個人的な趣向は別にして、艦娘の話を書く上でどうしてもシリアスな話題を避けては通れないこの現実。
基本的には明るく楽しい話がコンセプトですが。
「いや~、マジで凄いな。いろんな意味で」
「櫂人、何でそんなに楽しそうなの?」
転校生って立場は最初の方は周囲の話題を独占したり凄くチヤホヤされたりするイメージがあった。でも、それも全ては当の本人次第なのだということを僕は今日の午前中だけで存分に思い知った。
第一声――「答える義務はありません」
第二声――「興味ありません」
第三声――「お断りします」
来たる休憩時間毎に興味津々で群がるクラスメイト達の口から放たれる質問の数々。それらに即座に返って来るのはこの三連句で、全ての質問は完膚なきまでに一刀両断。歓談タイムどころか質疑応答すらも一切発生せず。取り付く島もないとはまさにこのことだった。
午前中に発生した三度の休憩時間で行われた一連の遣り取りの結果、対人拒否用の絶対防壁だか結界でも張っているかの如き転校生に対して、ようやく迎えた昼休みに昼食を誘ってみようなどと考える勇気のある人間は皆無だった。
「転校初日の昼休みだってのにクラス一同揃って遠巻きにして眺めてるだけとか、下手したらクラスの人間が全員で結託して転校生をハブっているようにも見える状況だよな。怖いわ~。最近の若い学生ってば、怖いわ~」
「その言い方、言いがかりの上に風評被害も甚だしくない? それに眺めるも何も、当の不知火さんは昼休みになった途端にクラスから出て行っていたから」
学校での昼食の殆どをお弁当でなく購買組としている僕と櫂人は、今し方お昼の戦場と化していた購買部からお互いの戦利品を持って帰還したところ。
因みに僕は“特製ハムカツサンド”と“ミニコロッケ付き焼きそばパン”が本日のお昼のメニュー。飲み物は無難にカフェオレで決まり。
「不知火さんの態度がアレ過ぎるから、反感を持つ子達がいるかもって不安にはなっていたんだけど……。今のところは大丈夫そうかな?」
「内心でどう思っているのかは微妙だけどな。見た目は文句が付けようがないレベルで可愛いからな。きっと女子連中の中にはあんまり心好く思ってない奴もいるだろう。まあ、これでもし野郎連中に対してだけは愛想が良いタイプとかだったなら確実にアウトだったと思うけど、誰に対しても徹底してあの態度と対応だからな。おかげで今の時点でのクラスの連中の印象としては、『転校初日の緊張で不愛想な態度しかとれていない子』って感じが大半か」
「え? そうなの? 意外だ。思ってたよりも皆大人なんだな」
「おいおい、真に受けすぎるなよ。あくまで俺が見た限りでの印象と想像でしかないんだから。特に女子が考えていることなんて……うん、流石にわかんね~な」
「駄目じゃん。当てにできない意見」
「俺なんかよりも湊の方がわかるんじゃないのか? 担任ちゃんに頼まれてんだし、席も隣なんだから。俺としてはちょいと意外な気もしてるんだがな。どうにも転校生のことをかなり気にしてるみたいだし?」
「お前、あんな感じの子がタイプだっけ?」と、急にニヤニヤとした顔を向けてくる櫂人。問答無用で向う脛でも蹴っ飛ばしたい衝動に駆られる。
……一瞬、何かを悟られたんじゃないかって内心で不安になったのは内緒だ。
「普通にクラスメイトとして気にしてるだけだよ。転校してきたばかりなんだし。お節介って程でもないよ。……そう言えば、ナルが不知火さんに声を掛けているところをまだ見てないな」
「そうだっけ? あ~、そう言えばそうだな。あのお節介気質な久藤だから、転校生とかがいれば普通に率先して声を掛けそうなもんだが……何か思うところでもあるのかもな」
「思うところって、何を? 不知火さんと会うのは今日が初めてなのに?」
「大人の事情ってヤツじゃね? もしくは、女子の事情とか」
なんだそれ。全然意味がわからない。また櫂人特有の意味深だけど実は適当な台詞の類だろうか。
「ナルも不知火さんもまだ大人じゃないでしょ。女の子ではあるけどさ」
「やれやれ、坊やだねぇ。いいか、湊くんや。大人とか子供の定義なんてもんは至極曖昧なもんなんだぜ? それこそ、パッと見た感じだけがその人の全てでもない。人間ってのはさ、本人が隠していたりする部分もあれば知らずに隠れていたりする部分もある。しかも他人から見えている部分だって見方や状況によってはいろんな側面が見えてくる。想像と現実はまるで違うなんてことはいくらでもある。人間の持つ面白みと魅力は多面性とギョップにこそ有りだ」
「それって、要は一筋縄ではいかないってこと? 櫂人みたいに?」
「おう、辛辣ぅ~」
顔立ちとか纏っている雰囲気は間違いなく人受けのする方だし、頭の回転だって速い。実は生徒会役員なんかをしていたりするから、行動力とか信頼感もある。だけど、友人となると時折性格が微妙読み辛くて対応に窮することがある人となりをしているのが櫂人だ。
「おっと、忘れるとこだった。湊、悪いけど俺はこれから生徒会室に行くから」
「あれ? 何か用事?」
てっきり教室で一緒に食べるものだとばかり思っていたんだけど。
「呼び出しがあった。昼休み中に体育祭に向けた簡単な打ち合わせをしたいんだってさ。まったく、のんびり昼飯を食う暇もないわけだ。やれやれだわな」
「うちの学校の生徒会は勤勉だね。約一名の男子役員を除いてだけど。とりあえず、応援くらいはしてあげるよ。頑張れ、生徒会副会長様」
「うぃ~す。心温まる応援サンキュ~。んじゃ、頑張ってくるか」
僕の皮肉を華麗にスルーして、どうにもやる気の感じられない様子で生徒会室の在る方へと廊下を歩いていく櫂人を見送り、僕は教室へと足を向ける。
購買部のある校舎から僕達三年生の教室のある校舎は中庭を隔てて別の棟となる。校舎間を繋ぐのは十数メートルの渡り廊下で、ちょうどその渡り廊下に差し掛かったところで吹き抜けた涼風と明るい日射しによる天気の良さに当たられて目を細める。春の花は既に散ったけど、梅雨入りまではまだ少しだけ猶予のあるこの時期は比較的好きだった。
校内のあちこちから昼休み特有の喧騒が聞こえてくる。誰もがきっと思い思いの時間を過ごしている。
「平和だ~」
昨日の夜に大規模な停電騒ぎがあって、その直後に思いがけない出来事を体験して、更に翌日には出来事の当事者が転校生としてクラスにやって来た。それでもこうやって「平和だ」と呟けるのだから、今の世の中は平和で穏やかなんだろう。
とは言え、悩み事とかが何ひとつ残らず無くなったりはしないのが世の常。
「そう言えば、昼休みに話すって言ってたはずなのに、ナルはどこに行ったんだろう?」
昼休みに突入し、「ナルの話を聞く前に、先に櫂人と購買に行ってくるから」と伝えようとしたのに、何故だか既にその時点で教室にいなかった。話をするって自分で言っていたのに、一体どこに行ったのだろうか?
「購買にも自販機コーナーにもいなかったし」
ナルは基本的にお弁当派。だから校内で何かを買うとしたら飲み物くらい。それだって普段はあんまり買っているところを見たことはない。
「出谷さんや望房さんとかと一緒にお昼を食べてるのかな?」
思い浮かべるのは、クラスの中でも特にナルと一緒に行動することが多い女の子達。仲の良い彼女達と校舎の中央ピロティとか中庭なんかでお昼を一緒にしている可能性はある。
「パッと見た感じ、中庭には見当たらないな~」
中庭にある噴水周りとか幾つかのベンチとかで楽しそうにお昼を食べている子達は何人もいるけど、残念ながらそこに探し人の姿は見受けられない。
今どこにいるのかとスマホでメッセージでも送ろうかと考えてスマホをズボンのポケットから取り出し、ナルからの通知がないことだけを確認すると何もせずにポケットへと戻す。僕自身は別に急ぎの用じゃないし、もし楽しく食事している最中だったら水を差すこともないだろうから。……我ながら変な気を遣い過ぎだろうか?
「――うん? あれは……不知火さん?」
視界の端に偶然捉えた人物の影。結構な遠目だから見間違いを疑ったけど、彼女の髪の色や何よりも明らかにうちの学校のものとは異なる制服は見間違いようがない。
では、何で見間違ったと思ったのかと言えば、それは不知火さんと一緒にいた人物のせいだ。
「ナル? 何であの二人が一緒に……」
どこかに行っていたはずの探し人が不知火さんと連れ立って歩いていた。
他人を完全シャットアウト状態である不知火さんと転校生に対して意外にも我関せずだったナルだから、今日の午前中だけだと特に接点なんてものが二人の間には発生はしていないはず。そんな二人がお昼休みに一緒に行動しているのが意外だった。と言うよりもむしろ、不知火さんが他の人と一緒に行動しているのが意外だった。
「って、どこに行くんだ? あの方向だと……旧校舎?」
二人の行き先を推測すると、今は教室の一部が部活用の部室兼物置にされている旧校舎方向。新校舎からは若干の距離もあるし、部活の関係者でもなければお昼休みにわざわざ行く場所じゃない。……まあ、少し耳に挟んだ話だと、その“わざわざ行く”を行った先でいろんな何かをしたりされたりもすることがある場所でもあるらしいだけど。
……そう言えば、ナルは何回か呼び出されたことがあるって望房さんとかに聞いたな。ナル本人の口から聞いたことはないけど。
「行くべきか行かざるべきか、それが問題だ」
劇そのものを見たことがない人が大半であろう有名古典劇の台詞を捩った言葉を呟きながら、実際には僕の足は旧校舎の方へと歩み始めている。
既にナルと不知火さんの姿は旧校舎の影に隠れているけど、おそらくは校舎裏の人気の少ない場所に行っているんだろう。「何で二人がそんな場所に?」って思わずにはいられないけど、何かしらの人には言い難い相談なりをするにはうってつけだから……あれ? これ、もしかして僕のピンチ? 今の時点であの二人に接点はなさそうだ。でも、僕とナルは幼馴染と言う接点がある。そして、僕と不知火さんも一応は昨晩の出来事と言う接点がある。
「まさか、僕とナルが幼馴染と知ったから? それでナルに何か言うつもりとか……」
冷や汗が流れる。
出来るだけ思いださないようにはしてはいるけど、それでも時折否が応でも思いだしてしまう昨晩の不知火さんの姿にいろいろとどうしようもなくなったりして、その挙句に自己嫌悪なり後悔なりをする嵌めになっていたりする。そのことについて、だって男なんだから仕方ないじゃないかと、簡単に納得できるほど僕自身はまだ大人じゃない。
何にせよ、状況的にも致し方ない部分があったとはいえ、それでも女の子の一糸纏わぬ姿を見てしまったのは隠しようのない事実。
「いやいや、あれは実際には不可抗力なわけなんだし、それに不知火さんは他人に自分のことを下手に話すタイプじゃないはず……多分。むしろ、午前中の不知火さんの様子からナルがお節介を焼こうとしていると考えた方がしっくりくる」
言い訳がましい上に希望的観測混じりの台詞を呟きながら、それでも歩む速度は足早になる。ついでに妙に不規則な脈打ちを続ける心臓の鼓動とかも徐々に加速している気がする。全身を伝う嫌な汗と微妙な吐き気は不安と心配から来るものなのだろうか。
鬼が出るか蛇が出るか――出来ればどちらも出て欲しくはないけど。
「――――うでしょ。私達はもう――――ないもの」
旧校舎のすぐ傍まで近付いたところで聞こえてきた声。ナルの声なのは聞き間違い様がないけれど、どうにも変だ。口調が妙に強い気がする。
ほんの一瞬だけ校舎の角から顔を覗かせて様子を窺う。そんなに距離が離れていない場所にいた二人を確認すると、素早く顔を引っ込めて校舎の壁に背を預け、聞き耳を立てる体勢に入ってしまう。
ピーピング・トムは褒められたものじゃないけど、この手の場合に迂闊に出て行くのも躊躇してしまう。下手したら人間関係とかに支障をきたしかねないないし。じゃあ、そんな状況になりそうな場所に始めから行くなよって話なのだが、すでに来てしまったものはしょうがない。
それに、聞こえてきた声からナルの様子がどうにも気になる。ナルは真っ直ぐな性格からか頑固な部分がある上に時々突っ走る傾向があるから、転校生の不知火さんと剣呑な状況にでもならなければいいけど。
「いいえ。違いません。やつし――――いった名前は復員局が勝手に――――って、それを不知火――――いません。だから――――以外の――――り得ません」
「少しだけ――――いたけ――――うに面倒ね」
「面倒? どう――――か? あなたに――――た憶えはあ――――んが」
「自覚が無――――ら? それ――――だわ」
なんだろうか? 揉めているって感じではなさそうだけど、穏やかに話している感じじゃない。聞こえない部分も多いけど……不知火さんの名前のこと? “ふくいんきょく”?
「噂では――――わ。色々な泊地を転々――――いたって」
噂? 噂ってなんのことだ?
今日が初対面だと思っていたけど、ナルは不知火さんのことを前々から知っていたのかな? それに、“はくち”を転々? 転校ばかりしていたってこと?
「――――フォローですって?」
しまった。考え事に気を取られた所為で少し聞き逃した。
「そうよ。仲間――――ち度があれば、――――はフォローをするわよ」
「落ち度? 不知火に落ち度などありません。常に正しい――――沈める為に最適――――きました。なのに……」
あれ? 気のせいかな。どうにも不知火さんの声の様子が……
「――それなのに!!」
うぇっ!?
「周りの連中は無意味な馴れ合いと無駄で非効率的な行動をしようとするばかり。『仲間を護る為』とか『必ず皆で無事に帰る』とかのくだらない御託ばかりを並べて倒せるべき敵を倒さず、あまつさえ不知火の戦闘の邪魔まで! その挙句に不知火の行動すら非難する。司令も艦娘も誰も彼も敗北主義者の臆病者ばかり!! そうよ! あんな連中に何が分かるって言うの!! 不知火に……落ち度などあるはずがない!!」
な、なんだ? 今のは不知火さんなのか? あんな叫ぶような大きな声を上げたのが?
「……重症ね」
「敵に無意味な情けをかけた挙句、無駄に助けるようなあなたとは違う。『生きては戦場の修羅となり、死しては護国の鬼となせ』と、それこそが……――誰?」
うん? え?
「何をしているんですか?」
あ、あれ? 確かに足音とかは聞こえなかったはず。なのにこれはどうしたことか。校舎の角から姿を現した不知火さんがいつの間にかすぐ目の前にいた。
「盗み聞き? 昨晩のことに続き、一体何のつもりですか?」
「何で全然姿を見せていなかったはずなのに気がついたのか?」とか、「ナルと一体何の話をしていたの?」とか、「さっき叫んでいたのは本当に不知火さんなの? と、問い質したい気持ち」とか、いろいろと口から出したい疑問はある。
でも、無理だ。
絶対に無理だ。
だって向けられてくる眼光がもう半端じゃないから。きっともう間違いなく本日一番の鋭さだから。纏っている雰囲気の冷たさも相俟って、眼光だけで物理的に押し潰されそうな威圧感を感じる。少なくとも、晒され続ければ胃に穴くらいは容易に開くと思います。
「話はここまでです。もうあなたと話をする気はありません」
不意に僕から視線を逸らした不知火さんは、背けた先の相手に向かって冷たく言い放つ。
「これ以上、不知火に関わらないでください」
そして、戻した視線で僕に一瞥を加えると、あとはもう僕達の存在など一切視界に入れたくないとばかりの様子で早々に立ち去って行ってしまう。
遠ざかる不知火さんの後ろ姿を見て思うのは、「これはもう、『よろしく』していくのは不可能なんじゃないのか?」ってことで、そんな彼女と席が隣であるという重過ぎる現実に頭を抱えたくなる。
……それから、もうひとつ頭を抱えたくなる現実と言えば。
「湊……」
不知火さんと先程まで会話していた相手の存在。
つまりは、今この瞬間に僕の背後に居て、僕に冷たい汗を滝の様に流させる原因たる掛け声の持ち主。
ノゾキ、ダメ、ゼッタイ。
今更に後悔と反省をしてももう遅い。
鉄板で溶接されたみたいに動かすことが困難となっている首を気合と諦めで無理矢理捻じり、振り返った先には……む、無表情?
いつも笑顔が標準装備のナルが無表情?
状況的に怒っているとか呆れているとかならまだ納得できる。けど、表情の端々に微妙に影を感じさせて、本当に考えていることが読めない感じの表情なんかは正直初めて見たような気がする。
しかし、普段は特別意識することがないけど、不謹慎にもこうして見るとナルの顔立ちの良さってやつを改めて実感する。
個人的な意見としては無表情美人よりはいろんな感情や表情を見せる方が好感も持てるのだけど……。要するに、ナルは笑顔とか感情が見える表情をした方が良いと思う――こんなことを口にしたくても口に出来ないのは、勇気だとか気恥ずかしさだとか云々以前の問題。ナルの顔の中で数少ない感情の片鱗を覗かせる部分の所為だろう。
“目は口程に物を言う”。
「あ~、ナ、ナル……」
詰る言葉に合わせるように顔の筋肉も引き攣っている。必死で繕っている愛想笑いは今にも崩れそうだ。
喉はカラカラに渇いているし、少し前までとは違った意味での胃痛と吐き気を覚える。昨日から今日にかけての僅か十数時間の間だけで何故か僕の寿命がもの凄く削られているような気がする。
「お、お昼食べた?」
購買で買ったパンが入った袋をかざし、脳をフル回転させて次に続けるべき台詞を考える。それと同時に、僕は思い知った意外な事実に驚愕していた。
「こんなところで何をしてるの?」
ナルから向けられる視線は、不知火さん以上に怖くて冷たかった。
うちの不知火さんは色々と事情がある模様。