら、こんな場所でそんな物騒な物ふりまわして。お巡りさんに通報されちゃうよ」

 

 何事も冗談の上で転がすような茶化した声。

 癪に障る。

 その声は宗介の神経をひどく逆撫でした。

 

「雪ノ下、その女から離れるんだ」

 

 宗介はもう一度 雪乃に警告した

 

「いいのよ、相良くん。この人はわたしの姉よ」

 

 雪乃が硬い声で言った。

 

「姉だと?」

 

 雪乃の言葉に、宗介はにこやかな笑顔を浮かべる若い女の顔を凝視した。

 雪ノ下雪乃の家族関係はリサーチ済みだ。

 家族の顔写真も頭に叩き込んである。

 

 偵察を特技とする宗介の記憶力は極めて優秀だ

 一目見ただけで、身長、体重、年齢、出産経験の有無まで瞬時に割り出し、髪型、服装、体格、メーク、装飾品の詳細を含めて記憶する。

 

 しかしその宗介が判別に迷ったほど、写真から受ける印象と目の前の女の雰囲気は……まるで別人だった。

 

「……雪ノ下、確認しておく。本当にその女は君の姉か? 誰か別の人間が整形してなりすましている可能性はないか?」

 

「この人は正真正銘わたしの姉よ。こんな人は世界に2人といないわ」

 

 まるで天敵を前にした野生動物のような雪乃の気配。

 

(姉の話をしているのに、こんなに緊張するのだろうか?)

 

 宗介は雪乃の様子に強い不信感を抱いたが、これ以上人目につく行動を取り続けるわけにもいかず、銃口を陽乃に向けたまま不測の事態に対応できる距離まで雪乃に近づき、そこでようやく拳銃をホルスターに戻した。その後も油断のない視線を陽乃に向け続ける。

 

「相良くん。こちらがわたしの姉の雪ノ下陽乃。姉さん、こちらが最近転入してきてわたしと同じ部活に所属する相良宗介くんよ」

 

「初めまして相良くん。正真正銘 雪乃ちゃんのお姉ちゃんの雪ノ下陽乃です」

 

「……失礼した。相良宗介だ。雪ノ下には世話になっている」

 

「姉さん、相良くんはずっと外国の危険な場所で育ってきてまだ日本での生活に慣れてないの。ゆるしてあげて」

 

「気にしてないよ。むしろここ最近で一番楽しい瞬間だったから」

 

 多くの人間を虜にする笑顔。

 この平和な日本で拳銃を向けられ威嚇されたことが、ここ最近で一番楽しい瞬間とのたまう雪ノ下雪乃の姉、陽乃。

 もしここが戦場なら宗介は躊躇なく撃ち殺していただろう。

 

「ふ~ん、雪乃ちゃんもしかして覚醒した?」

「どういう意味かしら」

「だって、この間の『ららぽーと』の彼に続いて今度はこんなハンサムなナイト様だなんて。恋愛に奥手――臆病だった雪乃ちゃんとはとても思えなくて。ようやくそういう方面に目覚めたのかなって」

「変な想像はしないで。彼も相良くんもそんな人ではないわ。それにわたしは恋愛に奥手でもなければ臆病でもない。単に興味がないだけよ」

「相変わらず素直じゃないわね」

「……わたしのことをわかってるふうに言わないで」

「だってわかってるんだもの。雪乃ちゃんのことは全部」

「……」

 

 妹が沈黙してしまったのを見て、陽乃が視線を宗介に向けた。

 

「相良くん。君なかなか面白い子だね。わたし君みたいな男の子 好きよ。また今度ゆっくりお話ししましょ」

 

 くるりとまるで舞台女優のように優雅に身をひるがえすと、陽乃は宗介と雪乃の前から立ち去った。

 

 なにからなにまで虚構染みている。

 素顔がまったく見えてこない。

 

「……相良くん。単純な義務感や正義感でこれ以上わたしに近づかない方がいいわよ」

 

 雪乃の忠告が遠くに聞こえるほど、宗介の中で兵士としての本能がけたたましく警報を発していた。

 

 あの女は危険だ――と。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

ほぼほぼ同時刻。

 

 いきなりの超展開……。

 俺と由比ヶ浜は昇降口の前で10人以上の男子に取り囲まれていた……。

 なにやら全員が全員 剣呑な顔つき……。

 

「……ヒ、ヒッキー」

 

 怯えた由比ヶ浜が俺の背中に隠れる。そして怯えた俺に隠れる場所はない。

 

 生命の危機に際してすでにリミッターは解除され、本気モードに移行済み。

 108の特技の1つ『土下座』はいつでも発動よろし――状態だ。

 

 それにしても……。

 

 うそ……だろ……。

 

 なぜ ぼっちの俺のがこんな状況に追い込まれなければならないのだ……?

 騒がず、目立たず、よって恨みを買わず、粛々と高校生活を過ごしてきたはずなのに……どうしてこうなった。

 

「な、なんだよ、あんたら」

 

「……奉仕部だな」

 

 リーダー格と思われる一番ガタイのいい男が明らかに敵意の籠もったいった。

 脱色した髪にピアス。だらしなく着崩した制服……どうにも中途半端な半分ヤンキー。

 

「そうです……そうだ」

 

 それでもビビって丁寧語が出た。

 すぐに虚勢を張り直す。隙を見せるな、気迫を見せろ、だ。

 

「相良宗介にいっておけ。あの必ず礼はするってな」

 

 ……あの礼って、どの礼だよ。主語述語目的語、5W1Hを言えよ。この低能が。

 

「そ、それだけですか……それだけか?」

「それだけだ」

「……」

「……」

 

 10人以上で2人を取り囲んでそれだけって、すげー格好悪いな……。

 

「いくぞ」

 

 リーダー格の男にうながされて、ゾロゾロと退散していく男ども。

 そのうち何人かが由比ヶ浜をチラチラと見ている。

 

 ……ふん、そういうことか。この恋愛脳の発情猿どもが。

 

「こ、怖かったぁ」

 

 由比ヶ浜が俺の背中にしなだれかかって、へなへなと脱力する。

 

「もう、なんなの。あの人たち?」

「おまえと雪ノ下のファン連合だろ。相良に追い散らされた」

「え?」

「男の何人かがおまえのこと意識してたからな」

「そ、そうなんだ」

「腹の虫がどうにも治まらなかったんだろ。気持ちは分からなくもない……」

 

 告白どころか電柱の陰からこっそり見つめている……的なささやかな幸せまで根こそぎにしてしまったのだ。相良がヘイトを稼ぎまくるのも無理はない。

 

「ど、どうしよう、ヒッキー。サガランが……」

 

 由比ヶ浜の表情が曇る。

 

「ほっとけ。人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られる運命にあるんだよ」

 

 馬の下に鹿がつく奴らにだけどな。

 

「……」

 

 由比ヶ浜が俺を見つめている……。

 ああ、もう……そういう瞳で見つめるのやめて。女の子ズルい。

 俺はため息を吐いて説明した。

 

「心配ねえよ。おまえが自分で話してただろうが。サバゲーの時()()雪ノ下が簡単に転がされたって。そんな相良をいったい誰が蹴飛ばせるってんだよ」

 

 あの程度の連中に相良がどうこうされるわけがない。

 

「そうじゃないよ、ヒッキー。サガランが強いのは知ってるよ。だからだよ」

「……?」

 

 いつものことだが、由比ヶ浜との会話はどうも要領を得ない。

 

「サガランのことだから強すぎて、きっと()()()()()()()()()んじゃないかな……」

「……まぁ、その可能性は確かにあるな」

「サガラン、ただでさえ学校から目を付けられてるんだから、下手したら退学になっちゃうかも……」

 

 由比ヶ浜にしては珍しく正鵠を射た意見。

 

 しかし、だからって俺にどうしろっていうんだよ。

 俺は強制と言う名の成り行きによって奉仕部に所属しているにすぎず、俺自身にボランティア精神などない。俺は他人に何事も求めない。だから進んで他人に何かしてやろうとも思わない。

 

 俺があのサバゲー大会を企画したのは別に相良のためではない。

 相良が神経過敏な戦場育ちだから退学にするという、その安直で事なかれ主義な空気にムカついただけだ。つまり俺の精神衛生上好ましくないと思ったから行動しただけで、すべては自分のためだ。

 

 だから相良が他の生徒と暴力事件を起して退学になるなら、それは相良の勝手。自業自得だ。

 他の生徒と問題を起したくないのならもっと慎重に行動するべきだし、問題を起したとしても暴力に訴えずに解決する道を探せばいい。すべて相良の自由。器量と裁量の範疇だ。

 そこまで俺が面倒をみる義理も義務もない。

 

「そう……だけど」

 

 表情を曇らせた由比ヶ浜が、視線を逸らして呟く。

 

「なんか……嫌だよ」

「なにがだよ?」

「そういうヒッキー……なんか嫌だよ」

「……は?」

 

 嫌だってなんだよ。

 

「そういう、人を助けないでいい理由を探してるヒッキー……」

 

 ズキッ……。

 

 何かが胸に突き刺さった……気がした。

 

「おまえ……そんなに相良のことが気になるなら自分の力でなんとかするのが筋だろう。なんでそこで他人を頼るんだよ」

 

 だいたい『他力本願』は俺の108の特技のうちでも奥義に属する禁じ手だ。由比ヶ浜ごときに使いこなせるわけがない。

 

 途端に由比ヶ浜の顔がムッとした。

 

 あ……地雷踏んだ。

 

 時として正論は人の精神を打ち砕く……ソースは雪ノ下雪乃。

 

「もういい、今日は1人で帰る!」

「あ、おい!」

 

 由比ヶ浜はぶんむくれると、呼び止める俺を無視して脇目も振らずに校門を出ていってしまった。

 

(……俺がいったい何をした)

 

「――八幡!」

 

 由比ヶ浜と入れ違いに、聞き知った声がして足音が駆け寄ってきた。

 

「戸塚」

 

 振り返ると、戸塚彩加が息せき切って校舎から飛び出してきた。

 

「大丈夫、八幡!? あの人たちに何もされなかった!?」

 

「い、いや別に……」

 

 ドキドキドキ、

 

 この動悸……さっきの連中に囲まれていたときよりも強く甘酸っぱいこの胸の高鳴り……。

 

 だが男だ。

 

「よかったぁ。忘れ物を取りに教室に行ったら、ちょうど八幡たちがガラの悪そうな人たちに絡まれてるみたいだったから急いで走ってきたんだ」

 

「戸塚、俺のために危険を冒して……」

 

 近頃わたしたちは~、い~感じ~♪

 

 だが男だ。

 

 だが男だが、俺と戸塚は最近とてもいい感じなのだ。

 それというのも体育のときペアを組みまくってるからな。

 材木座? ふっ、あいつは相良が引き受けてくれている。

 

 相良宗介はいろいろと欠点だらけの男だがひとつ大きな美点を持っている。それはどんな人間とも分け隔て裏表なく付き合うという点だ。

 誰もが――得に体育の時間は――敬遠する材木座義輝に対してもそれは変わらない。

 材木座もそれを敏感に察して今は相良にすり寄るように懐いている。

 

 当然、俺は誰気兼ねなく戸塚とペアを組めるというわけだ。

 まったく相良様々だぜ。

 あいつがいる限り俺は戸塚と……。

 戸塚と……。

 

「――!!?」

 

 俺は唐突にその事実に気づき、両手で頭を鷲掴みにした。

 

「ど、どうしたの、八幡?」

 

「い、いや、なんでもない……」

 

 嫌な汗が頬を伝う。

 

 なんでもなくは……ない。俺はなんて単純な見落としをしていたのだ……。

 そうだった……。

 俺は誰のためでもなく俺自身のために相良を退学にするわけにはいかなかったのだ……。

 誰よりも俺自身のために……。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 晩飯。

 相も変わらず親父とお袋の姿はなく、俺と小町 二人だけの食卓風景。

 

 俺は無言でもぐもぐと飯を食んでいる。

 

 相良が退学になれば、自動的に俺のバッドエンドルートが確定する。

 

 すなわち、

 

 俺にもう一度 材木座とペアを組めだと……?

 俺と戸塚の甘く輝く未来を奪うだと……?

 

 ゆる……せん。

 

 絶対にゆるせん。やっと手に入れた俺の幸福を邪魔する奴は全力を挙げて排除する。

 立ち塞がる者は何人足りとも悪・即・斬。

 

「お兄ちゃん、お代わりは?」

 

 お代わりを訊ねる小町に、やはり無言のまま空の茶碗を差し出す。

 糖分だ。糖分が必要だ。

 俺の脳味噌はこれからしばらくフル回転の予定。今のうちにたっぷり補給しておかなければ。

 

「盛るぜぇ~、超盛るぜぇ~」

 

 小町がそんな俺の様子を見てご飯をてんこ盛りにする。さすが小町だポイントを加算してやろう。

 

「お兄ちゃん、久しぶりにマジモード入ってるね。なにかあったの?」

 

「……男にはすべてを賭けて戦わなければならないときがあるってことさ」

 

「おお、その卑屈かつ不敵な矛盾した笑い。まさにお兄ちゃんの真骨頂!」

 

 相良の退学を阻止する計画の皮を被った、俺の幸せを守る計画……。

 

 必ず練り上げてみせる!

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 翌朝。

 俺は朝飯を済ませると、ママチャリをキコキコこいて『例の場所』に向かった。

 小町は俺の微妙な態度の変化から何かを察したようで自分を送るようには言ってこない。それどころか意味深な笑顔で『いってらっしゃ~い』と俺を送り出した。

 

 今朝はさすがにいないだろう……と思ったら、いた。

 

「……」

 

 由比ヶ浜が夏の陽射しをよけるように、道の端の壁際に立っている。

 俺の姿を認めると、昨日の別れ際と同じようにむくれた顔をして横を向いた。

 

「よ、よう」

 

 むくれてるのに、なぜあなたはここにいるのですか……。

 

「利子だし」

 

 プイッと顔を背けたまま由比ヶ浜が答える。

 

「……は?」

 

「利子はちゃんと回収するし」

 

(そういう理屈か……)

 

 こういう女の子の態度を面倒くさいと感じるか、それとも可愛いと感じてしまうか……。自分がその娘をどう思ってるかの判断基準になるんだろうな……。

 

「その……あれからいろいろと考えてみたんだが……おまえの言うとおりだと思う」

 

「……え?」

 

 由比ヶ浜の驚いた顔が俺に向く。

 

「相良のことだ。やっぱ退学はマズい。なんとかすべきだろう……」

 

「ヒッキー!」

 

 まるでご主人さまに遊んでもらっている子犬のように全身で喜びを表す由比ヶ浜。やはりこいつは犬チックだ。

 

「ヒッキーなら絶対そういってくれると思ってたし! そうだよね、同じ奉仕部だもんね! 絶対絶対助けてあげないとね!」

 

「お、おう」

 

 罪悪感が胸をよぎるが、理由が違っても目的が同じならば問題はないはず……。ないよね。

 

「あたしもヒッキーにいわれていろいろ考えてみたんだけど全然パッとしないし。やっぱりこういうときはヒッキーだよね!」

 

 由比ヶ浜はうんうんと頷くと、元気よくママチャリの荷台に尻を載せた。

 

「早く行ってサガランを守らないと!」

 

「……朝っぱら乱闘はねえよ」

 

「いいからいいから!」

 

(なんか……ラブコメの波動を感じる……な)

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 そして昼休み。

 奉仕部の全員が俺の音頭で部室に集まった。

 

「そういえば、みんなでお昼食べるのって初めてだねー」

「……別にそれが目的で集まったわけじゃねえけどな」

 

 ご機嫌な由比ヶ浜にボソッとツッコミを入れる。

 複数人で弁当だと? すさまじく落ち着かん。

 

「……相良くん。それはなに?」

 

 会議用の長テーブル。相良の前に置かれた()()を見て雪ノ下が柳眉を顰めた。

 

「? ただの干し肉だが?」

 

 相良が不思議そうに答える。

 よく見ると確かに干し固まった肉塊だ。スライスされる前のビーフージャーキーの塊といえばイメージしやすいだろうか。

 

「それがサガランのお昼?」

「肯定だ。他にトマトが1つと、塩と砂糖がそれぞれ1つかみずつだ」

「サガラン、ダイエットしてるの?」

 

 いや、突っ込むところはそこじゃないから。

 相良がズレてるなら由比ヶ浜もズレている。奉仕部のボケ担当組だ。ボケがボケを突っ込んではいけない。話が噛み合わずコントにもならない。

 

「俺はいつも腹六分目を心掛けている。腹に被弾したとき胃に内容物があると腹膜炎になる危険が高まるからな。リスクは事前に回避すべきだ」

 

「「「……」」」

 

 ほんと、こんなコンバットな史上最強の高校生を守らなければならない違和感 半端ない……。

 

 俺はコホン……と咳払いし、本題に入る。

 

「相良、おまえに伝えておかなければならないことがある」

 

「聞こう」

 

 相良は俺の表情からそれが重要な内容だと察したのだろう。食事の手を止めてうなずいた。

 

「相良、おまえは狙われている」

 

「確かに俺を恨んでいる人間は多い。これまで潰してきたテロ組織や麻薬カルテルの残党。戦場で敵対してきて傭兵。数え上げれば切りがない」

 

 こいつ、ほんとに高校生かよ……。

 

「い、いや、そうじゃなくてだな。おまえを狙ってるのはここ数日 相良が追い散らした雪ノ下と由比ヶ浜のファンどもなんだよ。おまえは逆恨みされてるんだ」

 

 客観的に見て逆恨みじゃなくまっとうな恨みだが、話が進まないので意図的に歪曲する。

 

「なるほど、そういうことか。了解した。有益な情報の提供を感謝する。さっそく対処する」

 

 そういって立ち上がると、相良が腰のホルスターからグロックを抜いてジャコン! と初弾を装填した。

 

「わ~、サガラン、サガラン、そういうのがダメなんだよ!」

 

 頭を抱える俺に代わって由比ヶ浜が慌てて相良を制止した。

 

「む? そうなのか?」

「う、うん。ちょっと……ダメダメかも」

 

「……相良、ひとつ訊いていいか。おまえがもしガラの悪い連中にからまれたらどうする?」

 

「相手が素手ならこちらはナイフで。ナイフでくるならこちらは銃で。銃でくるなら迫撃砲で応戦する。敵より有力な兵器で反撃するのは戦術の初歩の初歩だ」

 

「正論ね。中途半端な反撃は相手の怒りを煽って脅威度を高めるだけよ。やるのなら最初の一撃で致命傷を与えなければ」

 

「さすがだ。雪ノ下」

 

「わたしを誰だと思っているのかしら」

 

「…………」

 

 再度 頭をかかえる俺。

 たはは……所在なさげな笑みを浮かべる由比ヶ浜。

 

(ね、ねぇ、ヒッキー。もしかしてサガランとゆきのんって似た者同士?)

(今ごろ気づいたのかよ……この二人は属性こそ違えど、見ざる言わざる聞かざる触れ得ざる、総武校の危険人物 断トツのNo.1とNo.2だぞ……)

 

 あ、諦めるな。折れるな。挫けるな……すべては俺と戸塚の輝ける未来のため。

 

「し、しかしそれでは過剰防衛になる。おまえが退学になるぞ」

 

「ふむ。ならば俺だと気取られぬように遠距離からの狙撃で血祭りに上げよう。それなら問題ないはずだ」

 

 ……なんかもう、それでもいいような気がしてきた。

 

「相良くん。まずは比企谷くんの話を聞きましょう。彼には何か考え(悪巧み)があるようだから」

 

 雪ノ下が珍しく俺に助け船を出した。

 

「ああ、あるぜ。相良が思う存分実力行使できつつ、かつ退学にならないとっておきの悪巧みが」

 

 雪ノ下、由比ヶ浜、そして相良。全員の視線が俺に集中する。

 良い気分だ。やはり策謀・悪謀を巡らすときはこうでなければいけない。ぜいたくを言えば蝋燭を立てた暗い地下室ならばなおよしだった。

 

「では俺が心血を注いだ極秘計画『オペレーション・スクルト』の概要を説明しよう――」

 

 ようやく、ここから俺のターン。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 放課後。

 職員室の平塚先生の席に、俺の姿があった。

 

「――格技場を借りたい? なんのためにだね?」

「とりあえず依頼を片付けるため……ですかね」

「相良の件か」

 

 平塚先生の問いかけに目だけで頷く。

 

「詳しい話を聞こうか」

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 平塚先生の協力を取りつけた俺は、職員室を出るとその足で教室棟の3年の教室がある階へ向かった。

 

 今はまだ部活の時間。なら連中も残っているはず。

 教室をひとつずつ覗き込みながら、目当ての人間を捜していく。

 ここにいなければ、体育館裏か屋上でタバコでも吹かしてるかもしれない。

 

 放課後で人の気配がほとんどないにも関わらず、自分のテリトリーではない場所は落ち着かない。

 そもそも3年生の階なんてこねーしな。MPが尽きる前にさっさと済ませて退散しなければ。どんだけ豆腐メンタルなんだよ、俺。

 

 幸いにして体育館裏や屋上を捜すことなく目当ての人間()()は見つかった。

 いくつ目かの教室に、昨日の帰り際に俺と由比ヶ浜を取り囲んだ奴らがいた。

 

 いきなり心拍数が跳ね上がる。

 

(……さ、さあ、ハッタリのお時間です)

 

「――こんなところでダベってると、また相良に逃げられるぜ」

 

 不敵な笑いを浮かべて教室に足を踏み入れる。

 机に腰を下ろして談笑していた連中が一斉に俺を見た。その数 実に12人。

 

 この時点ですでに気絶しそう……。

 

 人数からして今日こそ相良と校舎裏のデートを楽しむつもりだったのだろう。学校近くの神社かもしれない。

 

「おまえ、奉仕部の」

 

 俺の姿を見てリーダー格の茶髪ピアス男に険悪な表情が浮かんだ。

 

「相良に用があるなら部室の前で待っていた方がいいぜ。もっともそれだと雪ノ下や由比ヶ浜にも見つかっちまうと思うけどな」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜の名前を出されて、目の前の連中の険悪な雰囲気が一気に臨戦態勢にまで高まった。

 

「そう殺気立つなよ。俺は別にあんたらの敵じゃない。むしろあんたらにいい話を持ってきたんだからな」

 

 前面涼しげ。背面汗だく。

 大量の汗で背中に張り付いたカッターシャツに気づかれないように、位置取りには細心の注意を払う。

 

「「「いい話?」」」

 

「ああ。あんたらの目的は相良に思い知らせることだろ? 大方、校舎裏や神社で仲良くレクリエーションするつもりだろうが、下手をすればあんたらも返り血を浴びるぜ」

 

『返り血』の部分を強調してやる。

 

「あんたらだって3年だ。この時期に暴力沙汰で停学・退学なんてなりたくないだろ」

 

 総武校はこれでも進学校で通っている。

 暴力沙汰が武勇伝になるような学校ではないし、こいつらだってそこまで突き抜けてない。進学校に入って落ちこぼれた、秀才でも不良でもないどっちつかずの中途半端な連中だ。

 

「あるんだよ。相良と思う存分遊べて、なおかつ返り血を浴びない方法が」

 

 俺は中二病時代に鏡の前で散々に練習したデーモニックな笑みを浮かべて連中を見渡した。

 

 さあ、我と契約を結べ! さればおまえの望みを叶えよう!

 

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 数日後の放課後。

 その日は終業式で半ドンだったというのに、多くの生徒が帰らずに格技場に集まっていた。

 

 格技場の入り口には急きょ作られた、

 

『奉仕部主催

 夏休み直前 緊急護身術講習会』

 

 の立て看板。

 

 これだけなら客の入りは0に近かっただろうが、

 

 講師 雪ノ下雪乃

 司会 由比ヶ浜結衣

 

 の宣伝が効いた。

 

 来るわ、来るわ。

 想定以上。終業式が終わると同時に箱に収まりきらないほどの人数が集まってきた。

 観客の中には生徒会長の城廻先輩の姿まである。

 

 護身術に興味がある人間がここまで多いとは思えないので、この集客はほとんど雪ノ下と由比ヶ浜のお陰といっても過言ではないだろう。

 

 客寄せパンダのパンさんはいい仕事をしてくれた。

 同じ事をついポロッと雪ノ下の前でいったら、心臓が止まるほど睨まれたけど。

 

「お客さん、いっぱい入ってるね……」

 

 控室のドアの隙間から会場を覗いた由比ヶ浜が少々緊張気味に言った。

 材木座が調達してきた、格技場にあるまじき少々露出過多な衣装(もちろん厳重に包装された新品。そうでないと由比ヶ浜が断固拒絶した)。

 

「司会というよりランドガールだな……さすがビッチ」

「ビッチ言うなし!」

 

 だが完璧だ。これで観客はさらに盛り上がるだろう。

 

「俺の準備はできたぞ」

 

 このクソ暑い最中、不審者役のために制服の上にパーカーを羽織った相良が俺と由比ヶ浜を見た。

 普段とまったく変わらない表情。汗粒1つ浮かべていない。

 

「サガランすごい。全然 暑そうじゃない」

「俺はカンボジアやミャンマーでも作戦をしたことがある。高温多湿の環境には慣れている」

「そ、そうなんだ。さすがサガランだね……」

 

「全員準備はいいようね。ではそろそろ始めましょうか」

 

 由比ヶ浜がたはは……と笑ったとき、それまでパイプ椅子に座って静かに精神統一をしていた雪ノ下がスッと立ちあがった。

 職人が丹精込めて仕上げた最高級の合気道袴に身を包み、艶やかな黒髪をポニーテールにアップした、先日の柔道大会のときと同じ姿。

 

 相変わらず外見スペック高すぎだろ……特にこういう清楚かつ凛々しい系だとほんと別次元の生物だ。

 

「由比ヶ浜さん」

 

「う、うん」

 

「その……しっかりな」

 

「あ、ありがとう、ヒッキー」

 

 雪ノ下にうながされ、申しわけ程度に俺に励まされた由比ヶ浜が緊張した面持ちでうなずく。

 

「スーハー、スーハー――よし! 行くから!」

 

 大きく深呼吸すると覚悟を決めた由比ヶ浜がラジカセからBGMを流して控室から飛び出していった。

 

 つーか、なんで『feels like "HEAVEN"』なんだよ。いや確かに冒頭すぎたらやたらノリがよくなるが……いろいろとぶっ飛びすぎだろ。

 

「みんな、こんにちはー! 奉仕部でーす! 今日はあたしたちのイベントに来てくれてありがとー!」

 

「……なんか、すげー頭の悪そうな司会だな」

「……由比ヶ浜さん、もう少し護身術の講習会らしい進行ができないのかしら」

 

 しかし俺たちの不安に反して会場は大いに沸いた。

 つまり、つかみはオーケー。

 八方美人で大勢の中では自分が消えてしまう由比ヶ浜の意外な才能を見た気がした。

 

「それじゃあ『奉仕部主催 夏休み直前 緊急護身術講習会』! 魂込めていってみるよー!」

 

 やんやの喝采。

 

「まずは、講師とアシスタントの紹介! ゆきのんとサガランにみんな拍手~!」

 

 会場のボルテージはさらに高まり一気に最高潮に――はならなかった。

 

 袴姿の雪ノ下が入場してくると観客全員が一様に息を飲み、格技場にはラジカセからの妙にノリのいいBGMだけが響いた。

 

 空気を塗り替えた。

 それまでお祭り気分だった会場の雰囲気を護身術の講習会に相応しい緊張感のあるものに、雪ノ下は自らの姿をさらすだけで替えてしまった。

 

「今日、講師を務めさせていただきます雪ノ下です。よろしくお願いいたします」

 

 必要最低限だけを簡潔に告げると、雪ノ下は相良を相手にすぐに実演に移った。

 

「――このように突然背後から抱きつかれたときは決してパニックにはならず、相手の手を取りこうしてねじります」

 

 雪ノ下に背中から抱きついていた相良が右手を捻られて一回転、畳みに叩きつけられる。

 あまりにも鮮やかすぎて演舞のようだ。これは変質者役の相良も上手いのだろう。素人目に見ても見事な受け身だと思う。普通の男ならああはいかない(そもそも雪ノ下に抱きつく時点で意識してガチガチになる。朴念仁の相良ならでは配役の妙と言えた)。

 

 一通りの状況を網羅した実演が終わると、個別の実技指導に移った。

 

 指導を望む女子たちが一斉に雪ノ下に群がる。まるで砂糖に群がるアント状態。

 意外だったのは相良に教えを請う女子が多かったことだ。おのれ。

 

「なんですか今指導にかこつけてわたしの身体をさわりましたねもしかしてスキンシップのつもりですかちょっと顔がいいのでいやな気持ちはしませんでしたがやっぱり口説くならちゃんと口で言ってくれないと無理ですごめんなさい」

 

 なにやら面倒臭そうな女子に絡まれて無表情に困惑している相良。ざまあ。

 

 

 それからしばらく個別の実技指導が続き、不測のアクシデントもなくそれも終わった。

 

 そして、いよいよ今日のメインイベントの幕が上がる。

 

「――それじゃ、今日の講習会の最後を飾るのは、サガランによる『大勢に襲われたときの対処法』の模範演技だよ! なんとその数10人以上!」

 

 相変わらずお馬鹿な由比ヶ浜の煽りに、どよめく観客。

 

「サガラン、本当にそんな大勢相手に大丈夫なの?」

「問題ない。俺は護身術のスペシャリストだ。10人が20人でも雑作ない」

「おお、これは凄い自信だ。でもそれはサガランだからだよね? 他の人には無理なんじゃないかな?」

「いや、これから俺の見せるやり方をマスターすれば誰にでも可能だ。そうでなければ護身術の意味がない。得に女子にとって夏休みは危険が高まる時期だ。身につけておいて損はない」

 

 観客の前に立った相良が『休め』の姿勢まま自信に満ちた態度で答える。

 

 いいぞ、相良。おまえのそのふてぶてしいまでの自信が奴らを呼び寄せる。

 

「それじゃ、サガランの相手をしてくれる男子を募集! やってくれる人、立候補お願い!」

 

 由比ヶ浜が観客に呼び掛ける。

 

「いないかなー! いないかなー!」

 

 男子じゃないとダメなんですかー? きゃー! と女子の一部から黄色い声が飛ぶ。

 はい、ダメなんです。

 

「俺たちがやってもいいぜ」

 

 そういって立ち上がったのは、もちろんあの茶髪にピアスの3年たち。

 真打ち登場。あなたたちでないとダメなんです。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

『あるんだよ。相良と思う存分遊べて、なおかつ返り血を浴びない方法が』

『あ?』

『俺たちはちょっとしたイベントを企画している。といってもお遊び系じゃない。ずばり護身術の講習会だ』

『護身術の講習会? なんだそりゃ?』

『夏休みを前に主に女子を対象にした講習だ。これからいろいろと危険な時期だからな』

『それが俺たちとなんの関係があるんだよ?』

『話は最後まで聞け。その講習で講師役の相良の相手をする男子を捜している。大勢の観客の前であいつに()()で襲い掛かる役だ。それも1対1でじゃない。ちょうどあんたら全員ぐらいの人数でだ。「多数の人間に襲われたときの対処法」ってやつさ』

『それを俺たちにやれっていうのか?』

『そういうことだ。学校公認のイベントだから間違って()()()()()()()()()退学になったりはしない。プラス、校舎裏や神社でやりあうよりも相手に恥をかかせることができる。なんといっても満座の前だからな。やられた方はすぐに夏休みでよかったな――ってなレベル』

『……お前、相良のダチじゃねえのかよ?』

『みなまで言わせるなよ。相良が転校してくるまで俺は右手に雪ノ下、左手に由比ヶ浜な俺得の状態だったんだぜ』

『……』

『さあ、どうしますか先輩方?』

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 俺はなにひとつ嘘は言っていない。誰も騙してはいない。

 この状況なら間違ってやりすぎてしまっても退学になったりはしない。

 やられた方は恥をかくがすぐに夏休みだ。2学期が始まったときはすでに賞味期限の切れた話題になっている。つまり()() ()()()()()()()()()()()()()被害は最小限で済む。

 

 素手にはナイフで。ナイフには銃で――。

 相良の言っていることは雪ノ下が支持するまでもなく正論なのだ。

 争いをなくすなら圧倒的な武力の差を見せつけて、恐怖を教訓として心に刻み込んでやればいい。

 

 茶髪ピアス以下12人の男が相良を取り囲む。

 相良が腰を落とし、油断のない視線を全員に送る。

 

 相良、おまえならその程度の人数 軽くいなせるはずだ。

 見せてやれ、あの雪ノ下雪乃を転ばしたソ連流マーシャルアーツ『バエヴォエサンボ』の神髄を。

 

 格技場の空気が張り詰める。

 誰もが固唾を呑んでその時を――カタルシスの瞬間を待つ。

 

 ツツッ……と汗が頬を伝い、顎先から畳みに落ちた。

 

 耳鳴りがする。

 

 そして……

 

 ――来るっ!

 

 パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

 

 今まさに飛び掛からんとした12人の男の足元に、きっかり1発ずつ撃ち込まれる9mmの拳銃弾。

 いつのまにか相良の右手に愛銃のグロック19が握られ、銃口から薄く白煙を上げていた。硝煙のきな臭さが格技場に漂う。

 

「――対人戦の基本は相手よりも有力な武器を持つことだ。相手が素手ならこちらはナイフ。相手がナイフを持つならこちらは銃。相手よりも強い武器を持てば今のように多少の数の不利は補える。例えばこのグロック19だがこれはオーストリア製の自動拳銃でコンパクトモデルにしては装弾数は15発と多目だ。日本円で約10万円ほどするが購入希望者がいれば俺が取引のある武器商人に渡りを付けよう」

 

 誰も相良の言葉など聞いていない……。

 

 直後に巻き起こる悲鳴と怒号。

 パニックを起こして観客たちが我先に出口へと殺到した……。

 

 だから……どうして……そうなる……。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

「いつにもまして酷い顔だな、比企谷。目が完全に死んでるぞ」

 

 怒濤と波乱の講習会終了後。

 職員室の相談スペースのソファに生気の欠片もなく腰を下ろす俺に、平塚先生が憐憫に満ちた視線を向けていた……。

 

「……最後の最後で勝手に脚本を書き換えた奴がいましたからね……将棋倒しが起こらず死人が出なかったのが不思議ですよ……」

 

「君にしては爪が甘かったが、あの3年生たちを含めて結果的に誰1人怪我することなく済んだのだ。穴のあいた畳は相良に弁償させるし結果オーライではないか。ま、多少これからの事後処理が面倒ではあるがね」

 

 先生が満更でもない顔でタバコに火を着けた。

 

 当初の打ち合わせでは相良はコマンドサンボであの連中をいなす予定だったのだが、結果は『ご覧の有様だよ!』 ……である。

 

 歴戦?の自称軍曹殿 曰く、

 

『連中の気迫を見て素手では危険だと判断した。実戦において当初の作戦計画が目の前の戦況と乖離することは日常茶飯事だ。事態は刻一刻と変化する。兵士は自分の置かれた状況に合わせて最善の行動を採らなければならない。そうしなければ死ぬ。あの場合はあれが最善の行動だった』

 

 ……だそうだ。

 

 生徒間の暴力事件を未然に防ぎ、怪我人も退学者も出さず、コストも9mパラベラム弾12発と畳12枚で済んだのだから先生の言うとおり結果オーライなのだろうが……。

 

「まぁ、そう落ち込むな」

「別に落ち込んじゃいませんよ……ただ疲れただけっす……ドッと」

「ふふっ」

「……先生」

「なんだね」

「……俺たちはいつまで相良の面倒を見なければならないんですか?」

 

 なんかもう精根尽き果ててるんですけど……。

 俺にあいつの制御は無理だと思うんですけど……。

 そもそもあいつの行動 全然読めないんですけど……。

 

「相良宗介。彼は確かにトラブルメーカーだ。それも特大のな。彼は平和なこの国では単なるフルメタル・パニック!でしかない。しかし、それはとてもよいことなのだよ」

 

「よいこと……?」

 

「わたしは最近思うのだよ、比企谷。君の力で事態が収まる規模の問題なら、それは普通の高校生にとって至って健全な悩みだとね。いや別に君を卑下しているわけではないから、そこは誤解しないでくれたまえ。君はわたしの短い教員生活で出会った中では文句なくNo.1。一番優秀な生徒なのだから」

 

「雪ノ下姉妹より評価してくれてるなんて意外ですね……」

 

「わたしはこれでも えこひいきをする悪い教師なのだよ」

 

 平塚先生が笑い、そして再び表情が鎮まる。

 

「相良がトラブルメーカーで君がトラブルバスターとなる。君にとっては迷惑なことかもしれないが、より大きな視点で見るならそれは平和なこの国における あるべき日常の姿だと理解してほしい」

 

「……」

 

「我々にとって何よりも警戒しなければならないのは、相良がトラブルメーカーではなくトラブルバスターになることだ。彼の力を借りなければ解決できないような非日常な問題が起こることだ」

 

「……そんなことがありえるんですか?」

 

「彼が――相良宗介が我々の前に現れたことが単なる偶然なのか。それとも何かしらの理由に基づく必然なのか。彼がこの学校に現れたのが偶然ではなく必然だとするなら、良きにつけ悪しきにつけ彼の能力を必要とする事態が差し迫っていることになる。そこまではいかなくてもその可能性があることになる」

 

 薄ら寒さが身体に拡がった。

 相良がこの()()に転入してきた意味。

 あいつのことを知れば知るほど、その特異性を目の当たりにすればするほど、偶然という言葉が軽くなる。

 今聞かされた平塚先生の意見の方が明らかに蓋然性が……高い。

 

「先生はあいつが……相良が普通の高校生じゃないと思ってるんですか?」

 

「わたしの口からそれは言い辛いな……ただ彼のためにも固定観念に囚われてはいけないとは思っているよ」

 

「……」

 

「とにかくご苦労だった。そして今回は裏の理由がみつかってよかったな」

「裏の理由? なんすか、それは?」

「ひねくれ者で恥ずかしがり屋の君が行動するために必要な理由だよ」

 

 だからそれは相良が退学になると材木座を押しつける相手がいなくなるからで……。

 戸塚との輝ける未来のためで……。

 

「裏の裏は表、ということなのだろう?」

 

 平塚先生が優しげに微笑む。

 

 心の中を見透かされたようで落ち着かない気分になった俺は、先生に頭を下げると職員室を出た。

 

 

           ×     ×     ×           

 

 

 ママチャリを押しながら家路に着いている。

 

「疲れた?」

 

 なんとなく一緒に帰ることになった由比ヶ浜が、隣を歩きながら訊ねた。

 さっきからほとんど会話らしい会話がない。

 

「……すっごく、な」

 

 もうこのまま歩きながら眠れてしまうくらい。

 

「ありがとね……サガランを助けてくれて」

「……言っとくけど、それ嘘な」

「嘘?」

「……相良が退学になると俺がまた体育で材木座とペアを組むことになるだろ。俺が今 誰とペアを組んでると思ってる……必死にもなるだろ」

「そっか。さいちゃんとペアが組みたいからがんばったんだ」

「……まあ」

 

 平塚先生の言葉の影響か……。

 言い訳。弁解。欺瞞。韜晦……そんな単語が頭に浮かぶ。

 

「でもさ。それってたとえサガランが退学になったとしても、ヒッキーが『今はもうさいちゃんとペアを組んでるから』って材木座くんにいえばそれで済む話じゃない?」

 

 どこか面白そうに由比ヶ浜が追及してくる。

 

「……ぼっちで空気な俺にそんな難易度の高い真似ができるかよ」

 

 それって戸塚に告白してるようなもんじゃん……。

 

「……ヒッキーは空気じゃないよ」

 

 照れくさそうに、そして少し寂しそうに、由比ヶ浜が言った。

 

「ヒッキーはぼっちかも知れないけど空気じゃないよ。それはゆきのんやサガランも同じ。ちゃんと誰にも負けない自分がある」

 

「……」

 

「空気っていうのはあたしみたいな子のことを言うんだよ……自分がない」

 

 周りの空気を読もうとし続け、いつしか自分も空気になってしまった由比ヶ浜。

 現代病とさえ言えるリア充であるが故の悩み。

 

「でも最近のおまえは違うだろ。特に今日のおまえのどこが空気なんだよ。存在感ありありだったろうが。あれで空気とか『全国の空気さんに謝れ!』レベルだぞ」

 

「たははは……今思い出すとかなり恥ずかしいかも」

 

「…………聞いてもいいか?」

 

「?」

 

「……お前も何か考えたって言ってたよな。相良を守るために」

 

「ああ、あれ。ヒッキーの計画に比べれば全然たいしたことないよ。みんなでカラオケ行くとか、プールに行くとか、そういうの。ほら仲良くなればケンカしなくてすむし」

 

 しょーもねー、と笑う由比ヶ浜。

 

 奉仕部の中で由比ヶ浜以外の誰1人として、そんな風に考えられる人間はいないだろう。

 俺も雪ノ下も、もちろん相良も、今回の問題を解決するには程度の差こそあれ相手を出し抜き打ち負かすしかないと思っていた。

 それなのに……。

 

「……おまえ、すげえな」

「……え?」

 

 俺は口をつぐんだ。

 疲れているときには妙なことを口走ってしまうものだ。ソースは俺。

 同じ過ちを繰り返すのは俺の悪癖である。これ以上同じ轍は踏まない。

 

「ヒッキー、今のどういう意味?」

「……知らん」

「ねえねえ」

 

 由比ヶ浜が俺のシャツをつかんで揺さぶる。

 再びラブコメの波動を感じ始めた俺は、それでも黙りを決め込んだ。

 

 

 My youth

 

 romantic comedy

 

 is wrong AS

 

 I EXPECTED.

 




予告

小町「だからお兄ちゃんは小町と一緒に千葉へ行かないといけないのです」
静 「千葉駅かと思った? 残念! 千葉村でした!」
宗介「貴様らはダニだ! うじ虫だ! この宇宙でもっとも劣った生き物だ!」
小学生「「「さ~、いえっ、さ~、」」」
宗介「これか? これは水筒だ。水が1リットルも入るのだぞ」
静 「もし相良のせいでわたしが教職を追われるようなことになったらそれはすべて比企谷、君のせい君のせい君のせい君のせい――」
八幡「先生……俺はブタ野郎じゃなくてぼっちです」
雪乃「けれど、あまりいいやり方とは言えないわね」
留美「ほんと、バカばっか……」
八幡「新世界の神になる」
結衣「ヒッキー、あの子たちがどこにもいないの!」
宗介「こちらウルズ7、人質は小学生4名および高校生1名」

次回『エンゲージ、セブン、エイト』

八幡「俺のことはエイトマンと呼べ」
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