カルトアルパス湾に突入したグレードアトラスターは、既に日本武尊を射程距離に捉えていた。
「艦長!敵艦、主砲射程に入りました!」
レーダー室からの報告にラクスタルは双眼鏡で水平線に見える日本武尊を見る。
「射撃レーダーが妨害されていますが、如何いたしますか?」
「慌てるな、光学射撃用意。」
ラクスタルは迫ってくる日本武尊を見て呟く。
「しかしあれ程の損害を受けて、まだ戦おうとするとはな。」
「えぇ。転覆しないのが不思議ですな。」
二人とも日本武尊の仕掛けた偽装に引っ掛かっていた。遠くから見れた日本武尊の偽装は、あたかも航空機の攻撃を受けて沈没寸前に見えた。
「虫の息の相手に砲撃するのは気が引けるが、これも作戦なんだ、許してくれ………射程距離に入り次第、砲撃開始っ!右回頭45°!右舷砲撃戦用意!」
グレードアトラスターは速度をあげて日本武尊との距離を縮めていき、主砲塔が日本武尊に向ける。
「敵艦、右へ回頭を始めました!」
「よし!半潜及び偽装煙やめ!機関出力最大っ!」
戦闘開始命令が出され、偽装煙が止み、バラストタンクの排水がおこなわれ日本武尊の傾斜が元に戻る。
沈んでいた船体が水上に姿を表した。
「半潜終わり!復元完了!」
「面舵一杯!バウスラスター全開!!」
艦首のバウスラスターが作動し、日本武尊の船体が右へ向けスライドする。
「始まるぞ…しっかり追尾しろ!」
「はっ!」
射撃指揮所でも木島砲術長が射撃指揮装置でグレードアトラスターを追尾する。
それを見ていたラクスタルと幹部達は驚愕した。
「馬鹿な!浮上した!?」
普段は寡黙なラクスタルが、滅多に出さないような大声を挙げ驚く。
今まで瀕死の様子だった日本武尊から突然煙が消えて、沈んでいた船体が浮かび上がり、しかも戦艦とは思えないような動きで回避航行に入ったのだ。常識外れもいいところである。
「右舷砲撃戦、撃て!」
遂にグレードアトラスターの新装備である51㎝連装砲が火を吹いた。
「敵艦、撃ってきました!」
「水流噴進を使う!ダッシュ!!」
日本武尊はバラストタンクの後方に備えられていたポンプジェットが作動し、海水が押し出され、急加速を行う。
グレードアトラスターから放たれた砲弾は空しく、後方に着弾した。
「主砲1番・2番、右舷砲撃戦用意、距離20000、撃て!」
グレードアトラスターの砲撃に、お返しと言わんばかりに、日本武尊の第1砲塔から砲撃が始まり、グレードアトラスターの至近距離の海面に着弾し、派手な水柱が上がった。
「極めて至近でした……」
「各所に被害が出ています!」
「落ち着け!今度は夾叉させろ!」
再びグレードアトラスターからの砲撃が始まり、日本武尊の周囲の海面に着弾する。
だが、高速で動く日本武尊には一発も命中せず、既に主砲に砲弾の装填を終え、目標修正を完了していた日本武尊が次の砲撃準備を整えた。
「1番、2番、連続斉射用意……撃て!」
第1、第2砲塔と続けて行われた第3砲塔からの砲撃が加えられ、合計9発の零式弾がグレードアトラスターに殺到し、3発が命中した。
「ぐぁ!」
3発の砲弾の爆発はグレードアトラスターの船体を激しく揺らし、ラクスタル達も衝撃に尻餅をついた。
「被弾っ!!」
「被害報告急げ!」
「右舷高角砲と機銃群、カタパルト被弾!炎上中!」
「落ち着け!本艦は簡単には沈まん!砲撃を続けろ!」
グレードアトラスターは被害を受けたものの、何とか砲撃を続ける。
「中々粘りますな。」
「相手は戦意旺盛みたいだな。」
だがまたしても、グレードアトラスターの砲撃は当たらなかった。
「1番、2番、3番は各個に自由砲撃っ!」
今度は各砲塔による自由砲撃が開始され、零式弾がグレードアトラスターの艦上構造物を破壊していき、水中弾は右舷吃水線下の舷側に直撃し、大穴を明け浸水を起こす。
「機関室に浸水っ!!」
「右舷からも浸水っ!10°傾斜!」
「注排水装置作動っ!左舷注水急げ!」
水中弾による浸水により傾斜するグレードアトラスター。しかし何百もに区切られた防水区画と注排水装置のお陰で、傾斜はすぐ元に戻る。
「その他の被害はっ!」
「後部艦橋に直撃弾あり!応答ありません!」
「第3砲塔、第2副砲に被弾!破損のため砲撃不能。火薬庫火災のため、注水中!」
「右舷高角砲、機銃群も全滅しました!」
主砲1基を潰されたが、まだ2基の主砲が残っているためラクスタルは攻撃続行を決断する。
「沈みませんな…」
「やはり大和級同様に多数の防水区画と注排水装置があるのでしょう。未だに戦闘態勢を維持しています。」
「敵の戦意を削ぐ!Z弾発射用意!」
ここで大石はZ弾と呼ばれる、日本武尊の秘匿兵器の使用許可を下ろした。
「用意よし!」
「撃て!」
放たれた9発のZ弾はグレードアトラスターの直上で炸裂し、砲弾内に封入されていた数百発の小型爆弾が大雨のように降り注ぎ、甲板上にあったあらゆる構造物を破壊し尽くす。
無論、艦橋も例外ではなく、Z弾からばら蒔かれた小型爆弾が第1艦橋上の射撃指揮所と防空指揮所を吹き飛ばし、ラクスタルが居た第1艦橋は吹き曝しとなった。
「ぐ………何だ今のは?」
爆発に吹き飛ばされたラクスタルは、重傷を負い、その場に居た航海長が応急手当を行う。
「急ぎ被害報告を纏めろ!」
副長が各部署に報告を求める。
『第1、第2砲塔大破、火薬庫炎上中!』
『左舷高角砲、機銃群全滅!応答ありません!』
『兵員室応答ありません!』
『機関出力低下!』
上がってきた報告に副長は顔を青くながら、ラクスタルに報告する。
「艦長、本艦は完全に戦闘能力を失いました。」
「そうか…………皆、すまん。」
ラクスタルは力なく項垂れ、その場に居た者全員に謝罪を述べる。
「艦長!敵艦から通信です!」
「何……読め。」
「はい。『勇敢なる貴艦の奮戦に敬意を捧げる。海戦は終わった、無事なる帰投を祈る。旭日艦隊指令長官 大石蔵良』以上です。」
「見逃すと言うのか…………?」
既にグレードアトラスターは戦闘能力もなく、沈められても文句の言えない敗者であるが、それを見逃すと申し出た大石の言葉に沈黙する。
「艦長……」
「自沈するのは容易いが………本艦を沈めてしまったとあっては皇帝陛下に申し訳が立たん。責任は俺がとる……反転180°、第1航空機動艦隊と合流し本国へ帰投する!それと、カオニア提督に作戦失敗と打電しろ。平文でも構わん。」
「はっ!」
グレードアトラスターは傷ついた船体を引き摺りながら、カルトアルパス湾から撤退を始めた。
「日本武尊……旭日艦隊司令の大石蔵良………その名前、2度と忘れんぞ。」
遠ざかっていく日本武尊を見つめながら、自分達を打ち負かした顔も知らない大石に向けてそう呟き、意識を失った。
撤退して行くグレードアトラスターを見て、ムーのラ・カサミ、ミリシアルの巡洋艦隊、やっと追い付いた連合艦隊の将兵は、日本武尊の勝利に沸く者、唖然となる者など様々である。
「見たか?」
「はい。噂以上ですね。グラ・バルカスの巨大戦艦にあれ程の損害を負わせ、尚且つそれを見逃すとは。」
ミリシアルの巡洋艦隊司令は、大石がグレードアトラスターを見逃した理由を理解した。
「日本の大石提督は、グレードアトラスターに痛手を負わせる事によって、グラ・バルカス帝国に警告を送ったんだ。」
「警告ですか?」
「あぁ……グラ・バルカスは自分達がこの世界の誰よりも強いと自負している。それを知っていた大石提督はそれを逆手に取ったんだ。奴等の誇りとなるあの巨大戦艦に深手を負わせ、日本国がグラ・バルカスと互角かそれ以上であると、思い知らせたんだ。」
「成る程…………大石提督……噂にたがわぬ戦略家ですな。」
「だが、これを理解できるのが果たしてムー以外に居るかどうか………」
巡洋艦隊司令官の心配を余所に、大石の戦略を理解していたムー艦隊以外の艦艇の将兵はお祭り騒ぎだった。
「やったぞぉぉぉ!!」
「スゲェ!噂以上だぜあの戦艦は!!」
「見たかグラ・バルカス!!我々には日本と言う強い味方が居るんだぞ!!」
皆、口々に撤退していくグレードアトラスターに向かって、罵声を浴びせる。
それを余所に、大石はグラ・バルカス艦隊の動きに注目する。
「敵艦隊の様子はどうだ?」
「空母機動艦隊は現位置にて行動を停止しています。どうやらグレードアトラスターとの合流を図っているものと思われます。」
「うむ。敵艦隊の動きに注意しつつ、カルトアルパス港へと帰還する。」
「はっ!」
戦闘を終えた旭日艦隊は反転し、現場海域からカルトアルパスへの帰路に就いた。
続く
皆様からの、ご意見とご感想お待ちしております。