嘘ですハッピーバレンタイン。
「うおぁぁぁぁ海だぁぁぁぁぁ!!!!」
うるせぇ! 定期的に耳を破壊されている。トンネル抜けた途端にこれだよ。
たかが海が見えたぐらいではしゃぎすぎだ。ちょっとは俺を見習って落ち着いて欲しいものだ。
「なぁ一夏?」
「バス内で浮き輪膨らましてるお前に言われたくはないな」
そうだな。
俺たちIS学園一年生は本日より二泊三日の臨海学校に来ている。目的は野外でのIS訓練とか専用機持ちはパッケージのテストなどだが、初日は完全に自由時間。外に広がる海で遊び放題だ。
そりゃあ浮かれもする。意味もなく浮き輪を膨らまして織斑先生に殴られたりもするさ。
「さっさとしまえ馬鹿が」
「はい」
「なんでバナナ型なんて持ってきてるんだ……?」
だって束様が海にはでっかい浮き輪持って行くものだって言ってたから、店で売ってた一番でかいやつを……。
あ、騙されたなこれ。
「どうすんだよこれ」
「布仏さん、あげる」
「やったぁー!」
はい解決。五千円は無駄にならずに済んだ。
「そろそろ目的地だ。全員大人しくしろ」
織斑先生の一言により、一瞬で車内が静まる。さすが教官あっ睨まないで。
そして数分後、目的地の旅館へ到着。四台のバスから出てきた俺たち一年生が整列する。
「ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、挨拶」
「「「よろしくおねがいしまーす」」」
「しまーす」
「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気ですねぇ」
この花月荘には毎年お世話になっているらしい。対応も手慣れている。
大人の雰囲気を漂わせた女将は接客業らしい笑顔でこちらを見ている。
「今年は男子が入ったせいで浴場分けが難しくなって申し訳ありません。ほら、挨拶しろ馬鹿ども」
「馬鹿一号、九十九透です」
「え!? あ、馬鹿二号、織斑一夏です」
ババシンッ!
「「よろしくお願いします!」」
「あらあら、ずいぶん厳しいんですねぇ」
「何時も手を焼かされています」
うん事実だな。今もこの有様だし。ちょっと浮かれすぎてるな。
「それじゃあ皆さんお部屋へどうぞ、海へ行かれる方は別館の更衣室をご利用ください場所がわからなければ従業員に聞いてくださいまし」
一同が返事をして移動を開始とりあえず荷物を置いてそれから海か。自由時間はたっぷりあることだし、部屋でのんびりする人もいるだろう。
ところで、俺たちの部屋はどこだ?
「ね、ね、おりむー、つづらん。二人の部屋ってどこー? 遊びに行きたーい」
「ああ、のほほんさん。それが俺たちもわからないんだよ」
「……予想はついてるんだけどな」
「お前達はこっちだ。早くしろ」
やっぱり。
「それじゃあ三日間よろしくお願いしますね!」
「はーい」
結局俺は山田先生と同室。男子二人で固める話も出ていたらしいが、就寝時間を無視して女子が押しかけかねないということでそれぞれ教員と同室になった。
一夏は織斑先生と同室だ、姉弟仲良くしてて欲しい。
「私たちはこれからお仕事なのでこの辺で、自由時間が終わるまでは遊んでていいですよ」
「了解です。じゃ、海にでも行きますかねー」
事前に荷物は纏めてある。水着とタオルと替えの下着。束様に言われて買い込んだがたぶん騙されている浮き輪とオイル。特大のものがなくなった分空いたリュックを背負い部屋を飛び出す。
さあ海だ!
……その前に更衣室だ。
「…………」
「…………」
「何してんの?」
更衣室へ向かう途中の道。一夏と妹様が硬直して一点を見つめている。こんな道ばたに何かあるわけでもあるまいに、それとも虫でもいたか?
「いや、あれ」
「あれ……ああ」
指さす先には兎の耳のような何か。本物は違い機械的な、何というかアニメや漫画に出てきそうなそれには『引っ張れ』と高圧的な張り紙までしてある。
「これは……」
「放っておけ。または燃やしておけ」
「えっそれは……」
「ろくなことにならんから放置に賛成」
「お前まで……」
妹様も察しがついているようだ。こんな物を仕掛けているのは間違いなく。俺の保護者兼IS開発者の篠ノ之束様だろう。
なぜこんな所にこんな仕掛けをしているのかは知らないが、どの道面倒ごとなのは間違いない。
「えーと……抜くぞ?」
「ご自由に」
どうせ耳を抜いたが最後、上か下かは知らないが人参型のポッドで派手に登場することだろう。以前某国に撃墜されかけてからはそうしている。
「よいしょっ……と」
すぽん。とあっさり耳が抜け、貼り付けられていた紙がひらひらと舞う。ふむ、今回は上か。
キィィィィィン……。
何かが高速で飛んでくる音。着弾の衝撃に巻き込まれないように後ずさる。
ドカーーーーン!!!
「どわああああ!?」
「あっはっはっはっ!! 引っかかったねぇいっくん!」
ぱかっと二つに割れた人参の
「お、お久しぶりですね、束さん」
「お久しぶりでーす」
「やあやあ久しぶりだねいっくんとーくん元気してたかい!? ところで箒ちゃんはどこかな? さっきまで一緒だったけど……トイレ?」
「あの耳見たらどっか行きましたよ」
それもものすごく嫌そうに。と蹴るのを我慢して妹様が去って行った方向を指さす。妹様に知られたら文句言われそうだがどうせすぐ見つかるのだから許して欲しい。
「おっけい! この箒ちゃん探知機V2ですぐに見つけちゃうぜい! じゃあ二人とも
言うだけ行って返事すらせずに去って行く。何時見ても嵐のような人だ。いつの間にか開発している箒ちゃん探知機V2──前にも作ったことがあるのだろうか──は気になるところだが、
「じゃあ行くか」
「お、おう……」
一夏はまだ束様のテンションに慣れていないのかまだ戸惑っているような……いや、これは何かを聞きたそうな顔か。
「どうした? 何か気になることでも?」
「ああいや、何というか……束さんと仲がいいんだな」
「あー……そのことね」
確かに一夏の目にはそう映ったのだろう。あの人の性格はかなり面倒くさい。気に入った人間以外にはまともに対応しないし、酷いときには罵声が飛ばす。正直性格だけ見れば社会不適合者だ。
だが、ごく一部の例外。気に入った相手にだけは先ほどの通り親しげに、かなりうざったく接する。あだ名付きで。
「大した仲じゃないよ。俺はただのパシリみたいなもんだ。あのあだ名も、お気に入りのぬいぐるみに名前付けるような感覚だろうよ」
「そうか?」
「そうさ。お前らのことはどう思っているかは知らないけど」
「うーん……」
考えるだけ無駄だ。あの人の真意なんて、今の俺たちにはわからない。
「それより海だ! さっさと着替えて準備運動してイルカボート持って行くぞ!!」
「いや、イルカボートは置いてけよ」
えっ。
「うおぁぁぁぁ海だぁぁぁぁぁ!!!!」
うるせぇ!でも今は許せる。だってここは砂浜。青い海はもう目の前! 俺にとっては初めての、夢だった海! テンションだって爆上がりだ!
準備運動もしっかり済ませ、一夏を置いてダッシュで波打ち際へ。
「Foooooooooo!!!!!!」
「つづらんうるさっ」
「キャラ崩壊、してる……」
「あ……オッス簪、布仏さん」
ガッツリはしゃいでいる姿に突っ込みを入れる二人。少し恥ずかしくなるがきっと海に飛び込めば洗い流してくれるだろう。
「布仏さんはともかく、簪も来てたんだな。てっきり部屋に籠もってるかと」
「うん……そのつもり、だったんだけど……」
「そんなの許しませーん! たてなっちゃんにも言われてるでしょー、『楽しんで来なさい』って」
「ははは、ならそうするべきだな。無視したら泣かれるぞ」
それはそれでちょっと見てみたい気もするが。
「わかってる。だからこうして出てきたの」
「でも水着はちゃんと持ってきてるんだから、かんちゃんってば素直じゃないなー」
「もうっ……」
「ほーう」
上下黒のフリルがあしらわれた水着。簪の白い肌によく映える。普段の大人しい性格を考えると攻めた水着にも感じる。
布仏さんのは……もはや着ぐるみ。耳としっぽが付いた狐型の水着に全身包まれている。普通の水着と比べて明らかに面積が多く、違和感がするはずなのに彼女が着ると馴染みきっているのは何故だろうか。何時も着ぐるみ型の部屋着を着ているからか?
「いいね、よく似合ってんじゃん」
「そ、そう……?」
「褒められちゃったぁ~! いぇいいぇい」
本心のままに賞賛すると、二人とも嬉しそうだ。こういうのは慣れてないから、不快にさせずに済んでよかったな。
「じゃあ俺は泳いでくる。よっしゃ飛び込み行きまーす!!」
「そんなに楽しみだったの……?」
「夢の一つだった!!」
腹に大穴開けた時のな。
「Foooooooooo!!!!!!」
「うるさい……」
「泳ぐの楽しいなぁ!」
「おい透競争しようぜ!」
「あたしも!」
「鈴が溺れたぞ!」
「人工呼吸しろ一夏!!」
「……鈴さん? もう起きてますわよね?」
「ぎくっ」
「なんだこのタオルの塊」
「それラウラ。恥ずかしいんだって」
「この状態の方が恥ずかしくないか……」
「あれー? セシリア、あのドエロい水着は着ないの?」
「ななな何のことだかさっぱりわかりませんわねええええええ!!!!」
「ビーチバレーしようぜ!」
「よっしゃやろうぜ!」
「山田先生ヤッベ♡あの乳は固定資産税がかかりますわ」
「本当は脱税してんじゃないの? 正体見たり! って感じね」
「えぇ!? ちゃんと払ってますよう!」
「山田先生、そこじゃない」
そして、楽しい楽しい自由時間は過ぎていくのだった。
「あれ? 箒は?」
「そういえばいないな。もう帰ったか?」
「うーん……」
妹様は、最後まで姿を見せなかった。
「いやー遊んだ遊んだ! そして飯が美味い!」
時刻は七時半。俺たちは大宴会場にて、俺たちは夕食を取っていた。
刺身に小鍋、焼き物、和え物、味噌汁漬け物……豪勢なメニューだ。そしてどれも美味い。因みに刺身はカワハギらしい。向こうで一夏が語っていた。
「美味い美味い。これも美味い」
「九十九くんよく食べるねー」
「さすが男の子!」
「運動したから腹が減ってなあ。いくらでも入りそうだ」
普段の飯が不味いわけじゃないが、ここのは格別に美味い。幸せだ。
ん? 今俺普通に女子と会話できてたな。まあいいか。
「早く早く!」
「あーん!」
「あっちは騒がしいなあ……」
一夏の方では女子が並んでひな鳥のように口を開けている。人気者だなぁ。
「あ、あーん……」
「やらないぞ」
「えー」
俺にやってどうする。あんまりふざけていると──
「食事くらい静かにしろ」
ほら、怒られた。
バン! ババン! バン!
「ふぉ~~あっつー」
「牛乳! 牛乳! あっつー!」
「あ~はやく牛乳飲もうぜ~。おい、冷えてるか~?」
「んぁ、大丈夫。バッチェ冷えてる」
食後の露天風呂を堪能した俺たちは上機嫌で部屋へ戻る。いやあ、いい湯だった。風呂上がりの牛乳もまた美味い。
「にしてもなぁ。俺たちの部屋が分けられてるの納得いかないよなぁ」
「しょうがねぇさ。夜中に押しかけられても困るだろ?」
「そうだけどさぁ……」
温泉に入っているときからずっとこいつは部屋割りに文句を言っている。別に男二人で寝泊まりしたって寮生活と大した差はないだろうに。
あ、デュノアが正式に女子として通い始めてから俺たちは同室になった。引っ越しの時、少しだけ先輩が寂しそうな顔をしていたのが気になるが……どうせ揶揄う相手がいなくなるとかそんな所だろう。
「ま、こうして露天風呂も入れたんだし妥協しようぜ。話は帰ったらすればいい」
「うーん、そうするかぁ……」
教師と同室なのはこちらとしても不満があるけどな、プライバシーがない。
「じゃ、俺はこっち。お休みー」
「おう、お休みー」
「ただいま戻りましたー……って山田先生、何してるんですか?」
「つ、九十九くん!? いやこれは……えっと……」
部屋へ戻れば山田先生が布団を敷いていた。俺の分まで敷いてくれたのはありがたい……ありがたい、が。
「なんで布団くっつけてるんですか」
「あ、あはは……いやー、ぼんやりしてたら、つい……」
「ついて」
うん、気をつけよう。布団を離しながら警戒対象に入れておく。1メートル……いや限界まで離しておこう。朝になって密着とか勘弁願いたい。
「あっ……すみません」
「いえ」
なんで残念そうなんだ……。
「そうそう、今日の海は楽しめましたか?」
「ええまあ。初めてだったもので、柄にもなくはしゃいじゃいました」
「すっごい叫んでましたね……」
「お恥ずかしい」
いやほんと。先輩に見られたらずっと弄られるところだった。
「明日は自由時間なしで、最終日にはまた少し時間があるんですよね?」
「はい。といっても大した時間はないので、海で泳ぐのは難しいかもしれませんね」
「そっかぁ……」
もう少し泳ぎたかったが、諦めるしかないか。休日に適当なプールでも行こうかな。先輩でも誘って……ん?
なんで俺、先輩誘おうとしてるんだ?
「んー?」
「? どうしました?」
「いえ……では俺は寝ますね。お休みなさい」
「あっはい! お休みなさーい」
山田先生はまだ少し仕事があるらしく、小さな荷物を持って部屋を出る。見回りか何かだろうか。
そして俺は暗くなった部屋で一人、布団の中で目を閉じる。ゆっくりと眠りに落ちる思考の中で今日の思い出を整理。
そういえば、結局今日は束様来なかったな、妹様は夕食には戻ってたし、二人で話していたのだろうか。
……先輩も海に来れたらよかったのに。
あれ、また俺先輩のこと……。
まあ、いいか……。
第21話「臨海学校一日目・海」
透くんがなぜこんなにはしゃいでいるかはプロローグ参照。
あとあけましておめでとうございます。