気がつくとそこは、剣が突き立つ荒れた大地だった。……この光景は、知ってる。ベルディア戦の時に[アーチャー]のカードを
でも、どうして? 元の世界でクロと
……考えられるのは、[アーチャー]のカードが天使さんが用意したものだって事。何かが、本来のクラスカードとは違うのかも知んない。
「……まったく、何ぼーっと突っ立ってんのよ?」
後ろから聞こえたその声に、わたしはびくりとする。その声はとても懐かしくて、でも、そんなことありえるはずがなくって。
わたしは恐る恐る振り返って、声の主を確認する。そして。その姿を確認したわたしの目から、涙があふれ出す。
「クロっ!」
その名前を呼んでわたしは駆け出し、そのままクロに…。
「……っの、バカイリヤッ!!」
ズガッ!
「痛ッ!?」
抱きつこうとしたわたしの頭に、クロは鋭いチョップを叩き込んだ!
「あなたが怒りに任せて戦ってどーすんのよ! あなたのいいところは敵とだって仲良くなれる、そのお人好しで能天気なところでしょうが!」
「それ、褒めてる? ってええっ!?」
クロはいきなり、わたしを抱きしめた。
「ホント、バカなんだから…」
「クロ…」
ああ、ミユもそうだけど、クロも不器用だなぁ。でも不器用だけど、暴走したわたしを心配してくれるその優しさが、ここにいるのが本物のクロだって感じさせてくれる。
……ん?
「ちょ、ちょっとクロ!?」
わたしはクロを引き離し尋ねる。
「何でわたしが暴走したの、知ってんの!?」
「……ああ、それ? だってわたし、見たから」
……はい?
「イリヤより先にこの空間に引っ張り込まれて、その直後にイリヤが体験したことが、直接イメージとして伝わってきたのよ」
ええっ!?
「それでその後、雪原に着いた辺りからは、イリヤの視覚を通してリアルタイムにね」
「うあっ、恥ずかしっ!」
わたしは頭を抱えてうずくまる。
「あなたねぇ…。忘れてるかもしんないけど、わたしがあなたと別れる前は、いつも同じことを体験してたんだからね?」
あう、そうでした。
「……イリヤ。あなたの絶望は、少しはわかるわ。わたしにとってはイリヤがそうだから。だけど、怒りに飲み込まれたら駄目。わたしは、そしてきっとミユも、イリヤのその優しさを失って欲しくはないから」
……わたしの、優しさ?
「わたしは、優しくなんかないよ。すぐに怒るし、妬んだり、場合によっては手が出ることだってあるし」
お兄ちゃんとクロが同じベッドにいたときだって、クロが勝手に入り込んだだけなのに、八つ当たりでお兄ちゃんを引っぱたいちゃったし。
「ま、それは否定しないけどねー?
……でもあなたは、基本的には誰も傷ついてはほしくないと思ってるし、目的と手段、両方を選ぼうとする。その意思を忘れないで居て欲しいの。あなたは、[正義の味方]じゃないんだから」
最後のひと言の意味はわかんないけど、わたしはクロの言葉を胸に刻み込んだ。きっとまだ、本当の意味で理解してないんだと思うけど、おそらくそれは、とても大事なことだと思うから。
「……イリヤ?」
わたしが黙ったままなのが気になったのか、クロが声をかける。
「……クロのそれ、姉っぽい!」
「はあっ!? このタイミングで姉の座争い!?」
呆れたように返すクロに、わたしは話を続ける。
「だってクロってば、さっきから説教じみたことばっかり言ってー…」
「それはイリヤがまた、イジイジしてたからでしょ!」
声を荒げるクロに、わたしはニッコリと笑って。
「うん、そうだね。ありがと、
「!!」
一瞬にして顔を真っ赤にするクロ。そして目を逸らし。
「……イリヤ、いつの間にそんな高等テクを!?」
そう言い返したクロはやっぱり、わたしがからかった事に気がついたみたいだ。
「普段クロがからかうから、たまにはやり返したいって前から思ってたんだ。……うん、でも」
わたしは一旦言葉を区切り、クロの瞳を見つめながら続きを口にする。
「感謝の言葉は本当だよ? だから何度だって言える。ありがとう、クロ」
「……あ~、もういいわよ! 照れ臭くってしょうがないじゃないの!」
そう言ったクロは、羞恥の中に嬉しさを交えた、そんな表情をしていた。
「……それにしてもイリヤ、思ったよりも落ち着いてるわね?」
それこそようやく落ち着いたクロは、そう話を切り出してきた。わたしは軽く頷く。
「実を言うと、わたし自身そう思ってたんだ。冬将軍への怒りはまだあるんだけど、それが爆発するような感覚は、今はないよ」
「ふぅん」
クロは軽く頷いたあと、思案顔で少し考え込んで、ようやく次の言葉を口にする。
「もしかしたら、ここに召喚された際に感情の一部が切り離されたのかも。わたしと、冷静に会話させるために」
「ええっ! 一体誰が、……って。考えてみたら、このカードの英霊しかいないよね」
わたしは胸に手を当てながら言う。おそらく意識だけここに来ているのだろうわたし達に、果たしてカードが夢幻召喚されているのかはわかんないけど、今のわたしの姿は[アーチャー]を夢幻召喚した時のまま。だから胸に手を当てただけで、クロには充分通じると思った。
「ホント、とんだお節介焼きの英霊もいたもんね」
クロも呆れた口調で同意する。
「……でも、どうしてわたしとクロはこの世界にいるんだろう。ここって多分、[アーチャー]の心の世界だよね?」
「……固有結界、って訳でもなさそうだし」
「固有、結界?」
「あー、そっかぁ。そこから説明しないと駄目か」
クロは頭を掻き、面倒くさそうに説明した。
「固有結界ってのは、現実世界を心象世界で塗りつぶした世界。それを形作る結界で、魔法に最も近いとされているうちのひとつ。大魔術よ」
「へえ…」
と、感心して頷いたものの、実はわたし、魔術と魔法の区別はついてない。……まあ、それはともかく、固有結界ってのが何なのかはわかった。
「それで、固有結界じゃ無いっていうのは?」
「これって、現実世界に張られた結界ってワケじゃないでしょ? わたし達の意識が、この世界に引っ張って来られただけみたいだし。
……そうね。どちらかと言えば、[英霊の座]に近いんじゃないかしら?」
[英霊の…座]? あれ、どこかで聞いたことあるような? ……あっ!
「それって前にルビーとサファイアが説明してた…、偉業を為した英雄が死んだ後に行く場所、だったっけ?」
「あら、よく覚えてたわね。エラいエラい」
そう言って頭を撫でようとする、クロの手を躱すわたし。これ以上妹扱いされたくはない。反抗的な妹っぽい行動のような気もするけど、わたしにだって譲れないものがある。
「それで一番の疑問だけど。どうしてわたしとクロ、別々の世界にいるわたし達が一緒にここにいるのか。……クロは予想がついてるの?」
クロがまた余計なことを言う前に、わたしは疑問を投げかける。
「そうね。推測と憶測でしかないけど、一応は。
ひとつめは、わたしとイリヤ、ふたりとも[アーチャー]のカードを使用している状態だってこと。
ふたつめに、わたしとイリヤには魔術的な繋がりがあるってこと」
魔術的な繋がり? ……あ。
「もしかして、[
「正解」
そう言って服の裾をぴらっとめくる。そこには、おへそを囲むようなデザインの紋章が描かれていた。
それは以前、クロがわたしの命を狙っていたときのこと。リンさんが捕らえたクロに、抑止力としてこの呪いをかけたんだ。
「ま、これも世界をまたいで効果を発揮することはないみたいだけど、それでもわたしとイリヤを繋ぐ役割はあったみたいね」
そっか…。呪いってのがちょっとアレだけど、それでもリンさんには感謝だね。
「……で、よ。[アーチャー]の英霊は、[死痛の隷属]を利用してわたしとイリヤにアクセス、カードを通してこの世界に引っ張って来た。
……そもそもクラスカードは、[英霊の座]へアクセスするための魔術礼装だからね」
「つまり、[座]に繋いで英霊を自分の身体に降ろす、そのカードの機能を逆に利用したってこと?」
「そういうこと。まあ、まだ疑問が残ってるんだけど」
そう言うとクロはバッと振り返り、大きな声で叫ぶ。
「というわけで、そろそろ出てきたらどうなのっ!」
するとその声に応えるように、わたし達の目の前にひとりの男の人が現れた。
その人は背が高く、白髪色黒の男性で、今のわたしが着ている衣装に似たコスチュームを身に纏ってる。
誰か、なんて考えるまでもない。この人こそわたし達をこの世界に呼んだ、[アーチャー]のカードの英霊。それと同時に、夢幻召喚しても真名がわからない謎の英雄…。
彼はフゥ…、とため息を漏らす。
「イリヤスフィール、私は君たちの会話を邪魔しないよう、気を遣っていたつもりだったのだがね」
うん? わたし? ……あ、そうか。クロも[
「……クロエよ。どっちもイリヤじゃ、ややこしいでしょ」
「ならクロエ、改めて問おう。何故わざわざ私に声をかけたりしたのだ?」
すると今度は、クロがため息を吐いた。
「あのねぇ。わたしは今、この状況についての謎解きをしたの。そうしたら当然、答え合わせもしたくなるってもんでしょ? だったらついでに、こんなことした本人に出てきてもらって、ご説明願おうと思ったってわけ」
クロってば、英霊相手にも物怖じしないなぁ。相手は有名無名関わらず、英雄と呼ばれた存在なのに。
「やれやれ…。君たちの語らいのために、場を提供した。……それだけでは不満かね?」
「不満だから声かけたんじゃない」
「ふむ…、なるほど。確かにその意見には納得がいく。だが、もし私がその声を無視していたらどうする?」
「アラ、暴走したイリヤをわざわざこの空間に召喚するようなお節介焼きが、わたしの呼びかけに応えないわけないじゃない」
「君は何か、勘違いしているようだな。イリヤスフィールは曲がり形にも、私を召喚し扱う、いわばマスターの様なもの。そのマスターが、あの様な醜態をさらしながら私の力を使うのが我慢ならなかっただけだ」
「それならわたしまで呼んで、お説教させる必要も無いじゃない」
「なに、単に私は、面倒事を君に押しつけただけなんだが」
「あなたねぇ…!」
「ストーップッ!!」
わたしはふたりの間に割って入った。
「クロ、話逸らされてるよ」
「う…」
思わず言葉に詰まってるけど、クロがいいように
「それから、……アーチャーさん。悪人ぶるのはやめてください」
「悪人ぶる? 私はありのままを口にしただけだが?」
やっぱりアーチャーさんは、聞く耳を持たないって感じだ。……でも。
「それも、嘘ですよね?」
「ふ…、何を根拠に…」
「だって、アーチャーさんがお人好しで優しい人なのは知ってるから」
わたしは断言した。
「感情論か。そんなものはアテにも…」
「ちゃんと証拠ならあるよ」
「何?」
アーチャーさんが初めて、ほんの僅かだけど動揺を見せた。
「お人好しで優しい英霊がいたから、クロはクロとして存在してるんだよね? クロは、[アーチャー]のカードを核にして存在してるんだから」
「あ…」
「む…」
クロはどうして
地脈の逆流で魔力が溢れてたから? それともあそこに、聖杯が眠ってたから?うん、どっちもありそう。
でもそれは、理由であっても原因じゃ無いと思う。だって魔力と願いを叶える力があっても、実際クロに身体を与えているのは[アーチャー]のカードなんだから。
「……まあ、君がそう思いたいのなら思っていればいいさ」
アーチャーさんは根負けしたって表情で言ってるけど、さっきより語気が柔らかいような気がする。……気のせいかもしんないけど。
「それじゃあ改めて聞くけど、クロの推理って合ってたの?」
「ああ、概ね合っているな。クロエにかけられた呪いと二枚のカードを通して、私はここ、英霊の座へと導いた。イリヤスフィールの感情の一部を切り離したというのも事実だ」
アーチャーさんの説明を聞いてクロを見ると、ドヤ顔でこっちを見返してくる。うあ、なんかむかつく。
「説明は以上だ。他に話すことも無いなら帰るがいい。
ここは過去も未来も無い、英霊の座だ。私が導いた直後の瞬間に戻ることが出来るだろう」
「うわあ、言う事言ったらさっさと追い返す気? ナイワー。ショウジキナイワー」
「ク、クロ! これ以上煽らないでッ!」
わたしは恐る恐るアーチャーさんを見たけど、特別機嫌を悪くはしてないみたい。相変わらずの仏頂面だけど。
「ま、ここはイリヤに免じて、大人しく引き下がってあげるわ」
「ああ、それは有難いことだ」
アーチャーさんはクロに向かってニヤリと笑った。うう、精神体なのに何だか胃が痛くなりそう。
「アンタ、本当にムカつくわね? ……まあ、いいわ。それで、帰るってどうすればいいのよ」
「何、簡単だよ。ここから数歩離れれば、自然と意識は器へと戻る」
「あっそ」
素っ気ない返事を返してから、クロはわたしを見る。
「イリヤ、あんまり待たせるんじゃないわよ?」
あ…。
「うん! 必ず、必ず戻るから!」
わたしは改めて心から誓い、声に出して応えた。
「じゃ、またね、イリヤ」
「クロ、またね!」
再会を誓い合うと、クロは背中を向けて歩き出す。そして数歩進んだところで、クロの姿は忽然と消えた。
今回、書いたり消したりが多くて、遅くなりました。紆余曲折の末に、アーチャーの出番が予定より早まりましたが。