艦隊これくしょんの二次創作の多くは戦中やオリジナル提督を中心に書かれたものが大半ですが、自分は戦闘描写や戦争あれこれに関するお話が得意ではないので、結果としていつも通りの日常系となりました。
でも、多くの人が言うように『生きることは戦い』ならば、この話もまた艦娘達の戦いを書いた話なのかもしれません。
……と、冒頭くらいはシリアスに言ってみた今日この頃です。
本編はゆるりとお楽しみください。
They were good days. Yes, they have been good days.
戦争があったらしい。
それは突如として現れた海を支配する“何か”と人間とそれに味方する存在による戦い。
随分と長く長く続いていた戦争だったらしいけど、それも僕が物心着く頃にはもうほとんど終わりに差し掛かっていて、数年前に行われたらしい最後の大規模作戦によって人類とその味方達は最終的な勝利を手に入れた。
そして、遂にこの世界には平和な海が戻ってきた。――そんな話を日々流れるニュースや新聞や雑誌の記事なんかで読んだ気がする。
とは言え、僕が住んでいる地域では少なくとも僕が知る限りでは戦争なんて恐ろしい出来事からはまるで夢物語みたいに無縁の場所だ。そんな欠伸が出るくらい辺鄙な片田舎に生まれてから十四年間以上も住み続けている僕としては、戦争をしていたことも終わったことも何ひとつとして実感を得ることなんてないし、感慨を湧かせるわけでもない。代わり映えしない退屈で平凡で長閑な田舎暮らしな日々を恙なく過ごしているのだった。
「――何をしているのよ?」
ぐったりとまったりとした至福の時間を過ごしていたのに、頭上から振ってきた諦めの篭ったような呆れ声に間延びしていた思考に少しだけ刺激を与えられ、億劫さを感じながらも頭を振り動かして声の方へと仰ぎ見る。
「ちょっとだけ寝不足なんだ。寝たのが多分夜中の3時を過ぎてたかな?」
「夜更かし? そんな時間まで何をしていたのよ?」
「ラジオ番組の特番があってさ。それを聞いていたら妙に目が覚めちゃってね。寝付けなかったんだ。だから今は眠気覚ましの為のモーニングコーヒーを片手にダレてる」
コーヒーカップの取っ手に軽く指を添えると、ほんの一瞬だけカップをソーサーから少しばかり持ち上げてのアピール。カップの底に僅かに残る黒い液体は既に湯気も立たなくなって久しいけど、懐事情的には更なるもう一杯を注いでもらう予定も余裕も今のところはない。これでも僕は馴染みの常連客なわけだし、お代わり自由にしてくれればいいのに。まあ、メニューに記載されている定価よりはかなりサービスで安くしてくれているんだけどさ。
「ウチのお店はあくまで食事処なのよ? 確かにお昼前の今の時間帯が暇なのは事実だし、実際には喫茶店的なメニューも出してはいるわよ。だけどね、それでもあくまでメインは食事をするための店なの。コーヒーを一杯だけ頼んでいつまでもゆったりのんびりと、居座れることが当たり前みたいな喫茶店の感覚で長居されるのはね。正直言って困るんだけど?」
数年来の付き合いで見知った顔には浮かんでいるのは、怒ったようにも呆れたようにも見える微妙な表情。柔らかい色合いに少し癖毛な髪を頭巾で纏めて被い、ラフなシャツにプリーツスカートとエプロンを身に付けて、片方の手を腰に当て、もう片方の手には今し方テーブルを拭き終えた台布巾を持った姿。
この店の看板娘であるナルの口から出てくる正論と苦言に耳が痛み、同時にシャツから覗く健康的な二の腕の存在に気づいたことで意識が吸い寄せられてしまう気がして、思わず無理矢理背けた視線をあさっての方向で泳がせてしまう。
それにしても、僕とは同じ年齢であるはずなのに、ナルは時折やけに年上染みた雰囲気を出してくるから不思議だ。これは真面目でしっかり者故の副次効果ってやつかな?
「ナルって真面目だよね~。今日は折角の日曜日で、しかも天気も良くて絶好の外出日和だよ? 日々休む間もなく続く学生生活で忙しいこの身の羽を唯一自由に伸ばすことを公に許された日だって言うのに、わざわざ率先して家の手伝いをしているんだからさ」
「真面目かどうかなんて関係ないわよ。私は私が家の手伝いをしたいと思った。だからしているの。自分のしたいことが出来るんだったら、それをするのは当然じゃない。しかもそれが誰かの役に立つのなら尚更でしょ」
その考え方が真面目なんだと思うのだけれど。
「私のことは別にして、そっちの方こそどうだと思うわ。そもそも、絶好の外出日和だなんて言っているけど、そんなことを口にしている張本人の行動はどうなのよ? 全然外出なんてする気がないじゃない」
「いやいや、見て。ちゃんと見て。ルック・ミー・ナウをしてみて。ナルには今の僕の状況がどう見えてる? ほら、絶賛外出中だから。馴染みのお店に入っての優雅なコーヒーブレイクを楽しんでいる途中だから」
「優雅なコーヒーブレイク……ねぇ。まったく、変な言い訳ばかりなんだから。朝から居座ってダラダラしているだけじゃない。しかも、確かに一応は外出中ではあるかもしれないけれど、実際のところはあなたの家まで歩いてほんの少しの距離でしかないでしょ。百歩譲って見たとしても、どう贔屓目に取っても精々が家の近所を散歩ってレベルよね」
「そこはほら、僕はどちらかと言えばインドア派に属すると自認しているわけで。そんな僕としましてはね、たとえ自宅から数分の距離であっても十二分に外出していると思うわけなんだ」
「自認する部分が間違っていると思うわ」
呆れ顔を更に深めたナルの盛大な溜息。不幸が嬉々としてやってきそうなレベルの溜息に、そのことをこの場で指摘したら怒られるだろうかと考えていると、溜息を吐き終えたナルはおもむろに店の奥へと引っ込んでしまう。――かと思ったら、何故かその手にコーヒーポットを持ってすぐに戻って来た。
「はい、サービス」
言うやいなや、僕の空になりかけだったカップに熱々のコーヒーが注がれる。すぐさま広がった芳醇なコーヒーの香りが僕の鼻孔をくすぐり、温かな湯気が再びカップから立ち上がった。常々に思う。どうしてコーヒーの香りと湯気には味がないのだろう。あれば絶対に美味しいこと間違いないのに。
「いいの? 念の為に言っておくけど、今日はもう本当にお金ないけど?」
自慢じゃないが、僕の懐事情は基本的に年中金欠気味だ。最も、一般的な中学生の身で使うお金に困らないなんて言う人間はごく少数だろうけど。
「いいわよ、別に。今は私達以外に誰もいないし」
そう、見知った店内に現在いるのは僕とナルの二人だけ。僕以外にお客さんがいなかった所為かもしれないけど、少し前にお昼の忙しくなる前にちょっとだけ用事を済ませてくると言って店主の小父さん達は出ていっていた。店主不在のこの状況でもし新しくお客さんが大量に来たらどうするのかと考えなくもないが、「大丈夫よ、私がいるじゃない」と、何故か自身満々な態度のナルの姿を見ていると案外大丈夫なのかと妙な納得をしてしまう。……あれ? そう言えばナルの料理の腕前ってどんな感じだったっけ? 確か、お菓子とかはわりと上手に作っていた気がするけど。……まあ、田舎だから来るお客さんと言ってもどうせ皆知り合いばかりだろうし、誰もそこまで気にはしないか。
「おとうさん達には内緒よ」
不意にナルが悪戯っぽい声で囁き、茶目っ気のある笑みを浮かべる。
人差し指を唇に当てる仕草をしながら見事なウィンクを決めてみせるナルを見て急になんとも言えない気持ちになり、なんだかいろいろとモヤモヤとする感じを誤魔化すかのようにコーヒーに口をつける。
「あっつぅっ!!」
予想以上に熱かった。
「もう、なにやってるのよ。ダメじゃない。気をつけないと」
火傷するほどではないにしろ、多少ヒリヒリする舌に顔を顰めながらコーヒーカップを置き、ナルがすぐさま注いで差し出してきた水の入ったグラスを受け取って口に含む。
「ちょっとこぼれちゃっているけど、服に飛び散ってない?」
水と一緒に口内に入れた氷で舌を冷やす僕を横目に、カップからテーブルにこぼれたコーヒーを台布巾で素早く拭き取ったナルの言葉に自分の服をチェック。ぶっちゃけ、今の服装は安物の無地シャツの上に紺のパーカーと下は灰色のジャージ姿と気取ったような要素が皆無なラフさ全開の恰好だったりするので、少しどころか多少は汚れても気にしないと言えば気にしないのだけれどね。
「あ~、微妙にズボンに」
ジャージのズボンの数ヶ所にコーヒーが飛び散っている。それほど目立つものでもないけれど、早めに処置してしまわないとこれは確実に染みになるだろう。
「どれ? これ、早く洗濯しないと染みになっちゃうわね。とりあえず、濡れた布巾か何かで……」
「ぃっ!?」
不意に覗き込むようにして僕のジャージの汚れ状態を確認しようとするナルだけど、僕の方は思わず変な声で叫びそうになった。
俯いたせいでたわんだエプロンと服の間には隙間ができていて、ナルが近付くにつれて血色の良い首元から鎖骨を過ぎて胸元に至るまでの部分が視界に飛び込んでくる。その上、ナルが今日着ているシャツは首元部分が結構緩いデザインをしている。そんなタイプの服で屈み込むとかすれば、ナル自身は意図せずとも胸元のかなり際どい部分までが覗いている。傍目からの印象では同年代と比べてもナルの発育は特別良好な方ではないけれど、それでも確かな起伏の結果が如実に分かってしまう。
つまりは……いろいろとヨロシクないってこと!!
「いや、いいよ! これくらいならそこまで気にしないから。と言うか、もう家に帰って洗濯機に放り込んだ方が早い」
最初の若干叫び気味の上擦った声は抑えきれない内心の動揺のため。それでも継いだ言葉は出来るだけ冷静な状態を装う。多少の早口は許容範囲内。一瞬向けられたナルの怪訝な表情もまあ許容の範囲内としておく。要はあまり深く考えないのが吉。そして変な気分からボロが出る前にさっさとこの場から退散するのもまた吉。実際、時間的にもいい加減にお暇した方がいいだろうし。あれれ? これってなんだかもの凄く言い訳っぽい?
「わかったわ。じゃあ、早く帰って着替えなさいよね。それと、この際だから思っていたことを言っておくけど、幾らなんでも外に出る時はもうちょっとくらいちゃんとした格好をした方がいいんじゃないかしら? 別に無駄に意識してオシャレしろって言うわけじゃないけどね。それでもジャージにパーカーって、流石に部屋着感が過ぎると思うわ」
「ナルって僕の母親だっけ?」
母親から言われるお小言の定番みたいなことを言われた。そんなにアレだろうか? 逆に近所の馴染みの店に来るのにわざわざ服装を気にする人の方が少ないと思うけど……これは男女の違いだろうか? いや、むしろこれはナルの性格的なものか。母性気質とかお節介焼き気質とか的なものなんだろう。
「とにかく、ご馳走さま。そうそう、飲めなかった分のサービスのコーヒーは次回のツケにしておいてくれたりすると非常に嬉しかったりするんだけど?」
「図々しいわよ。……まあ、私も悪かったから別にいいけど。ただし、あくまでも私がいる時にだけにしてよね」
「おお、ホントに? 言ってみるものだね」
席を立って軽く伸びをする僕の耳にナルのレジスターを打つ音が届く。提示された金額はサービス価格のモーニングセットの分だけで、当然だけどお会計もその金額だけ。なんだかナルは諦め気味な表情をしている気がするけど、律儀な性格のナルのことだから今日の約束を反故にすることはないはず。
しかし、今日はラッキーだった。何がって? 当然、コーヒー代が次の一回分浮いたことがだけど。
「あっ、そうだった。今日の夜なんだけど、少し時間あったりする? ちょっとだけ話したいことがあるんだけど……」
夜? 何だろう? 急にこんな改まった感じで前もって予定を聞いてまで呼び出しをするなんて、ナルにしては珍しい。
「別に大丈夫だけど。何時くらい? 7時とか8時くらい?」
「それくらいでいいわ。今日は日曜日だし、いつも通りならお店の方も早く閉めると思うから」
「りょ~かい。じゃあ、適当に時間を見計らって来るよ」
夜にわざわざ呼び出しての話とは、これはもしや……うん? 何だろう? 駄目だ。特に何も思い浮かばないな。変なことは何もしてないはずだとは思いたいけどね。
今すぐ内容を知りたい衝動に駆られなくもないけれど、そこはまあその時になるまでってことで、折角だから夜までのお楽しみってことにしておこう。ナルの表情を見る限りではそんなに重要でも深刻な話ってわけでもなさそうな感じではあるし。
「それじゃあ、ナル。ご馳走さまでした。お店の手伝い頑張って」
「勿論。言われなくても頑張るわよ。――ありがとうございました」
快活な笑顔を浮かべたナルのお見送り。流石は店の看板娘。見事な営業スマイル……じゃなくてナルの場合は素の笑顔か。普通に可愛いから、正直言ってちょっと面と向かって見るのは気恥ずかしかったりするんだけどね。こんな感じのことを僕が考えているなんて本人に知られでもしたら、絶対に確実に僕のライフポイントが爆死しそうだから意地でも言わないけどさ。
さて、それじゃあさっさと家に帰るとしよう。帰って服を着替えたら……折角の日曜日なわけだからどこか適当にブラブラしますか。
「――湊、また後でね」
店を出る瞬間に聞こえた釘を刺すような台詞に笑顔で手を上げて答えた以上は、後でまた会った際にナルに変なお小言を言われたくないからね。
Q:この話に出てきた少女は艦娘だと思いますか?