気がつくとそこには、中世の様な町並が広がっていた。
『イリヤさん。中世なんて、知ってて言ってるんですかー?』
「ちょっとルビー! モノローグに突っ込まないでよ!
そうだよ、知らないよ? でも、ファンタジーじゃ定番の表現じゃない!」
『嘆かわしいですねー。カレイドの魔法少女がテンプレートな発言に頼るだなんて』
「いやいやいや! ルビーだってわたしに、魔法少女のテンプレ行動やらせようとしてたじゃない!」
「魔法少女は斯く在るべきですから」
「ルビー!?」
わたしは思わず声を張りあげ、そうして気がついた。ここは街中だってことを。
子供だなぁ、という視線はまだいい。わたしは子供だから。でも、もうお飯事って歳でも無いでしょうにって視線はさすがに辛い。辛いので取り敢えず。
逃げた!
『いやー、相変わらず切羽詰まると、逃げの一手ですかー』
逃げたっていいじゃない! 逃げるが勝ちって言葉もあるんだから!
『イリヤさん、その格言もこのタイミングで言うと、ダメ人間の
「だから、モノローグに突っ込まないでッ!」
わたしはルビーと言い争いながら、路地裏へと入り込んだ。
「……だ、誰も、追いかけて、来ない、よね?」
息を切らせて言うわたしに、だけど。
「うん。アタシ以外はね」
「え…?」
その声にふり返ると、そこには銀髪ショートで右頬に傷跡のある、14~5歳くらいのお姉さんがいた。
「え、えと…?」
「アハハ、驚かせちゃったみたいだね。
アタシはクリス。盗賊職の冒険者だよ!」
「冒険、者?」
「アレ? てっきり冒険者になるために、この街に来たのかと思ったんだけど。
ここ、アクセルは『駆け出し冒険者の街』だからね」
……あ、そうか。RPGとかでよくある、あの冒険者だ!
「そ、そうなんです! わたし、冒険者になりに来たんです!
でも、初めて来た街なうえに、お金も無くって…」
わたしは咄嗟に話を合わせる。
『(よくもまあ、あること無いこと…)』
「(ルビー、静かにして! それにわたし、嘘は言ってないよ!)」
そう。わたしは嘘なんて言ってない。
魔王を倒すにしても、まずは冒険者になんなきゃいけないみたいだし、ここは初めて来た街。そして、お金は少しはあるけど、こっちのお金は持ってない。
ほら、嘘なんかついてないよ?
『(ああ、なんだかイリヤさんが擦れてしまって、ルビーちゃん悲しいです)』
わたしが擦れてしまったのなら、それはきっとルビーのせいだ。
そんなわたしたちのやり取りに気づきもしないで、クリスさんは頷きながら言った。
「そうかー、キミも大変な思いをしてるんだね。
よぉし、お姉さんが一肌脱ごうじゃないか」
ああ、クリスさんが優しい人でよかった。
「あの変なオモチャもね!」
「えっ!?」
わたしはギョッとしてクリスさんを見た。
「いやぁ、さっきはオモチャと会話する変わった子だと思ったんだけどね。まさか本当にお喋りするとは思わなかったよ」
前言撤回、わたしたちの会話はしっかりと聞かれていました。
『ヤレヤレ、バレてしまっては仕方がないですね』
「ルビー!?」
『イリヤさん。知られてしまった以上は、下手に隠し立てしても無意味ですよ?』
「そうそう」
「むう…」
確かに、そうかもしんないけどさー…。
『それに、この方にバレるのは、ある意味仕方が無いことですし』
「ん? どゆこと?」
『上手く隠しているようですが、クリスさんから感じ取れるのは間違いなく神気。即ち、この方は神様、ということです』
「「……え?」」
わたしとクリスさんの声がハモり、そして。
「ちょちょ、ちょっと待ってよ! アタシが神様なんて、そんなわけないよー!」
クリスさんは慌てて否定してるけど、むしろ怪しく感じるのはなんでだろう。
『私たちとの会話も、なんかチュートリアルみたいな感じがしましたし』
……思い返してみると、確かに。
「いや、アタシは本当に気になっただけだから!」
やっぱり否定してるけど、いちど芽生えた疑念は払拭できない。うーん…、あ。
「そう言えば天使さんが、死んだ人を導く女神が今はいないって言ってたよね。もしかしてその女神が…」
「いや、それはアクア先輩の事だから!
……あ」
アクア先輩? どうやらクリスさん、墓穴を掘ったみたい。
『私たちですら知らない女神の名前を知っているうえに、その方を先輩呼ばわり。これはもう、確定ですね-』
ふぅ…
ルビーが煽り気味に言うと、クリスさんはひとつ、ため息を吐いた。
「……仕方が、ないですね。
その通りです。私はこの世界担当の女神、エリスと言います」
クリスさんの雰囲気が急に変わったかと思ったら、口調まで変わってエリスって名乗った。
『エリスと言うと[黄金の林檎]で有名な、ギリシャ神話の[不和と争いの女神]と同じ名前ですね?』
あ、それ知ってる! [名探偵コ●ン]の[ゴールデンアップル]の回で説明してたやつだ!
「いえ、貴女方の世界の神とは違います。私は幸運の女神です」
「へぇ、そうなんですか。でも、女神さまの頬に傷痕って…」
私がそう言うと、クリ…、エリスさまがクスリと笑った。
「この姿は、この世界にいる間の仮のモノです。
原則として、神が人間の世界に介入するのは禁止されているので。だから。
……この姿の時は人間の冒険者、盗賊のクリスだよっ!」
いきなり元の口調に戻るエリスさま。あ、いや、クリスさん? なんだかややこしいなぁ。
『わかりました。それでは人間として扱っていくことにしましょう』
「ありがとう。ええと…」
『ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。
私は最高位の魔術礼装、カレイドステッキのマジカルルビーちゃんです』
「あっ、ええと、わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです」
ルビーが自己紹介を始めたので、私も慌ててあとに続く。
「よろしく。ええっと、呼び方は『ルビー』と『イリヤ』でいいのかな?」
『ええ、それでいいですよー』
「私もそれでかまいません」
「うん、わかった。……でも」
ぐにっ
「うえぇぇ!?」
クリスさんが左右から、私のほっぺたを引っ張った。って何? 何ごと!?
「イリヤはちょっと、畏まりすぎだよ。キミってホントは、そんなしゃべり方じゃないでしょ?」
「
「そっかー」
私の答えに、クリスさんはうんうんとうなずいて。
「なに言ってるかわかんない!」
「だあぁぁぁっ! クリスさんがほっぺた引っ張ってるからでしょっ!?」
私が両手を振り上げたとたん、クリスさんは手を離して一歩下がったので、ここぞとばかりに文句を言う。
「よし! ようやく砕けた口調になったね」
……はえ?
「イリヤ。キミはまだ子供なんだから、そこまで気にする必要はないと思うよ? もちろん、最低限の礼節は必要だけどね」
そっか。クリスさん、それが言いたくてあんなこと。……ほっぺた痛かったけど。
「うん、わかった。ありがとう、クリスさん」
私がお礼を言うと、クリスさんはテレながら、右の人差し指で頬を掻いた。なんかかわいらしい。
「そ、それじゃあ行こうか」
「え? 行くって?」
『全くもー、忘れたんですかー? イリヤさんは冒険者になるんでしょう?』
あ、そうだった。冒険者になって魔王を倒して、早くみんなのところに戻らないと!
「忘れるとこだったよ。ありがと、ルビー。
それじゃお願いします、クリスさん」
「了解。じゃあアタシのあとに付いてきて」
そう言って歩き出したクリスさんのあとを、私はついていった。
なんだか、今回の転生者は、結構愉快な子みたいだね。人格を持った魔道具っていうのもなかなか面白いし。
……でも、冒険者になるにはちょっと幼い気がするんだよね。モンスターとはいえ、生き物を殺す覚悟があるかどうか…。
とにかく、最初のクエストまでは面倒を見てあげた方がいいかな? それ次第では、彼に引き合わせるのもアリかも、ね。
クリスのモノローグは悩みましたが、クリスとしての思考ということで、この様になりました。