いつかその日は今日である   作:炉心

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お宅訪問篇です。





第参話:ありふれて、放課後 ~その壱~

 

 

 コンクリートロードの敷き詰められた都会と違い、碌な舗装もされていない道も多いのが田舎クオリティ。

 

 小さい時から見慣れたカントリーロードの帰宅道。向かう方面にもよるけれど、僕の家までの帰路の途中に在るのは田圃とか雑木林とか民家とかばかりで、寄り道して遊ぶ場所なんて殆ど見当たらない。

 

 ダラダラと道草を食って歩けば家まで一時間近くは余裕でかかる距離。それを自転車の荷台にお世話になることで半分以下の時間に短縮出来る。

 

 だけど、その道中での疲労感は意外なほどに大きかった。主に肉体的にではなく、精神的にはだけど。むしろ肉体的・体力的には楽だった。

 

 そして脳裏に浮かぶのは、そこに至るまでの一連の経緯と遣り取り。

 

 

             *        *        *

 

 

「この辺でいいかな? 湊、後ろに乗って」

 

 揃って下校した僕とナルが連れ立って歩くこと数分。少しだけ遠ざかった校舎を仰ぎ見た後、自転車を手押ししていたナルが荷台を示しながら僕に指示を出してくる。

 

「荷物も前カゴに入れちゃうから貸して。ほら、ボサっとしてないの。ちゃちゃっとする」

 

 有無を言う暇もなく僕の持っていた通学カバンをひったくり、ナル自身のカバンと一緒に自転車の前カゴへ放り込む。

 

 サドルに跨りスタンバイOKなナル。あとは僕が荷台に座れば即座に出発するだろう。しかし、ここで僅かばかりの躊躇が生まれる。それは主に僕の自尊心的なもの。

 

「ナル。自転車だけど、僕が漕ごうか?」

 

「どうして?」

 

「えっと……。特に理由とかがあるわけでは無いんだけど……何となく?」

 

「だったら私の自転車なんだから私が漕ぐわよ。急に変なこと言ってないでさっさと後ろに乗る」

 

 僕からの突然の申し出。その理由が分からなかったのだろう。一考することもなく僕の申し出を断ると、早くしろといわんばかりの視線を僕に向けてくる。

 

 二人乗りで運転する側になって、「ちゃっとばかりくらい男らしさを見せたいな~」――なんて僅かに抱いていた僕のささやかなプライドと願望だけど、そんなことを全然気にしないナルによって見事に打ち砕かれる。

 

「じゃあ、運転手さん。よろしくお願いしま~す。行き先は僕の家の隣までで」

 

「随分とアバウトな指示のお客さんね。お客さ~ん、そんなんじゃ何処に行けばいいのか分かりませんけど?」

 

「あー、すみません。それじゃ、とりあえず出発しちゃってください。近くまで行ったら教えますから」

 

「はいはいはい。分かりました。とにかく出発しちゃいますね。後部座席の方、シートベルトをお願いしま~す」

 

 と、そんな小芝居をしながらも素直に自転車の荷台に跨った僕を確認すると、ナルは元気よく自転車のペダルを漕ぎだす。曲がりなりにも男一人分の重量がかかっているのは間違いないのに、自転車をスムーズに漕ぐナルからはそんな荷台の負荷を感じさせる様子はない。

 

 舗装のされていない田舎の凸凹道。そこを進む中で自転車の荷台というのはとてもじゃないけど乗り心地が良い状況とは言えない。

 

 贅沢は言わないが、せめて荷台にクッションを敷いて欲しかった……冗談でも口にしたら確実に怒られそうだから言わないけど。

 

「それで延び延びになってた話だけど――――」

 

 歩くよりも遥かに速い速度で流れ出す景色。運搬物となった僕にナルが昨日の夜から話す予定だった話をようやく口にする。

 

 内容自体はなんてことはない。要するに僕の家に隣に転校生である不知火さんが引っ越して来るけれど、不知火さんは諸事情(理由は教えてはくれなかった)から一人暮らしをするらしい。

 

 不知火さんは諸事情(だから“諸事情”って何なんだろう?)から色々と面倒をかける可能性があるけど(不知火さんのあの言動に関してはある程度把握していたらしい)、それでも出来るだけ隣人として気にかけて欲しいとのこと。因みに、不知火さんが隣に引っ越してくることを僕の両親は知っているとのこと。

 

「……不知火さんが引っ越して来るなんてこと、僕は何ひとつとして聞かされていなかったんだけど?」

 

「みたいね。小母さん達、湊に言うのを忘れてたのね」

 

 ナルは軽い感じで流しているけど、それって結構重要なんじゃないかと思う。マイマザーに物申す。一言くらいは何か言伝を残しておいて欲しかったよ。

 

 どこかの空の下で日夜仕事に勤しんでいるであろう両親に向かって溜息を吐きだすと、自転車のペダルを鼻唄混じりに漕ぐナルの後ろ姿を見やる。

 

 ところで荷台に座っている僕だけど、実はその視線は基本的に遠くの空とか流れる景色とかに向けている。前方……特に下方面はあまり見ないようにしていた。

 

 何故そんなことをしているのかって?

 

 チラチラと視界の隅に引っ掛かる健康的で肌色が眩しい存在――ナルがペダルを漕いで足を動かすたびに翻るスカートから伸びる太腿、それも普段なら絶対に見えないはずの危険領域までが思わず見えてしまいそうで気が気じゃないからだよ!!

 

 勿論、非常に近い距離にあるせいで制服越しにも何となく分かるナルの後ろ姿のラインとか、風に吹かれて舞った後ろ髪の隙間から覗く細くて綺麗なうなじとかも気にならないかと言えば嘘になるけどね!!

 

 ……なんか、最低だな。

 

「どうしたのよ。急に黙ったりして? もしかして自転車酔いでもしたの?」

 

 いろんな葛藤やら悩みが絶えない思春期ボーイの繊細且つ複雑な気持ちなんて多分これっぽっちも分かってないであろうナルの明るい声に、なんだかまた溜息を吐きたくなった。

 

 

             *        *        *

 

 

 そんなこんなで帰りの道程を終え、遂に辿り着いたのは僕の家。でも、本日の目的地まだ先。我が家から徒歩で数秒な隣の家。

 

 僕の家の前にナルの自転車を置くと、僕とナルは早速目的地へと足を延ばす。

 

「不知火さん……居るかな?」

 

 さて、目の前に聳えるは魔王の城の門ならぬ隣人の家の玄関。しかしてその実態は?

 

 鬼が出るか蛇が出るか……不知火さんのあの眼光だったら鬼だろうが蛇だろうが物の数じゃなく瞬殺出来そうな気もするけどね。

 

 こういう時の定番の掛け声である「オープン・ザ・セサミ」を内心で唱えながら、昨晩ぶりにインターホンを押す。

 

 ……反応無し。

 

 もう一度押す。

 

 ……やはり反応無し。

 

 何度か連続して押す。

 

 ……一切反応無し。

 

 ――結論。やはりこの家のインターホンは壊れているようだ。

 

「もう電気は通っているはずよね。古い家だし、インターホンが壊れているのかしら?」

 

「みたいだね」

 

 昨晩から何となく知ってはいたけどね。そのことをナルに話すと確実確定で面倒事にしかならないだろうから口が裂けても言えないけどさ。

 

「仕方ない。呼んでみよう。帰っていれば出てくるはずだし。――不知火さーん、居ますかー」

 

 玄関扉を軽く何度か叩きながら、心持ち声を張り上げて不知火さんを呼んでみる。

 

「隣の家の鳩羽ですけどー」

 

 家の中の反応を窺いつつ呼び出しを続ける。

 

 居るのか居ないのか分からないけど、もし居ればこれで聞こえないということはないはず。

 

「……反応がないわね」

 

「不知火さん、まだ帰ってないのかな? それともどこかに出掛けているとか?」

 

 昼休みには帰宅しているはずだから時間的は帰っているはずだけど、外出している可能性も無きにしも非ずだ。……僕達に会いたくないから居留守を使っている可能性とかはできれば考えたくない。

 

「居留守かしら?」

 

 どうやらナルは普通に居留守の可能性を疑っているようだ。

 

 玄関前から離れると、家の様子を窺うようにしながら中庭方向へと足を進めようとしている。そんなナルの後を追おうと踵を返した瞬間、

 

「またあなた達ですか」

 

 不意に玄関扉が開く音が聞こえ、次いで届いた冷淡な声。

 

 無表情ながら若干の苛立ちを感じさせる様子の不知火さんが、開いた扉の奥から姿を現す。

 

「こ、こんにちは」

 

「『関わらないで』と、言ったはずですが?」

 

 円滑に物事を進めようと放った僕の挨拶を完全に無視し、不知火さんは僕と主にナルに向かってその鋭い眼光を突き刺してきた。

 

「まさか、不知火の言葉が聞こえていなかったのですか?」

 

「確かに言われたわ。でも、残念。それは聞けないから。だって、私にはあなたの言うことを素直に聞くような義理はないんだもの」

 

 ズイっと、一歩僕の前に出るようにして不知火さんと相対したナル。

 

 不知火さんの不快感全開な眼光に対して、どこか上から目線な気がする涼しげな表情を作ったナルの鋭い視線が空中で激突。極寒のブリザートと灼熱の劫火を背景に、バチバチと激しい火花を散らしている。――って、バトルマンガかっ!?

 

 いや、一瞬そんなイメージが僕の目に見えた気がしただけで、実際には普通に……とは言い難い様子の二人が対峙している状況なわけだけどさ。

 

「それに勘違いしないで欲しいわ。今ここにいる私はただの付き添い。用事があるのはこっちの方。湊だから」

 

 その場にいるだけで擦り潰されそうな空気。

 

 実際に知らないし体験したこともないけど、“修羅場”ってこんな雰囲気なんじゃないかと男子中学生の乏しい知識と経験をフル動員して想像して見たりする僕。要は『現実逃避中です』をしていたら、いきなりナルが僕の方に話題を振ってきた。

 

 「はいどうぞ」って感じで向けられたナルの両手。流される様に移ってきた不知火さんの視線が僕の全身を捉える。

 

 心臓を鷲掴みにされた気分。

 

 冷や汗ダラダラ。心臓バクバク。「先生、体調が悪いので早退してもいいですかー」って言いたい。でも、言えない。言う意味がない。

 

 深い深呼吸をするイメージ。自分の中で気持ちを整える。何にせよ、結局行くつくところはひとつ。やるべきことがある以上はそれをしないことには物事は前に進まない。

 

「これ、今日のホームルームで配ったプリントと前々から配っていた今後の学校行事に関するプリント。不知火さんが今日の午後は早退したからさ。担任の先生から纏めて届けてくれって頼まれたんだ」

 

 カバンから取り出した各種プリントを挟んだファイル。若干の愛想笑いを浮かべながら不知火さんへと差し出す。

 

 手汗が凄い気がするけど気にしない。文句を言われたら即座に謝るだけ。

 

「…………」

 

 僕の顔を3秒、僕の手にしていたファイルを3秒、ナルの顔をゼロコンマ3秒。

 

 睨み終えた不知火さんは無言で僕の手からファイルを受け取ると、即座に踵を返して玄関の奥へと引っ込もうとする。

 

 背中越しに見える気がするのは、きっと『もう関わるなオーラ』ってやつだろう。

 

「湊はあなたの為にわざわざプリントを持って来たのよ。それなのにお礼の言葉のひとつも言わないつもり? 他人様に手を煩わせたのにそんな対応をするなんてね。幾らなんでもそれはどうかと思うわ」

 

「…………」

 

 もの凄い眼光再び。

 

 玄関扉に手を掛けた状態の不知火さんが振り返って放ったのは、おそらくは今日一番の眼光。睨んだ先の対象はナル。だけど、僕自身に向けられているわけでもないという事実など関係なく、正直な気持ちとして僕は今すぐこの場から逃げ出したくなった。

 

 もうヤダ。僕ちゃんお家に帰りたいです。場所はすぐ隣だし。

 

 そんなこんなをもはや諦観と共に考えていると、扉が閉まる音が眼前から容赦なく響いた。

 

 どうやら不知火さんの堪忍袋の緒が切れたようだ。切れた結果がナルに対しての肉体的な実力行使とかじゃなくて良かった。本当に良かった。平和バンザーイ!!

 

「帰りましょう」

 

 不知火さんのあまり褒められたものではない対応に特に苦言を発することもなく、少しだけ溜息を吐いたナルは踵を返す。

 

「一応プリントは渡せたし。今日はこれまで。あの失礼な態度は正直許せないけど、今はもういいわ」

 

「……そうだね」

 

 僕自身は不知火さんの今の行動に対して特に言いたいことは無い。失礼なのは確かだと思うけど、それでも何故かあまり怒りの感情は湧いてこない。……僕も大概にお人好しすぎるのかな?

 

 とにもかくにも、先生から与えられたミッションはクリアしたわけだし、プリントを受け取った不知火さんがどんな行動を起こしてくるのかは明日以降に持ち越しだ。明日までとかそんな早急なことは言わないけど、どうか願わくば来週の校外学習までには少しずつでも歩み寄りをみせてくれると嬉しい。

 

 若干気分が高揚している気がするのは、心の重しとなる事案が終了したからだろう。

 

「ねぇ、湊。小母さん達が帰って来るのって、確か明日の夕方だったかしら?」

 

「そう聞いてるけど? 今のところは予定を変更するなんて連絡もきてないし」

 

 ちゃんと聞いたことがない上に殊更に興味もなかったのでうちの両親が揃って何の仕事をしているのかは知らないけど、夫婦揃って時々何日か家を空ける時がある。大抵は当初の予定通りに帰ってくることが殆どだが、時たま延長することもある。

 

「じゃあ、今日の晩御飯はうちのお店に来て食べること」

 

 急なナルからの晩御飯のお誘い。親が不在の僕がちゃんとした食事を取らないことに対する心配と懸念から出た台詞だろう。実際、ちゃんとした食事は取ってないことが多いし。

 

 だから、僕の返答は決まっていた。

 

「それは奢りと考えてもいいのかな?」

 

「ずうずうしいわよ」

 

 自分でもそう思う。でも、敢えて口にした。年中金欠で色々と入用なことが多い男子中学生の身としては、出るものは少しでも少ないに越したことはないのだから。

 

「洗い物を少しだけ手伝うこと。それくらいの条件は出すからね」

 

「アイアイサー」

 

「適当な返事ねぇ。それに私は“サー”じゃないわ。……とりあえず、一度湊の家に行きましょう。まだ少しだけ時間もあるし、私の家に行く前に今日出された数学の課題を済ませましょう」

 

「えっ!? あの数学の課題を今日やるつもりなの?」

 

「そうよ。当然でしょ」

 

「でも、提出期限は金曜日じゃなかった? 確かそうだったよね? まだ日にちはあるけど?」

 

「金曜日だからどうしたって言うのよ? それとも、後回しにしてギリギリで焦るなんてパターンをまたするつもり? そんなのダメよ。たいした量じゃないんだからすぐに終わるわよ」

 

 数学がまったくもって得意ではない僕にとっては、そのたいしたことのない量も結構大変なんですけどね。ホント、理数系の人が羨ましい!!

 

「やるしかないのか……」

 

「課題をするだけなのに、なんでそんな悲愴な顔で覚悟を決めたように呟いてるのよ」

 

「覚悟を決めないと出来ないことって、世の中には沢山あるよね~」

 

「言っていることは重い上に正しいけど、その覚悟を決めるべき対象が学校の課題なのは情けないと思うわ」

 

 ご尤もで忌憚の無い意見をありがとうございます。

 

「やる気がないよりはまだマシなのかしらね」

 

「満々ってわけにはいかないけど」

 

 とは言え、ナルと軽口を叩いたおかげか多少なりと課題をする気にはなっているので、このままモチベーションが維持出来れば課題もすんなりと終わるかもしれない。……多分。おそらく。……そうであって欲しいなぁ。

 

 だけど、この世の予定はいつだって未定。

 

「待ちなさい」

 

 僕達のその後の予定はすぐに瓦解することになった。

 

 玄関扉が開く音と共に掛けられた後方からの静止の声。僕とナルが揃って振り返った先には、先程無言で家の中へと引っ込んだはずの不知火さんの仁王立ち姿。

 

「お礼をします。家に入りなさい……――鳩羽 湊」

 

 鋭い眼光を僕に向けながら、有無を言わせぬ感じの不知火さんの言葉。

 

 とてもじゃないけど、「お礼をします」なんて雰囲気は微塵も感じ取れない。いや、“お礼”にも色々な意味や解釈の仕方があるから、意味合いの系統によっては不知火さんの纏う雰囲気でも問題がない可能性もあるか。

 

 ……下手したらバッドでデッドなエンドへのルートまっしぐら?

 

 脳裏を過ぎるのは、能面の様な顔に鋭くも光の無い瞳をした不知火さんが手に尖って光るモノを持って滲み寄ってくる光景。……何コレ? リアルに想像出来る上に本気で怖いんですが。

 

「あら? お礼をする気になったの?」

 

「あなたには関係ありません。不知火は“鳩羽 湊”に対してだけ話をしています。当然、あなたを招くつもりもありません」

 

 そんな僕の内心での失礼極まりない妄想など知る由もないであろう不知火さんは、ナルを本気で射殺さんばかりなどこぞの神話に出てくる魔眼染みた眼光で睨みながら冷たく言い放つ。ただ、氷点下な口調の中で僕の名前だけをやけに強調して口にしたような……。気のせい?

 

「ですので、さっさとお引き取りください」

 

 いきなりのお誘いと展開に戸惑っている上に了承の返事すらしていない僕だけど、どうやら不知火さんにはもはや関係ないようだった。

 

 そして、何かの意図があるのかないのか。再び僕の方を瞬くように見た不知火さんは、

 

「さようなら……」

 

 ほんの僅かにだけど口の端を上げると、

 

「――“いかずち”」

 

 不意に脈絡の無い言葉を口にした。

 

 

 





 ようやくあの“単語”が出せました。

 大方分かってはいたとは思いますが、つまりそういうことです。


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