小判鮫魚雷から放たれた発信機が大量に付着したカファルジャドマは、急速潜航から深度90を維持しながら航行している。
浮上から数分で艦内に取り入れる事が出来た酸素量と充電によるバッテリーの量は少なかったが、切り詰めれば数日は行動できるだけの量は確保できたため、カファルジャドマは現場海域からの離脱を図る。
「司令、敵潜は北へ向かっています」
発信機からの超音波により針路と速度を完全に把握されているカファルジャドマ。紺碧艦隊は適度な距離を保ちながら追尾する。
「よし。では最後の仕上げといこう」
カファルジャドマが逃走すると予測されていた地点に待機していた特呂型潜1隻がカファルジャドマに向けて無弾頭魚雷を放った。
「回避!」
カファルジャドマは速度と針路を変えて回避する。
続けて2発の無弾頭魚雷が放たれ、カファルジャドマをある地点へと誘導し続ける。
「クソ!あちこち敵だらけだ!」
「どうやら本艦は完全に捕捉されているみたいだな」
「しかし何故こうも我々の動きが」
「それは分からん。だが此処1ヶ月間は日本の潜水艦は1隻も確認されなかった筈なのに、まるで幽霊の如く突然姿を表した………」
カファルジャドマが担っている任務は、マール王国を帝国の飛び地として確保する戦略のため、マール王国の商船を片っ端から破壊していく通商破壊だった。本来、通商破壊は複数の潜水艦により行われるが、今回は潜水艦の事を全く知らないマール王国が相手である事と、マール王国との接触は極秘にされている事から他国のスパイに対する防諜対策のため1艦である。
そして、この戦略の最も重要なのは帝国がマール王国を含めたフィルアデス大陸西方地域にある国家の海上輸送ルートを手中に置く事により日本やミリシアルへの求心力を落とし帝国に帰順させるための脅迫材料作りの意味合いがある。
そんな大戦略の元、カファルジャドマはたった1艦のみで遠路遙々から、この海域を手中に置き、孤独に任務を遂行していたのである。
しかし、そんな孤独の戦いも、忽然と現れた紺碧艦隊の登場により、完全に瓦解する事になった。
この作戦は相手側に存在を察知されないようにするのが大前提なため、存在を知られては作戦の意味は無い。世界の関心をムー大陸に向けさせるための、帝国軍最新鋭超重爆グティマウンを使った囮作戦も意味を無くし、カファルジャドマの艦長は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、現場海域からの離脱を決断する。
「しかし、何故日本の航空機が……しかも我々が浮上した位置に待ち受けていたのか」
彼の思考には日本にも帝国のように通常型の潜水艦は保有しているが、自身が乗り込むカファルジャドマのような航空機を搭載した潜水空母を保有している事など知る由もない。
加えて、突然現れた雷洋改に関しても、双発エンジンを備えた中型機であるため、それを潜水艦に搭載して運用しているなど微塵も思っていない。何処かの日本軍基地から飛び立って来て、飛んでいる最中に偶々見つかってしまったのだろうと思った。
しかし何れにせよカファルジャドマには撤退以外の選択の余地は無く、今は逃げに徹する他無かった。
「!?。艦長ぉ!」
「どうした?」
「敵艦より無線通信が入っています!」
「何っ!?」
突然の事に彼は驚くが直ぐに平静を取り戻す。なにせ相手からの無線通信など彼は経験した事が無いのである。
「艦長と話をしたいと求めてきていますが、どうしましょう?」
「よし。話してみよう」
彼は無線と繋がっている受話器を手に取り、耳に当てる。
「第8帝国海軍所属、カファルジャドマ艦長だ」
『こちらは貴艦らを捕捉しているX艦隊の司令官、前原である』
「司令官だと!?これは失礼しました。ところで前原司令、戦闘中にそちらから我々に無線交信とは、どういう意図なのでしょうか?」
『率直に申し上げます。貴艦に降伏を進言します』
「降伏だと?」
『そうです。既に周辺の海域は我が艦隊が抑えており、貴艦の動きも把握している。我々は無益な殺生は好まない主義故、こうして降伏を促している所存です』
「そうか。貴艦の心遣いに感謝して、我々は降伏しよう」
その言葉にカファルジャドマの発令所に居た乗員達が声を挙げようとしたが、艦長は片手でそれを制止しながら話を続ける。
「だが条件がある」
『条件?聞きましょう』
「我々を此処まで追い詰めたのは貴艦隊が初めてだ。我々はそんな貴艦の姿を見てみたいのだ。それが叶わないならば我々は降伏はしない」
『分かりました。では今から指示する場所に浮上していただきたい。位置は…』
艦長は航海長にメモを取らせる。
「了解した。今から我々はそちらに向かおう。言っておくが、姿を見せるのは貴艦1隻のみだ」
『了解した。貴艦の懸命な判断に感謝する』
会話が終了し受話器を置いた。
「艦長!?本気ですか?」
「敵に降伏するのですか?」
「落ち着け!我々にはまだ魚雷と砲が残っている筈だ。油断している潜水艦1隻など沈めるのは容易い筈だ」
彼は紺碧艦隊の伊601のみを浮上させ、油断している所を砲撃と雷撃で仕留める気でいたのだ。その意図を知った発令所の緊張は緩み、皆持ち場に戻る。
それから1時間後、浮上地点にたどり着いたカファルジャドマは一気に海上へ浮上する。
「司令、敵艦は浮上しました」
「潜望鏡上げ」
付近で息を殺して待っていた伊601は潜望鏡を上げて、カファルジャドマを確認する。
「やはり、不意打ちを狙っているみたいだな」
潜望鏡のレンズの向こうには、カファルジャドマの甲板を慌てて駆け回る乗員の姿と、艦尾に搭載されている単装砲を用意していた。
「あの時と同じですな」
「考える事は皆、似たようなものか。さて、我々は鰹節になろう」
伊601は戦闘態勢を整えたまま浮上し、ついにグラ・バルカス帝国にその巨体を見せ付ける。前原はセイルに上がり、双眼鏡でカファルジャドマの様子を観察しながら、艦内マイクを手にしながら突発事態に備える。
「頼むぞ、鳴門」
伊601は微速で接近を仕掛ける。
「司令、鳴門は間も無く浮上します。後20秒」
「よし。ギリギリまで接近する」
カファルジャドマの単装砲に狙われながらも伊601は囮として徐々に接近する。
「艦長、砲撃準備完了!」
「発射用意!」
カファルジャドマの単装砲が伊601を捉えた。後は彼が指示を下すだけである。片手を上に上げる。
「撃てぇ!」
手を振り下ろそうとした瞬間、カファルジャドマの船体が大きく揺れた。
「何だ!?」
艦長はセイルから下を見る。そこには大きい円形の影が写り、鋼鉄で出来た円盤が海面に姿を表した。
「円盤!?」
カファルジャドマはその円盤に持ち上げられ船体は左に転覆した。
海中要塞鳴門はカファルジャドマをその広い甲板に載せて堂々と姿を表した。
「またもや成功ですな!」
「あぁ」
かくして、グラ・バルカス帝国海軍の最新鋭潜水艦の捕獲に成功した紺碧艦隊。
捕獲されたカファルジャドマは日本に回航後、徹底調査が行われ、帝国の造船技術の分析、そして処分されていなかった暗号表も手に入った事により帝国の暗号解読に一役買う事となった。
フィルアデス大陸西方地域を手中に納める帝国の戦略も瓦解、その後当海域は特呂型潜と鳴門で編成された潜水艦隊の存在により、その後二度と帝国の潜水艦は現れる事はなく静かに平和は訪れた。
続く
皆様からのご感想お待ちしております。