雪精討伐から一週間。突然暇になってしまったわたしは、冒険者ギルドでお昼ご飯を食べていた。
『その表現は正しくありませんねー。正確には、イリヤさんを除いたカズマさんパーティーがダンジョン探索に行ってしまい手持ち無沙汰になった、と言うべきですよ?』
「だからモノローグ読むのはやめてって。あと、外された理由が『子供だから』ってのが結構きてるから、そこには触れないで」
そう。アクセルからダンジョンまでが約半日。そこへカズマさんが単身で潜るらしい。つまり他のメンバーは、外で一晩過ごさなければならない。
一応冒険者用の小屋もあるらしいけど、子供にはキツいだろうっていうカズマさんの意見に、みんなが納得してしまったのだ。
うう、わたしも行きたかったなぁ。
『おや、結構やる気があったみたいですね? ちょっと意外です』
……今のはセリフからの返しなのか、それともモノローグを読んだのか。まあ、いいや。
「ほら、カズマさんは潜伏スキルと千里眼を利用して、極力戦闘を避けるつもりだったみたいだし、わたしも[アサシン]を
『なるほど。それは確かに興味深いですねー』
どうやらルビーも共感してくれたみたいだ。
『まあ、その検証はいずれまた、ですかね』
「そうだね」
どうせ今回は待機組にされちゃったし。せっかくだからこのあと、街の散策でもしてみよう。何だかんだで、転生二日目の買い物の時に少し散策した程度だし、今日はトコトン見て回ろう!
あれからおよそ三時間。わたしは完全に、道に迷いました。
『イリヤさんってば本当に期待を裏切りませんよねー?』
「別にルビーの為にやってるわけじゃ、ないんだけどね?」
わたしはルビーに軽く返す。
実はわたしは、特別慌てたりはしていない。だっていざとなれば、ルビーで転身して空を飛べばいいんだから。
……そーいや今のわたし、転身するの、それ程恥ずかしくないなあ。わたしが図太くなったのか、それとも周りの環境のせいなのか。
そんな事考えながら歩いていると、一件のお店の前に出た。
「[ウィズ…、魔道具店]?」
『いわゆる、マジックアイテムショップですね』
へー、こんなお店があったんだ。魔道具って事は、こっちの世界の魔術礼装って事だよね?ちょっと興味あり、かな?
「よし、このお店に寄ってみよう!」
『うーん、別にいいですけど、お金はもう心許ないのでは?』
う…、確かにそうだけど。
「ま、まあ取りあえず、どんな商品があるか見るだけでもいいんじゃないかな?」
『迷惑な客のいい例ですねー』
ぐぬぬ、まさかルビーに正論を突かれるとは!
『まあ、私も興味はありますし、いいんじゃないですかー?』
「だったら文句言わないでよっ!」
ルビーってば、まったくもう。
わたしはモヤモヤした気分を残したまま、お店の扉を開けた。カラン、とベルが店内に鳴り響く。お店の中では二人の女性が楽しそうに談笑していたけど、ベルの音で同時にこちらを向いた。
「あ、[ウィズ魔道具店]へようこそ!」
カウンターの向こうにいたひとりが、わたしに声をかける。その人は濃い紫色のローブを着た、緩いウェーブのかかった茶色いロン毛の、二十歳くらいの女性。
もうひとりは白を基調とした袴着姿で、ロングでストレートの黒髪に黒い瞳の、二十歳には少し足りないくらいの女性。って、この人って多分…。
「……あの、わたしの顔がどうかしたの?」
「ああ!? いえ、何でもありませんっ!」
あうぅ、思わず見つめちゃったよ。
『イリヤさん、何してるんですか。どんな品があるか確認しに来たんでしょう?』
「わっ、ちょ、ルビー!?」
髪の中から飛び出したルビーに、慌てるわたし。
「え…」
「あら、喋る魔道具ですか? 珍しいですね」
驚く黒髪のお姉さんに、興味津々の茶髪のお姉さん。そんな二人にルビーは、胸を張るようなポーズをとり。
『ふっふっふ。私はそんじょそこらの魔術礼装とは、一味も二味も違いますよー』
などと自慢した。まあ、いつものことだけど。
「魔術、礼装…」
黒髪のお姉さんが呟く。……魔術礼装を知ってる? それじゃあもしかして。
「あの、お姉さんはもしかして、魔術師の方ですか?」
「!?」
お姉さんに緊張が走ったのを感じる。わたしは慌てて話を続けた。
「あ。わたしは、見た目はこんなだけど、日本からやって来ました。お姉さんも多分、日本の人でしょ?」
これを聞いたお姉さんは、目を丸くする。私は更に言葉を紡ぐ。
「わたしは日本の冬木って街に暮らしてた、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンっていいます」
わたしの自己紹介に、お姉さんは更に目を見開いた。
「……わたしも、冬木市の出身だよ?」
「え?」
今度はわたしが驚く番だった。
「わたしは黒神
「えっ! クロカミって、[
「え、黒神、めだか…って?」
うーん、ザンネン。【めだかボックス】は知らなかったか。でも九年前からって、わたしにとって大先輩だ。
「あ、それから、わたしは魔術師じゃなくて陰陽師だよ」
「
捲したてるわたしに、カナさんは若干引いてる。
「……えっと、詳しいね?」
『イリヤさんにとって人類史に於ける至高の文化は、お風呂とジャパニメーションらしいですから』
ああっ、わたしの中の、黒歴史的発言を!?
「……その2つが同列っていうのも、どうなんだろ?」
『ですよねー?』
「もうこれ以上、蒸し返さないでええ!」
ああ、もう、恥ずかしいなぁ!
「えっと、よくわかりませんけど、お二人は同じ国の同じ街が出身なんですね」
……あ。この人のこと、忘れてた。
「あ、ええと…」
「ああ、私はこのお店の店主をしている、ウィズと言います」
そう言ってウィズさんがニッコリと微笑んだ。何だか、すごく優しそうな人だなあ。
『そんなウィズさんの隠された本性を知るのは、もっと、ずっと後のことだったのです』
「いや、初めて出会った人にそれって、かなり失礼だよ!? と言うか、以前クリスさんにも同じこと言ったよねっ!」
しかもクリスさんの正体は、幸運の女神エリスさま。そんな人にあんなこと言うルビーは、かなり凄いと思う。悪い意味で。
『いやー、なんとなくインスピレーションでビビッときたんですよねー。まあ、この方の正体が正体ですから』
ルビーがそう言った瞬間、お店の中に緊張感が走る。
「あの、私の正体って、なんのことでしょう?」
そう言うウィズさんの笑顔は、だけど引きつっていた。
『えー、だってウィズさん、アンデッドじゃないですかー』
「ええっ! アンデッド!?」
つまり、魔王軍幹部のベルディアと同じ…?
「なっ、そ、そんな! 私がアンデッドだなんて、ましてや
今一瞬、憐れみを感じたわたしは、おかしくないと思う。
「ウィズさん、リッチーだったの?」
「あっ、いえ、今のは言葉のあやでしてっ!!」
……ぷっ
「「え?」」
思わず吹き出したわたしに、ウィズさんとカナさんが呆気にとられてる。
「ご、ごめんなさい。何だか必死になってるウィズさん見てたら、笑いが込み上げてきて」
「……あの、自分で言うのもなんですが、怖くはないんですか?」
ウィズさんの疑問にちょっとだけ考えて。
「リッチーは怖いけど、ウィズさんは怖くない、かな? だってウィズさん、優しそうな目してるから」
そう答える。すると。
「ありがとうございますう!」
ウィズさんはカウンターから飛び出し、わたしに抱きつきながらそう言った。触れる肌がひんやりして、本当にアンデッドなんだと認識する。
『もう、イリヤさんってば甘々ですねー。すごく善人に見えて実は極悪人なんて、現実でも、イリヤさんが好きなジャパニメーションでも、よくある展開じゃないですかー』
「うん。それはわかってるよ。でも、わたしはこの勘を信じたいんだ。それに…」
わたしはカナさんに視線を向ける。
「確か陰陽師って、怪異の専門家でしょ? そんなカナさんが、ウィズさんのこと気づかないはずないよね? それなのに仲が良さそうだから、きっと大丈夫だと思ったんだ 」
そんなわたしの説明を聞いたルビーが、ぽかんとしてる。
「ルビー?」
『イリヤさん、どうしたんですかっ!? 何だか今日は、異常に冴えてるじゃないですかーっ!?』
「ルビー、ヒドいッ!?」
そりゃあわたしは優柔不断で、即断即決が苦手なのは認めるけどもっ!
そんなわたし達のやり取りを見て、今度はカナさんがくすりと笑った。
「二人とも、仲が良いんだね?」
『そりゃあそうですよ。イリヤさんは私の大事な
「今、おもちゃって言おうとしたよねっ!?」
『さー? イリヤさんの聞き違いじゃないんですかー?』
「ルビー!?」
この掛け合いで、顔を逸らしたカナさんが肩を震わせて笑いを堪えている。もう、恥ずかしいなあ。
ようやく落ち着いたわたし達。カナさんが真剣な顔をして語り始める。
「イリヤちゃんが言うとおり、わたしはウィズさんの正体を知ってる。
それはわたしが、ここへ来たばかりの頃…」
そう言って語ってくれたのは、カナさんとウィズさんの出会いのお話。
カナさんがこちらへ来た時、お金の類いは一切持ってなくて、身の振り方も定まらない状態だったらしい。
宿にも泊まれず、路地裏で野宿をしていたカナさんは、二日間何も食べていなかったそうだ。
そこでたまたま通りかかったのが、ウィズさんだった。
カナさんはひと目で、ウィズさんがアンデッドだと気がついた。カナさんは慌てて魔力を起動して、そこで気を失ってしまう。ルビーが言うには、限界状態でいきなり魔力を発動させたのが原因らしい。
カナさんが目を覚ましたのは、ここのベッドの上だった。
最初は警戒していたけど、ウィズさんが献身的に介抱してくれて、カナさんも徐々に心を開いていった。
その後、冒険者の登録やクエストを手助けしてもらって、やがて独り立ちして、今は王都に拠点を置いて、たまにアクセルに戻ってくるって生活をしてるそうだ。
「……カナさん、凄い苦労してたんだね。わたしなんか、こっち来てすぐにクリスさんと出会えたし、そのあともクリスさんの口利きで、今のパーティーに入れてもらえたから」
こうして考えると、わたしは凄く恵まれてるんだと思う。
── 与えられた日常を甘受してるだけのくせに。
前にクロに言われた言葉。確かにわたしは、周りから与えられてばかりで、それが当たり前だと思ってたのかも知れない。
同じ様な状況だったはずなのに、カナさんと違ってわたしの場合は、大した苦労もしていない。そう思ったら、クロがどんな気持ちであんなセリフを言ったのか、ほんの少しだけわかった気がする。
「……イリヤちゃん?」
「あ、なんでもないです」
いけない、気持ちを切り換えなきゃ。
「そういえばカナさんは、どうしてアクセルに? たまに戻ってくるって言ってたけど 、何か用事でもあるの?」
わたしが尋ねると、一瞬だけ厳しい表情を浮かべる。
「……うん。わたしの個人的な用事でね。今回は別件だけど」
「別件?」
「魔王軍の幹部が倒されたって聞いて、興味が湧いたんだ」
え…。
「イリヤさん、どうかなさいましたか?」
やっぱり態度に出ちゃったんだろう、ウィズさんが尋ねてきた。……街の人達も知ってるし、別に隠す必要のないことだよね?
「えっと、ベルディア倒したの、わたし達のパーティーです…」
「「ええっ!?」」
さすがに二人が驚いた。
「それではイリヤさんは、カズマさんパーティーのメンバーなんですか?」
『おや、ウィズさんはカズマさん達をご存知でしたか』
「はい。あの…、私のことを知って、それでも見逃してくれた方達ですので。……アークプリーストの方は、不承不承でしたが」
あー、アクアさんは女神だし、仕方ないかな? って、これはお口にチャックだね。
「その、カズマって…」
「うん。わたし達と同じ、日本から来た人。優しくて面倒見のいい人だよ」
ホントに、辛いときにわたしの心を軽くしてくれる人。たまにお兄ちゃんと重ねてしまうときもある。
……だけど。
『イリヤさん、いい事ばかり並べ立てるのはいけませんよー』
この意見はルビーには不評のようだ。うん、まあ、贔屓にしちゃってるのは認めるけど。
『街の噂では、カスマ・クズマ・ゲスマ・ぱんつ脱がせ魔なんて呼ばれてる、自称真の男女平等主義者の、最弱職である[冒険者]の男です。本質は善人だと思いますけど狡賢く、誘惑に弱くてかなりスケベな普通の人ですねー』
ルビー、容赦ないねっ!? 確かにベルディアやダストさんにした仕打ちは、ゲスマって感じだったけどね!?
って言うか、[ぱんつ脱がせ魔]は初耳なんだけどっ! カズマさん、そんな風に呼ばれてるの!?
「……一体、どういう人なの!?」
『まあ、実際には見てもらった方が早いんですけど、今日は生憎と不在ですので。ただひとつ、男女を問わずに人を惹きつける魅力を持った人、……であるのは確かですね』
あ、それはわかるかな? そういうトコがなんとなく、お兄ちゃんに似てるんだと思う。
「そうなんだ。残念だけど、今日中に王都に帰らなくちゃならないんだ」
「そっかぁ…、え? 今日中?」
王都がどこにあるのかは知んないけど、一日で辿り着けないだろうってのはさすがにわかる。
「わたし、冒険者の職業はアークウィザードで、『テレポート』の魔法持ってるから」
テレポート! そんな魔法もあるんだ!?
「テレポート屋もあるから、お金を払って送ってもらうことも出来るよ」
……異世界、侮り難し!
ウィズさんのお店を出て、しばらく歩いたあと。
「あ。魔道具見るの、忘れてた」
『そういえば、そうでしたねー。まあ、あのお二方に会えただけでも、充分収穫ですよ』
「まあね」
リッチーの魔道具店店主、ウィズさん。そしてわたしと同じ日本の…、というか冬木の住民だったカナさん。ふたりに出会えて、本当によかったって思う。
「カナさんとまた会えるかな?」
『さあ? 人の出会いは一期一会、それはわかりません。ま、縁があれば会えるんじゃないですかー?』
「そうか。……うん、そうだね」
そんな話をしながらわたしは、宿への道を歩いて行った。
翌日。
「聞いてよイリヤ! カズマってば私を、ダンジョンの奥に置き去りにしたのよっ!」
「黙れ駄女神! 元はといえばお前が、アンデッドに好かれやすい体質してるのがいけないんだろ! そもそも勝手についてくるのが悪い!!」
「あーっ、駄女神って言ったあ! 引きニートが駄女神って言ったあああ!!」
「引きニートじゃねえから!」
……わたし、ホントにこの人達と
そんな疑問が頭を
キールはリストラされました(笑)。
黒神神名。自分の別作品に登場するオリキャラです。そっちの原作はプリヤですが、死なずに済んだ世界です。
あと、【このすば!】の世界と日本、この作品だと【プリズマ☆イリヤ】の世界では、数年の時流のギャップがあります。とあるYouTubeチャンネルでの説を取り入れて、【このすば!】世界が地球より約9倍速く進んでいることにしました。つまり本来なら、イリヤと神名は同い年です。
内容補足。ウィズは神名のために、(金銭面で)結構無理してました。なお、ウィズは何も言いませんでしたが、神名はちゃんと耳を揃えてお金を返してます。