土曜日。半ドンの授業を終え、開放されたアリーナで訓練を行う。といっても今は一夏対デュノアの観戦を──あ、落ちた。
「だらしねーぞ一夏ぁー」
「いやシャルルめっちゃ強いんだって!」
「あはは……」
こちらはぼんやりと眺めていただけだが、確かにデュノアは強い。多くの
「たぶんだけど、それって……」
「ワンオフ・アビリティーっていうと……」
現在二人は
『零落白夜』、白式最大の攻撃能力。自身のシールドエネルギーを代償にあらゆるエネルギー性質の攻撃、防御を消滅させる諸刃の剣。
一般的に第二形態から発現させられるかどうかなワンオフを第一形態で発現させた上、それが姉の能力と全く同じという常識を覆す仕様である。どうせこれも束様が何かやったんだろうが、今の俺が気にする必要はないな。
「そのまま一マガジン使い切っていいよ」
「おう、サンキュ」
いつの間にか一夏はデュノアの銃を借りて射撃の練習をしている。命中率は……初めてならまあまあじゃないだろうか。指導を受けながらとはいえ、形も様になってる。時々かっこつけようとしては即修正されているのが面白い。
「そのISさ、一応ラファールなんだよな? 訓練機とはだいぶ違うように見えるんだが」
「僕のは専用機だからね。正式には【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】。
「二十!? もはや火薬庫だな……。分けてほしいぐらいだ」
二十は多いな。俺でもそんなに持ってないし、持ってても扱えない。他の代表候補生も大体同じだろう。それだけデュノアの技術が高いと言うことか。
「透のISも結構多かったよな? 今まで見たのだと……」
「これまで使ったのが十一個、全部で十二個搭載してる」
「へぇー、じゃあ一個はまだ使ってないのか」
「秘密兵器なんでな。お楽しみだ」
「秘密……おお……」
秘密兵器という言葉の響きに目を輝かせているが実際に見たらそんなことは言えないだろう。アレは気持ち悪すぎる。使うとしたら……いや、やめとこ。
しかしこれでも普通の倍近くあるのだが二十と比べると見劣りするな。今度束様におねだりでもしようかなぁ……ゴーレムで働いた分のご褒美ってことで。
「ねえ、ちょっとアレ……」
「ウソッ、ドイツの第三世代じゃん」
「黒光りしてて高級そう」
丁度一マガジン分が撃ち切られた頃。急に辺りがざわめく。注目の的となっているのは……ピット・ゲートからこちらを見下ろす銀髪。転校初日に一夏に平手打ちを食らわせたラウラ・ボーデヴィッヒだ。
『おい』
「……なんだよ」
さすがの一夏もアレには思うところがあるのか、返事は素っ気ない。それでも無視はしないあたり人がいい。
「貴様も専用機持ちだそうだな。私と戦え」
「理由がないから断る」
「こちらにはある。私は貴様を──教官の経歴に傷を付けた貴様の存在を許さない」
やはりこいつは織斑先生の元教え子か。『傷』とやらが何なのかは知ったことではないが。よほど一夏が憎いのか、ギラギラした目で睨み付けている。
「トーナメントで当たるのでも期待しといてくれ、じゃあな」
「ふん。ならば──戦わざるを得ないようにしてやる!」
「!」
こちらの主張を無視し、戦闘状態へシフト。
ゴガギィンッ!
「ナイスブロック」
「……こんな密集空間でいきなり戦闘開始だなんて、ドイツの人は随分好戦的だね。キャベツだけでなく頭も発酵しちゃったのかな?」
「貴様……」
素早く割り込んだデュノアがシールドで弾を弾き、同時に構えたアサルトカノンをボーデヴィッヒに向ける。凄いな、俺じゃ防げない。反応速度はともかく、硬さが足りないから。
「
「品質保証もない
今度はこの二人の睨み合いだ。他の女子は完全に萎縮しているというのに、デュノアはなかなか肝が据わってるな。
うん。このままここにいると面倒なことになりそうだし帰ろ。
『そこ! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』
「やべっ! ってあれ透は?」
「あれ? さっきまで後ろに……」
「……ふん。今日は引こう」
「はぁ……」
今日も開発は進まない。ここ数日、何時間作業してもちっとも変わらない。この調子じゃ完成させる頃には卒業している。
「やっぱり、一人じゃ……、ううん。これは私だけでやらなきゃ……!」
打鉄弐式。本来なら入学と同時に使えるはずだった私の専用機。一刻も早くこれを完成させることが今の私の目的。
「っ! うぅ……」
だんだんと酷くなる頭痛。原因はわかっている。でもそれは認めたくない。認めては、私はただの……。
「違う。私は、私は……」
『✕✕』なんかじゃない。
『なんで、一人でやってるんだ? 手伝いでも呼んだ方が早くできるじゃないか』
『この調子じゃいずれ破綻する』
彼の言葉が頭に響く。うるさい。うるさい。私は平気だ。私だってできるんだ。
証明しなきいけないんだ。『✕✕✕✕✕』の為に。
ぐぅぅ。
「……お腹すいた」
そういえば最後に食べたのは何時だったか。確か昨晩は本音が持ってきたおにぎりを食べた気がする。あれ、一昨日だっけ?
まあいい。丁度栄養ドリンクも切れたし。購買で買ってこよう。
『更識さんってさぁ、なんていうか、暗いよね』
『わかるわかる。話しかけても反応薄いし。授業にも来ないときあるよね』
「っ!?」
扉の先から微かに聞こえる声。クラスメイトだ。
さすがにこの状況では出て行けない。となると、彼女らが立ち去るまで話を聞き続けなければならない。
『専用機がないんだって、代表候補生なのに』
『えー! かわいそー』
違う。私はかわいそうなんかじゃない。
『だから一人で完成させようとしてるらしいよ』
『一人で? 無謀じゃん!』
そんなことない。
『お姉さんは生徒会長で、あんなに明るいのにねー』
やめて。
『だよねー。お姉さんと比べたら──』
嫌。やめて。やめて──
『無能だよね』
『無能』
『無能』
『
……ああ。
「おーっす今日は……って簪さん?」
「あらら、間に合わなかったか」
「生きてる……な。セーフ? いやこれじゃアウトか。先輩になんて言おう……」
「とりあえず運ぶか……うわ軽。クロエより……今のなし」
「ん? あー ……いいか。後で後で」
「ん……?」
「おはよう」
「……!? え? あ、九十九、くん?」
「ああ俺だ。まだ寝てろよ」
簪さんを保険室に運び込んでから数時間後。すっかり日も落ち、外は真っ暗。本来ならばとっくに寮へ戻っていなければいけない時間だが、織斑先生に
「覚えてるか? 整備室の前でぶっ倒れてたんだぞ」
「う……」
「過労と栄養不足のコンボだってさ。保険の先生マジで怒ってたぞ」
「…………」
俺まで怒られたからな。「どうして止めてやらなかったんだ」って。
「まったく、だから無謀だって言ったんだ。俺以外にもどれだけ迷惑かけたかわかってるか?」
「ごめん……なさい……」
やけに素直だな。昨日までだったら一言ぐらい返してきそうなものだが。
「……かな」
「あん?」
「私には、やっぱり、できないのかな」
「……」
今にも消えそうな声で、ぽつぽつと心境を語り始める。全て諦めてしまったような、暗い表情。
俺はただ、黙って聞くのみ。
「勝手に意地張って、無茶をして……結果はこの有様」
「昔からそう。一人じゃ何もできない。足手まといだ」
「初めからわかってたのに認めたくなくて、必死に否定しようとして失敗ばかり」
「今だってそう。迷惑ばかりかけてる」
「本当は、私なんていない方がいいんだ。だって、私は──」
「無能だから?」
「……うん」
一度倒れたからか、その前に何かあったのか。すっかり覇気がなくなっている。この調子じゃもう無茶することはないだろうが、明日にでも自殺しかねないな。
──まあある意味で、
「で? やめるのか?」
「……え?」
「だから、もう楯無先輩に勝つのはやめるのか?」
しかしまだ足りない。軽く煽っておこう。
「……うん」
「がっかりだな。折角先輩に対抗する仲間ができたと思ったんだが、この程度とは」
「っ! ……」
「これじゃあ、実力の証明どころか自分の無能さを示しただけだなぁ。いや、それが実力なんだから当然か」
とにかく煽る。煽って煽って煽る。先ずは完全に折れるギリギリまで。そこからがスタートだ。
「…………」
「黙りかよ。それとも図星か? しょうもない意地張って自滅して、結局何も成せていない。正に無能だもんなぁ」
策の内とはいえここまで罵倒するのは気が引けるなあ。いや本当に。
「……やめて」
「だったら何か言い返してみろよ、無能さん」
「ううぅ……」
さて、どうなるかな。ここで少しでも気力が残っているならよし。もしなかったら? その時は……本当に無能だったってことだ。
「……じゃない」
「……聞こえないなぁ。それとも諦めた?」
「違うっ!」
来た。
「私はっ! 無能なんかじゃない!」
「だったらこんな失敗でウジウジするなよ。『証明』したいんだろ? 無能じゃない『更識簪』を! ならやることは決まってるだろうよ!」
「……ならどうすればいいの? 私一人じゃ何もできない。専用機だって……」
「一人で一人でって小さい事にこだわりすぎなんだよ。一人がそんなに偉いか? お前の姉は孤独で寂しい女か? 違うだろ?」
「!!」
そうだ。あの人だって一人で何でもできるわけじゃない。書類仕事に追われて逃げたり、ISも一人で組んだわけじゃない。今だって俺が協力してる。束様だって一見一人で何でもできそうだが、私生活は終わっている。あの設備がなければまともに生活することもできないだろう。
「そもそも姉を支えたいって奴が、誰の協力も必要ないって言うのがおかしいんだよ。専用機だってなんだって、一人でやるより誰かの手を借りてやった方が何倍もいい」
「……でもそれじゃ、私の実力には……」
「利用する事だって才能だ。文句言うやつなんて放っておけばいい。文句だけで何もしないクズと人の手を借り手でも何かをやり遂げるお前。どっちが上かは比べるべくもない」
「なら……私は……」
「ああ、誰の力を借りたっていい。お前は一人じゃない」
彼女だっても一人ではどうにもならないことなんてわかっているはずなんだ。それでも意地で続けていた。そこをギリギリまで追い詰めて、新しい方法を提示する。
提示する。
若干背中にブーメランが刺さる感覚を感じるが、間違ったことは言っていない……と思う。
「……本当に? そうすれば、お姉ちゃんを超えられる?」
「約束する──と言いたいところだが、そう簡単な話じゃない。集めた手を生かすも殺すもお前の実力にかかっている。何度も何度も失敗するかもしれない。ならばどうする?」
さあどうだ。これで諦めるなら終わり。そうでなければ──
「……だったら、何度でも。挑んで、挑んで、挑み続けて──最後に勝つ。そうでしょう?」
「その通り! どれだけ失敗しようが死ぬわけじゃない。生きている限り挑み続けて、どんな形だろうと最後に勝ちさえすれば、誰もお前を無能だなんて呼ばないだろうさ」
よしよし。それでいい。
「……わかった、もう諦めない。使えるものはなんでも利用する。だから力を貸して、九十九くん」
「透でいい。これからは協力者だ。仲良くしようぜ」
ニヤリと笑って、右手を差し出す。簪さんは一瞬戸惑いながらも小さく笑い、その手を握る。友情の握手ってやつだ。
「じゃあ透。それと私も呼び捨てでいい。……ありがとう」
「……なあに俺もあの人にお返ししたいだけさ。それに、御礼は勝った後にしてくれよ、簪」
「うん……!」
一先ず説得完了。本当に倒れたのは想定外だが、一先ず成功だ。これでもう、簪は大丈夫だろう。
「まあ、これからのあれこれは置いといて……だ」
「何?」
「こっちともお話しないとな!」
先ほどまで背を向けていた窓を勢いよく開く。大きな音を立てて開き、潜んでいた存在は飛び上がりそうになりながらも逃走を図る。
「逃がすか!」
「きゃああ!?」
「え? え?」
走り出す前に首根っこを掴み。動きを封じる。まだ抵抗はできるはずだが、観念したのか手足をだらりと下げる。本当に猫みたいだな。
「お姉……ちゃん……?」
「か、簪ちゃん……あはは……」
「まったくもう……」
どうせいると思ったよ。まさか外に張り付いてくるとは思わなかったけど。
「そんなに心配なら、隠れて盗み聞きなんてしないで普通に入ってきたらよかったのに」
「いやその……邪魔かなって……」
「えぇ……」
さて、もう俺の出番は終わり。後は──
「さあさ先輩、簪、後はお二人でどうぞ。俺は帰ります」
「え!?」
「えっ……」
何をそんなに驚くことがある。元々これは二人の問題なんだ。力を貸すとは言ったが、これを飛ばしちゃあいけないな。
「そんな急に……」
「嫌ですか?」
「そうじゃなくて! えっと……」
「あ、あのっ!」
「は、はい!」
心配しなくたっていいのに。だって二人は──
「お話、しよ?」
「! ……うん。うん……!」
──家族なんだから。
邪魔にならないように、こっそり静かに退出する。戸を締める前に見えた二人は、
「お姉ちゃん……。おねえちゃあん……」
「うん……。うん……」
離れていた時間を埋めるように、お互いの存在を確かめ合っていた。
「いいなぁ」
それが少しだけ、羨ましかった。
第15話「仏独・姉妹④」
深夜に書くべきじゃない