更に日は過ぎ。クラス対抗戦前日。今日も整備室で二人きり。
「そういえば、簪さんもクラス対抗戦に出るんだよな」
「一応……。でも、訓練機しかないし、正直時間の無駄……適当に済ませる」
トーナメント表には簪さんの名前もあった。が、この様子だと優勝を狙う気はなさそうだ。今は開発に専念したいのだろう。
まあその分一夏の負担が減るしいいか。あれ? 打鉄弐式の開発元って一夏の白式と同じ倉持だったんだよな。
「話は変わるが、一夏に恨みはないのか?」
「全くないわけじゃ……ない。でも彼が悪いわけじゃないことは、わかる」
「ふーん」
「それはそれとして一発殴らせてほしいとも思ってる」
「お、おう……」
ほぼ八つ当たりとはいえ、やっぱ思うところはあるんだな。
「…………」
「なあ、まだ一人でやる気なのか?」
「当然。何度も言わせないで」
しかしなあ。どうしてこうも意固地になっているんだか。そこまで『証明』とやらがそれほど重要なのだろうか。あるいは……ちょっと突いてみるか。
「楯無先輩が嫌いだからか?」
「……答える必要はない」
「本当に? 実は恨みとか抱えてるんじゃないか? あの人色々と勝手だし、これまで振り回されてばかりだったんだろ?」
これでどうだ……?
「…………わかってない」
「ん?」
「お姉ちゃんは文武両道スタイル抜群美人にお洒落で人当たりがよくて明るく友達は多いし料理は美味しいし歌が上手でかわいいそしてしっかりしてて発想力が豊かだし頼りになるけどちょっと天然で毎日生徒会も家の仕事も頑張ってるしお肌すべすべ髪さらさらでいいにおいするしうなじと細い指がセクシー…エロいっ コスプレが本職かと思うほど似合ってるしかわいい実は恋愛クソ雑魚で編み物だけ苦手なところもかわいいそして……」
「わかった、俺が悪かった。もういいから」
この間7秒、こわいわ。本気で嫌ってるとは思っちゃいなかったが、こんな洪水の様に語られるとは。シスコンなのは姉だけではなかったというのか。
「はっ!? ………………あ、あ、あの……」
「好きなんだなぁ」
「~~~!! 違うっ! 違うから忘れてっ!」
「ははは、無理だろ」
こんなに慌ててるのは初めて見るな。なんだか新鮮だ。
「誰にも言わないでっ! お願いっ!」
「わかったわかった。言わないから、な?」
先輩がこれ知ったら狂喜するんだろうなぁ。しかし、これだけいいところが挙げられるというのにどうして反発しているのだろう。やっぱり本人に聞かなきゃダメだろうな。
「ま、嫌ってるわけじゃないのはわかったよ」
「ううううう…………」
「そう睨まないでくれよ。悪かったって」
「…………ふんっ」
機嫌を損ねてしまった様だ。うん、今日は帰ろう。面白い物も見れたしな。
「じゃーなー、簪さーん」
「…………」
無視されてしまった。
夕食を済ませて、自室への帰り道。満腹にちょっとした幸福を感じつつ、先ほどの簪さんの様子を思い出す。早口のことではない。あの顔色、ますます悪くなっている。ずっと眠そうにしているし目元には隈がくっきり。いよいよいつ倒れてもおかしくなくなってきた。
先輩はもう帰っているだろうか。そろそろ話をしたいのだが……
「おかえりなさーい」
「あ、帰ってたんですね。ただいまです」
「さっきね。もうクタクタよ」
見ればまだ荷解きの途中といった感じだ。しかも大荷物。一体どこへ行っていたのだろうか。
「はい、お土産どーぞ」
「ありがとうございます。で、ちょっとお話ししたいことが」
「? なぁに?」
お土産──よくわからんお菓子とよくわからんキーホルダー、鉄板だな──を受け取り、軽くお礼を言って話を切り出す。
「妹さんのことですよ。知りたがってたでしょう?」
「そうね、是非とも教えてもらいたいわ」
一瞬で目つきが変わる。やっぱりシスコンは怖いなぁ。
「勿論話しますとも。でも、条件があります」
「何? 言っておくけど私は簪ちゃんのためなら何でもするわよ」
だから怖いって。この姉妹似てるなぁ。
「そんな大したことじゃないですよ。ただ、
「っ! ……」
この反応。間違いなく知っている。何故簪さんがあれ程必死に専用機の開発をしているのか、自分に反発しているのか。
「教えるかどうかはこちらの話を聞いてからで構いません。いいですね?」
「……わかったわ」
同意は得た、ならばまずこちらの話だ。簪の名誉のために早口モードは省いて説明する。落ち着いて聞いてくれるといいが……。
「……うん。やっぱりそうなってたのね……」
「意外と驚かないんですね」
「一応察しはついていたからね……本音ちゃんからも聞いていたし」
「あぁなるほど……」
なら勿体ぶる必要もなかったかもな。まあ取り乱されなくてよかった。
「じゃ、次はそちらの話を」
「ええ、全部話すわ」
そして、過去を語り始める先輩。これで全部わかるといいが……。
「昔はね、あんな感じじゃなかったの」
「でしょうね」
「元々活発なタイプじゃなかったけど、私とは仲良しだったの。いっつも後ろをついてきてお姉ちゃんお姉ちゃんってかわいかったなぁ……もちろん今の簪ちゃんも最高にかわいいわよ?」
「話進まないんでその辺にしてください」
何言ってんだこの人は。誰が妹自慢しろと言った。
「えっと……まず私の家は、暗部というか、とにかく
「偉いんですね」
「うん。十五歳の時に継いでね」
それは随分速い継承だ。それだけ先輩の実力が高いのか。しかしそれと不仲になんの関係が……?
「丁度その時、代表候補から昇進しないかってかって話が来てね」
「代表候補から昇進? 先輩国家代表なんですか?」
「そうよ。自由国籍権を使って、ロシアの代表になってるの。知らなかった?」
まさかこんな近くに国家代表がいたとは。学生の身で当主で国家代表。マジでとんでもない実力者じゃないか。もっと調べておくべきだったな。
「それで、いきなり代表の仕事と家業を同時にこなそうとしたものだから、忙しさで気が立っちゃって。簪ちゃんに冷たくしちゃったの」
「冷たく?」
「うん。心配してくれたのに、『あなたには関係ない』って。それ以来こうなの」
「それはそれは……」
悪気があって言ったことではないのだろう。過去を語る先輩の目と声色には、深い後悔が滲んでいる。
「謝ろうとしても避けられちゃってね。私、どうすればいいんだろ」
「…………」
「また昔みたいに仲良くしたいなぁ……」
ますます暗い顔をして、今にも泣き出しそうだ。弱ったな。正直本気で姉妹仲をどうこうする気はなくて、適当に納めとけばいいと思っていた。だが同居人が困っているのを放置するのも後味が悪い。となれば。
「わかった。俺がなんとかしますよ」
「本当!?」
「ええ、乗りかかった舟ですし」
「~! ありがとう透くん! 大好きよ!」
「はいはい、上手くいかなくても怒らないでくださいよ」
やっと笑ってくれたな。こっちのほうが彼女らしい。
しかしこれでまた面倒ごとが増えたが、どうにかなると信じよう。
……恩も売れるしな!!
そして次の日。クラス
第二アリーナAピット前。特訓に付き合ってやった仲として、俺は軽い激励をしていた。
「……まあ頑張れ。俺は観客席で見てる」
「え? ここで見ればいいじゃないか」
「いや、もう布仏さんと見る約束しててさ」
本当は先生方がいるピットが気まずいし、もし束様の
「そっか。じゃあ、行ってくる」
「おう。ついでに謝っとけよ」
「嫌なこと思い出させないでくれ……」
ぷしゅっ。扉が開き、型を墜とした一夏が中へ入るのを見届けて俺も移動する。
しかし席あるかなぁ……。明らかにアリーナは満員。一応席は取ってくれるらしいが、ちょっと不安だ。
「来た来た~。もう始まるよー」
「席取りサンキュー。混んでるなぁ」
「注目の一戦だからねぇ。あっ出てきた!」
一方のゲートを見れば緊張を残しながらも凜々しい顔つきの一夏が、反対側からは昨日の怒りが消えたかのような余裕の凰。逆に怖いな。
観客が沸く。あちこちから二人を応援する声が聞こえる。比率だと僅かに一夏の方が多いか。まだ入場だというのにご苦労なことだ。
「あれが凰のISかぁ……」
機体名は【
『それでは両者、規定の位置まで移動してください』
アナウンスに従って二人が動く。距離は五メートルといったところか。お、何か話してるな。あれは……凰の挑発、いや脅しか? やっぱりまだ怒ってたか。
『それでは両者、試合を開始してください』
ブザーが鳴り、切れる瞬間。両者が激突する。
「おお~」
一夏の《雪片弐型》と凰の持つ二本の巨大な青竜刀──でいいのかあれは?──が一合、二合とぶつかり合う。
……また何か話してるな。気になるし、こっそり聞いてみようか。明らかに
「あ。校則違反だー。ワルだねー」
「しぃー、聞かせてやるから」
「わぁい」
口止めをしながらISを起動。よし聞こえるな…………
『なかなかね! 特訓の成果ってワケ!?』
『そんなところだっ! 簡単に勝てると思うなよ!』
声入ってるといいなぁ。臨場感が増す。布仏さんも目を輝かせて聞いている。
『飛ばすわよーっ!!』
『うおおっ!?』
持ち手で青竜刀を連結。高速回転させながら斬りかかる。
重みが増し自在に角度を変えながら襲いかかる猛攻に、一夏は捌くだけで精一杯だ。特化した機体で練習したとはいえあれはきつそうだな。俺ではパワー負けで捌ききれずに負けるだろう。
距離を離せばどうにかなりそうだが──白式じゃ離れても打つ手がない。せいぜい『瞬時加速』の準備くらいだろう。
『当たりなさいよ!』
『! そこだっ!!』
『何っ!? くうっ!』
「ほほーう」
「おりむーすごーい!」
焦れた凰が繰り出した大ぶりの一撃を躱し、カウンターの一撃が叩き込まれる。おそらく『零落白夜』ではない──が、いい感じに入ったな。
『この……はっ!』
『ちぃっ!』
薙ぎ払うように青竜刀を振るい、強引に距離を空ける。まああの場面ならこれが正解か。当たりはしていないが、射程から逃げられた一夏が苛立ちを見せる。
「いけいけーー!!」
「やっちゃえ織斑くーーん!!」
「「フリーパス!!!!」」」
うるせえ!!! 最後だけやたら多いし。試合より白熱してるぞこいつら。IS起動してなかったら鼓膜が逝きそうだ。
あっ向こうで舞ってる紙は馬券ならぬIS券!? 一部の生徒が始めた賭けの道具だ! 織斑先生に潰されたはずだが生き残りがいたのか……。今待っているのは凰に賭けた方だな。まだ早くね?
『はっ……はっ……。ここまでやるとはね……』
『……まだまだこんなもんじゃないぞ』
『こっちの台詞よ。だから次は……ストレート』
『!?』
甲龍の非固定浮遊部位が開き、中心が光る。次の瞬間、一夏は
『ぐあっ!』
続けて二発、三発、四発。避けきれずに被弾し。地表を転がる。完全に主導権を奪い返されたな。
だがあれを初見で見切れと言うのが無理だろう。あの不可視の一撃の正体は───
「『衝撃砲』か」
「知っているのつづらん?」
「空間に圧力をかけて砲身を作り余剰分の衝撃を弾にして発射する武装……と聞いている」
中国の第三世代型兵器。ほぼ完成してるみたいだな。
今度は一夏にかけた券が舞う。だから投げるなって。後で殺されるぞ。
『鈴』
『なによ?』
『こっからは全力だ』
どうやら仕掛ける気だな。先週はてんでダメだったが、ここまでの動きを見るに一夏は本番に強いタイプらしい。
これなら瞬時加速も零落白夜も使いこなせるかもしれない。
『なっなっ……当たり前でしょ! とにかく来なさい! 格の違いを教えてあげるわ!』
凰はなんで曖昧な顔してんだ? 気圧されたか?
『…………』
『…………』
両者無言で、静かに構え直す。一夏は加速姿勢。凰は迎撃姿勢。
《雪片弐型》が展開し、光の刃が顔を出す。同時にウイング・スラスターに光が集まる。やる気だ。が、これは一度きりの奇襲。躱されれば警戒され、直線的過ぎる軌道によって二度と当たらないだろう。消耗もするだろうしジワジワ削られて終わりだ。
『うおおおおおおおっ!!』
爆発的な加速。間違いなく成功だ。零落白夜も発動し、凰の反応も追いついていない。いけるぞ──
──警告! 敵性反応高速接近。予想着地地点:アリーナ中央。
は?
ズドオオオオンッ!!!
刃が届きそうになった瞬間。大きな衝撃がアリーナに走る。衝撃砲じゃない、これはもっと強力で厄介な、
衝撃の中心。深い灰色の巨体。首がなく、異常に長く太い腕。何より珍しいのは全身を覆う装甲、『
「
こんな物を作って送り込むことができるのはただ一人。つまりこれは──
「後で文句言わなきゃな……」
──束様の
第10話「姉妹②・対抗戦」
仮に試合が中断せず最後まで戦った場合一夏の勝ちです