「それは本当ですの!?」
「ウソついてないでしょうね!?」
月曜の朝。教室へ向かう途中、廊下まで聞こえた声に目をしばたたかせた。
「なんだ?」
「さぁ?」
「誰か死んだのかな?」
登校メンバーは一夏、デュノア、俺の三人。デュノアが転校して来てからは基本これで登校している。時間が被っているだけだが。
「本当だってば! 月末の学年別トーナメントで優勝したら男子の誰かと交際でき──」
「男子がなんだって?」
「「「きゃああ!?」」」
あっさり突っ込んでいくなぁ。俺一夏のそういうとこ凄いと思う。
不意に話題の男子に話しかけられた女子達は一斉に取り乱して悲鳴を上げている。面白い。
「で、何の話なんだ? 俺達がどうしたって?」
「マジでグイグイ行くなお前……」
「え? え?」
聞いたらまずいのか? って顔してんじゃない。明らかに聞いちゃいけない話だったろうに。
「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」
「わたくしも席に戻りませんと……」
そそくさと場を離れていくオルコットと凰。流れに乗って他の女子もそれぞれのクラスと席に戻っていく。
「……また俺何かやっちまったか?」
「アホ」
「ははは……」
かたり。
「……んんー?」
「どうした?」
「……いや、多分虫だろ」
「虫?」
そう、小さな虫だ。
休み時間。
「……由々しき事態ですわ」
「何が?」
一点を見つめながら、危機感の籠もった声で呟くオルコット。どうせ何見て言ってるかはわかるけど。
「アレを見てください……」
「嫌でも見えてるよ。あの二人だろ」
視線の先には一夏とデュノア。仲良く談笑する二人は、ここ数日クラスでよく見る光景だ。
しかし今日に限っては、ほんの少し様子が違う。
「なーんか変だよなー。特にデュノア」
「そう! そうなんですわ! 距離がこう……近すぎませんこと!?」
「そうだなー」
どうしたことか。やたら二人の距離が近い。先日までは常識的な、俺と話すときみたいな距離だったが、今日はやたら近い。それもデュノアから近づいている気もする。なんか顔赤いし、まるで恋する乙女のよう。
一夏の様子もおかしい。同じ男(という設定)に話しかけているのに、なんとなく女子と話しているような、そんな感じだ。
「これは……」
「衆道……ですわね」
「は?」
「衆道ですわ」
「ああうん。もう一度言えってことじゃない」
オルコットが壊れた。しかしあの二人の様子を見ればそんな感想も出るか。
まあ、一夏がホモかどうかはさておき、これは男装がバレたとみていいだろう。俺には隠したままということはまだ男装は続ける気らしいが……一体何があったのか。まさか本当にシャワー中に突撃したのか、いやそれはないな!
「まずいですわまずいですわ。このままでは一夏さんが禁断に手を…………」
「なあ、俺も一つ聞いていいか?」
「何ですの?」
この流れと全く関係はないが。さっきからずっと、それこそ二人の様子より気になっていたことがある。それは──
「何その髪型」
「ああ、これですの?」
オルコットの髪型が凄い。いつものドリルはなく、天を貫こうかという高さで盛られている。
「ここの所雨が続いていたでしょう? 雨は嫌いではありませんが、実はわたくしの髪は湿気に弱く……先ほどまで酷い有様でしたの」
「それは見た。でっかい毛玉みたいだったぞ」
「おほん。そこで、相川さんと谷本さんが髪を整えてくださいまして……」
「この髪型になったと」
そういうことか。まあ悪くはないんじゃないか。ちゃんとまとまってるし。しかしこのデコ感……何というか……。
「これこそ『うなじ美人』というものらしいですわ! どうです?」
「お水っp、いやなんでもない。とりあえず一夏に見せてきたらいいんじゃないか?」
「もちろん! これで一夏さんを虜にしてきますわ! おほほほほ…………」
そして一夏の方へ近づいていくオルコット。まああいつなら、きっといい感じに褒めてくれるだろう。たぶん。
放課後。一夏とデュノアの様子を報告しに一旦自室へ戻ったところ。
「うふふふふ。簪ちゃーん」
「お姉ちゃーん」
「うぜぇ……」
そこには姉妹空間が形成されていた。ちなみに入ってから十分は経っているがずっとこんな調子だ。いくらずっと離れていたからって急にベタベタし過ぎでは?
いや仲良くしているのはいいんだけど。いいんだけど何故ここでやる。生徒会室でやってくれ。
「あ、透くんおかえりなさーい」
「お邪魔、してる……」
「ああ……。もう体調はいいのか?」
「ちゃんと休んだから、もう平気。明日から授業にも出ていいって」
あの後簪は一度倒れたこともあり、強制的に休みを取らされていた。肉体的にはもちろん精神的にも疲労していたからな、いい機会だ。
「そうかそうか、今度は無茶するなよ」
「うん……。もう、大丈夫」
……いい顔だな。以前までの焦りがない。きっとこれが本当の簪なんだろう。こんな表情もできたんだな。
「それで透くん、何か用事でもあったの?」
「ええ、後でもいいんですが。簪もいますし」
「うーん……でも……」
「私も知りたい」
まあ、そう言うよな。元々先輩の助けになりたかったわけだし。また蚊帳の外にされてはたまったものではないだろう。
「……そうね! 今お願い」
「はいはい。でも一旦離れてくれません? 話に集中できないので」
「「はい……」」
どうしてそんなに不満そうなんですかねぇ。まだ足りないってか。
「で、話なんですが、デュノアの男装が一夏にバレました」
「あらら、まあよく持った方ね」
「……男装」
「まだ隠すつもりのようですが……おそらく一夏が庇っているのかと」
「優しいのね。大騒ぎされなくてよかったけど」
なぜ一夏は庇うのだろう。確かに性別を偽ってIS学園に来たことには事情があるのかもしれない。しかしそれに同情して、騙されでもしたらどうするつもりだ? 本当にあいつはお人好しだな。
「透くんも結構お人好しよ?」
「うんうん」
「えっ」
そうかなぁ?
「それ以外に動きはない?」
「特にはないですね。なんか距離が近いとかでオルコットがやきもきしてましたが、ハニートラップの類いではなさそうです」
「なら泳がせたままで問題ないわね。最も、今月中にはどうにかするけどね」
「というと……?」
「どうするの?」
現状あいつの目的ははっきりしていないが、ハニートラップの線が薄いなら俺達と専用機のデータでも取りに来たといったところか。どちらにせよいつまでも自由にしておくわけにもいかない。よくても拘束、或いは退学が妥当なところだ。
「それはあの子次第ね。大人しくするならこのまま学園に置いておけるけど……危害を加えるなら」
「退学、ですか」
「そういうこと。今は様子見だけどね」
「さっさと自首でもしてくれませんかねー」
「それが一番いいのよねぇ。何もしなければこちらも庇うことだってできるし」
ま、どちらにせよ今月で片がつくなら問題ないか。
「じゃ、俺は特訓行きますね。一夏に誘われたんで」
「最近よく一緒に特訓してるわね。前は嫌がってたのに」
「誰かさんに『一人でやるな』なんて言っちゃいましたからねー。言い出しっぺが一人じゃ説得力ないですし」
「むぅ……」
お手本みたいなもんだ。辛かったのは悪かったからむくれないでくれ。
「とにかく頑張ってね。いってらっしゃーい!」
「いってらっしゃーい……」
「はーい」
帰っても二人の世界が形成されてたらどうするかなぁ。
かさっ。
「……そろそろ鬱陶しいな」
「……………」
「……………」
「派手にやられたなぁ?」
「「ぐぬぬ……」」
約1時間後。部屋から出てアリーナへ向かおうとしたところ、突然一夏から保健室へ来るように言われ、到着したところ凰とオルコットがこの有様。
事情を聞けば二人はボーデヴィッヒに挑発され、馬鹿正直に乗ったところ見事に負けたらしい。危ないところに一夏が助けに入り、織斑先生の登場もあって大した怪我にはならなかったそうだが。
「別に助けてくれなくてよかったのに」
「あのまま続ければ勝っていましたわ」
「負け惜しみー」
「「なんですってぇっ……痛ぁっ!?」」
息ピッタリじゃんボーデヴィッヒの前でやれよ。しかしこっぴどくやられてるな。シールドバリアの上からこの怪我なら、機体のダメージは深刻なことになっているんじゃないか。
「好きな人に格好悪いところを見られたから恥ずかしいんだよねー」
「ん?」
デュノアが戻ってきたと思ったらいきなりぶっ込んできた。一夏は聞き取れていない様子だが、凰とオルコットは真っ赤になっている。こいつなかなかいい性格してんな。
「なななな何言ってんのかぜーんぜんわかんないわね! 変なこと言わないでくれなーい!?」
「わ、わたくしはっ! そそそそんなことありませんけどおおおお!?」
「どうしたどうした」
バグってんなぁ。一夏は一遍耳鼻科にでも行ってこい。
「ま、先生も落ち着いたら帰ってもいいって言ってるし、しばらく休んだら───」
ドドドドドドドッ…………。
「な、なんだ? この音は?」
とても聞き覚えのある声。具体的にはデュノアとボーデヴィッヒが転校してきた日に聞いたあの音だ。
「織斑君!」「デュノアきゅん!」
うるせぇ! 何度目だこれは。
数十名の女子がドアを吹き飛ばし、広い保健室を埋め尽くす。男子を見つけるなり一斉に取り囲み、それぞれが手を伸ばす。ただし俺を除く。名前も呼ばれてないんですが。
「な、なんだなんだ!?」
「ど、どうしたのみんな? ……ちょ、ちょっと落ち着いて」
「「「これ!」」」
事態の飲み込めない二人に何枚もの紙が差し出される。ちょっと俺にも見せてくれ……緊急告知文?
「どれどれ……」
「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。ペアができなかった場合は抽選により選ばれた生徒同士で組むものする。締め切りは──』」
「そこまででいいから! とにかくっ!」
再び伸びる手。俺にはない。とてもかなしい。
「私と組もう! 織斑君!」
「デュノアきゅん! 私と組んでくださいっ!」
「え、あ、えっと……」
ああ、デュノアは女子だから、一般生徒と組まれるとまずいな。何かの拍子にバレる可能性がある。ちらりと見れば困り果てた顔で一夏を見ている。一夏も気付いて目を合わせるが、すぐに逸らされてしまった。お前助けてほしいのかそうじゃないのかどっちなんだよ。
「悪い。俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」
まあ、一夏ならそうするよな。一瞬にして保健室は静まりかえる。
「そういうことなら……」
「他の女子よりはマシかぁ……」
「やっぱり一×シャじゃないか(歓喜)」
とりあえず納得したらしい。目当てが失われるとあっという間に女子は去って行き、廊下からはペア捜しの喧噪が聞こえる。
「ふう……」
「あ、あの、一夏──」
「一夏っ! ……あだだっ!」
「一夏さんっ! ……痛っ!」
一夏が安堵のため息をついたところでデュノアが声をかけ、追って凰とオルコットがベッドから飛び出す。痛そう。
「あたしと組みなさいよ! 幼馴染でしょ!」
「いいえ、クラスメイトとしてわたくしと──」
「ダメです」
謎理論を展開しようとしたところで山田先生の登場だ。普段と違ってキリッとした表情を浮かべている。
「検査の結果、お二人のISの状態はダメージレベルCを超えていました。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥に繋がります。ISを休ませる意味でも参加は許可できません」
「うぐぅ……わかりました……」
「不本意ですが……非常に不本意ですが! 勇気のを辞退いたします……」
だろうな。寧ろCで済んだならよかった方だろう。二人も不満げながら納得したらしい。
「???」
「一夏、IS基礎理論の蓄積経験の注意事項三だよ」
「え、えーと……」
「骨折したとき安静にしてないと変形してくっつくみたいなアレだ」
「ああ!」
なるほどって顔してるが先週授業でやってたからな? こいつの学力が心配だ。
さて、まだ二人と一夏の話は続いているが興味ない。どうせラブコメしているのだろう。
……しかし理由は大体察せられるとはいえ、随分唐突なルール変更だ。女子が殺到した理由もわかった。が、なんで俺に来ないのかは謎のままだ。
「え? だって……九十九君は更識さんと組むんでしょ?」
「えっ何その話」
「誰だそれ?」
まだ保健室に残っていた女子が答える……が、その内容は寝耳に水。たった今ペアのことを知ったばかりなのに決まっている? そもそもなぜ簪のことが広まっているんだ。隠しているわけではないが、みんなに知られるような場所で話してないぞ。
「なんでそんなことになっているんだ?」
「いやー……だって……いいのかなぁ?」
「いいから、教えてくれ」
「うーん……、わかった。でも私が言い出したことじゃないからね?」
「あ、ああ……」
やけに渋るな。そんなに話しづらいことか?
「九十九君と更識さんは付き合ってるんでしょ?」
「はぁ?」
はぁ?
第16話「虫・ペア」
ちょっと展開だれてきましたね