「いやあああああああああっ!」
イリヤの叫び声と共に、途轍もない濃密な魔力の風が吹き荒れる。思わず死んだふりをやめて顔を上げると、膝を折り、自らの腕を抱えて項垂れるイリヤの姿が映った。その近くには呆然とした表情のダクネス。そして…、まさ…か、あれは…!?
真っ白な雪を真っ赤に染めて倒れる、人の姿。この角度ではわかりづらいけど、本来あるべきものが体に着いていない様な気が…。そんな、うそ。嘘だと言って…。
『めぐみんさん!』
あ…、ルビー…?
『めぐみんさん、お辛いでしょうが、正気を保っていて下さい。今から貴女に魔力供給を行いますから、私を使って防御結界を張ってほしいのです』
「防御結界、ですか?」
『はい。今のイリヤさんには、誰の声も届きません。おそらく冬将軍と激しい戦闘を繰り広げるでしょう。その余波からみんなを守ってほしいんです』
戦闘を繰り広げるって。
「そんなの無茶です! 冬将軍の強さは、おそらくはベルディア以上! 私の爆裂魔法でも、一撃で倒すのは不可能なんですよ!?」
『その、ハズなんですけどねー』
ルビーは翼の飾りで頭(?)を掻き、話を続ける。
『私は、この状態のイリヤさんを知っているんです。その圧倒的な強さも。ただ、本来はもう、こんな状態になるはずはないんですが…』
ルビーは困ったように言う。私は、ハァ…と息を吐き、ルビーに言った。
「仕方がありませんね。貴女が真面目に話してるという事は、それだけ切羽詰まった状況なのでしょうから」
『ご理解いただき、ありがとうございます。では、私の柄の部分を握って下さい』
「こうですか?」
私は精一杯の力で腕を伸ばし、ルビーの柄を握りしめる。その瞬間、私の体は光に包まれ…。
『アハー! カレイドルビー・マジカル☆めぐみんの誕生です!』
「な、こ、これは…!」
私の衣装は、白い襟付きの袖無しシャツに袖無しの紅い燕尾服、白いミニのフレアスカート。燕尾服と同色の長手袋にロングブーツ。紅い大きな蝶ネクタイの中央に星形の飾り。マントは何故か、いつもと同じデザインのもの。髪は両サイドアップになっていて、触った感じ、イリヤの羽根飾りと同じデザインでさらに大きめの物が着いているようだ。
『いやー、スミマセン。転身した方が魔力供給がスムーズに行えるので』
ルビーは反省の色のない声で謝っているが、そういうことじゃない!
「違います! どうしてイリヤの時のような、呪文からの変身をしないのですか! どう考えても、あっちの方がカッコいいじゃないですかッ!!」
『……あー、そっちですか。ええと、……済みませんでした』
「何ですか。文句があるなら聞こうじゃないか」
ルビーの冷めた声に、私は反発する。
『いやまあ、いつもだったらそれも一興ですが、せっかくイリヤさんに当てられて冬将軍が行動停止しているんです。さっさとやるべき事をやりましょう』
くっ、いきなり正論を!
「……仕方ありませんね」
そもそも、そのために私は力を貸したわけですし。
「……すまない、私も頼む」
「ダクネ…、ひっ!?」
私は思わず、小さな悲鳴を上げてしまう。ダクネスは、首の無いカズマの体を背負い、右腕で
「……アクアなら、カズマを生き返らせることが出来るかも知れないからな」
あ…、そうだ。アクアなら…!
私が振り向きアクアを見ると、今まで黙っていたアクアがサムズアップを返し言った。
「任されたわ!」
と。
私がダクネスとアクア、そしてカズマの遺体を守るために防御結界を展開した直後。
「……赦さない」
突然イリヤが呟くように言った。
「赦さない! 赦さない! 赦さない! 赦さない! 赦さない! ……アレを
呪詛にも似た言葉が雪原に響き渡る。
「方法? 手段? そんなの決まってる。わたしはもう、知ってるから」
そう言ってポケットからカードを取り出し、前へと突き出す。しかし、イリヤの敵意が膨れ上がったのがわかったのか、冬将軍が再び剣の
「
冬将軍の手元がぶれ。
キイィン!
金属がぶつかる澄んだ音。跳ね上げられた、冬将軍の片刃の剣。そしてイリヤの両手には、砕かれた白と黒の二振りの剣。
冬将軍は左手も柄に添え、両手持ちに変えて振り下ろす。
ギキィ!
その斬擊は、いつの間にか握られていた、先程と全く同じ白と黒の剣によっていなされる。そこからイリヤは左足を一歩踏み込みながら、左手の黒い剣を水平に振り抜く。
冬将軍は一歩後ろに下がり、その斬擊を躱し…、さらに一歩下がる冬将軍の眼前を、イリヤの白い剣が通り過ぎた。もう一歩踏み込んだイリヤが、右手の剣を振り抜いたのだ。
下から掬い上げるような斬擊を後ろに躱しながら、イリヤは二本の剣を冬将軍に投げつける。その剣が弾かれているうちに、イリヤは冬将軍との距離をとった。
「な、何だ、この攻防は。ミ…、ミクルギ? と闘ったときの比ではないぞ!?」
確かに。今は離れて見ているから何とか目で追えているけど、あの場にいたら、何か行動をすることすら出来ずに切り伏せられてるだろう。
あと、ミクルギでは無くミツラギだ。ダクネスには後で言って聞かせよう。
『……うーん、やっぱりそういうことなんですかねー?』
「? 何がやっぱり何ですか?」
私が尋ねると、ルビーは再び頭を掻き言った。
『詳しいことは言えませんが、イリヤさんにはちょっとばかし秘密がありまして。それに少しばかり変化が起きたのかも知れません』
「そ、それは、イリヤに悪影響はないのですか?」
『今はまだ何とも…。むしろ』
むしろ?
『今のイリヤさんの精神状態の方が問題ですね。もしこのまま冬将軍を倒したりしたら、正気に戻ったイリヤさんの心にどんな影響があるか…』
た、確かに。私はイリヤに視線を戻す。
イリヤは、再び手にした二振りの剣をまたもや冬将軍に投げるが、それもまた、剣によって弾かれる。さらに二振りの剣を手に、冬将軍に向かって突っ込んでいく。
「ダメだ、イリヤ! 不用意に近づいてはッ!!」
ダクネスが叫ぶが、イリヤはすでに冬将軍の間合いの中。冬将軍は腰だめに構えていた剣を水平に薙ぎ…!?
突然イリヤが消えたかと思えば、同じく突然に冬将軍の背後に現れた!
「鶴翼三連!」
気がつけば、弾かれたはずの二対の剣とイリヤの剣撃が、冬将軍を襲っていた。さらにイリヤは、冬将軍に三対の剣を突き立てたまま距離を取り。
「
そのかけ声と共に、三対の剣が爆発する。爆煙が晴れたそこには、剣で付けられたもの以外にも身体中に傷を負いながら、それでも悠然と
イリヤは手に、黒塗りの弓と複数の飾り気のない矢を出現させ、番えて弓を引き、解き放つ。冬将軍は剣で弾くものの全てを弾く事は出来ずに、討ち漏らしたうちの何発かをその身に受ける。それでも大したダメージになるような傷は負ってないのは、さすがとしか言いようが無い。
一方こちらへは、イリヤが放った矢の流れ弾が襲いかかってくる。防御結界を張ってなければ危なかっただろう。
『アクアさん、カズマさんの蘇生はまだですか?』
「急かさないでよ! 首を繋いだのはいいけれど、少し間が空いたせいで血液が足らないの。最低限の増血が終わらないと、蘇生は出来ないわ!」
こちらは、アクアに任せるしかない。とはいえ、もどかしいのも確かだ。
……ルビーが急かす理由も予想はついている。カズマなら、今のイリヤを止めることが出来るかも知れないからだ。……アクア、頼みましたよ。
「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神、エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです」
気がつくと俺は、白い空間で椅子に座っていた。目の前には、長い銀糸の髪の、美しい少女がいた。見た目の年齢は、俺より少し下だろうか。
エリスと名乗ったその少女の、哀しみが隠った眼差しを受け、俺は気がついた。
……ああ、そうか。俺はまた死んだのか。
気がつくと、俺の頬を涙が伝っていく。俺は思っていたより、あの世界が気に入っていたらしい。
そして俺は、自分が殺されたときのことを思い出す。
「あの、落ち着かれましたか?」
「……情けないところを見せちゃいましたね」
視線を逸らしながら言う俺に、しかしエリスは首を振り。
「何も恥じることなどありません。大切な命を失ってしまったのですから」
……ああ、この女神さまは、なんて優しいんだ。
「あの、聞いてもいいですかね? 俺を殺したあのモンスター、あの後どうなったかわかりますか?」
俺が尋ねると、エリスは急に視線を逸らした。
「え、えーと、あの…?」
「異世界から来られた勇敢な人。せめて私の力で、次は平和な日本で…」
「ちょおおおおおっと待てい!!
今、明らかに話を逸らしましたよね!?」
どうした? あいつらに、一体何があったんだ!?
だがその答えは、意外なところからもたらされた。
『さあ帰ってきなさいカズマ! 今こっちじゃ、大変なことになってんのよ!』
こ、この声はアクア!? いや、それより、大変なことって何だ!?
「この声は、アクア先輩!? それじゃあ、あのプリーストは本物の!?」
エリスも何か驚いてるが、こちらはそれどころではない。
『カズマ、聞こえる? アンタの身体に「リザレクション」って魔法をかけたから、こっちに帰ってこられるわ! ……今、イリヤが暴走して、冬将軍と戦ってるのよ!』
「何だって!? わかった! 直ぐに帰る!!」
「ダッ、ダメです! あなたはすでに一度生き返ってますから、天界規定でこれ以上の蘇生は出来ません!
……こうなると思ったから、話を逸らしてたのに」
エリスが最後、何かを呟いていたが、それは聞き取ることが出来なかった。いや、それより。
「エリス、……いや、エリス様! お願いします! 俺をあの世界へ帰してください!
……俺、クリスっていう盗賊の子に、イリヤの事を頼まれたんです。だから…」
「! ……カズマ、さん」
エリス様が少し戸惑った表情を見せる。しかし、それをぶち壊すように。
『ちょっと、そこにエリスがいるの? ……全く、どうせあの子のことだから、また融通の利かないことでも言ってるんでしょ。
いいわ、カズマ。エリスがこれ以上ゴタゴタ言うようなら、その胸パッドを取り上げて…』
「わ、分かりましたっ! 特例で認めますから!」
すみません、エリス様。別にごねてもいないのに、うちの駄女神がバカなことを。
「全く、こんな事普通はないんですよ?」
そう言いつつも、少しさっぱりした顔をしているエリス様。
「……カズマさん」
「あっ、はいっ!」
突然名前を呼ばれ、俺は慌てて返事をする。
エリス様は困ったように、ポリポリと頬を掻いてから。
「この事は、内緒ですよ?」
片目を瞑り、俺に向かって囁いた。まるでいたずらっ子の様な微笑を湛えながら。
意識が浮上して直ぐ、俺は身を起こし。
ごっ!
「ふぎゃっ!?」
「あだッ!」
俺の脳天に何かが当たる。頭を抑えながら振り向くと、顎に手を当てゴロゴロと転がるアクアがいた。
「カズマ、生き返ったのか!」
ダクネスが、申し訳なさと安堵が合わさった、なんとも言えない表情で俺に言った。全く、そんな表情するくらいなら、変なプライドなんか持たずにさっさと土下座していれば良かったものを。いや、そんなこと、今は後回しだ。
俺は立ち上がろうとして、激しい目眩に襲われる。
「無茶をするな。アクアが血を増やしてはくれたが、それでも生きていられる程度しか回復していないのだから」
そ、そうか。だが、そうのんびりもしていられない。俺は視線を彷徨わせ、イリヤを捜す。
……いたっ! いつの間にか女性マジシャンの様なカッコをしているめぐみんの向こう、こちらに背を向けた冬将軍のさらに向こうに、捻れた矢を弓に番えたイリヤの姿があった。……ってまさか、とどめを刺すつもりか!
ダメだ! 怒りにまかせて命を奪ったら! それじゃあクリスが言ってた、歪んだ成長をしてしまう。
俺はイリヤを止めるため、声を……!
わたしは神秘の薄い矢を射る中、[
[赤原猟犬]の数が八つ目を数えたところで、冬将軍はその対応にしか手が回らなくなっていた。
その機を逃さず、わたしは捻れた剣を投影する。
---この…
何か聞こえた気がするけど、そんなのは構ってらんない。
「---
捻れた剣を矢に変形させ、弓に番えて冬将軍を狙い…。
---
わたしを罵る、誰かの声。そして次の瞬間、わたしの意識は昏い世界へと引きずり込まれていった。
めぐみんの魔法少女姿は、【怪盗セイントテール】の衣装の紅バージョンにいつもの黒マント、転身したイリヤの様な両サイドアップに髪飾りです。
色が[赤]ではなく[紅]なのは、[紅伝説]に因んで。