中央歴1640年9月初旬
カルトアルパスでの戦闘から数週間が経った、グラ・バルカス帝国 帝都ラグナにある軍病院は、今までにない程に多忙だった。
『カルトアルパス湾攻撃』と命名された、此度の戦闘で、日本武尊との戦闘で大損害を受けたグレードアトラスターの乗員約1500名が治療を受けており、軍病院で働いていた軍医の数が足りないため、民間から徴用された各分野の医者や看護士が24時間態勢で治療に当たっていた。
その病院の一角にある病室では、頭に包帯を巻いたラクスタルが治療に専念していた。
「バイタルに異常は認められませんし、頭部の裂傷も浅いですから………今後の精密検査の結果次第にはなりますが、まぁ1ヶ月もあれば退院できるでしょう。」
「そうですか……ありがとうございます。」
入院してから数日の間で、ラクスタルは目の前に居る担当医の老齢ベテラン医師に対して全く頭が上がらなかった。ラクスタル自身は立派な海軍軍人であるが、子供の頃に両親に無理矢理連れてこられ痛い注射をやられた事による病院へのトラウマは海軍に入ってからも直る事は無かった。
だが、この病院に連れてこられて、担当医と出会ってからは彼が今まで病院に対して抱いていた意識は変わりはじめ、今では我が家のようにくつろげる場所となっていた。
「先生、そろそろ………」
ラクスタルは茶目っ気のような表情で、酒を飲みたいと言うジェスチャーを送る。
「ダメです!貴方は今回負傷してこの病院に来る以前から、酒を控えるように言われてる筈ですぞ!」
「何故それを………」
「貴方がここに運び込まれた日に奥方から、くれぐれも酒を与えないようにとの伝言を受けているのです。」
「まったく……アイツは余計な心配をしてくれる……」
この世でラクスタルが逆らえない相手は3人居る。
一人目はカイザル、二番目は上司のミレケネス、三番目は妻である。
ラクスタルと言えど、この三人の前では反論も口答えも言い訳も出来ないのである。
「そう言う訳じゃから、退院までは安静に。」
そう言って担当医は部屋から出ていった。
しかしその直後、入れ替わりのように意外な人物が訪ねてきた。
「カイザル閣下っ!?」
突然目の前に海軍大将が入ってきて、驚いたラクスタルは慌てて起き上がろうとする。
「あっ!……」
起き上がろうと上半身を動かしたら、痛みが襲ってきて、力が抜けてしまう。
「そのままで構わんよ。病院で敬礼は不要だ。」
「はぁ………」
ラクスタルは再びベッドに横になる。
「閣下、自分のような小官にどういった御用なのですか?」
「なに…今回の作戦の功労者を見舞おうと思ってな。」
「功労者なんて………私の判断ミスでグレードアトラスターが……」
「そう落ち込むな。確かにグレードアトラスターは大破したが、皆誰も貴官を恨んではおらん。」
そう言ってカイザルはラクスタルに一枚の新聞を手渡す。
新聞の見出しには大きく『帝国海軍はまたしても異界の国家に対し奮戦ス!!新鋭艦グレードアトラスターは傷つきながらも単身にて帝国に仇成すミリシアル艦隊を殲滅ス!』
………と書かれていた。
「小官には身に覚えのない戦果ですが……」
「そりゃそうだ。これはアルカイド提督の東征艦隊がマグドラ群島でミリシアルの艦隊を殲滅した奴だからな。」
この話からラクスタルは、この新聞記事が軍上層部による検閲で発表された事であると悟った。
「閣下、軍上層部は今回の件については……」
「あぁ……"一部の人間達"は兎も角、海軍と監査軍は重く受け止めている。今、軍の広報部や諜報部、外務省は必死でひた隠しに奔走している。」
「政府は今後についてはどう思われてるのですか?」
その質問に対してカイザルは一瞬だけ顔が険しくなったが、直ぐに元の表情に戻し、質問に答えた。
「好戦派の息が掛かった議員達や、外務省幹部の話に、帝王府のカーツ長官は戦争継続を訴えて、今の所は日本国を最大限に警戒しつつ、来年初め頃にはムー大陸を中心とした第二文明圏を支配下に収める方向で話が進んでいる。既に外務省も日本国を含めた列強各国に宣戦布告を行った。」
「そんな……グレードアトラスターでも敵わなかった日本国が介入してくるのに、何故そのような……」
「あぁ……距離の問題もあるんだが、情報部は日本国に関する情報が中々手に入れられないらしくてな、短気な好戦派の連中はどうにも日本国の事を甘く見ている傾向がある。それに帝王府副長官のオルダイカが、どうにもカルスラインと繋がっているらしくて、それが戦争継続と言う決断に至った原因の1つらしい。」
『カルスライン』とは、帝国の軍需産業を支える大企業であり、その社員と帝王府副長官が繋がっていると聞けば、考えられる理由は一つしかない。
「癒着……ですな?」
カイザルは小さく頷く。
「未確認の情報だが、オルダイカはエルチルゴと言う社員から多額の賄賂を受け取り、オルダイカはその見返りとして軍部内の受注の受け渡しや入札予定価格の情報をエルチルゴに渡しているらしい…」
「絵に描いたような外道ですな………」
今、グラ・バルカス帝国内は戦争特需によって潤っており、帝国内の各企業はこぞって兵器の生産や修理に関して軍からの受注を競っており、その過程でこう言った汚職に手を染めて双方とも私腹を肥やしている。
特に多額の賄賂を受け取り、懐が熱い好戦派の議員達にとっては戦争継続は更に懐を潤すためのチャンスと考え、こぞって戦争継続を訴え更に賄賂を受け取り、企業は受注を受けて兵器の大量生産によって更に活気づく。
どこの近代国家もこう言った闇を抱えており、日本の言葉に直すなら『他人の不幸は蜜の味』といった所である。
「金のために失われる命…………そう考えると犠牲になった乗員と家族、攻められる国の人間とっては耐え難い事です。グレードアトラスターもそんな汚い手に染まった連中によって作られたとなると、なにか可哀想でなりません。」
「俺も同意見だ。だが既に戦争継続は決定事項で、皇帝陛下の決定には逆らえん。」
カイザルは手にしていた見舞品をラクスタルのベッドの左サイドにある机の上に置くと、病室の窓に近寄り、外を見る。
「鳥か……」
ふと見上げると、空には、人間達の考えなど何も知らない鳥が舞っていた……
その頃、ラグナの港にある『ド・デカオン社』造船部が所有する大型艦用ドックでは、傷付いたグレードアトラスターが入渠し、修理を受けていた。
「グレードアトラスターの損傷箇所の修理にはやはり、どんなに急いでも1年……いや、1年半から2年近くは掛かります。」
グレードアトラスターの修理責任者は、海軍からやってきた軍人にそう報告する。
「では年内の戦線復帰は無理か?」
「無理です。何せ今は2番艦『バルサー』の最終艤装や3番艦の空母への改造を同時に行っていますので、人手が回せません」
軍人はグレードアトラスターが入渠しているドックから南に見える岸壁で停泊中のグレードアトラスター級2番艦『バルサー』を見る。既に9割程完成しており、現在は公試に向けての準備が行われている。
バルサーの艤装と平行して、グレード・アトラスターが入渠しているドックの隣にある別のドックでは、グレード・アトラスターと同じ船体形状の艦を空母へと改造する工事が行われており、既に飛行甲板が設置されており工事は着々と進みつつあった。
「仕方無い。この際グレードアトラスターの修理は後回しにして、バルサーと改造空母の完成を優先に動いてくれ。今は何としてもグレードアトラスター級の戦線投入と新型空母の完成が必要不可欠なんだ。」
「分かりました。ではバルサーの完成と空母の改造工事を優先にして、グレードアトラスターは暫くはドック入りと言う事で宜しいですね?」
「あぁ」
続く
それと最後の『バルサー』と言う艦名は、日本国召喚のweb版最新話に出てきた超戦艦の名前から、グレードアトラスター級戦艦の2番艦と予想して使っています。
バルサーの設定がグレードアトラスター級なのか、ヘラクレス級なのか、詳しい設定が出てくるのが気になる所です。
皆様からのご意見とご感想お待ちしております。