お屋敷に入ったわたし達は、それぞれ自分の部屋を選んでから掃除をする。とはいえ、めぐみんさんが「長いこと住んでいない」とか言ってたけど、お屋敷の中はそれほど汚れてない。きっと、定期的に掃除…というかそれを含めたお手入れはしてたんだと思う。
『その推測は正しいと思いますよ? 曲がり形にも元は貴族の持ち家で、決して安い物件ではありません。それが手入れされずに傷んでしまっては、その価値を大きく下げて、不動産屋も損害を受けてしまいますよ。なら、それくらいの作業費は必要経費の範囲内でしょう』
「なるほど。……って、またモノローグ読んでっ!」
『アハー』
まったく、ルビーってば。
「……まあ、それは置いといて。ルビーにしてはこういう事を熱く語るの、珍しくない?」
『いやー、わたしの中の割烹着の悪魔的なモノが、何やら騒ぎ立てましてー。掃除が得意なのは、洗脳探偵的な妹さんの方ですが』
ナニ、それ?
『まあ、リメイク版プレイヤーには、意味がわからないと思いますけど』
「いや、ルビーがよくわかんないから」
『因みに、アニメ版の割烹着の悪魔は凛さんですねー』
「本当にワケがわかんないんですけどッ!?」
きっとこれは、ルビーが時々口にするメタ発言に違いない! いや、何がメタなのかはわかんないけどっ!
「おい、イリヤ。何かあったのか?」
「あ、カズマさん! いえ、例によってルビーがワケのわからないこと言ってて…」
「ああ、ツッコミ入れてたのか」
様子を見に来たカズマさんは、わたしの説明をすぐに理解してくれた。持つべきものはツッコミ仲間である。
『いや、イリヤさんはボケ要員でもありますよー?』
「だからっ! モノローグを読まないでってばっ!!」
「……うん。ツッコミも程々にな?」
あう。カズマさんからツッコミを入れられてしまった。
『ほら。やっぱりボケじゃないですかー』
いや。今のはボケに対するツッコミじゃない、と声を大にして言いたいです。
掃除も終わり、荷物を片してくつろいだ頃には日も沈んでいた。
『さあ、そろそろ幽霊達が活発になり始める頃ですねー』
「う…。わかってるけど、そういう事言わないでよ」
『何言ってるんですか。わたし達は幽霊退治に来たんですよー?』
「その辺は、アクアさんとダクネスさんに丸投げするつもりだから」
アクアさんは女神さまだし、クルセイダーのダクネスさんも、聖属性があるから幽霊に対抗できるって話だもんね。
『嘆かわしいですねー。これが正義の魔法少女の言う事ですか?』
「ルビーは魔法少女に、理想を求めすぎだと思う」
『わたしは魔法のステッキです。魔法少女に理想を求めるのは当然だと思いますが?』
う、確かに正論だけど。
『それにイリヤさん。そんな態度は、ある意味フラグですよー? 怪奇現象に真っ先に襲われかねません』
「そりゃあ物語じゃよくあるパターンだけど。例えば、そこに置いてある人形が突然襲いかかってきた、り…」
『あー、確かに定番ですねー。人形が…人形?』
わたしとルビーは押し黙り、視線が隅のテーブルの上に釘付けになる。
「わたし、人形なんて持ってなかったんだけど」
『え、ええと、きっと元々置いてあったんじゃないんでしょうかねー?』
「そ、そうだね? そうだよね?」
そうだそうだ、そういうことにしよう!
そんな感じで、わたしとルビーが現実逃避をしていると。
「あああああああっ!!」
突然聞こえてきた叫び声に、思わずびくりとなる。って、アクアさん?
私達が慌てて駆けつけると、既にカズマさんがいて。
「どうした! 何があった!?」
「うう、カズマあああ」
声をかけるカズマさんに、お酒のビンを抱きしめて泣いてるアクアさん。
「えっと、何があった? てか、酒瓶抱いて何してんだ?」
「これは大事に取っておいた高級酒なの。お風呂からあがったらちびちび大事に飲もうと思ってたのに、部屋に帰ってきたら空になってたのよおおおお!」
……ああ、そういう。わたしはきっと今、物凄く醒めた眼差しでアクアさんを見ていることだろう。
「これは悪霊の仕業よ! この屋敷に集まってる野良幽霊か、貴族の隠し子の地縛霊の仕業に違いないわ! 部屋の中を探索して、目につく霊をしばき回してくるっ!」
「そうか。頑張れよー」
「アクアさん、ファイト!」
『期待し過ぎず期待してますねー』
アクアさんの熱い想いに
深夜。わたしはふと目を覚ます。うーん、なんだか胸の辺りが重いような?
気になってわたしが目を開くと、ばっちりと視線が合ってしまった。一瞬、思考が止まる。そして。
「わひゃああああああッ!?」
『うん? イリヤさん? どうかなさ…人形!?』
わたしの叫びで起きたルビーが、わたしの胸の上にあるものに気づいた。そう。アクアさんの騒ぎですっかり忘れていた、あの人形だ!
「あ…、あ…」
『イリヤさ、んんんッ!?』
「悪霊退散ーーー!!!」
携帯モードのままのルビーを引っ掴んで、わたしは思いっきり人形に叩きつけた。人形は一瞬怯んで宙に浮かぶ。その隙にベッドから飛び降りて、扉に向かってダッシュ、部屋を出て素早く扉を閉める。
『イリヤさーん、ひどいじゃないですかー』
「ご、ごめん。わたしも咄嗟のことでつい…」
さすがに今回は素直に謝った。
……と。なんだか視線を感じた気がする。恐る恐るそちらへと視線を移すと。廊下の奥、突き当たった角から覗き見る、沢山の人形の姿があった。
「……ルビー」
『……今回はイリヤさんの主義に賛同しましょう』
うん。ルビーも同意してくれたことだし。
「戦略的撤退いいいいッ!!」
わたし達は逃げ出したッ!
気がつけばわたし達は、お屋敷の
『包丁でも武器にするとか?』
「またモノローグを…って、流石に今は突っ込む気にはなんないや。それに武器なら、ルビーがいれば充分だし」
ただの刃物より、高位の魔術礼装の方が役に立つことくらいは、正規に魔術を習ってないわたしにだってわかることだ。
『おや、嬉しいこと言ってくれま…』
うん? ルビー? 気になってわたしは、ルビーが見ているだろう方向に顔を向ける。するとそこには。
「……金髪の女の子?」
わたしより小さな子が、お酒の瓶を持って立っていた。
『え、イリヤさん? 幽霊の姿が見えるんですか? わたしには酒瓶が宙に浮いてるようにしか見えないんですが?』
えっ、そうなの!? いや、さすがにわたしだって、この子が幽霊だろうとは思ってたけど!
『……お姉ちゃん、わたしの姿が見えるの?』
……!!!
「ね、ねえ。もう一度わたしの事、呼んでくれないかな?」
『? お姉ちゃん?』
はうあぁっ! な、何という破壊力!
『……ちょろインですねー』
「ちょろインとか呼ばないでッ!?」
『というか、声まで聞こえるんですか。どうやらアストラル同調率が30%を超えるようですねー』
……アストラル同調率?
『わからないって顔してますね。簡単に言えば、精神的波長が合っているという事です』
ああ、なるほど。
『お姉ちゃん?』
「あ、ごめんね!」
『うーん。しかしこれでは、状況が把握できませんねー。イリヤさん。ここは一丁、魔法少女に変身といきましょう!』
「はい!?」
何故なにWHY?
『転身すれば、わたしとイリヤさんとのラインが強化されて、わたしにも幽霊さんを見聞き出来るようになるはずです』
「ほああ、なるほど」
思わず感心してしまった。それに、今更恥ずかしいとも思わないし。
というわけで、わたしはルビーの柄を握り。
『
演出無しの転身を済ませる。うん? 幽霊の子が目をキラキラさせてる?
『す…、すごい! すごいすごーい!!』
ああ。これは魔法少女に憧れる女の子の目だ!
『もういっかい見せて! もういっかい!』
『なるほど、この子が先程からイリヤさんが視ている幽霊ですか。しかしこうもねだられては、やらないわけにはいけませんねー』
「ええっ!?」
何を、と思う間もなく、ルビーは転身を解いてしまった。
『それでは今度は、しっかり演出を入れていきましょう!
コンパクト・フルオープン!
鏡界回廊最大展開!!』
そう言って、今度は羽根エフェクトいっぱい、魔法少女アニメもかくやという変身シーンを展開させた。
『魔法少女カレイド・ルビー、プリズマ☆イリヤ推参です!』
『わああああ♡』
う…。この子のこんな笑顔を見せられたら、さすがに文句も言えない。
『いやぁ、ここまで喜んでもらえると、魔法のステッキ冥利に尽きますねー』
……うん。ルビーも喜んでるし、深く考えるのはよそう。だけど、それはそれとして。
「ルビー、嬉しいのはわかるけど落ち着いて。まだ、自己紹介も済んでないんだよ?」
『ああっと、そうでした。これはわたしとしたことが。というわけで、わたしは最高位の魔術礼装、カレイドステッキのマジカルルビーです。気軽にルビーちゃんと呼んでくださいねー?』
ああっ! わたしが主役なのにッ! って、主役って何?
『まじゅ…?』
『まあ、とぉっても凄い魔道具と思っていただければよろしいかと』
とっても凄いって、自分で言うかなぁ。まあ、ルビーだし、らしいかな?
「それじゃあわたしの番だね。わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。みんなからはイリヤって呼ばれてるわ。このステッキに騙されて、魔法少女にさせられちゃったの」
『騙すだなんて人聞きが悪いですねー。嘘は言ってませんし、承諾を得ずに魔法少女にしただけじゃないですかー』
「充分ヒドいんだけどッ!?」
ルビーのあまりにもな発言に思わず突っ込むと、幽霊の子がコロコロと笑う。もう、恥ずかしいなぁ。
「え、ええとそれで、あなたのお名前は?」
『私はアンナ。アンナ=フィランテ=エステロイド』
「そうか、アンナちゃんか。……ん? アンナ?」
どこかで聞いたような?
『アクアさんが仰っていた、ここの貴族の隠し子さんですね』
あっ、そうだった!
「えっ? ということは、アクアさんが言ってた事って…」
『どうやら全て、真実のようですね。アクアさんも、甘いお酒が好きと仰ってましたし』
あ、だからアンナちゃん、お酒の瓶なんか持ってるのか。というか。
「もしかしてアンナちゃん、アクアさんの…、青い髪のお姉さんのお酒、勝手に飲んだりした?」
『うん』
やっぱりかぁ。
『アンナさん。あの方は大の酒好きの上、かなり高度な術を扱うアークプリーストです。このままだと下手したら、キレイさっぱり浄化されちゃいますよー?』
『ええっ、やだ! まだまだここにいたいよ!』
うん。だよね?
「ねえ、アンナちゃん。それじゃあそのお姉さんに謝りにいこうか。わたしも一緒に着いてってあげるから」
『そうですね。アンデッドは浄化する気満々のアクアさんですが、結構話のわかる方でもありますしね』
そうだよね。ウィズさんのことも、あーだこーだ言いながらも見逃してくれてるし。
『……うん』
少し怯えた表情で頷くアンナちゃん。いざって時は、わたしが守ってあげないと!
「ふーん、なるほどねー。……うん、充分反省してるみたいだし、悪霊化する気配も無いから、偉大な女神である私は許してあげるわ。ただし! これからは私のお酒には手を出さないこと! いい?」
『うん!』
なんか、思ったよりもすんなりと話はまとまった。わたしの意気込みは何だったんだろう。
因みに、アクアさんを手伝っていたダクネスさん以外にも、ゲンナリとした表情のカズマさんとめぐみんさんがいたりする。一体何が…とはさすがに言わない。おそらく、わたしと同じ体験をしたんだろう。わたしの場合は運良く、アンナちゃんの様なお友達感覚の幽霊と出会えただけだと思うし。
「しかし俺達には見えないけど、アクアが言ってたことは本当だったんだな」
「アンナ、でしたか。しかし彼女は別としても、どうしてこの屋敷には、これほどの霊が集まってくるのでしょうか」
あ。言われてみたら確かに。
『えっとね。ひとりでいると淋しいから、たまにお屋敷にお招きするの』
原因はアンナちゃんでした。
『だけど最近、墓地に結界が張られて追い出されちゃったって言って、たくさん来るようになったんだ』
え? 結界?
「? どうしたんだ、アクア。急に顔色が悪くなったが」
ダクネスさんが声をかける様子を見てアクアさんを見ると、想像以上に酷い顔をしていた。
「イリヤ、アンナはなんと言っているのですか?」
「あ、ええと、幽霊はアンナちゃん自身が呼び込んでるらしいんだけど、最近は墓地に結界が張られて、そこの霊が流れ込んでるみたい」
わたしが答えると、急にカズマさんの表情が険しくなる。
「……時にアクア、聞きたいことがあるんだが。お前、ウィズに頼まれてた定期的に共同墓地の除霊をするって話、どうなった?」
カズマさんに訊ねられたアクアさんは、びくりと肩を震わせてから、恐る恐ると語りだした。
「あの、ですね? しょっちゅう墓場に行くのは面倒臭いじゃないですか。それならいっそ、霊の住処を無くしてしまえばよいと思いました」
……ああ。そういう事か。
「っこのポンコツ女神がああああっ!!」
カズマさんが盛大に叫び、わたしは。
「……駄女神さま」
「お願いよ、イリヤあああああっ! その呼び方だけはやめてえええええっ!!」
アクアさんはわたしに縋りつき、盛大に泣きながら懇願するのだった。
そのあと。お屋敷の悪霊退治を済ませてから、ギルドと不動産屋へ顔を出したわたし達。今回の騒動の原因を伝えて謝罪をすることになったのだ。
ギルドからは、わざとではない、事故だったという判断で、注意されるだけで済んだ。
一方の不動産屋さんも、快く許してくれた。そして当初の約束通り、あのお屋敷で暮らせることにもなった。
ただし、条件が二つ付けられて。
ひとつ目。冒険が終わったら夕食の時にでもその話に花を咲かせて欲しい。
ふたつ目。お屋敷の庭の隅にある小さなお墓を、手入れしてあげること。
「(ねえ、ルビー。もしかして…)」
『(ええ。どうやらこの方は、アンナさんの事に気づいておられるようですね)』
わたし達は小声でそんな事を話す。もしかしたらわたし達が冒険者だったから、こんな待遇をしてくれたのかな? アンナちゃん、冒険の話が好きだって事だし。
『(イリヤさん。今度、向こうでの出来事でもお話されてはいかがですか?)』
「(うん。そうだね)」
わたしの話を楽しそうに聞くアンナちゃんを思い浮かべながら、ルビーとそんな会話をするのでした。
因みにアンナのイメージは、