「せーので行くぞ?」
「いつでも」
授業の終わった教室で男が二人。まるで果たし合いでも始めるかの様な面持ちで提示している。いや、果たし合いは間違いではない。これこそ正に誇りを賭けた決闘だ。
互いに緊張で冷汗を流し、その手に持った得物を握りしめる。
固唾を飲んで見守るクラスメイト。開始の瞬間を今か今かと待っている。
「「せぇーのっ!!」」
始まった。こうなればもう誰にも止められない。双方が両手を前に突き出したのは全くの同時。得物が開かれ、そこに記された赤い字で記された数字が露わになる。
「45点!!」
「97点!!」
「負けたぁ!」
「勝ったぁ!」
「いや何してますの?」
勝負内容。小テストの点数。
「くそっ紙一重か」
「倍でも足りねぇだろが辞書引いてこい」
「だから何してるんですの?」
意味がわからないという顔でこちらを見てくるオルコット。何がおかしいのか。普通の学生はテストの点数を競うのだろう? 俺もそれに習ってやったまでだ。圧倒的すぎて勝負になっていないが。
「丁度よかった、セシリアは何点だった? IS基礎の小テスト」
「もちろん満点に決まってますわ。代表候補生ですもの。これぐらいは当然」
「それより一夏! お前さっきまで自信満々だったくせになんだその点数!?」
このテストの平均75点だぞ。いくらここに来るまで何も知らなかったとしてもこれは酷い。勉強してないのか?
「マジで全然わからん助けてくれ」
「おお……もう……」
大丈夫かこいつ。授業中も織斑先生にぶっ叩かれてばかりだし。もしやそれが原因で学力が……?
「情けないぞ一夏。そんな点数を取りおって」
「……箒は何点だったんだよ」
「58点だ」
「「お前も低いじゃねぇか」」
やっぱり妹様もISの勉強はできないんだな。
「お前らなぁ……このままだと中間テストで補習だぞ?」
「う゛、それは困る……」
「つ、次いい点数を取ればよいのだ。次こそは……」
無理そうだなぁ……。これまでろくに学んで来なかったであろう分野をいきなり勉強したところで厳しいだろう。どちらも体育会系っぽいし。
「見てられませんわっ!」
「「わああ!?」」
オルコットが怒った! まあこの有様ではそれも仕方ないか。
「クラス代表とあろう者が補習予備軍なんてこのわたくしが許しません! 放課後みっちりと復習しますわよ!」
「げえっ!?」
「篠ノ之さんも!」
「何!?」
代表決めの時もうるさかったしなぁ。しかしこの勢いでは高得点の俺にまでとばっちりが来そうだ。さっさと逃げよう。
「……とまぁ今日も俺はここへ来たのでした、まる」
「そうなんだ」
あの日から一週間が経った。結局楯無先輩には適当に誤魔化し(写真はあげなかった)、ほぼ毎日俺は整備室に通っていた。ただ簪さんの作業を眺めたり、自分も整備したり。日によってやることはまちまちだがあの日と比べてなんとなく警戒心は薄れてきた気がする。少なくともこれぐらいの雑談はできる程度には。
「ところで、九十九くんはどこを間違えたの?」
「間違えたと言うか……裏まであると思わなかった」
「あっ……」
あれは焦った。表だけと思ってうとうとしていたものだから終える直前になって注意喚起されなかったら死んでいた。一問間に合ってないけど。これが束様に知られたらキレるか大爆笑だろう。どっちも嫌だ。
かちゃかちゃ、かたかた。二人きりの空間で無機質な音が響く。クラス対抗戦が近づいていることを考えるともっと混んでいてもいいとは思うのだが、どうやら皆他の整備室に行っているらしい。
「……ねえ」
「ん?」
「どうして毎日ここに来るの?」
「どうしてって言われてもなぁ、そうしたいから来てるとしか。後はまあ、ここは落ち着くしな」
本当にこれしか理由がない。ここは静かで、自分のやりたいことに集中できる。天国かな?
「しつれいしまーす……」
「あ、布仏さんだ。やっほー」
「や、やっほー……かんちゃんも」
珍しく人が来たと思えばクラスメイトの布仏さんだ。最近は休み時間によく雑談する仲であり、俺の未だ数少ない友人である。いつもにこにことしている彼女だが、今目の前では暗い表情を浮かべている。
それより「かんちゃん」か。いや、楯無先輩と面識があることは知っていたし、その妹である簪さんと親しいのは別におかしくはない。
「本音……来ないでって言ったでしょ」
「でもかんちゃん毎日帰り遅いし……ごはんも全然食べてないし、このままじゃ……」
「別に平気。それより早く出てって。あなたの手は借りない」
画面から目をそらさず答える彼女の周りには、某十秒チャージゼリーやエナジードリンクの空き缶が転がっている。アニメにハマった時の束様がこんな生活をしていたな。
「そんなぁ……」
「限界攻めてるなぁ」
「これぐらいできなきゃ、あの人には勝てない……」
泣きそうな目で困り果てる布仏さん。一方簪さんはもう話を聞く気はないと言わんばかりに作業を続けている。これはあれだ。いつか束様と見た、反抗期の息子と母親のドラマの様だ。まさか現実でも見れるとは。
「二人は仲いいの?」
「幼馴染で、同室なの」
「……別にそれだけ」
「ふーん」
同室なのか。通りで帰りが遅いことを知っているわけだ。右往左往する布仏さんに無視を決め込む簪さん。なんというか……一方的に拒絶されている感じだ。
「えっと……じゃあね。これ置いておくからちゃんと食べてね」
「…………」
「じゃあなー」
そう言って袋を置いて整備室を出ていく、おそらく食べ物でも入っているのだろう。返ってくる反応は素っ気ない。本当にドラマみたいだ。
「ちょっと冷たいんじゃないか? 泣きそうだったぞ」
「……後で謝る。でも、協力は要らない」
「強情だなぁ」
よくこれだけ頑なになれるものだ。俺も一人でやってる方が気楽だが、効率を犠牲にしてまでやりたいとは思わない。それだけ、楯無先輩への反発が強いということだろう。では何故反発が生まれたか。それは俺達がいくら考えたところで、当事者から聞き出さないとわからない。だが簪からは無理そうだし、やっぱり楯無先輩からか。
でもなー、今あの人どこかに行ってるんだよな。昨日帰ったら置き手紙で『ちょっと海外へ行ってきます。お土産期待しててください。簪ちゃんに手を出したら許しません』と達筆で書いてあった。
「俺も今日は帰るよ。
「明日も来るの? いいけど……」
また一週間後。クラス対抗戦を来週に控えた今日。俺は一夏達と共にアリーナへ向かっていた。正直今日も整備室へ行くつもりだったのだが、テスト勝負以来セシリアの特訓が激しさを増したらしく、一夏のあまりの必死さとそれを見かねた妹様の頼みを断り切れず参加している。
とはいえ明日からアリーナは試合用の設定に調整されるらしく、試合前のISを使った訓練は今日で最後になる。
「今度こそお前には勝ってもらわなくてはな」
「わたくしが訓練に付き合っているんですもの、それぐらいは当然ですわ」
「ふん、中距離射撃型のお前が射撃武装のない一夏に教えてなんの意味がある」
そう。一夏のIS【白式】には射撃武装がない。それどころか初期設定と同じく近接ブレードの《雪片弐型》以外の武装は何一つ備わっていないまま。また
「篠ノ之さんの剣術訓練だって同じでしょう。ISを使わない訓練なんて時間の無駄ですわ」
「なんだとっ!」
「このっ!」
「おいどっちかフォローしてやれよ」
「これ毎日やってるからほっといていいぞ」
えぇ……。まあどっちもまるで意味がないというわけではない。一般公開されている情報によれば、この先射撃武装のあるISと戦う可能性は高いので戦い方を知っておくのは有益だ。剣術訓練も、一夏のセンスならば零拍子の様に生身の技をISの機動に取り入れてもおかしくない。
だが実際は両方とも『自分が教えたいから』やってるのだろうが。
「ほら喧嘩はやめろって、もう着いたぞ」
「「むうぅ……」」
ふくれっ面の二人をあしらいながらピットのドアセンサーに触れる一夏。即座に認証が完了、使用許可が下りたドアが開く。ここでは大して珍しくもない型だが、毎度一夏は目を輝かせながら見ている。男のロマンというやつだろうか。
あれ、誰かいる。
「待ってたわよ一夏!」
中にいたのは凰だった。腕組みをしながら不適な笑みを浮かべている。やっぱり似合わないな。しかしついこの間はあれだけ怒っていたというのにどういう風の吹き回しだろう。
「貴様どこから入った?」
「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」
「はんっ、私は一夏関係者よ。だから問題なし」
一夏関係者ってなんだよ。妹様とオルコットが静かに──いやそうでもなくキレている。丁度間に挟まれている一夏は冷汗ものだろう。
「で、一夏。反省した?」
「へ? 何が?」
反省……結局詳しいことは聞いていないが、あれだけ怒っていたのだからよほどのことだったんだろう。
「だからぁ! 申し訳ないなー、仲直りしたいなーとかあるでしょう!?」
「避けられてたらどうにもできないだろ」
「だからって放置はないでしょ!?」
「えー」
うーん。これはちょっと、どっちもどっちとしか。矛先を向けられたくないので黙ってるが。
「ああもうっ! 謝りなさいよ!」
「だから何でだよ! 約束覚えてただろ!?」
「意味が違うのよ意味が!」
ここで口喧嘩を始めないでくれ。完全にどちらも意地になっている。売り言葉に買い言葉のまま、どんどんヒートアップしている。この流れはまずいな。
「この朴念仁! 間抜けアホ!」
「うるさい。貧乳」
あっやば
ッッドガァァンッ!!!
──爆発音。出所には右腕にISを展開した凰。その腕で壁を殴った──いや、壁と拳には距離があり、直接殴った様子ではない。まるで、衝撃だけ届いたかの様だ。
怒りに震える右腕に紫電が走る。今すぐにでも飛びかかってきそうだ。
「す、すまん。今のは悪かった……」
「もういいわ。手加減しようと思ったけど、その必要はないわね。──全力で叩きのめす」
燃えるような怒りを宿した視線を一夏に送り、ピットを出て行く。俺まで震え上がりそうだ。
壁を見れば直径三十センチはあろうクレーターができている。ここの壁は頑丈で、軽く殴ったぐらいじゃこうはならない。少なくとも俺では無理だ。
「……パワータイプのIS。それも一夏さんと同じ近接格闘型……」
「しかも射撃武装か、それに近いものが搭載されてるな。どうする? 一夏……おい」
話しかけても反応しない。固まってやがる。謝ることが増えたことについて後悔でもしているのだろうか。しかし、いつまでもこの調子じゃ来てやった意味がない。
「おいっ! さっさと始めるぞ!」
「うえっ!? あっおう」
ま、自業自得とはいえこのままじゃ一方的な試合になりかねないし、せめてクラス代表として恥ずかしくない戦いができるようにしてやろう。
── 一時間後。
「ちょ、ちょっとストップ……」
「えぇ……」
へ な ち ょ こ 。こいつ本当に俺と引き分けたのか?
凰のISがどんな機体だろうと近づかなければどうにもならない。ならばいっそ近接戦闘とそれに持ち込むための動きに集中しよう。となったはいいものの……。
「まだ一回も成功してないぞー」
「くっそー。もう少しなんだけどなー」
特に上手くいってないのは『
「そもそもお前、俺と試合したときに使ってただろうが、最後の一撃で」
「あの時はもう夢中で……どうやったか全然覚えてねぇ」
「先が思いやられますわね……」
「ううむ……」
これは予想より厳しそうだ。いいところまでは来ているが、あともう少しという所で失敗を繰り返している。せめてあのときの感覚を思い出してくれればいけそうなんだが。
「しっかし、これができないとなると、あっちも使い物になるか怪しいぞ」
「あー……『
『零落白夜』。俺と一夏が引き分けた原因の
ワンオフは本来第二形態から発現する可能性があるというレベルなのだが、【白式】は第一形態で既に発現させている。もっとも使えたのはあの時だけだが。詳細を教えてくださった織斑先生曰く「まだお前もISも慣れてないから」らしい。束様ならすぐわかるだろう。
だがこの能力も近づけなければ意味がない。だからこその『瞬時加速』なのだが……今日は無理そうだ。
「もう一旦瞬時加速の習得は諦めて、それ以外に戦闘に集中しようぜ。瞬時加速だけならグラウンドでもできるが、アリーナが使えるのは今日までだしな」
「仕方ないか……じゃあ相手頼む」
「任せろ、二人もそれでいいよな?」
「……はい」
「……ああ」
「お前が仕切るのか」って顔だな。俺だってここまでする気はなかったが、二人の教え方があんまりだったものでつい口出ししてしまった。どちらも自分の考えを推すばかりで方針がイマイチ噛み合ってないのだ。今日までずっとこの二人に教えられていた一夏には同情する。
「うっし行くぞー」
「よっしゃ来い!」
気合いは十分。後はこの訓練が身になってくれればいいのだが……それは俺達も頑張らないとな。
俺今日だけしか参加しないけど。
第9話「日々・特訓」
透くんは特別頭いいわけじゃないです
約半年みっちり教え込まれたからIS関連はできるけど普通教科は理数系が得意でそれ以外は平均ちょい上
身体能力は一夏より下、平均ぐらい