ここから二巻のお話です。
「学年別個人トーナメントサボる方法ないですか?」
「ないわよ」
六月頭。いつも通り授業を終え、自室に帰ってきた俺は楯無先輩に直談判していた。
狙いは今月の最終週全て使って行われるIS対決トーナメント。全校生徒がISを駆り、競い合うことで能力を評価される。上級生の試合には企業や国のお偉いさんが見に来ることもあり、好成績を出せばスーパーエリートコースも夢じゃない素敵イベントである。(楯無先輩談)
ではなぜ俺はサボろうとしているのか。それはもちろんめんどくさいから。つい先日無人機の相手して疲れたというのに、今度は強制参加のトーナメントなんてやってられるか。そもそもいくら俺が頑張ろうとも束様の下に着いている以上企業とか国なんて関係ない。寧ろ目を付けられるのは鬱陶しいのだ。かといってわざわざ低い成績を出すのも御免だ。馬鹿にされそうだし。
「いくら頼んでも無駄よ。諦めて真面目に出場しなさい」
「えー……」
結果はこの通り。ダメ元だったがやはり無理か、こういうとここの学園理不尽だと思う。
「じゃあ観客全員ドン引く試合しますね」
「ルールは守ってね? いやマジで」
このモヤモヤは試合で晴らそう。試してみたい武装もあるし、まだ見ぬ対戦相手には実験台になってもらおう。
「もう、ちょっとは一夏くんを見習ってほしいわ……」
「逆によくやる気ありますよねあいつ。体育会系かな」
「あなたがなさ過ぎるのよ」
そうかな。そうかも。しっかしもっとこう、やる気になれる様なことはないだろうか。クラス対抗戦みたいに優賞景品があればいいのに。あれは潰れたけど。
「我が儘言わないの、また織斑先生に睨まれたくはないでしょう?」
「うぇ、それは嫌ですね……。真面目に出ますかぁ」
「そうそう、それでいいのよ」
「…………」
近頃。楯無先輩が俺を揶揄うことが減り、こうして諭したり世話を焼くことが増えた……気がする。相手にされないから路線変更でもしたのだろうか。
毎日の様にコスプレをしていたのもそこそこ滑稽だったが、こうして年上らしく振る舞っている方がいいな。最初からこんな調子だったら尊敬してたのに。
「なぁに?」
「いえ、何でも」
しかしあれだ、どうしてこの人は引っ越ししないんだ? 妹様は空き部屋ができたとかでもう一夏の部屋から移ったというのに。第一この人二年生じゃん。いつまで一年生寮にいることを許す気なんだ
「忘れたの? 私の仕事は監視も含まれてるの。まだまだ君は学園に信用されてないってこと」
「ぷるぷる、ぼくわるいおとこじゃないよぅ」
「そういうところよ」
まあ信用してないってのは正しいんだけどな。束様と繋がりがある時点でそう簡単に見逃すわけにはいかないだろう。俺自身は悪いことする気なんてないけど。
「でもそうねぇ。もしこの条件を飲んでくれるなら、引っ越ししてもいいわよ?」
「ほんとですか!? 条件とは?」
「私の生徒会で副会長に──」
「おやすみなさーい」
結局監視目的じゃないか。束様だけでも苦労してるのにこれ以上上司が増えるのはごめんだ。
「ねえ、聞いた?」
「聞いた聞いた!」
「何の話?」
「女の子だけの話なんだけどね、今月の学年別トーナメントで──」
月曜日、騒がしい朝の食堂。タイミングが被ったため同席していた俺達は丸く集まった十数名の生徒に目を向ける。
「何話してるんだろうな」
「さぁ? 俺達にはわからんだろ」
ああやって集団で話し合う光景は珍しくない……が、今日の盛り上がりは普段のそれよりもずっと熱狂的で、誰かが一言発する度にどよめきが起こる。
「ええっ!? それマジ?」
「ガチなのですか?」
「マジでガチよ!」
よっぽど嬉しいことでもあったのだろうか。楽しそうなのはいいがあんまり騒ぐと織斑先生が来るぞ。
「楽しそうだなぁ」
「今のお前爺みたいだな」
「鈴によく言われる」
女子を年の離れた子供を見るような目で見てたらそう言われもするだろう。お前人生二週目か?
「あっ! 織斑くんと九十九くんだ!」
「ねえあの噂ってほんと──もがもが」
「──馬鹿! それは秘密だって言ったでしょ!」
「失礼しましたーっ!!」
気づくが速いか一瞬で雪崩れ込み謎を残して去って行った。うっかり口走りそうになった彼女はこの後集団で叱られるのだろう。かわいそうに。
「噂って何だろうな」
「俺達に聞かれるとまずいってことはわかったな」
「女子だけの秘密かぁ……」
一瞬不思議そうな顔をした後、すぐに箸を動かす。何度かこうして一緒に食事をしているが、二人の時はあまり話すことがない。話すことがないというか、食事中に話すのは行儀が悪いという考えが一致しているからだ。
「あ」
「あ」
「あ?」
どうした急に、俺の後ろに何か──ああ。
「よ、よう。箒」
「な、なんだ一夏か、はは……」
「…………」
「…………」
「なんで黙ってんだ?」
先月の妹様が一夏の部屋から移ったあの日から、二人はずっとこの有様だ。最初は一夏が何とか話をしようと箒に接触していたが、返ってくるのは生返事ばかり、今ではすっかり気まずそうにしている。
「喧嘩でもしたのか?」
「「いや違う」」
「じゃあ何があったんだよ」
「「別に何もっ!」」
「無理があるだろ」
この揃いっぷりを見るに少なくとも喧嘩はしていないらしい。理由は一向に教えてくれないが。
「でっではな!」
「あっ……」
居づらくなったのかお盆を持って逃げる妹様。その後ろ姿を残念そうに見つめる一夏。まるで恋する乙女の様だ。実際は逆だが。
「……さっさと食って行こうぜ」
「ああ……」
そろそろ会って逃げられる度に落ち込むのやめてくれないかな……。
「やっぱりハヅキ社製よね!」
「そう? デザインだけって感じするけど。性能ならミューレイよ!」
「えー、でも高くない?」
教室に入ってもわいわいと騒がしいクラスメイト達。手にはカタログ、贔屓のブランドの話でもしているらしい。
「二人のISスーツってどこの? 見たことない型だよね」
「特注品だってさ。男物なんてなかったから……イングリッド社のストレートアームモデルが元とか」
「俺のは束さ……んが仕立てたやつだな。肌触りにこだわったとか言ってた」
おっと危うく「様」を付けるところだった。関わりがあることは隠しちゃいないが、さすがに様付けで呼ばれていることがバレると引かれそうだしな。
「そういえばISスーツって何で着るんだっけ。反応速度がどうとかは覚えてんだけど」
「説明されてないのか? あれは──」
「肌表面の微弱な電位差を検知し、操縦者の動きをダイレクトに各部位に伝達、ISはそこで必要な動きを行います。またISスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。衝撃までは消えませんけどね」
テストなら百点満点の解説をしながら登場した山田先生。
解説の通り、ISスーツにはIS操縦者にとって役に立つ機能が盛りだくさんなのだ。最も、今では小口でもスーツを貫ける銃が使われることが増えているけどけどな。
「山ちゃん詳しい!」
「見直したよ山ぴー!!」
「えへん。私だって先生ですから……あれれ?」
山田先生は自慢げにでかい胸を張ったが実際教師ってより友達みたいな扱いだ。あだ名も既に二桁に届くかといったところ。慕われてるというか、なめられてるというか……。きっと前者だと考えよう。
「ダメですよぅ。ちゃんと先生をつけましょうね、わかりましたか? わかりましたね?」
「「「はーい」」」
一応返事が来ているが。どうせ言っているだけ。卒業する頃にはあだ名は三桁になっているだろう。でもちょっとかっこよくない?
「諸君、おはよう」
「「「おはようございます!」」」
思い思いに騒いでいた教室が一瞬で礼儀正しい軍隊のように変わる。やっぱ織斑先生のカリスマはすげえや。おそらく夏物のスーツを着た姿をうんうんと頷きながら一夏が見ている。お前が出したのか。
「今日からは訓練機を使った本格的な実践訓練を開始する。まだ基礎とはいえISを使う授業となるので各自気を引き締めろ。それと、個人のISスーツが届くまでは学校指定の物を使うので忘れない様に。忘れた者は水着か、それもない場合は下着で受けてもらう」
いや下着はやばい。
「山田先生は去年二回下着で授業をした」
「織斑先生!?」
忘れ物には気をつけよう!
「では山田先生。ホームルームを」
「はい……」
突如恥ずかしい秘密を暴露されて真っ赤になりながら進行する。去年で二回なら今年も一回ぐらいありそうだな。
「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二人です!」
「「「ええええっ!!??」」」
「なんと」
クラスの驚きも当然だ。この時期に転校生? それも二人? おかしいだろ。普通分散させるもんだろうし、意図的にこうしてるとしか思えん。
と、考えたところで戸が開く。
「失礼します」
「…………」
ざわめきが止まる。それもそのはず。なぜなら──そのうちの一人が、男子の制服を着ていたのだから。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」
転校生の一人、デュノアは人当たりの良さそうな顔で自己紹介をする。
あっけにとられるクラス一同。まあわからなくもない。そりゃ転校生の一人が男装癖とは──
「お、男?」
ん?
「はい、こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて転入を──」
は? ほんとに男? どう見ても女だろう。服装とか口調はそれらしくしているが、それだけだ。
「きゃ……」
「はい?」
やべっ耳を……。
「きゃああああああーーーっっ!!!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
うるせぇ! 空気が震えている。塞いでいるのに耳が痛い。防御に失敗した一夏は悲鳴をあげている。大声記録更新だ。
「男子! 男子よ! それも三人目!」
「美形、守ってあげたい!」
「もう私死んでもいい!」
「ちょっと、さ、あとで私の部屋においでよ……スケベしようや……」
またやべーやつがいるが気にしないことにする。男を名乗るデュノアには頑張ってもらおう。大丈夫一夏も通った道だ。俺はお前らを生け贄にするから。
「あー騒ぐな。静かにしろ」
ほんとに面倒くさそうだ。やはり十代女子のエネルギーは社会人女性には──なんでもない。
「皆さんお静かに! まだ自己紹介は終わってませんからっ!」
その通り、転校生はもう一人いる。こちらも見た目はデュノアに劣らないインパクトを備えている。
クロエによく似た、白に近い銀の長髪。特にお洒落ではなく、適当に下ろしている感じ。左目には眼帯、医療用ではなく、黒い厨二病のようなそれ。赤く冷たい目でクラスを眺めている。
「…………」
「……挨拶をしろ。ラウラ」
「はい。教官」
教官? 確かに織斑先生が? ……ああ、あのことか。
「ここでは織斑先生だ。私はもう教官ではないし、お前も一般生徒なのだからな」
「了解しました」
びしっと手を真横に着つけ、背筋を伸ばして返事をする銀髪。うん。こいつ軍人だな。
束様に聞いた。織斑先生はかつてドイツの軍隊で教官として働いていたと。詳しい理由はぼかされたが、一年ぐらい勤めてからここに来たらしい。本人からは聞いていないが。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「「「…………」」」
沈黙。続く言葉を待っているのだろう。あれなんかデジャブが。
「あの、以上ですか……?」
「以上だ」
また山田先生が泣きそうになっている。全く、自己紹介はちゃんとしないとダメじゃないか。俺はどうだったかな(すっとぼけ)。
「! 貴様がっ!」
「うん?」
一夏と目が合ったらしいボーデヴィッヒがつかつか歩み寄る。先ほどまで冷めた目には怒りが燃えている。なんだなんだ? そして右手を振り上げ──
バシンッ!
容赦なく一夏の頬を張った。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものかっ!」
「うぇ?」
思い切りビンタされた一夏は間抜けな声を漏らしながら目を白黒させている。他の生徒も、目の前で起こった謎の事態について行けずにぽかんと口を開けている。
当のボーデヴィッヒはというと、何事もなかったかのように一夏の前から去り、空いた席で目を閉じて不動の構えだ。
「ゴホン。ではHRを終わる。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。各人はすぐに着替えて第二グラウンドへ集合するように。解散!」
さすがに放っておけなくなったのか、手を叩いて行動を促す。
一夏はムッとした表情をしているがこのままでは女子と着替える羽目になるため渋々移動を開始する。
俺も正直あの二人に何があったのかは非常に気になるが、さっさと移動せねば。早速空いてる更衣室へ行こう。
「ああ、二人にはデュノアの面倒を頼む。
「はーい」
「……はい」
白々しい。どうせあなたもわかっているだろうに。一夏は気づいてなさそうだが……。
「君達が織斑君と九十九君かな? 初めまして、僕は──」
「いいから。とにかく移動しないと女子に混じることになるぞ」
「えっ?」
「さっさと動け、捕まるぞ」
「う、うん……」
落ち着かない反応だな。自己紹介では堂々としていたのに。
「トイレか?」
「違うよ!?」
「生理だろ」
「っ! 違っ! そんなわけ」
「? 男に何言ってるんだ?」
適当に言っただけなのに動揺しすぎだろ。これじゃ男装も長続きしないな。
とりあえず全速力で階段を降り、空き更衣室への最短ルートを辿る。急げ。そろそろ──
「ああっ! 転校生発見!」
「二人も一緒だわ!」
「出会え出会えい!」
HRが終わる。するとどうなるか。各学年各クラスからゾンビゲーのごとく生徒が押し寄せてくる。捕まればもみくちゃにされたあげく遅刻からの説教が待っている。一夏は二回捕まった。
「黒もいいけどパツキンもサイコーね!」
「エメラルド、じゃないアメジストの瞳もイケてる!」
「しかも見て! 織斑くんと手繋いでる!」
「こっそり九十九くんの袖も掴んでるわ!」
「ああ^〜たまりませんの」
え? あ、ほんとだ。いつの間に。
「な、なに? なんでみんな騒いでるの?」
「男子が俺たちだけだからだろ!」
「……あ、そっか」
……こいつ隠す気あんのか? こんなんじゃ一夏ぐらいしか騙せないぞ。
「あっ! いたわ!」
「捕まえて!」
「匂い嗅がせてぇ!」
「一緒に気持ちよくなりましょう!」
また出た。今度は数が多い上に囲まれている。しかもやばいやつが混じっている。絶対捕まりたくない。
「くそっ、このままじゃ遅刻だ!」
「ど、どうしよう!?」
「落ち着け、俺に考えがある」
「「本当!?」」
ISを使えば脱出は容易だが、目立つように使えば先生に怒られることは確実。遅刻回避のために怒られるのでは意味がない。しかし生身となるとかなり厳しい。
ではどうするか?答えは簡単。
「よっ……と」
「「え?」」
「囮になれ!!」
「「ええええええええ!!??」」
二人には犠牲になってもらおう。部分展開した腕で襟を掴み、最低限のパワーアシストでゾンビ共の中に投げ入れる。誰も三人で助かろうなんて言ってない。俺の命が最優先だ。
「お前ぇーっ!!」
「わああああ!?」
「頑張ってくれ! お先ぃ!」
二人へゾンビが群がったタイミングで素早く抜ける。何人かはこちらへ来ているがこの程度振り切るのは簡単。
こうして俺は二人の悲鳴を背に更衣室へ逃げ延びたのだった。
この後全部バレて叱られた。
第13話「噂・転校生」
例によってまだ書き貯めは足りていない。