未だ上がり続ける土煙。突然の衝撃に静まった観客。ほとんどが目の前に起こった事態に理解が追いついていない。
「何……これ……」
震える指で中央を指す隣の彼女。その先には、たった今遮断シールドを貫いて侵入した謎の襲撃者が立っている。
「敵襲だなぁ。さっさと離れたほうがいい」
「う、うん……つづらんは?」
「ん? 俺も……」
「一緒に逃げようかな」そう口にしようとした瞬間。起動したままのISから喧しく警告が鳴る。
──警告。敵IS射撃体勢に移行。ロックされています。
お前も戦え、逃げたら撃つぞ。そう言いたげだ。もしここから一歩でも出口に向かえば観客ごとドカンだな。
どうせ出口にはロックがかかっていることだろう。我先にと席を立って逃げたはずの女子が扉を叩いている。ほぼ間違いないが、これがあの人の工作だとしたら解除までしばらくかかるはずだ。
「……あっちで戦うよ」
「え!?」
「じゃ、転ばないように気をつけて」
「ちょっ、待って!?」
手首を鳴らして制止を振り切り、出口とは逆方向にジャンプ。そして専用機の名を叫ぶ。
「【Bug-Human】!」
黒い光が全身を──一々解説してられないので省略。席から動けていない生徒達がポカンと口を開けて見ているが気にせず飛び立つ。
本来ここから内側には入れない。が今回は
天井だ。
「もう始まってる!」
いざ入ろうとした瞬間。煙の中から熱線が放たれる。二人はどうにか躱したものの、解析でもしたらしく青ざめている。
「かなり出力高いな。直撃はアウトか」
ISのシールドバリアと同等の耐久力の遮断シールドを突き破っている時点で察しは着いていたが、以前束様に「練習」と称して戦わされた時よりも明らかに強力だ。
前が手加減していたのか、それとも今回が強すぎるのか。あの人は加減が下手だからよくわからない。
どちらにせよ、消耗した二人で勝つのは無理だ。あちらもそれをお望みの様だし、撃墜される前に加勢しよう。
「おーーい! 助けに来た『織斑くん! 凰さん! 今すぐ離脱してください! 先生たちが制圧に──なんで九十九くんもいるんですか!?』
「え!? 透が!?」
「何しに来たのよアンタ!?」
「うん……、一応助けに来たんだ……」
山田先生に割り込まれてダサい登場になったけど。ちょっと泣きそう。
『ダメですよ!? 早く戻ってください!』
「そうしたいんですがねぇ。こっちもロックされてまして、逃げたら死にそうなんすよ」
『~! なら先生たちが来るまで交戦は避けてください! 生徒さんにもしものことが──』
「切断、っと」
先生には申し訳ないが通信は切らせていただく。避けろと言われても無理だし。そもそも学園のISだって今頃使えないようにされてるだろう。
「ということで俺も戦うことになった。よろしく」
「お、おう……」
「戦力が増えたのはありがたいけど……」
今度は引かれている。なぜだ、もう少しありがたがってくれてもいいのでは? どうせ自分の命惜しさで来ただけとはいえ腑に落ちな──あっぶね!? またビーム飛ばしてきやがった!!
「……とにかく今はアレを倒そうぜ。やる気満々みたいだし」
「だな……」
「そうね、足引っ張んないでよ?」
横並びになって得物を構える。あっこれヒーロー物の共闘シーンみたいでかっこよくない?
「アンタ、武装は揃ってんの? まさかブレードだけとは言わないわよ、ねっ?」
「ちょっと近接に偏ってるけどそれなりには。でもアレに通用しそうなのは大してっ、ないなっ!」
話している途中もお構いなしにビームを発射しているゴーレムだが、奴の装甲は本当に硬い。俺の火力が控えめなのもあるが、少なくとも俺一人で削り切れたことはない。こちらも攻撃は躱し続けていたからほとんどサンドバッグのような扱いだったが、今回ばかりはそうもいかないだろう。
「……俺なら、俺の『零落白夜』ならやれる」
「え?」
「詳しく説明する暇はないけど。俺が一撃当てられれば、それでいける」
「こいつの言ってることはマジだぜ、さっきお前にもやろうとしてたからな」
一応対戦相手に手の内をバラしちまうのもどうかと思うが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。確実に奴を仕留めるには零落白夜が必要。それを使うにも協力がいる。
「なるほどね……じゃああたしが後ろから衝撃砲で援護するから。一夏は前衛。武器それだけしかないんでしょ? あと……えーと」
「九十九透」
「じゃ透は危ない方に回るってことで」
まあこれが最善策だろう。三人で近づいても意味ないしな。
「ところでお前ら、エネルギーはどれくらい残ってる?」
「あたしは七割ってとこね、まだまだいけるわ」
「四割弱……」
「「は?」」
いや減りすぎだろ。いくら衝撃砲食らったり瞬時加速したり零落白夜使ったりしたからって……妥当か。ほんと燃費悪いなこいつの機体。
これでは可能な限り節約してもらわないと一撃当てる以前の問題だ。
「あ~もう! 一夏はチャンスが来るまで回避に専念! 行くわよ!」
「ごめぇん!」
「さっさと前出ろ馬鹿!」
不安すぎる状況。しかし他に策もなく、俺達は半ばヤケクソ気味に飛び出した。
「くっ……!」
「外してんじゃねぇよバァカ!」
「ちゃんと狙いなさいよ!」
「狙ってるっての!」
どうにか作った隙を突いて攻撃するもあっさり回避。これでもう三回目。俺はともかくそろそろ凰にも余裕がなくなってきた。
決して一夏の攻撃が悪いというわけではない。チャンスを見逃さず、
それでもここまで当てられないのは相手が普通でないから。全身に付いた高出力のスラスター、無人機だからこその情報処理能力。
「ほら離脱!」
「おっと!」
加えてこの攻撃力。全身を回転させながらビームを撒き散らす。一応回転中はビームの射程が半減してるらしいが、こちらの攻撃を避ける度にやってくるため回避が難しい。因みにこの攻撃も今回が初めてだ、どんだけ弄ったんだあの人。
「クルクル回んなベ〇ブレード野郎!」
「ほんとめんどくさいわねコイツ!」
こちらも一夏頼りにはならないように努めてはいるがかなり厳しい。俺の攻撃は直撃してもほとんどダメージが通らず、僅かに動きの邪魔をしているに過ぎない。凰の衝撃砲も、見えない衝撃をほぼ全て叩き落とし無力化している。当たっても大して効いている様子はないが。
「おい、どれくらい残ってる?」
「四割ないぐらいね、そろそろキツいわ」
「あと一回が限度だ!」
不味いな。一夏の消耗が激しすぎる。あと一回というのもおそらく回避分を含めての数値、今こうして攻撃している間にも余裕はなくなっていく。
「ちょっと厳しくない? これからアイツのシールド削りきれる気しないんだけど」
「動きが速すぎるんだ、一瞬止めたところですぐ対応される」
結局これだ。一夏が攻めようが俺達が攻めようが直ぐさま対応されている時点でどうにもならない。スペックが違いすぎる。
「……なあ、ちょっといいか?」
「あん?」
「何よ、今更逃げるなんて言わないわよね?」
わざわざ話を遮ってまでするんだ、重要なことなんだろう。
「いやなんつーか、あいつの動き……機械っぽい。というか、人が乗ってない感じじゃないか?」
「はあ? 何を言って──」
「………………」
……気づいたか。確かにこいつは無人機、人なんて乗っていない。疑いを避けるため俺から話すことはできなかったが、これに乗っかれば別の作戦が見つかるかもしれない。
「そういえばアレ、あたしたちが話してる時は攻撃が緩いわね。まるで興味があるみたいに……」
「いや、本当に無人機かもしれんぞ」
「でも、ISは人が乗らないと動かない。無人機なんてあり得ないわ」
確かに教科書にはそう書いてある。これは世界の常識で、一夏もそれぐらいは知っているだろう。ましてや代表候補生である凰なら無人機の存在なんて考えたことも無いだろう。
現在公にされている最先端の研究では不可能とされている。しかし公でない本当の最先端なら。篠ノ之束ならそれを実現できる。
「仮に、仮にだぞ?
「大きく出たな、本気か?」
「ああ、
「全力で攻撃できる?」つまりこれまでは全力ではないと? いくら零落白夜の火力が危険だからといっても襲撃者にまで容赦していたというのか。なんてお人好しだ。
「全力も何も当たらないじゃない」
「次は当てるさ」
「言い切ったわね、ならアイツが無人機として……どうやって攻める気?」
にやりと笑う凰。乗ってくれたか。それを見て一夏もにやりと笑っている。妹様と同じで凰も幼馴染だと言っていたし、何か通じ合うものがあるのだろうか。
「それで? どんな作戦だ?」
「ああ、ざっくり言うとさっきまでとそう変わらない。隙作って俺が斬る」
「えぇ……」
全然変わってない。これではいくら一夏が全力を出そうにも躱されて終わりだろう。
「ちゃんと聞けって、まず、隙を作るのは
「
「一瞬あればいいんだ、頼む」
「お前なぁ……簡単に言いやがって」
こいつめ、さっきまで二人がかりでやっていたことを一人でやれと?
「でもできるんだろ?」
「……やってやんよ」
ま、できるんだけど。さっきまでは一夏が前衛にいたから使えなかったが、確実に一瞬アレを止める方法はある。
「あたしは? どうしたらいい?」
「鈴は、合図したら全力で衝撃砲を撃ってくれ、
「!?」
「はあ!? アンタ何のつもり──」
何を言っているんだ。気でも触れたか? こいつの作戦聞いたのは失敗だったか。ほら凰も呆れて──ん?
「──わかった。信じる」
「……! ああ、任せた!」
……本当に、以心伝心って感じだな。少し、ほんの少しだけ羨ましい。妹様も今頃妬いているかもしれない。
しかし凰も賛成なら、俺だけ反対というわけにはいかないな。どの道このままじゃジリ貧なんだ。やってやるよ。
『──ザ──おい、聞こ──か!?』
「なんだ通信?」
「切ったんじゃないのか?」
「また飛んできたみたいだ」
あれ、 山田先生からの通信はしばらく無視してたら収まったんだが。誰だ?
『ちょっと篠ノ之さん!? 勝手に触っちゃダメですよぅ!』
『すみません山田先生! 一言だけですから!』
「……箒だ」
一体何の用だ? 勝手に機器使ったら後で怒られるだろうに、そうまでして伝えたいことがあるのか。まさか本当に嫉妬したんじゃないよな。
『一夏! あと九十九と凰!』
「なんだ!?」
「「ついでか!?」」
『えっと……その程度の敵に負けるな! ズバババーンと決めてやれ!』
『以上!』と締めくくられて謎のメッセージは切れた。今頃織斑先生にしばかれているだろう。南無。
「応援……よね今の?」
「多分な……」
ズババーンて。そういえば一夏と特訓してた時も擬音だらけだったな。
しかも「その程度」はちょっと甘く見過ぎじゃないですかね妹様。
本当に……全く……。
「「「ふふふっ」」」
今度は三人で、にやりと笑って。俺はこっそり首を鳴らして。
「よ-し、今度こそアレぶっ潰すぞ!」
「「応っ!!」」
こちらを見る敵と決着をつけるべく動き出した。
「死ねっ!!」
脳天に向かってブレードの一撃。勢いはあったが当然躱される。
「マジキッツ……なんだこの火力は。低火力IS相手に申し訳ないと思わないのかよ」
「頭大丈夫か?」
うるせーこれでも真面目にやってんだ。クルクル回る無人機から距離を取り直し、落ち着いたところで再び攻め込む。
「なかなか来ねぇっ、なっ!」
パワー負けするため本来不利な至近距離。敢えてこれを選択したのは勿論策の内。リスクはあるが成功すれば確実にこいつを止められる。
「《
「…………」
「シカトかよオイ!」
ダメージを与えることが目的ではない。俺の仕事は一夏が一発叩き込めるだけの隙を作ること。それには
機械相手に挑発なんて意味はないだろう。しかし、たとえ効かなくとも間近で攻撃され続けているとなれば無視は出来ないはず。
「よっ! こっち見ろホラ!」
「…………!」
いいぞ。二人への警戒が弱まり、俺に集中している──が、まだ駄目。狙うは大振りの一発のみ。でなきゃ次に進めない。
「もっとだ! チマチマビームなんて撃ってんじゃねぇ!」
「……! …………!」
「! 今だっ!」
待ちに待った右の大振り。それを真っ正面から受け止め、同時に隠し持った《
「《No.10
高圧ガス噴射&起爆機──ざっくり言えば、高圧の可燃性ガスを噴射、同時に起爆することによって大爆発を起こす武装。そのままでも高火力だが、《Cockroach》の誘爆と合わせればこの通り。
「!?!!???!?」
「やっと邪魔くせえ腕が取れたぜっ!」
腕の一本ぐらい吹き飛ばすなんて簡単だ。突然の損傷に機械らしからぬ動揺を見せるゴーレム。処理落ちか? この僅かな隙を、より確実な一撃に繋げられるチャンスへ変える。
「《
捕縛ネットを連射。さっきまでなら意にも介さなかっただろうが、片腕を失い処理の追いつかない今は破れない。終わりだ。
「一夏ぁ! これで十分かっ!?」
「ああ、やるぞ鈴!」
「なんとかなれ───っ!!!」
準備万端の一夏が纏う白式の背に、最大出力の衝撃砲。それを後部スラスターが放出したエネルギーごと吸収・圧縮。そして再放出して爆発的な加速力に変換する。
「──オオオオッッ!!!!」
《雪片弐型》が展開、『零落白夜』が発動する。俺との試合より遙かに出力を増した光の刃は、動きを封じられた奴を反応すら許さずに両断する。
「ぃやったあうおおおおああああ!!?!?」
そしてその勢いのまま地面に突撃。激しくバウンドして停止。白式も解除される。生きてるかアレ?
「よしこれで──」
「いや、待て」
喜ぶ凰を制止、上下に分けられた奴を見る。まだだ、まだ死んでない。
「……。…… ………!」
「くそ、やっぱりな!」
再び動き出したゴーレム。残った左腕が生身の一夏に向けられ、光が集まる。道連れか。このままじゃ──
──
「「……狙いは?」」
『完璧ですわ!』
刹那。いくつもの蒼いレーザーが奴を射貫く。そして奴は完全に機能停止。もう二度と動かない。
そう。一夏が突撃する直前、オルコットが天井に到着していた。独断か命令かは知らないが、その姿を見た一夏は瞬時に彼女を作戦に加えたのだ。俺も姿を見た瞬間に察していたため、こうしてトドメを任せることができた。
「タイミングバッチリじゃないかオルコット、打ち合わせなかったのに」
『当然ですわ。何せわたくしはセシリア・オルコット。誇り高きイギリス代表候補生なのですから!』
「サンキューセシリア、信じてたぜ!」
『えっ、そ、そうですの……』
ストレートに褒められた為か照れるオルコット。凰がすごい顔している。
「鈴も、ありがとな」
「べっ別に、当然のことをしたまでよ!」
よかったしっかりフォローが入っている。凰も口ではツンケンしているが表情は嬉しそうだ。
「透も! サンキュー!」
「……ああ、どういたしまして」
俺もか。大したことはしてないが……うん。ちょっと嬉しい。
さて。どうにか敵は倒せたことだし、後は戻って事後処理を……ん?
「一夏?」
「よーし、じゃ、戻る……ぞ……」
「「「一夏/さん!?」」」
そう言って、電池が切れたように倒れ込む一夏。急いで駆け寄る俺達が顔色を見てみれば、
「……寝てやがる」
土に汚れた無防備な寝顔を浮かべている。
「……戻るか」
「そうね……」
眠った一夏を小脇に抱えて、呆れた顔の二人と共にピットへ帰還する。きっと織斑先生はカンカンだろう。山田先生も怒っているかもしれない。
なんにせよ、
「……これでいいんでしょう? 束様」
第11話「飛び入り・無人機」
束「36(満点50)、普通だな!」