「このお兄さんは悪くないよ!」
その少女は言った。一瞬、意味が分からなかったが、どうやら俺の擁護をしてくれてるようだ。
綺麗な銀の髪の毛に赤い瞳。まるで西洋人形のようなその少女を、一瞬紅魔族かと思ってしまったことは、非常にすまないと思う。
「ちょっと、その男は不意討ちなんて卑怯な手段を使ったのよ!」
「そんな男を庇うつもり!?」
「たしかにそこは、卑怯だと思うけど…」
おいっ!?
「だけどそのお兄さん、結構強い人だよね?」
「そうね。そのイタい人、ソードマスターでレベル37とか言ってたわね。ソードマスターはソードマンの上級職だったはずよ」
少女の質問にアクアが答えた。そういやそいつ、アクアに向かってそんなこと言ってたな。
「それでお兄さんは、そんなに強くないよね?」
ちょっとぉ、そこ、ハッキリ言いますか!?
「ああ、カズマは最弱職の冒険者で、レベルも6だったはずだ」
「おいダクネス、そこはせめて基本職と言ってくれ!」
自分で言うのはいいが、
「あ、ごめんなさい」
しまった! 少女に謝らせてしまった!
「ええと、職業クラスもレベルもそんなに差があって、決闘を申し込んでくる方がよっぽど卑怯だと思うんだけど?」
あ、この子、俺が思ってたことを…。少女の言葉にミツルギの取り巻き二人も、返す言葉が見つからずに言い淀んでいる。
「で、でも、その剣はキョウヤの…」
「たしかに、カズマさん、だっけ? 少し
……この子、さっきからチクチクと責めてくんのはわざとなのか?
「そのお兄さん、キョウヤさん? が言ったんだよ。負けたら何でも言うことを聞くって」
それはさっき、俺も言ったことだが、子供の素直な意見じゃ強く言い返すことも出来ないようだ。
「それにしてもあの少女、えらくカズマの肩を持ちますね」
たしかにめぐみんが言うとおり、あの子は俺の擁護をやめる素振りもない。
『きっとイリヤさんは、お兄さんに自分を重ねてるんだと思いますよー?』
「ふーん、あの子、イリヤっていう、の…」
……………………。
「うわあぁ! なんだお前は!?」
俺に話しかけてきたのは、宙を漂う、掌サイズの丸い輪っかの左右に鳥の羽のような装飾、輪っかの中には星形の飾りをはめ込んだナニカだった。
「あっ、ルビー!?」
少女、イリヤが振り返る。
『いやー、お兄さん、カズマさんでしたか? なかなか見事な驚きっぷりですねー』
「ちょっとルビー! 何やってるの!?」
駆け寄って右手でそれを鷲掴みにするイリヤ。
『何って、弱体化したイリヤさんが色々工夫をしながら戦いを切り抜けていったという思いを、このカズマさんに投影してたってことをお教えしようかと…』
「って、たった今バラしてるよっ!?」
すごい剣幕でツッコミを入れるイリヤ。恥ずかしいからか、それとも怒っているのか、顔を真っ赤にしている。いや、気持ちはわかるんだが、ルビーって呼ばれるそれとは、何だか気が合うような気がする。
『ところで、カズマさんが手にしているその剣、かなりの一品と思われるのですが?』
「無視したっ!?」
ちょっとイリヤが可哀想な気もするが、敢えてここはルビーの話に乗ることにする。
「ああ。魔剣グラムって言うらしい」
『ほう…』
ルビーは一度、軽く前に傾く。相づちを打ったってことか?
『魔剣グラムといえば、邪竜ファフニールを伐った伝説の剣で、ドラゴンスレイヤー・ジークフリートの剣バルムンクのモデルになったとも言われている物ですね』
……RPGにも登場する有名な剣だけど、そんな謂われがあるとは思わなかったな。というか、そんなことを知ってるルビーと言い、イリヤが着ている服装と言い、この二人、……二人? って俺とおんなじ転生者か?
『でも、これで彼、キョウヤさんがヘタレなのにも納得がいきましたよー』
「キョウヤがヘタレ!?」
「何言ってるのよ、この…! この、なに?」
ミツルギの取り巻きがルビーの発言に食いついた。最後の「なに?」は、まあ、そうとしか言いようがないか。
『いえ、職種やレベルでは、まあ中級者と言っていいでしょう。ですが戦い方がなってません。おそらく魔剣の
ハッキリ言って、イリヤさんの方がよっぽど強いですよ?』
「ええっ、そこでわたしに振るッ!?」
おいおい、ちょっとムチャぶり過ぎやしないか?
「そんなに言うなら、今度はあなたがキョウヤと勝負しなさいよ!」
『ええ、もちろん受けてやりますともー!』
「ちょっと、ルビイィィィ!!?」
「どーしてこうなったのーっ!?」
ミツルギが目を覚ました後、通りじゃ迷惑になるからと近くの広場に移動をした俺たち。馬と荷車、檻は、ダクネスがギルドまで移動してくれている。
俺が、そんなのアクアにやらせたらいいって言ったら、アクアにやらせたらまた何かやらかしかねないからと言っていた。……こういう時は常識人なのな。
と、それはともかく。イリヤとミツルギが広場の中央で合い対し、イリヤが先程のセリフを叫んだ、というわけである。
「いや、それは僕も言いたいよ」
あー、これに関して
『さあさあイリヤさん。ここは腹を括っていきましょー』
「ハァ…、ルビーが原因なんだけどね?」
そうは言いつつ、イリヤは右手をルビーに向かって伸ばす。するとルビーに柄が現れて、それをイリヤが握りしめる。……って、まさかアレって、魔法のステッキか!?
『コンパクトフルオープン!
鏡界回廊最大展開!!』
ルビーが呪文のようなものを唱えると、一瞬イリヤの身体が光り、次の瞬間には袖なしのピンクの衣装にフワッとしたミニスカート、長手袋にロングブーツの姿に換わっていた。
「な、何ですか、今のは!? 何だかものすごくカッコいいです!」
さすが紅魔族、と言いたいとこだが、今回は俺もカッコいいと思ってしまった。やっぱ紅魔族の厨二とはワケが違う。
「カズマ、何か言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」
いえいえ、格好つけたがりの紅魔族とはやっぱり違うな、なんて思っちゃいませんよ?
「……それがキミの特典かい」
「あー、いえ。……向こうじゃ成り行きで、魔法少女してました」
ミツルギが尋ねると、イリヤはそう答えた。
「……おい。そこの駄女神」
「誰が駄女神よ! この引きニート!」
いつもならここで否定するところだが、あの二人の対決が始まろうってのに、あまり脱線してる暇はない。
「イリヤって、地球出身だよな?」
「うん、そうみたいね」
「地球に魔法ってあるのか?」
「魔法があるって言うより、どの世界でも人間は魔法の力を持ってるの。地球の人間は、それを忘れちゃってるのよ。
最も、秘密裏に伝承されてる場合もあるみたいだけど」
なるほど。それならイリヤが、元の世界で魔法少女をやってたとしてもおかしくない…のか?
「さて、乗り気はしないけど、そろそろ始めようか」
ミツルギが、アクアの説明が終わるのを待っていたかのように剣を構える。もしかして、本当に待っていたのか?
ちなみに、この勝負のために魔剣は一旦返してある。もし持ち逃げしようものなら、再び俺のスティールが炸裂するまでだ。
「……ええっと、キョウヤさん? 始めに言っておくけどわたし、魔力砲とかは使わないから」
「使わない? なんでだい?」
「わたし、勝負するのはイヤだけど、ルビーが言ったことはわたしも思ってたことだから」
何だって? それじゃあイリヤの方が、ミツルギよりも強いっていうのか?
「だから、わたしが使うのはこれだよ!」
そう言って取り出したのは一枚のカード。それをステッキの先端に当てて。
「クラスカード『セイバー』、
その呪文を唱えた瞬間、ステッキは一振りの剣に変わった。
「ルビー、筋力強化! ただし剣が振るえる程度まで」
『了解です』
ルビーのヤツ、姿が変わってもしゃべれるのか。でも、剣が振るえる程度までって、それ以上にも出来るってことじゃないのか? なんでわざわざ…。
「イリヤさんはどうやら、正々堂々の勝負がしたいようですね」
「まあ、カズマがあんな戦い方した後じゃねえ」
めぐみんと、癪だがアクアの言うことには納得がいくところもある。だが。
「……それだけの理由なのか?」
ルビーは、俺にイリヤ自身を重ねてたって言っていた。だったら、そこまで正々堂々にこだわる必要は無いはずだ。だけどイリヤは、わざと力を抑えてるってことになる。
力が無ければ策を弄すればいい。力があるなら圧倒すればいい。そのどちらでも無い戦い方をするって事は、きっと何か考えがあってのことだ。
間違っても、何も考えてないとか、カッコいいからだとか、
イリヤのSっ気出してたら、決着まで行かなかった。もう少しつまんで書くべきだったか。