第99話
イシュタム艦隊によるマイカル、オタハイト攻撃を退けてから2ヶ月が経過した1641年8月15日。
帝都東京は転移から変わらずの夏真っ盛りの中、多くの人が行き交い、車や電車が走り営みを築いていた。
千代田区永田町にある首相官邸内の総理執務室内で総理大臣と陸軍大臣としての責務を全うしていた大高弥三郎、海軍軍令部総長の高野五十六の元へ、1人の来客があった。
「閣下、只今戻りました」
来客とは、外務大臣の木戸外相だ。
彼は、2ヶ月前のグラ・バルカス帝国海軍第52地方隊によるマイカルとオタハイト襲撃に関して帝国との協議のためレイフォルに赴いており、つい昨日帰国していたのであった。
「ご苦労様です、昨日と今日でお疲れでしょう?お座りください」
「はい」
木戸はソファーに座り、向かいに大高と高野が座る。
「木戸さん、その様子だと」
「はい。帝国側の代表は今回の事件に関しては、一部隊による独断との主張を繰り返すばかりで、あろう事か我々に対して失なわれた人員と艦船の損失分を要求してきました」
「成る程。木戸さんから見て今回の事件に関してどう見られますか?」
高野が問い掛ける。
「はい。私の主観ですが、どうも帝国側も一枚岩ではないようです」
「つまり、彼の国にも派閥があると?」
「はい。今回交渉に当たった帝国側代表のシエリア女史も寝耳に水だった様です」
「うむ。やはり本郷君からの、帝国内の軍需企業と帝国政府内部との繋がりが大局に大きく影響しているとの報告は現実味を帯びてきましたな」
「戦争による特需は国の経済に大きく影響します。それは私の紺碧会や総理の青風会に属する前世からの転生者の多くが語っています」
「確か、朝鮮戦争でしたかな?前世の半島で1950年6月から3年程続いた戦争だと聞いています」
前世の1950年6月25日から1953年7月27日の間に勃発した朝鮮戦争は朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国との間で起きたその戦争で、アメリカ率いる国連軍の参戦により当時の日本に置かれた兵站司令部から国内の企業への物資の発注と軍事装備の修理請負により戦後から続いた不況を一気に払拭し『もはや戦後ではない』との言葉を生んだ。
「調査によれは帝国の経済は例の先進11ヵ国会議後より急速に伸びている模様で、帝国内の各軍事企業や重工業が保有する工場や造船所は常にフル稼働しています。しかし、前原君の調査で工業汚染がかなり深刻な様子です」
高野は帝国本土近くの海域に潜伏している紺碧艦隊からの報告書を見せる。そこに書かれていたのは、帝国本土の工業地帯から流れ出てくる化学薬品や汚染物質による海洋汚染と、排煙による光化学スモッグが確認されており、その汚染度は深刻と言うレベルであるとの事だった。
「酷いものですな」
「えぇ。経済発展により払う代償はあまりにも大きい、その最たる例がコレでしょう」
高野と大高は前世戦後の事は各々が率いる会のメンバーからの情報しか知らないが、政治家であり戦略家である2人にとっては環境汚染は非常に深刻な問題と受け取っており、帝国と同様にこの後世日本も環境汚染による問題を抱えており、大高は前世の戦後日本が経験した問題と同じ問題に対して真摯に取り組んでおり、青風会のメンバーの技術者達と共に研究を進めている。
「ん?そう言えば今日でしたな」
木戸がカレンダーを見てそう呟いた。
「8月15日」
この日付は前世の日本が無条件降伏した日であり、前世の大戦を経験した転生者達にとっては特別な日である。
「何時もなら前世の事を思う日でしたが……早くも2年ですか」
「国土の転移と言う前例の無い事に見舞われましたが……」
「えぇ」
それから再び時間は進み、9月。
ムー国の首都オタハイトにある、陸軍首都防空飛行隊基地。
「回せ!」
その掛け声と共に滑走路に整然と並べられたエンテ型と呼ばれる機体後方にエンジンとプロペラを備えた独特の見た目を持つ高々度単能迎撃戦闘機『蒼莱』の東式梅型発動機が唸りを上げ、二重反転プロペラが勢いよく回転を始める。
『回転数よし、油温よし、フラップよし、各部問題なし』
日本海軍所属を示す暗緑色に日の丸が描かれた機体の後ろで、ムー陸軍所属を示すスカイブルーに機体下が白に塗装された蒼莱に乗り込むムー陸軍パイロット達は蒼莱の狭いコックピットの中で無線機を使って会話していた。
『相変わらずスゲェな、コイツのエンジン音は』
『痺れるぜ。マリンのエンジンなんてオモチャだな』
『俺はもうちょっと静かだったらいいのになって思うな』
そんな会話をしていると彼らの目の前に居る日本海軍からムー人パイロットへ蒼莱の教育に来ている日本人教官から無線が入った。
『お喋りはそこまでだ。行くぞ』
『『『『『了解』』』』』
ムーの本土防空強化を目的に導入された蒼莱。運用、整備に至るまでマリンや電征とは大きく異なる蒼莱はムー人にとっては手に余る物であり、導入から半年近く経った今でも日本海軍から出向している日本人教官の指導の元、運用されている。
特に日本からムーに引き渡された蒼莱は噴式蒼莱と局地迎撃戦闘機『桜花』の配備によって余剰化した問題が多い先行生産型と呼ばれる初期ロッドに製造された機体のため整備に手間が掛かる事もあり、運用にはまだ課題は多い。
しかしそれにも関わらず、当のムー人パイロットは誰よりも蒼莱をモノにしようと士気は非常に高く、実際に日本人教官らも驚く程の成長を遂げており、整備員も蒼莱の製造元である泰山航空工業の技術者からの指導に関しても一言一句見逃す事なくメモを取ったり質問を繰り返したり等の努力を見せ、半年の間で着実に練度を上げている。
『先ずは離陸からだ』
訓練カリキュラムに則り、ムー人パイロットが操る蒼莱は次々とスムーズに離陸していく。
『成長したな、アイツらも。我々もお手本として負けてはられんか』
日本人教官達も自身が乗り込む蒼莱を操り後を追うように離陸していく。
『指揮官機より各機へ!編隊を組め!』
離陸後、上昇しながら蒼莱は編隊を組んで訓練高度まで機首を斜め上に向けながら上昇していく。
『各機、訓練高度に到達した。訓練に入るぞ』
蒼莱隊が訓練高度である高度1万に到達した直後、基地から無線が入った。
『鷹の巣より隼へ。鷹の巣より隼へ』
『こちら隼1』
『西方に国籍不明の大型機を確認したとの通報があった。これは演習にあらず、これは演習にあらず』
その無線通信に蒼莱隊に緊張が走る。
『貴隊の誘導は旭日艦隊の警戒機が行う。全機現場に急行せよ!』
『はっ!聞いたな貴様ら?行くぞ!!』
『『『『『了解!』』』』
蒼莱隊は西へ向けて進路を取った。
続く
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