シンオウリーグスズラン大会の会場に突如として現れたポケモンハンターJ。その姿に驚くサトシやヒカリ、タケシの額に汗が動いている。
ポケモンハンターJ。女性と成人済であるということ以外は本名・出身地・素性が一切不明とされている。
冷酷非道な性格であり、目的のためなら手段を選ばず人やポケモンを傷つけることも厭わない。時には部下すら犠牲にする大悪党である。
シンオウ地方をステルス機能のついた飛行艇で動き回り、Jの左腕部についた特殊な機械から照射させる光線にはポケモンを石化する能力が宿されており、捕獲したポケモンはショーケースに入れて依頼者へと売り捌いている。
そして、彼女がこれまで多くの罪を重ねながらも捕まらないのは高い知力に知識、狡猾さにある。ネームバリューのあるトレーナーが邪魔に入った時は決して長期戦をせず、目的を完遂したら速やかに退却する。それを可能にするのは彼女のボーマンダのスペックの高さと、そのボーマンダの上で姿勢を崩さずに乗っていられるJの身体能力にもある。
しかし、彼女は死んだはずであった。ギンガ団と名乗る新たなる世界の構築を望む集団に、伝説のポケモンであるアグノム、エムリット、ユクシーを捕獲する依頼を受けた彼女はその依頼通りにユクシーとエムリットと捕獲した。だが、捕まえられる寸前に放ったみらいよちがJの艦艇を破壊。その爆発に巻き込まれ湖の彼方へと沈んでいたはずだが。
その事はサトシ達も国際警察であるハンサムからギンガ団事変の後にある程度は聞いていた。しかし、バイザーや黒い装束に包まれていて傷や火傷などの外傷は見えず五体満足でボーマンダの上に立つJを見て息を呑む。
「どうしてお前がここに!」
「ふん、こうして伝説のポケモンが11匹も集まっているのだ。治療費や新しい船を作るのに随分と無理をしたからな」
サトシの問いかけに不遜な態度で答えるJ。彼女は今までの報酬金で巨額の貯蓄があったものの、船の爆発に巻き込まれて出来た傷は決して小さくはなく、さらには船の建造費と合わせて貯金のほとんどを持っていかれてしまった。それゆえ、彼女の今回の目的はポケモンバトルで弱った伝説のポケモン達を一気に捕獲しマニア達へと売り捌くことであった。
「けど、そもそもどうやって命拾いを……」
「存外、この私もポケモンに愛されていたということなのだろうな」
呟くように言ったタケシの言葉をバイザーひに仕込まれた集音マイクで拾ったJはさらりと答える。その手にはモンスターボールが握られており、中にはギャラドスが入っており、どうやら、沈みいくJを助けたのは水中に潜むポケモン捕獲のために使っていたギャラドスらしい。
ただ、ポケモンに助けられてもポケモンに対する愛は芽生えずこうしてまた悪事に手を染めていることからまだ死に足りないのだろう。
「さて、話は終わりだ………ちっ、また船の修理費がかかるがそれは貴様らを売り払ってからゆっくりするとしよう」
アルセウスの攻撃により再建造した船からは狼煙が上がっており、滞空しているのもやっとであった。中ではこれ以上の被害を防ごうと水タイプのポケモンによる消化作業が行われており、さらにはJを助けようと部下たちがパラグライダーで地上へと降り立ちモンスターボールを投げていた。
「ゆけ、サイホーン!」
「ハッサム!」
「J様を助けろココドラ!」
部下たちの出したポケモンはどれもこれも重量級、または悪役顔の整ったポケモン達でその数は楽に50匹を超えている。その数にはHPが満タンのキュレムがいるタクトでも汗を滲ませるほどだ。いくら伝説のポケモンといえどもタイプが異なり、軒並み防御力が高いポケモンばかり並べられちまちまと攻撃されればタダでは済まない。それにタクトにはキュレムしか戦えるポケモンがいない。普段ならその程度と押し切れるのだが、先程普通のポケモンと舐めていたピカチュウに意表を突かれたばかりの彼にとってはどんなポケモンも警戒するに値する。
「……ポケモンに助けられたのに、またポケモンを傷つけるのか?」
一方のサトシは、アルセウスと同じく憤怒の顔が浮かんでいた。これまでJと遭遇する度に彼女のハンティングを阻止してきたサトシは彼女の卑劣さ狡猾さをよく知っている。どれだけのポケモンとトレーナーを傷つけてきたのかも知っている。それは自分のピカチュウを捕らえられたこともあるので身に染みて知っている。そして、ポケモンに助けられたというのに彼女が未だにポケモンを傷つける行為を繰り返そうとしていることに苛立ちを感じないはずはなかった。
「傷つける?何のことだ?裕福な家庭に送られ、宝物のように重宝される方がポケモン達にとっても幸せだろう?」
口角を歪ませ軽薄な笑みを浮かべるJにサトシは拳を握った。
「そんなはずあるわけないだろ!」
「お前の意見など聞いていない」
消えろ。そう言ってボーマンダへ攻撃命令を下そうとした瞬間に、Jに全ての身の毛がよだつような恐怖が襲いかかる。なんだこれはと慄くJの視線の先には、自らの船を撃ち落とそうとした憎きポケモンが映っていた。
「貴様か。名は知らんが、お前も伝説のポケモンなのだろう。売れるかは知らんが捕まえてやる」
その行為をシロナは愚かだと思った。時として知らないということはある意味幸せであり、一種の不幸なのだ。
アルセウスという世界の創造主とされ、神に等しい存在を知らないことは罪ではない。けれども、知らずに神を冒涜するのは蛮勇に値する。
「やれるものならやってみるがいい」
「そうさせてもらうさ」
神が静かに怒りを滲ませながらそう言うと、愚者は左手の照射装置を神へと向けた。そこから放たられる光線の力を知るサトシは神を見上げた。
「案ずるなサトシ。ここは私に任せるといい」
優しげな声音で窘めたアルセウスは向かってくる光線に対して、守る手段を用いなかった。しかし、その光線は突如消えてなくなる。
「…なに?」
まるで空間が屈折し、そこへと吸い込まれていったかのように消えていった光線にJは疑問を抱く。しかし、アルセウスは微動だにしておらず何かをした素振りもない。
身体や機械に不調はない。高い金を出したのだからそれは当然だ。ならば、やはり問題があるのは目の前のポケモンにあるのだろう。だがその原因の見えないJは、捕獲の方法を切り替える。
「やれドラピオン、アリアドス。あのポケモンを戦闘不能にしろ」
モンスターボールを地面へと投げ、そこから飛び出した2匹にそう命令を下したJはアルセウスからキュレムへとターゲットを定める。
「先にお前だ。」
ノータイムで放たれた光線は一直線にキュレムへと向かっていく。今度は空間が歪んだりすることも無くキュレムへと辿り着くかと思いきや、突如動き出し素早さを増したキュレムに躱される。
「な………ん………だ………と…………?」
おかしい。この光線は伝説のポケモンといえどもそう簡単に避けることは出来ないはずと思ったと同時に、自分の身体の異変に気付く。思考と行動の時間に齟齬が生じており、さらには視界の中でのトレーナーやポケモンの動きがおかしい。具体的に言えば、ビデオなどで2倍速再生をしたかのように、行動が機敏すぎるのだ。それに対して、自分の話す速度や脳に命令してから実行へと移すのにはいつもの倍は時間がかかっている。
「ま………さ………か………」
「そうだとも」
違和感の正体に気付いたJにアルセウスはゆっくりと、彼女にも聞き取れるような速度で話し出した。
「彼らの力を使って貴様の動きを制限させてもらった」
アルセウスの後ろには力を使っているのであろうその彼らが姿を現していた。1匹は青色の皮膚の上に鉄のように銀色に輝く堅殼をつけ、その中心部にはダイヤモンドがキラめいている。そして、もう1匹はうっすらとしたピンク色の表皮を持ち、肩にはパールのような輝きを放つ宝石のついた羽の生えたポケモンがいた。
その姿を見て視界の端で観客の避難誘導を行っていたであろうチャンピオンが目を輝かせているが、そんなことはJの中では問題ではない。
「これがお前の愚弄したポケモンの力だ」
気付けば、ドラピオンとアリアドスはスタジアムの壁面に叩きつけられており、部下の出したポケモン達も死んではいないものの部下と共に地面へと倒れ伏して気を失っていた。
「さぁ、裁きをうけるがいい」
この瞬間、Jは初めて後悔というものをした。あのまま死んでおくべきだったかと。
あの時ギャラドスが助けなければ、こうして自分が絶望の淵に立たされることもなかったのだ。生きているから欲が出て、ポケモンを売り捌くことで大金を手に入れられると知っているから、こうして伝説のポケモンが一堂に会しているこの場に来てしまった。空に浮かんだ光の弾が弾けて、礫となって自分や飛行艇に降り注いでくる。
ああ、全てポケモンのせいだ。ポケモンがいなければ自分は悪人にならず、全国に指名手配されることもなく、裁きを受けることもなかったのに。
そんな愚かしく哀れな感情を抱いて、Jの意識は事切れた。
今度こそお別れだポケモンハンター。なお、手加減してるので死んではいない模様。
ということで死人を蘇らせてまた殺してしまった(未遂)ので最終回が遠のきました。本当はタクトの昔話聞いて「俺もこれから頑張っていくから」みたいなENDでサトシが伝説のポケモンとお別れして、「ちょっとミュウツーとかルギアとかラティアスとかってどういうことよ!!」とハナダのおてんば娘が来て「サトシの旅はまだまだ続く」みたいな締めだったんですがね。おかしいなどうしてこうなった。アルセウスなんていう強ポケモンがいて、何もせず終わるなんていうのが嫌で、見せ場を作ろうとした俺が悪いんだ。はい。