第82話
中央歴1641年6月1日。
バルチスタ沖海戦が終結し、一時的な平穏な日を謳歌している頃、ムー国首都マイカルにある国会議事堂では、緊急の国家安全戦略会議が開かれていた。
「それは間違い無いのかね?」
「はい。」
この日、ムー情報部からある一つの知らせが入ってきた。
「我が国と旧レイフォル国境にあるアルーの町に隣接しているバルクルスに建設された、グラ・バルカス帝国軍基地で動きがあるようです。恐らく近いうちに陸上侵攻が始まるものと思われます。」
「近いうち…………いつ頃になりそうか?」
「恐らく3ヶ月………いえ、1ヶ月以内かと。」
情報局長の言葉に、議場にいた誰もが落胆する。
議場奥の一段上の檀上に設けられた椅子に座っていた、国王のラ・ムーは、統括軍長官(所謂、国防長官と同じ役職)に訪ねる。
「長官、もしグラ・バルカス帝国軍がアルーに侵攻してきた場合、日本国の援軍が到着するまで、アルー警備隊の戦力で侵攻は食い止められるか?」
「難しいところです………日本からの技術援助で陸・海軍の戦力は従来よりも強化され、兵士の訓練も進んでいますし、アルーを含めた国境警備隊にも新鋭の武器や装備を配備していますが数が足りません。敵が師団規模で攻めてきた場合となりますと、僅かな時間稼ぎにしかならないでしょう。」
「やはりそうか………となると、早急にアルーの市民達を避難させ、陸軍の配備を急がねばな。」
「はい。念のために、アルーには国王陛下の名で国家緊急指示避難命令を出す準備を進めております。」
『国家緊急避難指示命令』…………
これはムー国憲法で制定されている、全国民に課せられた法的拘束力のある国家命令である。
戦争・災害などの国家的危機に於て、国民の生命の安全と保護のため、国王名義により国民を首都へ強制避難させる特別国家命令である。
過去に、この命令は数回程執行され結果的に多くの国民の命が救われた前例もあるため、国民達もこの命令に対しては全く抵抗は無いのである。
「よし、では早急に国家緊急避難指示命令の執行の手続きと発令を急いでくれ。」
「了解。」
ラ・ムーは、今度は外務大臣に問いかける。
「外務大臣、日本国への援軍要請は?」
「はい。相互安全保障条約に基づいて、既にその方向で調整を進めております。本日午後にも日本国担当官のオーディグスと日本大使との会談を予定しています。」
「よろしい。」
この日のうちに、国家緊急避難指示命令が直ちに執行され、アルー市民達は一斉に避難を開始し、ムー陸軍1個師団が市民達と入れ替わるようにアルーへと向かった。
一方で、ムー外務省から派遣されたオーディグスは、マイカル郊外に建てられた日本大使館へ来ていた。
会議室へと通されたオーディグスの席の前には、日本大使となった御園が座っており、二人とも真剣な表情だった。
「成る程……予想通りですね。」
「えぇ。既に戦場になると想定されているアルーに対して、国家緊急避難指示命令が出される方向で話が進んでおり、一部の市民達は自主避難を開始しています。」
「軍の方では?」
「既に第1師団が出動準備を整えています。こちらが我が国から貴国への正式な援軍要請文書です。」
オーディグスは鞄から書類を取り出し、御園に手渡す。受け取った御園は書類の中身を確認する。
「……………分かりました。直ちに本国へ緊急案件として報告いたします。」
「ありがとうございます!」
ムー国からの援軍要請文書は直ちに、遠距離通信にて帝都東京へと届き、外務省を通じて大高の元へと届けられた。
「思った通りですな。」
「えぇ。予想より数か月程早かったですが、我々は準備は整えています。」
高野は大高に計画書を手渡す。大高は計画書に目を通す。
「完璧です。」
「ありがとうございます。ところで総理、陸軍の方は?」
「はい。こちらも準備は整っています。ムーへはロデニウス大陸で戦闘経験がある夜豹師団を派遣する計画です。既に人員の訓練は終了しているので、いつでもムー国へ向かう用意は出来ています。」
「流石はお手が早い。では早速。」
「はい。」
以前よりムーへの援軍として、陸軍は夜豹師団、海軍は旭日艦隊の派遣が計画されており、それに伴って準備が進められていた。日本は直ちに、『ムー大陸派遣軍』を編成し、数日のうちにムーへ向け派遣した。
この迅速な対応が後に、アルーの市民達の命を救う事となる。
続く
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