【完結】害虫生存戦略   作:エルゴ

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(ちゃんとした連載は)初投稿です。
のほほんさん要素はないです。


Prologue

 

 失敗作として生み出され、使い捨ての道具として消費される命だった。

 そのことに疑問を持ったことはなかった。周りもそうだったし、それしか知らなかったから。

 毎日毎日毎日毎日よくこれだけの実験を思いつくなぁと考えながら、次々入れ替わる兄弟達を尻目に“何か”を埋め込まれた胸をさする。

 いつも通り、数えるのも面倒な量の薬を飲み、打たれ、その副作用でのたうち回った後。何度見たかわからない顔ぶれの監視員らと向かい合う。

 

「こいつも運がないよなぁ、よりによってこの実験を引いちまうなんてなぁ」

「それを言ったらここに生まれてきたこと自体が特大の不幸だろ?」

「違いねぇ、ははははは」

 

 この声も聞き飽きた。ガラス一枚を隔てた俺の境遇を、自身と比較して優越感に浸っている。そうやってひとしきりこちらを笑ってから本題に入る、この流れも毎度のことだ。さっさとチェックを済ませて部屋に戻りたいんだが。

 

「あの……」

「ん?」

「早くチェックしてもらえませんかね? 今日も疲れたんで」

 

 あまりに待たされるもので、つい声をかけてしまった。この流れも

 

「おい! モルモットの分際で誰に向かって」

「まあ待てよ、こいつの寿命なんてもう数えるぐらいのもんなんだ、これぐらい許してやろうぜ」

「チッ、じゃあ始めるぞ、先ずは──」

 

 何枚もの紙にペンを走らせながら幾つもの質問を飛ばす。その全てに包み隠さず正直に答える。どうせ隠したところで意味はない。一度適当に答えたときには再検査やら何やらでひどい目にあった。

 

「──よし、これで終わりだ、さっさと部屋に戻れ」

「……はい」

 

 今日も生き延びた。今朝よりも人数の減った部屋の中、数少ない娯楽である本を取る。ここにいる者は教育により最低限の知能は得ており、監視員の気まぐれで置かれた本ぐらいなら読める。正確には得られなかった者は廃棄されているだけだが。

 右手で本を捲り、適当な関節をぱきりと鳴らす。いつからか、ただなんとなく思考が変わる気がして染みついた俺の癖。

 しかしこの本も何度手に取ったことか。この施設にいると新しい何かが起こることはほとんどない。やれ誰かが脱走して処分されたとか、無事に帰ってきたと思ったやつが目の前で大量に体液を噴射して死んだとか、そんなことも月に数度起これば日常だ。

 とにかく俺はこんな日々に飽き飽きしていた。最も俺以外の失敗作は毎日怯えたり、脱走の計画を立てたりと退屈しなさそうだが。

 

 くだらない。そんなことが無理なことぐらい、とっくにわかっているだろうに。

 

 俺だって外に出たくないわけじゃない。実験に怯えたり、脱走も計画したこともある。でも駄目だった、駄目なんだ。鍵のかかった扉、分厚い壁、鉄格子の嵌められた窓、どこに隠されているのかも把握しきれない数の監視カメラ。今頃監視員はモニターの前であいつらを嘲笑っているだろう。

 一度だけ外を見る機会があった。周りは海に囲まれていて、飛び込んだところでヒラメやカレイとご対面、船が奪える程緩い警備でもなし、奪えたところで運転なんてできるわけがない。つまり俺たちは、ここに来た時点で詰んでいる。

 そもそもここを出てどうする? 戸籍もない俺たちがどこでどうやって生きられる? 寿命だって、散々弄り回されたこの体が、後どれだけ生きられるかわからない。

 無駄なんだ、余計な希望を持って処分されるぐらいなら、こうして実験と退屈な日々に耐えて大人しくした方が少ない寿命を無駄にしないで済むだろう。

 生きたところで、何も成せはしないけれど。

 

 だが、それでも。もし外の世界で生きられたなら、その時は──

 

 そこまで考えたところで、突如として起きた爆発に俺の意識は吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 目覚めた瞬間、何かが焦げたような臭い、天井には大穴が空いて、辺り一面に瓦礫の山。馬鹿でもわかる異常事態だ。

 どれだけ気絶してた? 他のやつらは……いないな、置いてかれたか。周りに誰もいないことを感覚で察し、ならば自分もと避難を試みる。しかし体に力が入らない。腹に違和感も感じる。不思議に思い目をやれば、

 

「ああ、なるほど。これは無理だな」

 

 折れた鉄筋が深々と突き刺さっていた。赤黒い血が溢れ、衣服と床を染めている。これでは動けるはずもない。むしろ今意識があるだけで奇跡だろう。もし鉄筋を抜いたところで、更に出血して死ぬことは間違いない。

 当然助けは来ない。ここで死ぬ。そして何もなくなる。

 ああ、まさかこんな形で終わるとは、てっきり実験動物として、使い潰されると思っていた。それがこうなるとは夢にも思わなかった。死が近づいていることを知り、天井の大穴から空を見上げると、思わず言葉が溢れる。

 

「まだ、死にたくない、なぁ…」

 

 自分に、こんな想いがあったとは、自分でも気づいていなかった感情に、戸惑いを覚えながらも、口は動き続ける。

 

「外の世界を見たかった」

「海で泳ぎたかった」

「空を飛びたかった」

「色んな物を食べてみたかった」

「学校に行ってみたかった」

「友達がほしかった」

 

 黙っていれば幾分か生きながらえることができるとしても、言葉は止まらない。誰に聴かせるわけでもなく、与えられた知識から生まれた小さな願望が流れ出る。そしてそれらは、ただ一つの願いに集約された。

 

「もっと、生きたかった」

 

 少しづつ感覚が失われ、最期に空へ手を伸ばす。当然何も掴めはせず、力なく胸の上に落ちる。一瞬小さな鼓動を感じ、そのまま手の感覚も失った。

 そして、

 

「あ……」

 

 現実か、幻か。薄れゆく視界の中で、マゼンタの髪が揺れていた。

 

「おおーい、生きてるー?」

「へ?」

 

 唐突な問いかけに間抜けな声を上げ、再び意識は暗転した。

 

「あれれ、死んじゃった? まーいっか、拾っちゃお」

 

 

 

 

 聞き慣れない電子音。柔らかい何かに包まれた感触。腕には針が刺さっていて、視界の隅にある袋に繋がっている。ここはどこだ? 俺は死んだのか?

 状況を掴めずに目だけを動かし続ける。数分それを続けているうち、幻覚で見たマゼンタが近づいてきた。

 

「お、起きた起きた。気分はどーお?」

「こ、こ、は……? あ、なたは…何、者?」

「うーん。質問してるのはこっちなんだけど……しょーがないか」

 

 やれやれと呆れたような仕草をしながらも彼女は少し嬉しそうに、その場でくるくると回って、びしぃっ! と謎のポーズを決める。

 

「私は篠ノ之束、()()インフィニット・ストラトスを開発した天()! 細胞単位でオーバースペックな、天然の完成された人間であり、さっき死にかけの君を拾った大恩人さ!」

「……」

「驚いて声も出ないかー。そうでしょうそうでしょう。君みたいななり損いじゃ一生目にすることない存在だからねぇ!」

「いやあの……インフィニット・ストラトスって何ですか?

「はあ!?」

 

 驚愕の表情で大声を上げた彼女は俺が本当に知らないことを理解すると何やらぶつぶつと呟き始める。それよりも早くこの状況を説明してもらいたいのだが。

 

「何で知らないんだよ……所詮実験動物だからかな? やっぱ上が阿呆だと色々雑だな……拾ったの失敗だったかな……」

「あのーすいませn「何?」その、【拾った】ってところ、もう少し詳しく教えてもらっても……?」

「ああー、そうそう。今話すから」

 

 すっかりテンションの下がった彼女は面倒くさそうな様子を隠しもせずにここまであったことを話し始める。

 

「まず、君の居たところは【織斑計画】──ざっくり言うと“究極の人類の創造”を目的とした計画。それの残党が残ったデータと失敗作を利用し、別のアプローチで究極の人類を創ろうとしていた場所だよ」

「織斑計画、残党……」

「そう。で、そいつらがこの束さんに攻撃(ちょっかい)するもんだからサクッと潰してやったわけ」

「さくっと」

 

 何でもないことのように言っているが、あの場所を潰すなんてそう簡単なことじゃない。中にいた俺がよくわかっている。それをサクッとなどと言ってのける彼女は正しく『細胞単位でオーバースペック』なのだろう。

 

「で、生き残りがいないか見てみたら死にかけの君がいて、()()()()()()()()()()()()()拾ってきたってわけ!」

「えっ」

 

 ちょっと面白そうだったから? そんな理由で俺を拾ったのか。ますます目の前の彼女のことがわからなくなる。いやしかし、ほとんど死体だった俺を拾ってどうする気だ? さっきまで腹に穴も……あれ? 穴は?

 

「怪我なら全部塞いだよ? 臓器も()()()()()()()()()しね」

 

 代わり。それはきっと、いや間違いなく俺と同じ失敗作の物だろう。犠牲になった彼らは気の毒だが、そのおかげで生き延びることができたと思うと複雑な気分だ。

 

「ついでに変な薬に犯されてたとこも治してー、まあ()()()()()()()()()()は面白そうだったからそのままだけど、普通に生活する分にはほとんど人並みの寿命にはなったんじゃない?」

「人並みの、寿命……?」

 

 まさか、まさか、そんなことができるなんて、まだ生きられるという希望に感動が溢れてくる。

 でもまだ足りない。寿命が延びただけじゃ駄目だ。もっともっと確実に生きられる何かを───

 

「へっへーんすごいだろー。わかったら君は私の手となり足とな「なります!」は?」

「俺は! 貴方に! 従います! それでいいんですよね!?」

「……うん? えーと…よろしく」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 数年後。俺は束()と、俺と同じく彼女が拾ってきたクロエと共に暮らしていた。あれから色々あった。初めは束様の気まぐれに振り回されたり“おつかい”と言う名の命を賭けた命令に行かされたりと散々だったが、今ではそれも日常の一部。逆に退屈しない生活とも言える。

 

 顔と声は変えた。鏡を見る度、何か話す度にあの日々を思い出すのが嫌だったから。声はともかく、顔は整形しても面影が残っているのであまり意味はなかったが。ついでに、いつまでも君では呼びづらいので名前も頂いた。

 

(とおる)様、束様がお呼びです」

「ああ、すぐ行く」

 

 九十九 透(つづらとおる)。それが今の俺の名だ。どうしてこんな読みにくい苗字にしたのかは知らない。束様に詳しく聞いてみたところ目が泳ぎまくっていたので大した意味はないだろう。まあ名前すらなかったあのときに比べれば何倍もマシだ。

 

「束様、来ましたよー。何の御用で?」

「やあやあ待ってたよとーくん! 今日はねーちょっと触ってほしいものがあるんだ!」

 

 そう言って彼女が指さす先には、()の様な、それでいて()()()()の様な、どことなく()の様な意匠の何かが鎮座していた。

 

「『触ってほしいもの』って…これISじゃないですか、俺が触っても動かせませんよ」

 

 IS(インフィニット・ストラトス)。元は宇宙空間で活動するために作られたマルチフォーム・スーツ。しかしとある事件(自作自演)の結果それまでの兵器を遙かに超える性能が明らかとなり、その存在を危険視した各国の奮闘により現在では競技用のパワードスーツと化している。まあどこの国でも兵器としての運用を捨ててはいないが。

 しかしこれには重大な欠陥がある。それは『女性にしか動かせない』ということだ。この欠点により世界は混乱し、ISを動かせる女こそ優れた存在であり、動かせない男は劣った存在であるという『女尊男卑』の思想が広まっているらしい。世間に出てない俺には関係ないが。

 一体全体どうして女性にしか動かせないのかは束様にもわからないらしいが、とにかく俺が触れても意味がないものであるのは間違いない。

 

「まあまあまあまあ、とりあえず触ってみてよ! 大丈夫死にはしないってへーきへーき先っぽだけ!」

「先っぽて何ですか、じゃあ……はい」

 

 どうせいつもの気まぐれだろう。軽く触れて終わり。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が気になるが、見なかったことにしてそれに触れる。

 

 きぃんと、高い電子音が鳴って、頭に流れ込む情報の洪水。その全てが手に取るようにわかる。

 

 一瞬視界が白くなって、開けた視界と全身に何かを纏ったような不思議な感触。これはつまり、

 

「ISを、動かした……!?」

「うんうん、()()()()!」

「束様!? これは一体?」

「説明は後! 今から半年後、とーくんにはぁ……

 

 

 

IS学園に通ってもらいます!!」

 

「……はあああああああ!?」

 

 俺、学校デビュー決定。

 

 

 




 久々に長文書いたらすっげぇ疲れたゾ〜

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