クリスさんに連れられてやって来たのは、[冒険者ギルド]と呼ばれるとこだった。うん、RPGでもおなじみだね。
中には食堂というか酒場というか、そういう施設があるのもゲームではよくある光景だ。
クリスさんに促されて、ギルドの奥のカウンター窓口の前に立つ。
「冒険者ギルドへようこそ……!?」
受付のお姉さんの語尾が上がる。多分、わたしがまだ幼いから驚いたんだろうなぁ。
「ええと、……クリスさん?」
受付のお姉さんはクリスさんに視線を向けた。
「この子…、イリヤが冒険者になりたいんだって。
あ、安心して。登録料はアタシが払うし、最初のクエストにはついてって、冒険者稼業が続けられそうかアタシが様子を見てるから」
えっ、クリスさん、そこまで考えててくれたの?
『(クリスさん、結構お人好しみたいですねー)』
「(うん。正体抜きにしても、すごく面倒見のいい人だと思うよ)」
ホント、異世界で最初にお知り合いになったのが、優しい女神さまでよかったよ。
クシュン!
わたしのすぐそばで、クリスさんがクシャミした。わぁ、うわさ話でホントにクシャミする人、初めて見たよ。女神さまだけど。
「そう、ですね。クリスさんがそう仰るのでしたら。
それでは改めまして、冒険者ギルドへようこそ。
これから冒険者について、軽く説明させていただきます」
そう言って、受付のお姉さんが説明してくれたことによると、冒険者は人に害をなす生き物、いわゆるモンスターを退治する職業の総称だってことだ。
職業にはレベルがあって、生き物を食べたり倒したり、……つまり、とどめを刺すことで、経験値を獲得してレベルがアップするらしい。そしてスキルポイントっていうものが得られて、それを振り分けてスキルを覚えていく、ってまんまゲームみたいだね。
「……ではこちらの書類に、身長、体重、年齢、身体的特徴等の記入をお願いします」
受付のお姉さんがわたしに書類を差し出した。わたしはそれに記入していく。
えっと、身長は133㎝、体重29㎏、年齢11歳。銀髪に赤い瞳…。
「えっと、それじゃこれで」
「はい、結構です。ではこちらのカードに触れてください。それで貴女のステータスがわかりますので、その数値に応じてなりたい職業を選んでくださいね」
いよいよだね。これからわたしの冒険者生活が始まるんだ!
わたしは恐る恐るカードに触れる。
「……はい、ありがとうございます。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンさん、ですね。……あの、名前が先なんですか?」
「え? そうですけど…?」
それがどうしたんだろう?
「ああ、いえ、姓が後に来るのが珍しかったもので。
ええと、筋力は低め、……年齢の割には高いんでしょうか? 生命力は普通、器用度と敏捷性はやや高め、魔力と知力はそこそこ高いですね。後は…、あれ? 幸運値が非常に高いですね。カズマさんには少し及びませんが…」
カズマ? ん、だれ? というか、名前からするとわたしと同じ転生者?
「そうですね。これで出来る職業でしたら、ぎりぎりアークウィザードやアークプリーストといった上級職、後は筋力をそれほど必要としない一般職といったところ…、あら?」
なに、どうしたの? なんかマズいことでもあったの!?
「何でしょう。見慣れない職業が…。『メイガス』?」
「メイガス?」
おもわずお姉さんと同じことを言うわたし。するとルビーが、わたしにそっと囁いた。
『(イリヤさん、メイガスは魔術師のことですよ)』
魔術師!? 驚いたわたしは、おもわずクリスさんに視線を移す。クリスさんはわたしの耳許に口を寄せて言った。
「(多分、キミをここに送った天使の計らいじゃないかな?)」
ああ、そうか。天使さん、気を遣ってくれたんだね。
それにわざわざこの職業を用意してくれたってことは、わたしの特典とも関係あるんだと思うし。
「えっと、それじゃあ『メイガス』でお願いします」
「え、よろしいんですか?」
「はい!」
念を押すお姉さんに、わたしは力強く応える。
「わかりました。ではメイガス、と…。
それではイリヤスフィール・フォン・アインツベルン様、スタッフ一同、今後の活躍を期待しています!」
わたしたちは一旦テーブルに着くと、冒険者カードをいじってスキルを習得していく。
「『魔術回路開放』、『解析』、『強化』、『ガンド』…」
『魔術師としては基礎レベルのスキルですねー。もっとも、ポチッとするだけで習得出来るんじゃ、凛さんたちが嘆きそうですけど』
「あはは…、あれ?」
スキルポイントを振っていると、気になる項目が出てきた。
「『インストール』…」
『おやまあ…』
そうか。このスキルのための職業だったんだ。
当然このスキルも習得してさらに進めていくと、もっと気になる項目が現れた。
「『
『完全に文字化けしてますねー』
「え? ちょっと見せてよ」
そう言ってクリスさんもカードを覗き込む。
「……ホントだ。こんなの、今まで聞いたこともないよ」
そうなんだ。一体どうしちゃったんだろう。
『それでイリヤさんは、このスキルも習得するんですか?』
「……うん。天使さんが関係してるんだから、そんなひどいことにはなんないと思うし」
『まあ、そうですかねー』
ルビーは少し歯切れが悪いけど、わたしは構わずに、この謎のスキルにポイントを振り込んだ。
スキルの振り分けが終わったわたしは、早速クエストの張り出された掲示板の前までやってきた。
「……とはいっても、今は初心者向けのクエストが無いんだよねー」
初心者向けのが無い?
『クリスさん、どういうことなんですかー?』
「……最近、この近くの廃城に魔王軍の幹部が越してきたらしいんだ。そのせいで弱いモンスターたちが、なりを潜めちゃったんだよ」
魔王軍幹部!? ここって、駆け出し冒険者の街じゃなかったっけ!?
「うーん、この中で一番弱いモンスターってなると…、この『一撃熊の討伐』クエストかな」
一撃熊…。めちゃくちゃ強そうな名前ですね?
「どうする? このクエストを受けるかどうか…、決めるのはイリヤだよ?」
そうだ。クエストを受けるのはわたしなんだ。クリスさんは、わたしに付き合ってくれてるだけなんだよね。
……うん、決めた。
「わたし、このクエストを受けるよ!」
わたしがそう言うと、クリスさんが頬を掻きながら言った。
「ええと、アタシが選ばせておいてなんだけど、本当にこのクエスト受ける気?
一撃熊の攻撃はその名のとおり、一撃で命を刈り取れるほど強力だよ?」
なんか、ホントに今更だね? というか、そういう事は決意する前に言って欲しいんだけど。
……うん、でも。
「わたし、もう決めたから。
それにね? こう見えてもわたし、戦いには馴れてるから!」
「……え?」
クリスさんが素っ頓狂な声を上げた。
わたしとクリスさんは、張り紙に書いてあった一撃熊の出現する畑へと向かってた。
「イリヤ、もう少しで目的の場所に着くよ?」
クリスさんの言葉に、わたしはこくりと頷いて立ち止まる。
「ルビー!」
『はいはーい、それではいきますよ? この世界で初めてのっ!
コンパクトフルオープン!
鏡界回廊最大展開!!』
わたしの姿が普段着から、魔法少女のそれへと変わる!
『魔法少女カレイドルビー・プリズマ☆イリヤ推参!』
わたしは変なポーズをとらされ、ルビーが変な決め文句を入れた。って!
「ちょっとルビー、ここぞとばかりに変なことさせないでよっ!」
『なに言ってるんですか。戦う魔法少女の変身シーンなら、決めポーズに決めゼリフは当然じゃないですかー!』
確かにアニメじゃお約束だけどっ!
「なんか、ルビーってすごい魔道具だったんだね」
『言ったじゃないですかー。私は最高位の魔術礼装だって』
いやー、普段のルビー見てると、とてもそうは思えないからね?
「いや、ホントにごめん。
……さてと、どうやらいるみたいだよ。さっきからアタシの敵感知に引っかかってる」
敵感知。ここに来る道すがら、クリスさんから聞いた盗賊のスキルのひとつだ。
わたしたちが注意しながら進んでいくと、それはそこにいた。
大人の男の人よりもでっかい熊が、畑の作物を荒らしている。あれが一撃熊…。
すると、わたしたちに気がついた一撃熊は、一声あげてわたしたちに襲いかかってきた!
一撃熊の右手の一振りがわたしを襲うが、わたしは軽く後ろに下がって容易く躱す。……あれ? 全然たいしたことないんだけど。
『うーん…、比較するのも何ですが、黒化英霊と比べたらてんで弱いですね』
あ、そういうことか。黒化英霊やクロ、バゼットさんと戦ってきたお陰で、このくらいの相手なら全然問題ないくらいに強くなってたんだ。
ブン!
ブオッ!
それでもこの攻撃の中、一撃熊の懐に入り込むのは難しい。だったら
ううん、ダメだ!
わたしは首を横に振る。
「ルビー、刃を編んで!」
『え、イリヤさん?』
「……お願い」
『わ、わかりました』
ルビーが応えると、
「イリヤ!?」
クリスさんが声を上げる!
わたしを切り裂こうと繰り出される、一撃熊の右手!
「ルビー、物理保護8、筋力2!!」
ガァッ!
左脇に決まった一撃に吹き飛ばされないよう踏ん張り、何とか耐えてみせる。
わたしはそのまま
ざす!
それは一撃熊の心臓を正確に貫く。手に伝わる、イヤな感触。わたしは一撃熊を、殺したんだ。
刃を引き抜くと、一撃熊はゆっくりと崩れ落ちた。
「すごいよイリヤ! レベル1で一撃熊をあっさりと倒すなんて!
……イリヤ?」
わたしはぺたりと地面に座り込み。
「……ごめん。ごめんね…」
謝って謝って、唯々泣くしかなかった。
今回少し長めなのは、別に書いてるこのすば作品の長さと勘違いしたから。