いつかその日は今日である   作:炉心

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 彼女にもちゃんと一般人としての名前はあります。

 本人は決してそれを認めませんが。





第弐話:思い思いな、学校 ~その肆~

 

 

「鳩羽君、この後でちょっとだけ時間は大丈夫かしら? 少し話をしたいことがあるのだけれど」

 

 本日予定されていた授業が全て滞りなく終了し、ホームルームも終えた直後。放課後に向けて俄かに騒がしくなっていたクラスの中で帰り支度をしていたら、何故か担任からの急な呼び出しを受けることになった。

 

 「おいおい、名指しで呼び出しか~。何したよ? どうしたよ?」と、軽い調子の言葉を掛けてきた櫂人や、出谷さんや望房さんと何かの会話をしながらも横目で様子を窺うような視線を送ってきたナルを尻目に教室を出ると、特に身に覚えのない呼び出しに対する理由を頭の中で延々と考えながら職員室へと向かう。

 

 人によりけりだとは言え、基本的に職員室なんて場所は学生にとっては好んで行きたくない場所ランキングでは絶対に上位に入る場所じゃないかと思う。もっとも、何故か一部の女子生徒とかで好んで行く子もいるという話だからからなんとも世の中は不思議だ。少なくとも僕はそんなマイノリティではないけど。でも、呼び出しを受けた以上は否応なく行かなければならないこのジレンマ。世の中は理不尽だ。

 

 職員室とは職員が居る場所。つまり、そこに居るのは学校の職員である教師ばかり。「失礼します」と声を掛けて入室した瞬間から回れ右して帰りたくなるのを必死に我慢して、僕は目的の場所へと早足で進む。

 

「先生、着ましたけど……話って何ですか?」

 

 呼び出した張本人たる我がクラスの担任の元へと辿り着くと、無駄話はせずに早速本題へ。放課後の時間も僕の精神ポイントも有限だ。無駄には出来ない。

 

「ああ、鳩羽君。来てくれてありがとう。先に確認しておくけど、今日は美術部の部活動はなかったわよね?」

 

「そうですね。部としての活動予定はなかったですね。一応、自主的に活動している子はいるとは思いますけど。それが何か話と関係があるんですか?」

 

「そうね、多少は。……え~と、それで話なのだけれど。要するに転校生の“八代さん”のことについてで――」

 

「“やつしろ”さん?」

 

「……つまりは“不知火さん”のことについてなのだけれど」

 

 ああ、成程。不知火さんの本名――“八代”と言うのか。

 

 どうやら先生も不知火さんのことをどう呼ぶべきかについては悩んでいるようだけど、ここは取り敢えず僕に通じるように“不知火さん”と呼ぶことにしたようだ。

 

 朝の遣り取りからも充分に予想出来てはいたとは言え、彼女は本名で呼ばれるのを頑なまでに忌避して“不知火”と言う呼び名を通している。今日の授業中でも何度か先生達から本名で呼ばれそうな機会はあったけど、その都度頑なに自身のことを“不知火”と呼んでいた。あの恐るべき眼光で睨みつけて主張を押し通していた不知火さんは、もしかしたら先生達の何人かに軽いトラウマを植え付けているかもしれない。

 

 どうしてあそこまでの強固な態度を取るのか。その理由は分からないし、本人も一切口にしないから下手に聞くことも出来ない以上はある意味でどうしようもない。取り敢えず、僕やクラスの皆は今のところは彼女のことを彼女の希望通りの“不知火さん”と呼ぶことにしている。

 

「彼女、今日は午後から早退しちゃったでしょ? 転校初日だったし、新しい環境に慣れてなかったからかもしれないけど」

 

 そう、不知火さんは本日の午後の授業は不参加。偶然にもその場に居合わせたクラスメイトの一人からの伝聞では、昼休みに職員室に現れた不知火さんは担任に向かって有無を言わせぬ口調で早退の旨を伝えると、そのまま返しの言葉を聞くこともなく帰ったらしい。個人的には昼休みに行われたナルとの遣り取りが原因の一因になっているのではないのだろうかと踏んでいるのだけれど、所詮は憶測の域を出ない。

 

「それでお願いなのだけれど、部活が休みの鳩羽君に彼女のところにプリントを届けて貰いたいの。彼女の住んでいる場所なのだけど、ちょうど鳩羽君の家の隣なのよ。知っていたかしら?」

 

 知ってますよ。昨晩は……ちょっと色々とありましたからね。

 

「プリントの配達ですか? まあ、別に構いませんけど」

 

 一応は美術部員とはいえども個人的には部室で部活動を積極的にする方じゃないし、今日は部活自体も休みなので帰るつもりだったからいいけど。

 

「本当に? 引き受けてくれるなら助かるわ」

 

「でも、僕が届けていいですか? 正直な話ですけど、転校初日の不知火さんとはそんなに親しいわけじゃないですし、ここはクラスの代表としてクラス委員長とかの方が適切な気もするんですけど?」

 

「そうなんだけどね。今日は生徒会が体育祭に向けた臨時のクラス委員会議を開くことになったから。それが終わった後だと時間も遅くなりそうなのよ」

 

 そう言えば、昼休み終了間際にそんな内容の放送が流れていたような……。櫂人も教室を出る前にそんなことを口遊みながら準備をしていたし。

 

「……了解です。そういうことなら引き受けます」

 

「ありがとう。――助かった」

 

 感謝の言葉の後に聞こえた耳で捉えられるかどうかギリギリの音量の呟き。僕の受諾の言葉を聞いて浮かべた安堵の表情も相俟って理解する。

 

 成程ね。憶測の域を出ない推測だけど、不知火さんのとの接し方について結構悩んでいるんだろう。気持ちは分かり過ぎるくらい分かるけど。不知火さんは徹頭徹尾であの感じだし。でも、生徒としてはもう少し先生としての矜持をみせて頑張って欲しい気持ちもあるな。

 

「それじゃあ、このプリントをお願い。今日のホームルームで皆に配った修学旅行に関する分。あとは来週の校外学習の件のプリントね」

 

 見た憶えのある内容が書かれた何枚かのプリント。クリアファイルに纏めて挟んで渡されたそれを通学カバンに入れ、「お願いね」と念押ししてきた先生に向かって一礼して職員室を出る。

 

「やれやれ……」

 

 職員室を出た途端、押し寄せてきた疲労感で思わず息を吐く。

 

 無理矢理押し付けられたわけじゃないけど、それでもかなりの面倒事を引き受けてしまった自分自身の人の良さに何とも微妙な気分になる。

 

 まあ、引き受けてしまった以上は今更だけど。

 

「先生から何の話だったの?」

 

 え?

 

「――ナル?」

 

 掛けられた声の方へと振り向く。

 

 放課後な上に職員室前という二つの要素が折り重なった人通りの少ない廊下。その外側の壁に通学カバンを持ったナルが背を預けるようにして立っていた。

 

「急に呼び出しなんかされて、何か変なことでもしたんじゃないわよね?」

 

 壁から離れたナルは僕の傍までやってくると、怪訝な表情と探る様な視線を僕に向けてくる。

 

 「変なことって、随分と信用がないな~」と、ナルに聞こえない程度に呟きながらも、教師から突然の呼び出しなんかを受ければそんな風に思われるのも当然かと思い至る。

 

「あ~、うん、大丈夫。特に僕自身がどうこうって話じゃなかったんだ。ちょっとした頼まれごとをされてさ。それを引き受けてきたとこ」

 

「頼まれごと?」

 

 少しだけ僕の顔を覗き込むようにして見てから、僕が何かしたわけじゃないと納得したからなのか、ナルの表情や視線が一気に和らぐ。その様子を見てつくづく思う。ナルは本当に僕とは比べ物にならないくらいにお人好しでお節介焼きな気質だと。

 

 ……あと、時々微妙に距離間が近い。今もこの一瞬、僕の顔を見る為にか近付いたナルの顔との距離が結構近かった。具体的には吐く息が届きそうなくらいの距離。ナルの明るい瞳の色がハッキリ分かりそうなくらいの距離。あまり心臓に良くない距離。

 

「そ、頼まれごと」

 

 「不知火さんにプリントを届けてくれって――」と、口にしかけたところを寸前で止める。昼間のこともあるし、これは口にしない方が無難なのかな?

 

「……ねぇ、湊」

 

 無駄に失言で予期出来ない波風を立てるのも馬鹿馬鹿しいし、ここは黙っていることにしよう。

 

「その頼まれごとって、‟あの子”……転校生のこと?」

 

「へ?」

 

 えっ!? 何!? エスパー!? ナルってば、いつの間にそんな特殊能力を!?

 

「その反応の感じ。そうなのね」

 

 あ、違う。これは所謂“カマをかける”ってやつだ。もしくは“読心術”ってやつだね、きっと。女子中学生名探偵“久藤 ナル”の誕生か。ヘイスティングズ役は誰だろう?

 

「まあ、うん。そうだね。今日のホームルームで配ったプリントとかを届けてくれってね。不知火さん、早退しちゃったし」

 

 バレてる以上は下手に隠す必要もないだろう。

 

「どうして湊が? 普通は先生の仕事かクラス委員の子とかに頼むんじゃないのかしら?」

 

「確かにそうなんだろうけど。今日は他の皆は色々と用事があるみたいだからね。だから席が隣の誼で僕にお鉢が回ってきたってわけ」

 

「幾らなんでも転校初日の子へのプリント渡しを異性である湊に頼むなんて、ちょっと無責任と言うか無頓着過ぎると思うわ」

 

 それは僕も思ったけどさ。

 

 でもまあ、住んでいる場所が我が家の隣だっていう僕に依頼するのにあたっての大きな理由が有るからね。不知火さんが故意に拒否しない限り、まず渡しそびれることはないだろうから。

 

 でも、不知火さんが僕の家の隣に引っ越してきたってことをナルは知らないから仕方ないか。

 

「きっと消去法で選んだのね」

 

 呆れ顔のナルの呟き。その台詞に疑問が湧く。

 

「どういう意味? “消去法”って」

 

「隣に住んでいるからってことよ」

 

 ……………………。

 

「えっ?」

 

「何その顔? 鳩が豆鉄砲をくらったような顔して。もしかして知らなかったの? って、先生からプリントの配達を頼まれているんだから、そんなわけないわよね」

 

 いやいやいや!! どういうこと? 何でナルは不知火さんが僕の家の隣に住んでいるのを知ってるんだ? 引っ越してきたのは昨日の夕方とかだよ。

 

 不知火さんが教えた? ……いや、それは絶対にないか。

 

「え~と、ちょっと疑問と言うか質問なんだけど。ナルは不知火さんが僕の家の隣に引っ越してきたことを知ってたの?」

 

 と言うか。

 

「もしかしてとは思ってはいたんだけど、ナルは不知火さんと知り合いなの?」

 

もう、これしかない。

 

「……なんでそう思ったのかしら?」

 

「いや、なんとなくだけど」

 

 普段だったら転校生に対してのナルのお節介焼き気質による気にかけ程度にしか思わないんだろうけど、今回は違う。むしろ、昼間の遣り取りとか今の妙に気にする感じとかを踏まえると、絶対に何かしらの関係があるとしか思えない。

 

「あの子とは……特別な知り合いと言うほどでもないわ。おとうさん達とか……昔の繋がりでちょっとだけ名前とかを知っていたってだけ。直接会ったことも今まで無かったし」

 

「はぁ。そうなんだ」

 

 なんだかナルにしては微妙に歯切れが悪い言い方だな。それにしてもナルの小父さん達との繋がり? 不知火さんの親と知り合いとかってことなのかな? 確かナルの小父さん達はこちらでお店を開く前は何か別の仕事をしていたって聞いたことがあるから、その仕事関係とか?

 

 昼休みのナルとの遣り取りで口走っていた内容の感じから、どうも不知火さんは引っ越しばかりしていたみたいだし。

 

「どうにも難しいわ」

 

 聞こえるか聞こえないか程度の小さく呟きに、一瞬だけ見せた神妙なナルの表情や様子からだと、他にも色々と事情がありそうだ。藪蛇になりそうだから敢えて聞く馬鹿なような真似はしないけどさ。

 

「まあ、いいや。――そうだ。それはそうと、なんだかんだで結局話しそびれていたけどさ。昨日からナルが話したかったことって一体何だったの?」

 

 無理に話題を変えるつもりじゃないけど、いい加減に後回しにしていた昨日から聞く予定だった話を聞かないといけない。気にはなっていたんだ。

 

「ああ、なんだか延び延びになっちゃてたわね。――あの子のことよ」

「“あの子”って……え? もしかして不知火さんのこと?」

 

 何の話かと思っていたら、その話だったの? あれれ? これって本末転倒?

 

「そうよ。あの子が湊の家の隣に引っ越して来ることが分かっていたから、そのことで話をしておきたかったのよ。もう、今更だけど」

 

 確かに今更だ。

 

「本当だと今日の放課後にあの子を引っ越し先の家に案内する予定だったから、その前に湊に話をしておきたかったの。だけど、昨日の夜の停電騒ぎとか色々と担当者との連絡の行き違いや手違いもあってね。しかも、どういうわけか昨日の夜にはあの子は先に家に行っていたみたいだし」

 

 成程。ナルは朝からバタバタしていたって言っていたけど、そういうことだったのか。

 

「おかげで今朝は大変だったんだから」

 

「それは……朝の櫂人の台詞じゃないけど、ご苦労様です」

 

「まだご苦労は続きそうだけど」

 

「あははははっ」

 

 何にも言えない。乾いた笑い声を上げるくらいしか反応のしようがない。

 

 目を細めたナルが僕のカバンを見て嘆息している。

 

 不知火さんは昼休みの時にナルと関わるのを拒絶する発言をしていたけど、ナルの性格を考えれば今の時点で不知火さんと関わるのを止めようとはしないだろう。似たようなことは前にもあったしね。あの時は結果的には上手い方向に物事が進んで、今では彼女達と親友になった。だけど、今回はどうなるんだろう?

 

「それじゃあ、僕はポストマンの役目を果たすべく帰るから」

 

 別の文明崩壊後の世界を旅するわけじゃないけど、それでも軽く口に出している以上には緊張していたりする。既に若干だけど胃が痛む気がする。

 

 不知火さんは僕の訪問に応じてくれるのだろうか?

 

 せめて無言だろうと拒絶感全開だろうと、プリントだけは受け取って貰えるといいなぁ。完全拒絶の門前払いだけは避けたい。

 

「じゃあね、ナル。また明日」

 

 さ~て、実際に不知火さんに会った時のことをうだうだ考えなら家路を行くとしますか。

 

「……さい」

 

 うん?

 

「――待ちなさいってば」

 

 校門へと向かおうとした僕の行く足を阻む何か。正確には後ろから制服の上着の裾を掴まれた。

 

 歩みを止めて振り返れば、何故か非常に複雑そうな呆れ顔という表現し辛い表情をしたナルが手を伸ばして僕の制服を掴んでいる。

 

「え? 何? どうしたの?」

 

「『どうしたの?』、じゃないわ。勝手に会話を切り上げて行かないで。まだ私の話は終わってないわよ?」

 

「そうなの?」

 

「当然じゃない。あの子のことで話があることは言ったけど、その話の内容までは言ってないでしょ」

 

 あっ……確かに。

 

「ごめん。なんか早とちりしてたみたい」

 

「しっかりしてよね。そんなんじゃ駄目よ」

 

 思いっきり呆れ顔したナルの言葉を否定出来ない。少しばかりボンヤリしすぎていたかもしれない。

 

「さ、行きましょう」

 

「……どこに?」

 

 颯爽と歩き出したナルの行動に面を食らう。話をするのでは?

 

「自転車置き場よ。他にどこに行くのよ?」

 

「いやいや、なんで急に自転車置き場?」

 

「私の自転車が置いてあるからに決まってるじゃない。あ、今朝は時間が結構ギリギリだったから自転車で来たの。湊は徒歩よね?」

 

「そうだね。僕はそもそも自転車通学の許可を取ってないし」

 

 校区が広く生徒達の通学距離が長くなりがちな田舎の学校は自転車での通学を認めている所が多い。僕達の学校も例に漏れずそうなんだけど、自転車通学の際には保護者の許諾証を学校に提出して許可を貰う必要がある。

 

「母さん達が今年は許諾証を書いてくれなかったんだ。『お前は普段から運動を殆どしないから、少しでも歩け』だって。酷いよね」

 

「小母さん達の真っ当な意見に一票ね」

 

 なっ……なんだと……っ!?

 

 ナルも母さん達の肩を持つとは。僕の周りは敵ばかりか。四面楚歌とはこのことか。

 

「……ところで、もしかしてナルは僕と一緒に帰るつもり?」

 

 てっきり出谷さんや望房さんと一緒に帰るものだと思っていたのに。

 

「そうよ。どうせなら一緒に帰るついでに話をすれば効率的でしょ」

 

 然も当然だと言わんばかりだけど、まさか徒歩通学である僕に合わせて自転車を押して帰るつもりなんだろうか?

 

 もの凄くめんどくさいと思うけど。

 

「大丈夫。学校から少し離れた所まで行ったら後ろに乗せてあげるから」

 

 僕の表情から考えていることを読んだのか、周囲を軽く見渡した後で少しだけ声を潜めたナルがそんなことを言ってくる。

 

「通学中の二人乗りって基本的に禁止じゃなかったっけ?」

 

 自転車通学の規則に確かそんなことが書かれていた気がするけど。

 

「“基本的には”――でしょ。寄り道するわけじゃないし、あからさまに先生達が見ている前や商店街や駅方面の人が多くて事故が起き易いような場所でさえ乗らなければ問題ないわよ。逆方向だからそんな場所はそもそも通らないけど」

 

 意外な発言。

 

 基本的に真面目で優等生なナルにしてはリベラルと言うか柔軟な意見だ。ちょっと、かなり、ビックリ、ドッキリ。

 

「それとも……」

 

 そして、僕の反応の無さに不安になったのか、ちょっとだけ探りを入れるような視線。

 

「一緒に帰るの……嫌なの?」

 

 僕の中の未知なる感情を掻き乱すかのような予想外の姿に、少し、更に、ビックリ、ドッキリ。

 

 

 

 






 これにて第弐話は終了。

 次は放課後+お宅訪問篇です。


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