冒険者ギルドへ馬と荷車、そして檻を返した私は、急いで広場へと向かっていた。あのソードマスターと年端もいかない少女の戦いを見届けるためだ。
それにクルセイダーとして、もしも行き過ぎた状況になれば、身を挺してでも止めに入る覚悟だ。
決して、止めに入った瞬間、双方の攻撃が私の身体を蹂躙し、鎧は砕かれ、その姿を目の当たりにしたソードマスターが劣情を抱いてわたしを組み敷き…、などとは思っていない。ああ、断じて思っていないとも。
私が広場に到着すると、ソードマスターと少女が剣を構えて向き合っているところだった。
……いつの間にか少女の衣装が変わっている。これはどういうことだろうと思っていると。
「おっ、間に合ったか」
カズマが声をかけてきた。
「カズマ。あの少女の姿は一体…」
「そいつは後だ。もう始まるぞ」
言われて視線を移した瞬間、二人は同時に動いた。
ソードマスター…、ミツツキだったか? 彼が上段から剣を振り下ろし、少女…、イリヤと呼ばれてたな。彼女が下から切り上げる形で剣を振るう。
キィィ……ン
剣のぶつかり合いとは思えないほど、澄んだ音を響かせる。しかしこれは。
ミツツキは恐らく手を抜いてるのだろう。でなければイリヤは剣を受け止めきれなかったはずだ。だが、瞠目すべきはそこではない。
ミツツキの剣は、鉄をも切り裂く魔剣と聞いている。ならば、それを受けても刃こぼれひとつしないイリヤの剣も、それに劣らぬ魔剣・聖剣の類いということだ。
…………。
「今、あの剣を受けてみたいとか思っただろ」
「思ってない」
……ミツツキとイリヤが離れる。ミツツキの方は少し驚いた顔をしている。だが、すぐに表情を引き締め、イリヤの間合いに踏み込むと剣を横に薙いだ。
イリヤは一歩後ろに下がり躱すが、ミツツキも一歩踏み込みながら剣を上段に構え振り下ろす。
それも左へと避けるが、振り下ろされた剣が跳ね上がり、イリヤの右脇腹へと向かっていく。イリヤは右手を刀身の平らな部分に当て、それを受け止めた。
ミツツキが寸止めをしようと思ったためだろう、イリヤは吹き飛ばされることなく、その場でこらえている。するとイリヤは身を沈め、左手で握った柄の部分を支点にして、今度は身体を跳ね上げるようにしながら右手で剣を押し上げる。
剣を弾かれ、のけ反るような形になったミツツキの右脇腹に向け、再び両手持ちにした剣を振るう。けれど筋力故か、その振りに切れはない。
ミツツキは後ろに飛び退く。が、イリヤは剣を振り抜かずに、切っ先をミツツキに向けて踏み込んだ。
まさか。イリヤはこれを狙って、わざと剣の振りを抑えたのか!?
だが、マズい! 胸に向けて突かれたこの剣撃、彼女の筋力では当てずに止めるのは無理だ!
「
イリヤが叫ぶと一瞬にして剣が、先端に輪っかの付いたステッキに変わる。
コン!
ステッキの先端がミツツキの鎧の胸の部分に当たった。
「わたしの勝ちだね、キョウヤさん」
「……そのようだね」
言ってミツツキは深く息を吐く。
ハッキリ言って、試合自体はそれ程長いものではなかった。カズマと闘ったとき程ではないにしても、あっという間と言って差し支えないだろう。
「そんな、キョウヤが負けるなんて…」
『だから言ったじゃないですかー。イリヤさんの方が強いって』
あのステッキは、さっきの喋る魔道具だったようだ。確かに、先端の輪っかのデザインが同じだな。
「す、すげー…。魔法少女の上にソードマスターかよ」
確かに一見、カズマが言うようにソードマスターのようにも見える。だが、イリヤには、その職業に就くための筋力が足らないように見えるのだが。
その疑問に答えるように、彼女は言った。
「ん? わたし、ソードマスターじゃないよ?」
と。
「どういうことですか!? ソードマスターでもないのにソードマスターに剣技で勝つなんて…!」
とんがり帽子のお姉さんが息巻いて尋ねてきた。さらに。
「ソードマスターじゃないってんなら、何の職業なんだ?」
カズマさんも疑問をぶつけ。
「そもそも、ソードマスターでないのなら、何でこんな闘いを選んだのだ?」
ブレストプレートのお姉さんが質問を締め括った。
「ええっと、まずわたしの職業だけど、メイガス…、魔術師です」
「「「魔術師?」」」
カズマさんとお姉さんふたりが、素っ頓狂な声を上げた。
「カズマさんの故郷での、魔法の呼称が魔術なの。もう少し突っ込むと、魔術と魔法は別物で、こっちでの魔法は殆どが魔術扱いみたいよ?」
アクアさまが説明してくれる。やっぱり女神さまだけあって、こういうことにも詳しいんだね。
「……カズマは、知らなかったのですか?」
「俺は、魔法には疎かったんだよ!」
あー、そりゃそうだよね。リンさんも、「魔術は秘匿するもの」とか言ってた気がするし。
「ま、まあ、それは置いといて…」
わたしは話の流れを修正する。
「次に、わたしがキョウヤさんに勝った理由と、どうしてこんな闘い方したか、だけど…」
言って、元の世界のことを思い出して。
「……わたしの周り、強い人、いっぱいいたから…」
この時のわたしの表情は、きっと、とても情けないものだったに違いない。
初めて(無理矢理)転身させられたときにはリンさんに負け、ライダーの英霊にはミユが現れなければ負けていて、キャスターの英霊には一度負けて、セイバーとアサシンの英霊はわたしの中のクロが目覚めてなければ負けてたし、そのクロだって策略を練ってようやく捕まえたんだし、バゼットさんは総掛かりでようやく引き分け、二枚目のアーチャーは何とか倒せたけど、わたし死んじゃったし。
……アレ? わたしってまともな勝利、殆ど無くない?
「あの、何やら落ち込んでるところ済みませんが、貴女が彼と剣技で闘った理由を伺ってないのですが」
「あっ、ごめんなさい!」
そうだ、今は説明の途中だった。
「えっと、わたしが剣で闘ったのは、そんな人たちと比べてキョウヤさんがとても弱かったから」
「ちょっといいかい?」
わたしの説明に、キョウヤさんが口を挟んできた。
「実際僕は負けたんだから、キミより弱いのは認めるよ。だけど、キミなら本来の闘い方で僕を圧倒することも出来たんじゃないのか? 僕に合わせた闘いをしたその意図は何だったんだ?」
「うん、実はいくつかの理由があるんだけど…」
少し言葉を濁してから。
「魔術防御、物理保護、筋力強化、その上で魔術を使って勝っても、きっとまたあのお姉さんたちが、言いがかりをつけそうな気がして…」
「う…」
「それは…」
あ、やっぱり言いがかりつける気満々だった。
「そうか。この決闘は、そういうことだったんだね?」
どうやらこの決闘の経緯に気づいたみたい。まあ、火に油を注いだのはルビーだけどね?
「言っておくけど、僕は彼との決闘の結果に文句は無いよ。
確かにあの奇襲は、決闘のセオリーには反していると思うけど、対応するのが遅れたのは僕の落ち度だからね。それに、窃盗スキルを使って武器を奪うのだって、盗賊がよく使う手だ。彼が冒険者なら、そういったスキルを警戒するべきだったんだ」
……。
ごめんなさい、キョウヤさん!
この人は思い込みが激しかったり、人の話を聞かなかったりするけど、基本的にはとてもいい人でしたっ!
「それで、他の理由とは何なのだ?」
ブレストプレートのお姉さんが説明の続きを促した。
「あの…。これはちょっと失礼なことなんだけど、ふたつ目の理由は、キョウヤさんに自分の弱さを理解してもらいたかったの。
キョウヤさんの強さって、魔剣グラムの力に頼ったものだと思うから。だから職業レベルが上がってスキルを覚えても、それがホントの意味で身に付いてないんだよ」
『要するに、キョウヤさんは免許取り立ての初心者ドライバーと変わらないということです。いくら運転の仕方を覚えても、自在に乗りこなす、という訳にはいかないでしょう? でも、スピードだけならいくらでも出せる。つまりは、そういうことです』
ルビーが私の言いたいことを、例えで説明してくれた。でも、こっちの人たちには、意味が分かんないだろうなぁ。
「それからみっつ目だけど…、それを言う前に、カズマさん」
「えっ、俺?」
カズマさんが、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でわたしを見る。
「カズマさんは、戦利品のグラムをどうするの?」
「えっ? あ、ああ、俺には使いこなせないから、あとで売っぱらおうかと思ってた」
うあ、ヒドっ!
「ちょっと待ってくれ! たった今注意を受けたばかりだけど、さすがにこの剣が無いとこっちが困る。
虫がいい話だけど、僕がお金を払うからこの剣を返してはくれないか?」
「うーん、それは…」
カズマさんはまだ、わだかまりがあるみたい。うん、だからこそ、だね。
「……ふたりには、きちんと話し合ってもらいたい。
言ってはなんだけど、キョウヤさんには人の話を聞かないところがあると思うから」
「……確かに昔、学校の先生に注意されたことがあるよ」
やっぱり。カズマさんも納得したって表情で見てるし。……でも。
「それにカズマさんも、あまりヒドい言い方しない方がいいんじゃないかな? それでキョウヤさん、まともに話を聞こうとしなかったっていうのもあると思うよ?」
カズマさん、アクアさまに対して、ちょっと言い回しがキツい気がする。それに時々、煽ってるんじゃないのかっていう言葉づかいもあるし。
「もしかして、話を聞いてもらう切っ掛けとして、極力対等な闘いをしていたのですか?」
「うん。大きな理由はそうなるのかな。キョウヤさんも納得がいく負け方をすれば、ちゃんと話を聞いてくれると思ったから」
わたしはカズマさんとキョウヤさんを交互に見て言った。
「カズマさん、キョウヤさん。ふたりには認識にズレがある気がするの。だから、冷静になって話し合ってください。
そうすれば、キョウヤさんがカズマさんを見る目も変わってくるだろうし、カズマさんだって、キョウヤさんが結構いい人なのは、さっきの会話で気づいてるでしょ?」
「それは、そうかもしれないけど」
「……まあ、気に食わないのは変わらねーけど、な」
ふたりとも、跋が悪そうにしてるけど、嫌がってるわけじゃないみたい。
ふう…
はぁ…
ふたりがため息を吐いた。そしてふたりは視線を交わし、カズマさんがもう一度ため息を吐いてから口を開く。
「わかったよ。子供の意見を無下には出来ないしな。
……ただし、ひとつだけ条件がある」
ファ? 条件?
「え? えっ? どういうこと?
何でイリヤとカズマくんたちが一緒にいるのさ!?」
ギルドの食堂でイリヤ待ってたアタシは、思わず声を上げていた。何しろ、精神的に危なっかしいイリヤと、そんな彼女に引き合わせたかったカズマくんが一緒にいるんだ。おまけに、
「なんだ? クリスとイリヤは知り合いなのか?」
……アタシがいない間に何があったんだろ?
「クリスさん。わたし、カズマさんとキョウヤさんの話し合いに同行することになって…」
……ホントに何があったの!?
「イリヤちゃん、僕たちは先に行ってるよ」
「あ、はい。……クリスさん、詳しい話はあとでね?」
結構、込み入った話みたいだね。
「わかったよ。じゃあ取り敢えず、預かってた冒険者カード。後はこれ、クエスト報酬」
そう言ってイリヤに、カードと報酬の入った袋を渡す。
「わあ、ありがとう。……ってこれ、報酬全額入ってない?」
「ああ、アタシはあくまで付き添っただけだし、依頼に関しては、アタシ何もやってないから。
あ、付添料くらいは適当に貰っといたから」
ホントはタダでもいいんだけど、イリヤの場合気にしちゃいそうだからね。
「んー…。ん、わかった。ありがとう、クリスさん」
「どういたしまして。
……あ、そうだ。イリヤはさすがに、馬小屋に寝泊まりはやだよね?」
「え?うん、それはちょっと…」
まあ、いい大人だって、あまり厄介にはなりたくないし。
「アタシが安い宿を押さえといたよ。ルナさん…、受付のお姉さんに伝えとくから、あとで聞いておきなよ」
「わっ、ありがと!」
イリヤが笑顔でお礼を言った。
「えと、それじゃあわたし、行くね?」
「うん。それじゃあまたね」
アタシは小さく手を振る。するとイリヤも軽く手を振ってから、小走りでふたりが待つ奥の席へと向かっていった。