俺は何故か人生をやり直している。今2回目の人生を謳歌中だ。
まぁ、だからなんだって話だが、何故俺は人生をやり直しているのか理由が知りたい。
突然飛ばし飛ばしで赤ちゃんに戻され、精神年齢約四十何歳の身であるにも関わらず大泣きしてしまった。まぁ赤ちゃんだから許してくれ。
やり直しの前はまだ健康的な日々を過ごしていたはずなんだがなぁ。やり直しって事は死んだって事だろ?なんで死んだんだ?全く分からぬ。
まぁ、どっち道前の人生には戻れないのでどうでもいいと割り切ったし、今は前世の記憶を元に更に高みに登りたいと思っている。
何で?勿論、料理でだよ。
俺は前世で料理人であった。某高級ホテルの総料理長を務めていた爺ちゃん、高級フレンチレストランを開いていた親父、ワインソムリエの母ちゃんの姿を見て極々自然に俺も料理界に足を踏み入れていた。
包丁を握り、何度も指に傷付いたり、火傷したり、色々とあったが、今ではいい思い出だ。どうすれば怪我をしないのか。どうすれば失敗しなくて済むか。毎日のように考え、それを実践していく。職場では失敗するのは構わないがそこで考えるのを辞めるやつは同じ失敗を繰り返す、と口酸っぱく爺ちゃんが言っていた。爺ちゃんは40年間も料理界に携わっている人でそれまでに何人もの人を見て成功する人と失敗する人が分かるようになったらしい。
ーーー失敗したら成長すると考えろ。何か言われたらメモを取れ。同じ作業をする場合でも慢心せず動作を復習してから取り掛かれ。同じ事をやって失敗しなくなれば初めて信頼を得られる。最初から信頼されていると思うな。常に上の者は何が出来て何が出来ないか見ている。出来るならそれを信頼し、出来ないならそれを信頼しない。これを心に刻んどけ。
厳しいようで、当たり前のような事を言っているのだと今になって思う。
料理をする人、特に独立を考えている人は店を出た後は1人で自分の店を立てていかなければならない。最初から二人でやる人もいるだろうが、それでも限界がある。
その独立を成功させるためには他人が必要だ。高級レストランなどだと、何処ぞの社長さんが来ているかもしれないし、官僚が取引目的で訪れるかもしれない。そんな時、その人達とお近付きになれば物凄い後押しになってくれる。汚い話、資金を貸してくれるかもしれない。
もしかしたら土地を譲ってくれるかもしれない。雇ってくれるかもしれない。
その、もしもを起こす為に信頼を得なければならない。料理の味も大事、見た目も大事、店の雰囲気も大事。だけど、一番重要な事は、上の人から信頼を得ることである。これは、人生で成功する人が起こす1つの道である。
だから俺は信頼を得る為に努力した。手短に友人からの信頼を。親からの信頼を。爺ちゃん婆ちゃんからの信頼を。他人からの信頼を。
考えて考えて人と接し、自分のコミュニケーションを磨いた。
その結果、いつの間にか友人達はいつでも俺に手を差し伸べてくるようになった。爺ちゃん婆ちゃん、両親からも子供として世話をする以上に親密な家庭を築けた。他の人達からも人目置かれる存在となれた。
それは自身の進路についても大きく影響を与えてくれて、国内最大級の料理学校に2年間通わせて貰えるようになったし、就職も行きたいところにすんなり行けた。
そして修行を終えて、俺は独立を果たす。就職先のシェフの紹介で知り合った大手企業の社長さんの協力のおかけで、大きな店を建てることができ、いつしか予約が一年以上先まで入る有名店になった。
正直有名店になったからってどうということは無い。いつの間にか3年。いつの間にか5年。いつの間にか……を繰り返し、気付いたらもう10年も続いていたと言うだけでそこまで深く考えていなかった。
日々思うのは人からの信頼。上の人にも下の人にも、尊敬の念を込めて日々対面する。
そして高みを目指す。自分だけのフルコースを作る。世界に名を残す。それを俺は大きな夢として掲げていた。
まぁ今では人生やり直しで今まで築き上げてきたものがおじゃんとなり、また最初からやり直し。
………すまんなんかさっき割り切ったと言っときながらなんかイライラしてきたんだが(怒)
取り敢えず信頼を勝ち取る為に2回目でも色々とやっている。
が、ちょっと気になるヤツがいる為に、前よりも周りの信頼性が取れていない。
気になっていると言っても、LOVE的なものでは無い。
ハッキリ言うと、上司の無茶振りに疲れた同僚を労う同じ職場の奴、みたいな感じだ。
プライバシーがあるから事細かに説明はしないが、その子は苦労人なのである。いつも見かけるとストレスMAXで目元のクマが酷い。ナチュラルメイクで頑張って隠しているようだが俺の目は誤魔化せんぞ。
正直見ていられない。貴方ほんとに子供かよと言ってやりたいぐらい酷い。
だから俺は料理を作った。親に頼んで一緒に出かけられるよう計らい、お弁当を作り、週何回か家に呼び出し飯を食べさせ、食べたいものをリクエストして健康面に配慮したモノを作る。
専門学校卒業したと同時に栄養士の資格も取れたので栄養に関しても俺は自信がある。
取り敢えず俺がその子に目指して貰うのは剣道で全国を取る事だ。そして、可愛いフリフリの服を着させて男共からの熱い視線を得る事。
前者は彼女に伝えた。後者は伝えてない。伝えたら拗ねるから。
乙女心なんぞ知らんがな……。
ともかく俺は、2回目の人生での目的が出来た。無論前の人生の夢も諦めるつもりは無いが、やはり俺も男の端くれ。辛そうな女の子を放っておけないのが男のサガよ。
今日も今日とて、彼女ーーー八重樫雫のストレスを解消する為に、腕によりを掛けて料理を作るのだ。
それはある梅雨の時期。
雨雲が広がる灰色の空。湿気が多く、雨も降っているため憂鬱な気持ちが込み上げる。
何気無しに窓から外を眺め、今日何度目かの欠伸を噛み締める。
「ーーー雫さーんやーい」
声の主は一人しかいない。ソファーにもたれかかっている私とは違い、リビングの床にゴロンと転がり料理本を読む彼。
流石に彼も今日はテンションが低い。仕方が無い、この雨だもの。
体も若干重いし、気分もダルい。正直返事もダルいのだが、彼のように横たわると若干楽になったと感じる。
「なーによー」
今日は剣道の稽古が休みであった為、親に言って彼の家にやって来た。親も彼の家に行く事には反対はないようなので、息苦しい実家から逃げるための避難場所として彼の家にお邪魔している。
「なんか食べるー?」
「あんまり食欲ないかもー」
梅雨の時期は食欲が湧かない。運動をやっている身としては体を休める時でも食べる事に関しては手を抜いては行けない。
まぁ私には彼という専門のアドバイザーがいるので何も困らないのだが。
「体重落ちるぞー」
「……ここは普通落ちて欲しいと思う所だけど、私の場合は落ちて欲しくもないのが現実……」
「俺は気にしないんだけどなぁー」
「私が気にするのー。それよりも、どうせならあっさりしたものが食べたいわー」
「あっさりねぇー。
「……やめてよ、気分重いのにイライラまで来たらストレスになる……」
まぁアサリなら大丈夫かと、ボーッと考えながらベチッと彼の足を叩く。
「アサリならそれで構わないわー。なんだかアサリ食べたくなってきた」
「ん、了解。じゃあ君に、エアコンの前に寝転がれる称号を与えよう」
ちょうど彼が寝転がっていた所が冷房の当たる所だ。彼の家なのでそういう姿を見せられても私は特に気にしないのだが、私の家に来た時もそうやったので思わずガムテープでグルグル巻にしてしまった。
「アサリメインだけど何がいい?キノコと一緒に炒めてパスタで絡ませるか?」
「んー、それでいいわ。あ、カナッペない?この前のスモークサーモンのカナッペがなんか癖になっちゃって」
「サーモンは無いけど、チーズあるぞ」
「じゃあそれで」
「あいよぉー」
本を閉じ、のそっと立ち上がる彼。軽く身体を動かした後、やる気に満ちた目に変わる。
彼が料理する時は決まってこうなる。彼にとって料理はもう一人の自分。心の中で切り替えというかなんというか、とにかく彼は料理をするときは普段とは違う雰囲気を出す。
「そう言えばさ、今度駅前のデパ地下で食べ物祭りってのがあるらしいんだけど、暇なら行く?」
冷蔵庫を開けながら彼がそう言ってきた。
食べ物祭り。もし昔のままずっと剣道一筋で生きてきた私だったら、今の話は即刻断るだろう。だが、食の楽しさを知った今の私には断りづらく、物凄く私を悩ませるものになった。
「どんなものがあるの?」
「確か冷甘フェスタとか言うやつだった気がする。梅雨に負けるなスイーツ男女達、とかいうキャッチフレーズを見たぞ」
「スイーツ、最高ね。でも私お金なんてないわよ?」
「いやお金なんて俺が出すから。お前に出させる気なんてないぞ」
私お金無い→じゃあ辞めるか、の流れで行って欲しかったのに、まさかの全額負担とは……。彼の財力は一体どうなっているのか……。
毎週毎週5千円超のモノを買っているのに彼からは『金欠』と言う言葉を聞いたことが無い。彼の家は私の家よりは一般家庭だから、親のポケットマネーでもないだろうし。宝くじでも当たったのだろうか?
「……毎回毎回思うのだけど、貴方お金はどうしてるの?それだけお金使ってるのに使い切らないの?」
「ん?別に俺のお金を使ってるだけだよ。雫が剣道やってる間、俺はお手伝いみたいな事してるんだよ。結果お金が入ってくるんだ」
「お手伝い?親のお手伝いかしら?」
「ちゃうちゃう。親父の知り合いに料理店やってる所あって、紹介で入らせてもらった。なんか腕を認められて普通のバイトと同じ額払われてる」
「……流石、としか言いようがないわね」
寸胴鍋にパスタを入れながらあっけらかんと言う彼に、私は呆気に取られる。そりゃ料理の腕は凄いと思うが、そんな事になっているとは。なんだか、彼だけ凄くなって行ってるのに私だけとり残されたような気分だ。少し寂しさを感じる。
「雫ちゃーん、そんな顔しないでよ。眉間にシワよってるぞ」
「……えっ?あ、そう……」
やっぱり気分が乗らない。むしろマイナスにグングン進んでいる。
彼だけが凄くなっていく。でも私は彼のように凄いと言えるものがない。ずっと一緒に居たのに、誰かに自慢出来るものが私には何一つない。
もう少しで彼は海外へ飛ぶ。更に彼は凄くなる。それに比べて私は……。
「ーーー雫」
ペち、と後ろから伸びるてが頬に触れてきた。 上を見上げると、案の定彼の顔が広がっている。
若干顔に熱が出るが気にしない。彼の瞳が私を映している。目の離せない惹き込まれるような瞳。何を言うまでもなく、彼の瞳はずっと私に語りかけているように感じる。
ーーーまたそんな顔して。ーーー大丈夫大丈夫。ーーー何が不安?ーーー笑顔にならなきゃ。
その後彼はあどけない笑みを見せた。
「雫、あんま思い詰めるな。お前は1人じゃない、俺がいるんだ。いつでも愚痴聴いてやるから、いつもの笑顔で俺の料理を待っててくれ」
ずるい。ずるいずるい。本当にずるい。
真っ直ぐに私の目を見て言ってくるなんて。そんなの、心に響かない訳ないじゃない。
「……そうね。ごめんなさい、また変なスイッチ入ってたわ」
「全くだよ。要らん気を使ってさぁ、そんなんだからオカンって言われるんだ」
「余計なお世話よ。それに私がオカンなら、そのオカンに甘えられる貴方はお爺ちゃんよ?」
「あながち間違ってないんだけどねぇ……、まぁ歳上としては可愛い可愛い後輩を甘やかせるのも1種の楽しみだから」
「?貴方と私は同い歳でしょ?」
「同い歳だけど気にすんな。ほい、出来たぞ。アサリとシャンピニオンのパスタだ」
机に置かれたお皿に意識が向けられる。殻付きのアサリとマッシュルームや一口サイズに切ったエリンギなどのキノコが白いソースと絡められて湯気を上げている。
「さぁ、Buon appetito」
発音のいいイタリア語。優しい笑みを浮かべた彼に、私は表情筋を緩めた。
「グラッチェ」
彼に習ったイタリア語で、私はそう返した。
そろそろ原作行きます